侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第35話 満月の夜に死にたくない

アリィから下された、ワイルドハント残党の殲滅指令。

その標的の一人はチャンプ。かつてランの教え子たちを殺した仇である。

故にランは、ウェイブとクロメ、そしてアリィに頭を下げて彼の始末は自分に一任してほしいとお願いした。

 

「ああ。話を聞かせてもらったばかりだしな。お前に託す」

「頑張って」

 

ウェイブとクロメはランに反対することなく、自分たちはエンシンをやるからそちらは任せたとランの頼みを受け入れてくれた。

さらにアリィも、こちらは少々困った顔ではあったが否定はしなかった。

 

「あなたが私に従ってくれたのも、あなたの復讐に協力的だったからでしょう? ここで止めてあなたに僅かでも悪意を抱かれてはたまりませんので。あなたがチャンプに復讐したいというのはわかっていたことです。別の作戦を立案したところであなたが計画を崩しても困りますし。一応私は私で手を打っておきますので構いませんよ」

 

アリィとしても思うところがあるが、最終的にはあくまで打算的に考えたうえで、ランの復讐を認めた。

彼女の言葉に思い当たるところがあるランは苦笑しながらもお礼を述べたが、ふと気になったことがあってアリィに尋ねた。

 

「そういえば、アリィさんは私があの男を追っていると、イェーガーズに入ったときから知っていましたね。あの時はさすがに驚きましたが、どうしてわかったのです?」

「あなたについての資料を見た時正直不思議でした、元教師がどうして帝具を手に入れて特殊部隊に来るほど戦いの場に出るようになったのかと。その時あなたが教師を辞めた時期とチャンプがジョヨウ付近で目撃された時期が同じだと気が付いたのです。ザンクの一件があって、危険人物の情報は集めるようにしていました。なので危険人物の一人であるチャンプの情報も得ていましたから」

 

それはおそらく、戦いの場に出ることを求めないアリィだからこそ気づいた違和感だろう。

地方の教師が帝具を得て特殊部隊に招聘されるほどの戦力になった。

そこには何か理由がある……そう考えたからこそ、アリィは教師を辞めた時期に何かあったのだと推察できたのだ。

 

「ですが確証があったわけでもないので。最初にあったときの発言はブラフだったのですが……反応を見て確信に至りました」

「ブ、ブラフだったのですか……」

 

今明かされた事実に思わず呆然とするラン。

だが、初対面の相手にすらブラフをしかけ情報を得ようとする心理戦すら心得ているアリィ。それが今の上司であると思うと心強くも思えてくる。

 

時刻は夜。これからは狩りの時間とばかりに帝都には暗がりが満ちている。

準備を終え、それぞれの思いを胸に、狩人たちは出撃していった。

 

 

 

 

 

だが――狩人は彼らだけではない。

 

ワイルドハントが残虐な行為を繰り返した理由は、実のところ自分たちの欲求を満たすためだけではない。

残虐な行為を楽しみつつも、暴れることで自分たちがナイトレイドの標的になればしめたもの……そう考えていたのだ。

なぜならばもともとワイルドハントもまたナイトレイドを討伐するための部隊。相手が向こうから来るのならば探す手間も省けるのだから。

 

そして今。

アリィによってワイルドハントは解散となったが……この時点で彼らの悪行の話は帝都中に広まっており、ナイトレイドには過去最大件数の暗殺依頼が届いていた。その量からして、彼らの残虐性がうかがえる。

さらに革命軍からの指令もあり、彼らが動かぬ理由はどこにもなかった。

 

「標的は、民を虐げる外道、ワイルドハント……葬るぞ!」

 

ナイトレイドもまた――動く。

 

 

 

 

 

「おっせぇなシュラのやつ」

「ドロテアも帰ってこねえなぁ」

 

詰所にいるエンシンやチャンプは知らない。すでにシュラは死に、ワイルドハントが解散となったことを。

彼らとて権力があってこそ自分たちが好きにやれているという自覚はある。なので、自分たちだけでは動かずリーダーたるシュラを待っていたのだ。

だが、もとより罪を罪と思わず忍耐強くもない彼らは、いい加減しびれを切らしていた。

 

