侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第36話 復讐の末に死にたくない

夜の闇を駆けるナイトレイド。

ワイルドハントの詰め所の場所は調べていたが、どうやら誰もいないようで空振りだった。

ならば探すか日を改めるか、と考えていた時に突如、少し離れたところから強い風が吹いてきた。

 

「なに!?」

「あれは……」

 

 

 

 

 

(竜巻!?)

 

チャンプが破れかぶれに投げた球は「嵐の球」。

六つの球の帝具・快投乱麻ダイリーガーの中でも最速の球であり、竜巻を発生させる効果のある球だ。

急な竜巻により視界を奪われ、飛ばされるランだったが一方で確かに手ごたえを感じていた。

 

竜巻を起こすために彼は嵐の球を投げたが……あの時点でチャンプは防御を完全に捨てていた。

つまり、ランが放った羽を防ぐすべはなかったということだ。

竜巻が起きた場所もチャンプとは離れた彼の方だ。羽を竜巻で吹き飛ばせたということもないだろう。

 

そう安堵したからこそ……竜巻をつっきり、目の前に飛んできた球を見てランは硬直した。

 

「これは……っ!?」

 

”爆の球”。

 

ランが状況を正確に把握するよりも早く、爆の球は光を放って爆発した。

ランの帝具は機動力に優れ攻撃も可能と攻めについては使い勝手のいい帝具だが、防御能力が低い。

したがって……ランにはその爆発を防げない。

 

「やっと……反撃できるぜ……」

 

体中に羽が刺さり、血を流しながらも投球したポーズでチャンプは立っていた。

爆発に巻き込まれ、ランの体は空から地へと落ちる。

その様子を、チャンプはほくそ笑みながら見つめていた。

 

「このチャンプ様の耐久力を侮ったようだな……えぇ?」

「ぐ……」

 

ゆっくり、ゆっくりと近づいていくチャンプ。

すでに先ほど投げた爆の球は手元に戻っている。投げたら戻ってくるのがダイリーガーの特性だ。

六つの球をジャグリングのように回しながら、チャンプはランを見下ろしていた。

先ほどとは違い、その顔に嫌悪感を浮かべながら。

 

「てめぇのせいでちょっと嫌なこと思い出したんだよね。あの時……天使たちはずっとてめぇのこと呼んでたんだよ」

 

その言葉に、ランの目が見開かれる。

自分がその場にいなかったことを、ずっと悔いてきたあの事件。

事件当時子供たちは……ランの、生徒たちは……!

 

「せんせぇー、せんせぇー、ってよぉ。俺と天使たちとの貴重な時間を汚しやがって……」

 

チャンプはぶつくさと文句をたれるが、気づかない。

愛する生徒たちの、最期の言葉を聞かされた彼が……闘志を燃やしていることを。

爆発で傷ついた体を震わせながらも、立ち上がろうとしていることを。

自分の言葉がランを奮い立たせることになったと気づかないまま、チャンプは六つの球の中からどれをとどめに使おうかと考えている。

 

(絶対に……絶対に!)

「ようし! 決めたぁ! 炎の球!」

 

それは、六つのうち最も攻撃力の高い球。

あたったものを燃やす、炎をまとう球だ。

勢いよく片足をあげ、右腕を振りかぶると、チャンプはランめがけとどめの球を投げつける。

だが……対するランも、すでに立ち上がっていた。

 

(マスティマ、”奥の手”……)

「これで……くたばりやがれぇ!」

「神の羽!!」

 

マスティマの本体が分離し、それまでの羽が生えた翼とは違う、神々しい光で構築された翼を作り出した。

光の翼はランの腕の動きに合わせ、交差するようにしてチャンプが投げた炎の球を受け止める。

 

「な……んだっ、そりゃぁ……」

 

マスティマの奥の手、神の羽は……物理攻撃にも対処しうる翼。

驚愕するチャンプに向けて、炎の球が跳ね返された。その速度を保ったまま。

避けるまもなく、炎の球はチャンプへと着弾し……帝具の効力によって、チャンプの全身が炎に包まれた。

 

「あああああああああああっぢいいいいいいいいいいい!!!」

「…………」

 

ただ、静かに……ランはチャンプが骨となるまで燃え尽きるのを見届けた。

これで、ついに……

 

(ようやく……仇をとることが、できました)

 

万感の思いだった。

あの事件からずっと追い続け、復讐に胸を燃やす日々を送ってきた。

教師を辞め、領主に取り入り、時に上司に媚びへつらい。

全てを捧げてきた復讐を……ついに、やりとげたことで胸がいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、気づくことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、はっ」

 

胸を貫いた、一筋の光線。

突如彼を襲う激しい痛み。

胸を押さえてみれば、彼の手にはべっとりと自身の血がついていた。

 

