侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

48 / 67
第48話 怒りに飲まれて死にたくない

「おぉぉぉぉ……儂のかわいいワルモ! 帝国の未来を背負うお前が……こんな姿に!」

 

帝都の自宅で、内政官・マユモは涙を流してベッドの上で変わり果てた姿となった息子の死を悲しんでいた。

部下が後ろから、町の騒ぎから見てワルモは窓から入り込んだアカメによって殺されたのではないかと告げる。

 

「おのれ反乱軍め……このままでおくものか」

 

ギロリと目をむくマユモの目は血走っており、息子を殺された怒りに燃えていた。

……自分の息子が犯してきた悪行に対しては、まったく抱いてこなかった怒りを。

 

 

 

 

 

アカメに逃げられたウェイブは、憮然とした顔で宮殿へと戻ってきた。

その表情は暗い。しかしそれは、アカメを取り逃がしたという後悔からくるものではない。

アカメから聞かされた話……それが、ウェイブの頭を悩ませ続けていた。

 

 

 

 

 

アカメと対峙して戦闘になった後、冷静に、しかし確実に同じ個所に攻撃を受けた末、グランシャリオの一部を破壊されたウェイブはひとまず話を聞いてほしい、というアカメの言葉に応じることにした。

だが、そこから彼にとっては理解できないことをアカメが述べだしたのだ。

 

『私はクロメに直接会いたいんだ。だから伝えてほしい。帝都の外で私が待つと』

 

今更連れて逃げるのか、とも思った。

だが違う。よりによってアカメの目的は「邪魔が入らない場所で二人きりで果し合いをするため」だという。

クロメもそれを望んでいるはずだ、と。

 

これを聞いて、ウェイブは一瞬言葉を失った。

アカメがわざわざ自分と戦うのをやめてまで話をしようとするから何かと思えば、クロメを殺すために呼び出せ、と。

次の瞬間、ウェイブは激昂して叫んでいた。

 

『いくら敵味方でも姉妹だろうが! なんで最後まで殺しあわない努力をしない! 俺にはそれがわからねえよ!』

 

そこから語られたのは、アカメとクロメの過去。

帝国に暗殺者として育てられた二人。アカメは数名の仲間とともに山で鍛えられた。

だがクロメは、帝国の地下において、薬漬けで育てられたという。

 

クロメに投与された薬物は、確かに肉体を強化するが寿命を大幅に縮め、さらに脳にも負担をかけることから精神すら異常になっていくものであったという。

さらに投与をやめれば発作を起こすという、依存性も高いものだ。

精神が異常になるといわれ、最初こそ覚えがなかったものの、クロメが何のためらいもなく仲間であったランを死体人形にしたことをウェイブは思い出し、思わず口をおさえた。そこまでヤバイ薬だったのか、と。

 

アカメが帝国を抜ける際、クロメを連れて行こうとしたのだが彼女は断った。

薬を断ち、生きる可能性を探ってくれというアカメの言葉に対し、クロメは死んでいった仲間たちへの裏切りになるから帝国を離れず、帝国のために戦うと答えたのだ。仲間と敵になるのも耐えられない、と。

 

『クロメの考え方では戦い続けるしかない。薬で壊れながら、残り少ない寿命で。ならば私が戦い、あいつを苦しみから救ってやるんだ。それが……姉として、(クロメ)にしてやれることだ』

『もういい! クロメを生かす話ならともかく、殺す話なんて聞く耳もたん!!』

 

 

 

 

 

「くっそぉ……」

 

思い出しただけでも腹立たしい。

去り際に「どんな事情でも妹を斬ることが救済だというお前はどうかしている」とアカメに言い捨てた。

しかし……それでも、クロメが薬で身を壊しながら戦っているという事実を改めて知り、思うことがないわけがなかった。

 

「ウェイブ!」

「お疲れ様です、ウェイブさん」

 

宮殿にたどり着いたところで、クロメがウェイブへと駆け寄ってくる。

その後ろにはアリィがいた。

クロメは宮殿に入り込んできたのは北の異民族の残党だったようだと話す。

むろん、彼らはすでに全滅しているのだが。

 