「いくらなんでもおかしいだろ。まぁ、確かにあんときはびっくりしたけどよ」

「くっそぉ……天使との結婚式を邪魔しやがってあの女ぁ……」

 

チャンプはローグを襲う間もなく、アリィによって一蹴された。

あの時何が起こったかは今でもよくわからない。だが確実に何かをされた。

邪魔されただけでなく一撃喰らったことが忌々しいのだ。

 

「失礼します」

 

そこへ一人の青年がやってきた。

二人とも彼のことは知っていた。イェーガーズの人間であり、最近妙に顔を見せる男だ。

特にエンシンは彼のことが気に食わない。笑顔の裏で何を考えているかわからないからだ。

 

「他の方々は?」

「シュラに媚びを売るつもりだったのか? 一度分かれてからこっちに戻ってきてねーよ」

「そうですか……あとチャンプさん。お話が」

「あ?」

 

ランから耳打ちされた言葉に……チャンプは表情を変える。

満面の笑みを浮かべ、ランに促されるままに彼の後へとついて出て行った。

残ったのはエンシンただ一人。

 

(……なんか、うさんくせぇな)

 

シュラが戻ってこないことも気にかかるが、ただでさえ気に食わないランがチャンプを一人呼び出した。

チャンプの嗜好はエンシンも知っている。しかしこんな夜に、彼を喜ばせる子供が集まっているのか?

考えれば考えるほど、ランへの疑いが高まっていく。

気づけば、腰にある彼の帝具……シャムシールを確認していた。

 

「いくか」

 

彼もまた腰を上げる。チャンプとランの後をつけるために。

そうして、ワイルドハントの詰め所には誰もいなくなった……

 

 

 

 

 

 

「おい!? どういうことだ!?」

 

チャンプが狼狽するのも無理はない。

ランが案内した先は――廃墟。

子供が集まっている場所があると言うから胸を躍らせてきたというのに、話が違う。

憤るチャンプに対し、ランはゆっくりと話しかけた。

 

「以前……酒に酔ったとき、こう自慢していたのを覚えていますか?

「あ?」

「ジョヨウの街で、子供たちを襲って皆殺しにした、と」

「あ、あぁ……あの時は人数も多くて……思い出すとウットリしちまうなぁ」

 

チャンプの嗜好……子供を凌辱し、殺すこと。

それは、子供を”天使”として愛で、「天使を汚い大人にしないため」という彼独自の倫理観に基づくもの。

彼は裕福な家庭に生まれたが、両親から虐待を受けていた。

虐待を受ける日々の中、彼の心を癒したのが……無垢な子供たちとの触れ合いだった。

 

彼が今も、ピエロの仮装をしているのはその時の名残である。

ピエロに扮して子供たちと遊び、彼らこそが自分の癒しであると理解していた。

だが……やがて彼は虐待を続ける両親を見続けた末、汚い大人たちに絶望する。

そして、彼の癒しである天使……子供たちを、自分の両親のような汚い大人にしないよう殺していくようになっていった。彼もまた、アリィ同様環境によって歪んでいった人間なのである。

 

「って! それは今関係ねーだろ!」

「いや……そんなことはありませんよ」

 

だが……そんな背景などランには関係ない。

 

「私は子供たちの……教師でした!!」

 

翼の帝具・マスティマを発動させて飛び上がるラン。

ランが戦闘態勢に入ったことにより、チャンプもまた彼の帝具である六つの玉を取り出す。

飛ばされた羽は玉をジャグリングのように回しながら弾いていく。

だが……それだけでは、帝具の真価を発揮することができない。攻撃する間もなく、次々に羽が飛んでくるのだから。

 

(やべぇ……帝具(たま)なげる暇がねぇ……!)