(……復讐を終えて、興奮のあまり無意識だった私の落ち度、でしょうね……)

 

倒れ伏すラン。

その後方では、ランが倒れるまでずっとパンプキンを構えていたマインの姿があった。

 

彼らナイトレイドは、チャンプが起こした竜巻を目撃して、この場所まで来た。

そしてランとチャンプの戦いを、乱入することなくずっと見つめていたのである。

万が一チャンプが勝っても即座に奇襲ができるように。

そして……ランが勝っても、即座に奇襲ができるように。

 

彼らは暗殺者。

いずれ敵になるとわかっている二人を……確実に倒すことを選んでいたのだ。

彼らはすでにシェーレとブラート、そしてキョロクにおいてレオーネとチェルシーという大切な仲間を失っている。それは同時に、貴重な戦力を失ったことを意味する。

今回全員で戦いに出向いたのも犠牲者を出さないため。そして、確実に帝国の戦力を削るため。

 

特にマインの中には、焦りがあったのかもしれない。

自分を助けるためにシェーレが死んだという負い目。

自分の手でチェルシーを消し飛ばしたという負い目。

 

なにより、目の前で突然仲間(レオーネ)が死んだあの記憶によって……彼女だけでなく、ナイトレイド全員が心の中でより慎重に、確実に戦うことを選んだのだろう。

 

帝国にいる怪物は、オネスト大臣やエスデス将軍だけでは……ない。

 

「ラン!?」

 

そこへ走ってきたのはクロメ。すでに八房を抜いているし何が起こったかも見えていたらしい。

死体人形を出して、周りを警戒しながら走ってきていた。

 

「アカメ、どうする?」

「……仕掛けるぞ。クロメは特に、革命軍から討伐指令が出ている」

 

いろいろと思うことはあるだろうが、アカメはあくまで個人の感情ではなくナイトレイドとして、判断を下す。

このまま襲撃に入ろうとした、そのときだった。

 

「!?」

 

突如クロメたちがいる付近の上空に陣のようなものが浮かび上がり、中から一人の少年が飛び出してくる。

当然クロメもまた警戒するが、その顔を見て、さらに声を聞いて手が止まる。

 

「クロメっち、撤退だ!」

「か、カイリ!?」

 

暗殺部隊の現リーダー・カイリは地面に着地するとそのまま手に持った帝具を地面へと叩きつける。

その光景を見て、驚いたのはタツミだ。

 

「あれは、あの時の!」

 

次元方陣シャンバラ。かつてはシュラが所有し、今はアリィを通じてカイリへと渡された、空間を操る帝具。

かつてタツミをエスデスと共に離島へと転送させた帝具でもある。

故に、タツミは見覚えがあったのだ。

しかし、この状況でそれが特別な効果をもたらすことはなく……

 

ナイトレイド達が駆け寄ったその場に、クロメたちの姿はなかった。

 

 

 

 

 

「いいのか、クロメっち」

「仕方ないよ……ランは胸を撃たれて血も大量に出てた。致命傷だったんだよ……」

 

できることなら助けたかった。

そう言うクロメは、ランの胸に八房を突き立てていた。

その光景を、カイリは無表情で見つめていた。クロメの行いを肯定することも、否定することもなく。

 

「私たちはチーム。仲間なんだから……一緒にいたいよ。そうだよね? ラン」

「…………」

 

ゆっくりと立ち上がるラン。

しかしその目はすでにうつろで、マスティマの翼も白から黒へと変わっている。

彼はすでに……八房により死体人形となっていた。

 

「ところで、どうしてあそこにカイリが?」

「アリィさんの指示だ。あらかじめ打ち合わせであの場所に誘導することは決まっていたろ? 彼とチャンプが戦ったとき、万が一チャンプを取り逃すことがないように、って俺に命令したんだ。撤退になった場合のことも考えた保険ってわけだ」

 

結果的にアリィさんの采配は正解だったな、とカイリは苦笑する。

だけど、と彼は声を暗くして続けた。

 

「正直、彼が撃たれたのが腕とか腹とか、致命傷さえ避けてれば俺も助けに入ったさ。だけど致命傷を受けたうえに、周りがナイトレイドに囲まれてたんじゃ正直リスクが高すぎた。ただ、クロメっちが来たからな。俺も助けに入らないわけにはいかなかったんだよ」

「そうだったんだ……」

 

さて、とカイリは立ち上がって背を向けた。

 

「それじゃあ俺はここで戻る。アリィさんに報告をしないといけないからな」

「か、カイリ」

「ん?」

 

沈んだ声を聞いて、カイリは振り向き……そして、目を見開いた。

目の前のクロメは震えていた。

手で頭を抱え、目を泳がせながら、震えてカイリに問うた。

 