(北の異民族……? どうしてこの時期に)

「ってうお!? 何やってんだ!」

「毒を武器に塗ってるやつもいたから、かすり傷でも受けてたら危ないと思って……」

 

考え込むウェイブだったが、いつの間にか上半身を脱がされてクロメにぺたぺたと体を触られていることに気づき、叫び声をあげる。

じーっとウェイブの裸の上半身を見つめるクロメの視線にたまらずウェイブは腕で隠す。

ついでに言えば、アリィの何とも言えないようなジト目の視線が精神的につらかった。

ひとしきり笑った後、ウェイブの顔から笑みが引いていき、ポツリと尋ねた。

アカメとの対話の後から、どうしても心の中に引っかかっていたことがあったから。

 

「なぁクロメ……もう決戦だけど、やっぱ今でもアカメと戦いたいか?」

 

その答えを絶対聞き逃すまいとウェイブの視線が鋭くなる。

アリィもまた、思うところがあってクロメへと視線を向ける。

二人の視線を受けたクロメの返答は

 

「勿論! お姉ちゃんが誰かに殺される前に私が斬りたいし、もし私が負けてもお姉ちゃんに斬られるんだったらいいよ!」

 

一切の邪気のない、笑顔と肯定。そして――

 

「どちらにせよそれでずっと一緒にいられるんだよ。だから早く戦いたい!」

 

歪んだ想いと願いであった。

クロメの返答を聞いて、ウェイブは表情が抜け落ちたような顔で、茫然としたままうつむいた。

対してアリィは彼とクロメ、どちらの様子に対しても何も言わず、ただ目を閉じて考え込んでいた。

 

(おかしなことを言ってるのに姉妹揃ってブレがねぇ……なんとか、しないと)

 

よろよろと立ち上がったウェイブは、やはりおぼつかない足取りで二人から離れていく。

そして小さな声で、エスデス将軍の元に行ってくると伝えて去っていった。

ほしかった返答が得られなかったのだろう、落ち込んだ、というよりは失望した様子のウェイブが去っていく姿を二人は見つめ続ける。

ウェイブの姿が見えなくなってから、視線を変えることなくアリィはクロメへと問いかけた。

 

「彼はもう……あなたに戦ってほしくはないのではないでしょうか」

「そんな……私は、まだ戦えます。お姉ちゃんとの決着だってつけてない」

「……そう、ですか。先日も伝えましたが、あなたの体はもう薬の接種を続けるのが危険だと判断されています。それでも……”継続”するのですね」

 

アリィが暗殺部隊に対して影響力を持った日から、定期的に検診を行い、これ以上の薬物投与が危険だと認められた者に対しては投与を中止し、暗殺部隊から隠密部隊へと異動させている。

そしてもう、限界はクロメにも及んでいたのだが……彼女は、最後まで薬物を投与を続け、暗殺部隊に籍をおくという「継続」の道を選択した。

 

その理由は一つではない。

愛する姉を自分の手で斬る機会を失いたくないというのもあるし、自分にはこの戦い方でしか帝国に、アリィに尽くせないと思っているというのも理由の一つだ。

また、帝具使いである自分が暗殺部隊の一員として戦うことで、暗殺部隊の仲間を含め、暗殺部隊の価値をアリィ以外にも認めさせたいとも思っている。

 

「うん」

「わかりました……あなたという大きな戦力が戦い続けてくれるというのなら……私としても、言うことはありません」

 

アリィとしては、革命軍と激突するにあたり帝具使いであるクロメを戦闘から引退させるのは痛い。

しかしだからこそ、アカメとの決闘を望むクロメに対し思うところもあるのだ。

勝てればアカメという革命軍の中でも大きな戦力を消すことができる。しかし負ければクロメを失う、ハイリスクハイリターンの勝負。

 

「それじゃアリィさん。私は……その、用事があるから」

「わかりました。では私もエスデス将軍の元へ向かうとしましょう……」

 