 

そして一方で、ランが飛ばした羽は彼を攻撃するだけではない。

自分まで飛んでくる羽をはじき続け、チャンプが気が付いた時にはすでに、ランが飛ばした羽が彼を取り囲んでいた。

その状態を前に、チャンプがくだした決断は……

 

「う、おぉぉぉぉ!!」

「なっ!?」

 

どうせ避けることができないのならば、と。

手にした玉の一つを、ランにむけて全力で投球した。

 

 

 

 

 

「ちっ! やっぱりか!」

 

向かう先で巨大な竜巻が発生したのを見たエンシンは、チャンプが帝具を使ったのだと悟る。

すなわち、それは彼が戦闘状態に陥ったことを意味する。

ならば……ランが攻撃を仕掛けたということなのだろう。

腰のシャムシールを抜き、チャンプの加勢に加わろうとしたが……彼らのもとへとたどり着く前に、人影がエンシンの前をふさいだ。

さらにその人影の後ろから、新たに死体人形が現れる。

 

「イェーガーズ総出で喧嘩売りにでも来たっていうのか、おい」

 

対するクロメは何も言わず、手を振りおろして死体人形を突撃させた。

危険種だけでなく力のある戦士の死体人形も混ざっている。

だが……夜空を見上げたエンシンは、笑みを浮かべていた。

 

「よりにもよって……満月の時を選んでくれるとはなぁ!!」

 

彼の帝具・月光麗舞シャムシールは振ることで真空の刃を生み出す帝具であるが、奥の手として、月齢で性能が変化する。

すなわち、彼に言わせれば「一番帝具のノリがいい」時であったのだ。

 

「そら、そら、そらぁ!」

 

刃を次々に放つことで危険種の死体人形を両断していく。さらに、銃を扱う死体人形・ドーヤの腕までも切り裂いて見せた。ワイルドハントとしてシュラに選ばれたその手腕は決して伊達ではないのだ。

さらに死体人形のナタラが己の武器を構えて突進してくる。クロメの死体人形の中でも技術をもった優れた死体。

しかしそれすらも、奥の手によって性能が上がったシャムシールははじき返す。

まるで球体状の結界を作るかの如く、周りを斬撃で覆っていくことでナタラを撃退してみせた。

 

「”満月輪”――満月の時だったってのが不運だったなぁ!」

 

そのままクロメへと斬撃を放とうとするも、クロメ自身の実力もまた一級。勢いのままで放たれた真空の刃は避けられた。

しかしクロメも死体人形を傷つけられ、大きく戦力を失っている。

このまま戦えばクロメが不利。そのことを理解していたからこそ、エンシンは笑みを浮かべて新たな刃を生み出そうとしたが

 

「グランフォール!」

「なぁ!?」

 

思わぬ方向の空中から飛んできた蹴りによって、血を吐くほどのダメージを受ける。

ウェイブは機をうかがい、二段重ねで襲撃することによってエンシンが逃げられないように、そして確実に倒せるようにしていたのだ。

 

「クロメ、お前はランの方に向かってくれ! こっちはもう俺だけでどうとでもなる! ランならきっと一人でも大丈夫だと思うけど、あっちのやつはどんな帝具を持っているかわからねえ!」

「わかった!」

 

駆けだすクロメ。

クロメが無事ランの方へ助力に行けたであろうことを確認して、ウェイブはエンシンの方にすべての意識を集中させる。

 

「な、めんなよ……不意打ちくらわせたぐらいでぇ!」

 

エンシンが怒りのままに真空の刃を放つが……ウェイブは避けようともせずにエンシンへと駆ける。

グランシャリオを装着したウェイブは刃をものともせずに……エンシンとの距離を縮めていった。

対するエンシンは刃が相手の鎧を切り崩せないとわかると慌てて逃げようとするが……グランシャリオで強化されたのは防御力だけではない。

彼の足では、逃げ切るのは不可能だった。

 

「クソ、クソ、クソォォォォ!!」

「言ったろ……俺一人で十分だってな!!」

 

エンシンの体をウェイブの拳が貫き……彼の息の根を止めた。




本当はチャンプ戦決着まで行きたかったのですが、まだ長くなりそうですし投稿も遅くなっていたのでここで投稿。
次の話で第3章終わるかと思いましたがあと1話あるかもしれません。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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