「私、私は……アリィさんに言われた任務に失敗しちゃったよ。ランが死んじゃった。どうしよう。私のせいでアリィさんが私たちを見捨てちゃったら、私は、私は私は私は私は私はぁぁ」

「落ち着け、クロメっち!」

 

クロメの肩を強くつかんで、カイリはクロメの目を見つめた。

 

「落ち着けクロメっち。アリィさんの任務はワイルドハントの殲滅。あの二人は倒したんだろ? ランが死んだのはアリィさんすら念のためと配備した俺まで動く事態になったからだ。アリィさんだって不測の事態だったって認めてくれる。だから安心しろ」

「……うん」

 

ようやく震えが収まったのを見て、今度こそカイリは去っていく。

クロメは、ウェイブが彼女のもとに駆け付けるまで、ずっとそこに座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

ウェイブはケーキをクロメと食べながらも、彼女のことを心配していた。

途中ランを呼ぼうと八房を手に取るも、今力を使う必要はないとウェイブが止める。

その後、お茶を入れてくるねと言って席を立ったが、その笑顔にはどこか陰が見えるようにウェイブは感じていた。

 

(強く、言いすぎちまったかな……?)

 

彼女のもとに駆け付けた時、ランが死んだことを知った。

そして、彼女がランを死体人形にしてしまったということも。

 

 

 

『ラン……ちくしょう……』

『でも大丈夫だよ、八房の能力で一緒にいられるから』

『何訳のわからない言ってんだ……眠らせてやれよ! ランを人形にして使うっていうのか!?』

『訳わからないこと言ってるのはウェイブだよ! 一緒にいたくないの!?』

『俺は……仲間が、友達が人形にされてる姿なんて、見たくねぇよ!』

『私は……がはっ!? ごほっ!』

『クロメ!?』

 

 

 

あの後、なんと意思がないはずのランが二人の間に入って争いを止めた。

まるで死んでまでも、二人の世話を見ているかのように。

 

しかし……ウェイブが気にかけているのは昨日の口論だけではない。

あの時クロメが咳き込んでしゃがんだ時。口を押えたその手には、血がついていた。

最近よくあることだ、気にしないでくれとクロメは言うが……当然、ウェイブはそれを無視できるような人間ではなかった。

 

「ウェイブ、お茶は何にする?」

「えっ!? あぁ、じゃあ、昆布茶を……」

「まーた海産物」

 

考えにふけっていたウェイブはクロメの言葉に軽く怒る。

二人でじゃれあっていたが、そこへ第三者の声がかけられた。

 

「ケーキ、あるか? 私の分も」

「た……」

「隊長!?」

 

そこには、アリィが司令官として着任した後、異民族の部隊に対抗するため遠征に行っていた将軍・エスデスの姿があった。

いつもと変わりない不敵な笑みを浮かべ、エスデスは二人に一言、返す。

 

「ただいま」

 

 

 

 

 

一方、その頃。

エスデスが帰ってきたという報告を含め、宮殿の様々な資料や表を読みふけっていたアリィは大きく伸びをすると資料を机の上に投げ出した。

これから侍女としての仕事がある。ついでに厨房の人間や同僚に二、三聞きたいこともある。

 

だが、あくまで後付けの確認だ。すでにある程度は情報から絞れているのだから。

 

 

 

 

 

 

「みーぃつけ、た」

 

 

 

 

 

ラン、死亡(死体人形化)。

イェーガーズ 残り3人。




遅くなって申し訳ありません。


これからのことを少し書いておきます。

次話をもって第三章「アリィ暴走編」は終了です。
いよいよ次は最終章……と、皆さまにはお伝えしていましたが。

今回のアリィ暴走編は、一話にまとめるはずが予想外に長くなったり、ということが何度もありました。
そのため、これから闘技場やらアカメとクロメの決闘やらあるというのに、さらに最終決戦までいれたらそれはそれは長い最終章になってしまうのではないか。

そう考えてしまい、最終章を二つに分けることを現在検討しています。
分けた場合次章が闘技場の戦いやアカメとクロメの決闘といった最終決戦までの話。
そして最終章が最終決戦、となりますね。

この場合一章の話数がアリィ逃亡編と同等、あるいはそれ以下になるかもしれないというデメリットはありますが、長すぎるよりはいいか、とも考え迷っています。
あくまで章分けの話ですので、全体の話数が減るわけではありません。これから書きたいシーンはまだまだありますし、そこはご安心ください。

そして完結までいけば、「アリィ番外編」としてIFルートの結末、あとイルサネリア誕生の話などを書こうかと思っています。
これはまだ先の話ですが。

章分けについては、次章開始までには確定するかと思います。
アンケートとることも考えたのですが、諸事情により投稿者のページ見れないようにしてますので活動報告とか使ってすることができないんですよね。


では、今後もアリィをよろしくお願いいたします。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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