 

 

 

 

 

エスデスの部屋では、ウェイブがエスデスに対し、北の異民族やアカメと交戦したことを報告していた。

むろん、アカメと会話したことやその内容については伏せている。一歩間違えば拷問コースだし伝えたところで何かが変わるとも思えなかった。

 

さらにウェイブは自分を鍛えてほしいとエスデスに懇願したがあっさり却下された。

アカメと戦い実力不足を痛感していたウェイブであったが、エスデスに言わせれば彼は「完成された強さ」であるがゆえに、言い換えればもう上限だというのだ。

彼の帝具・グランシャリオも安定した力がある分爆発力はない。

 

「この短期間で強くなりたいなら、もう狂った方法をとるしかないな」

「薬物……とかですか?」

「そんなものでは駄目だ。もっと反則技だ」

 

エスデスの口から出たのは、まさに帝具使いにおいて反則の中の反則(タブー)

 

「通常帝具は一人一つだけだ。これは私ですら守っている鉄則。だが、一人が二つの帝具を同時に使ってみたら、どうなると思う?」

「!!」

 

答えは崩壊。まず体力と精神力が持たない。

だが、それでもウェイブなら一度や二度は使うことができるだろうというのがエスデスの見立てだった。もちろん、どの帝具でもというわけではなく相性問題もクリアする必要はあるが。

 

「失礼します」

 

そこへ、クロメとの会話を終えたアリィが部屋に入ってきた。

手には紅茶の入ったティーポットとカップを乗せたお盆を持っている。

 

「おつかれさまです。クロメさんは来れないようですがお二人にお茶をお持ちしました」

「ちょうどいいな。ウェイブ、お前の体だ、お前で判断しろ。それと、アリィが茶を持ってくるならせっかくだ」

 

立ち上がるとエスデスは壁際の幕をあげる。

その奥は小さな倉庫となっており、普段は武器などがあるのだが今回は大きな机がその空間を占拠していた。

机の上には数々の豪華な料理。

 

「皇帝から慰労で馳走を届けられたがこんなにいらん、食べてけ」

「おぉ!」

「なんにせよ飯は食わんと力は出ないぞ。アリィ、私には紅茶をよこせ」

「かしこまりました」

 

ウェイブは笑顔で皿に料理を盛ると食べていく。アリィも食えとエスデスからは勧められたがまずは要望されたお茶をウェイブのぶんとあわせてカップに注いでいく。

食事の中、エスデスは思い出したとばかりにウェイブに告げた。

 

「ああそうだ、甘いものはクロメに持ってってやれ。任務から帰れば腹も」

 

 

 

 

 

 

ガッシャーン!

 

 

 

 

 

 

陶器が割れる音が、部屋に響く。

音がしたほうを見れば、そこには震えるアリィの姿があった。

 

「にん、む……?」

「……あぁ、そうだ。闇の部隊の一員として招集がかかった。反乱軍の陣へ要人暗殺に行くのだろう」

 

ティーポットを落とすというアリィにしてはあるまじきミスに驚きつつも、エスデスは自分が知っていることを話す。

暗殺部隊としてまた身を壊すような戦いをしにいくのか、とウェイブは暗い気持ちになりかけたが、アリィはその比ではなかった。

 

(任務……? 闇の部隊の一員として? つまりは暗殺部隊が?)

 

ティーポットの中に入った紅茶が地面に広がり、さらにはアリィの靴までも濡らしていく。

しかしアリィが気にする様子は一切ない。ガタガタと震えながら頭を抱えるだけだ。

 

(ありえない。ありえないありえないっ、そんな任務、私は出していない(・・・・・・・・)っ!!)

「ちなみに、命じたのはマユモ内政官のようだ」

「し、失礼します!」

 

震えるアリィは目を泳がせながら、エスデスたちに頭をさげ、急いで部屋から出て行った。

自分が壊したものくらい片づけていけ……とエスデスは苛立ちながらウェイブを手招きする。

もちろん、エスデスが割れたティーポットの処理を自分でやるわけもなく、ウェイブにやらせた。

 

 

 

 

 

宮殿を駆け回り、ようやくマユモを見つけ出したアリィは彼に暗殺部隊を出撃させたことについての理由を尋ねていた。

 

「……何だね?」

「マユモ様、暗殺部隊を出撃させたと聞きましたが……」

 

父親から受け継いだ暗殺部隊に関しての書類の中に、確かにマユモの名前はあった。

今でこそ暗殺部隊を統括・管理しているのはアリィであるが、これはアリィが管理しているだけにすぎない。アリィが設立した隠密部隊については完全にアリィが実権を握っているが、暗殺部隊に関しては全ての権力をアリィ一人が握っているのではない。あくまでアリィが管理するというのが暗黙の了解であっただけで、出撃命令権だけは過去に権益をつなげていた上層部の人間数名も持っているのだ。

 

ゆえに、その一人であるマユモが暗殺部隊に出撃を命じることは組織上問題はない。

 

「儂のかわいい息子であるワルモが殺されたのだ……反乱軍にはしかるべき報いを与えねばならん! 当然であろうが!」

「そ、それでどのような編成で出撃させたのですか?」

「編成じゃと? むろん全員で出撃させたわ! とにかく反乱軍の陣を一つでも多く襲撃して奴らの首を落とさねば、ワルモが浮かばれん!」

「……は?」

 

目を血走らせて興奮するマユモとは対照的に、アリィの心は一気に冷めていた。

彼の言葉によれば、無策で、暗殺部隊全員を、ただ突撃させただけなのだから。

 

(なにを……なにを、しているんです? 革命軍の戦力をせっかく減らして、革命が起きたうえで勝てるように動いていたのに……暗殺部隊には帝具使いのクロメさんやカイリさんもいるのに、全員を、出撃させた? 無策で?)

「わかったら儂の時間をとらせるな! まったく、侍女風情が暗殺部隊を統率するのがそもそもおかしいのだ……」

 

邪魔だといわんばかりにアリィを突き飛ばし、取り巻きと一緒に立ち去ろうとするマユモ。

 

アリィが暗殺部隊を統率できたのは、主導立場にあったビルがアリィによって殺されたこと。そしてそれをなしたアリィに対し他の者たちが自分にまで飛び火することを恐れたからこそだ。しかし長い月日が経つと人間というものは恐怖がすっかり風化してしまう。過去のことであるからと忘れ去ってしまう。

 

だから、思い出すべきだった。彼女のことを。

 

(せっかく勝てるように動いていたのに、こちらが戦力を失ったら意味がない……もし帝具が流れたことで革命が成功してしまったら……シャンバラも失われて逃げることさえできなくなったら、私は、私は……)

 

突き飛ばされた痛みを感じながら、アリィの頭の中ではなおも思考が回る。

暗殺部隊の信頼を得ていたのは、彼らをアリィが保護していたから。

その暗殺部隊が死んだことで生き残りが、そして隠密部隊がアリィに対して不信感を持ってしまったら?

次々と湧き上がる不安と恐怖にアリィは飲み込まれていく。

 

恐怖の果てに彼女から湧き上がるのは……狂気しかない。

 

「……が」

「ん? 儂に文句でもあるのか!? 侍女風情が調子に」

 

アリィの言葉に興奮したままのマユモが振り返って叫ぶが……もう、遅い。

アリィがビルだけを排除したのは、暗殺部隊について力を持つ他の権力者がアリィの邪魔をしなかったから。生き残ろうとする邪魔をしなかったからだというのに。

アリィにとっての障害へと変化した彼らを……どうしてアリィが、放置するというのか。

 

 

 

 

 

 

 

「この、老害があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の廊下で、爆発するかのように瘴気が吹き荒れた。

 




アリィ慟哭編が、予想以上に長くなっている。
やっぱり4章予定だったけれども最後の章分割して正解だったようです

……おかしいな、13巻の3分の1くらいしか終わってない気がするぞ?

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。