侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
「うむ、来たか!」
「おはようございます、皇帝陛下。オネスト大臣」
オネストからアリィに伝えられた役職は、皇帝付き侍女という新入りの侍女に対しては異例すぎるものであった。
しかし、帝具使いである侍女というのがそもそも異例である。
事情を知った古参の侍女からも、護衛としての役割があるのだろうと納得され不満は起きていない。
むしろ、オネスト大臣がたいてい皇帝と一緒なのでいろいろな意味で皇帝付き侍女、というのは危険視されているのが実状である。
「本日の朝食になります。どうぞ」
「ぬふふ、楽しみですねぇ。やはり一日の始まりはしっかり食べませんとな」
彼女の仕事は、朝食の給仕から始まる。
大臣の言葉に対し、いつも食べているじゃないか、という発言はもちろんしない。
危機意識の高いアリィは発言にも常に気を使っている。頭が切れる大臣の前では特にだ。
下手に発言して失言などと扱われたくはない。
途中、杯が空になれば飲み物を注ぐ。
皇帝には果物のジュース。大臣にはワイン。
朝から酒を飲むのはいかがなものとは思うが、大臣は平気そうに飲んでいる。
業務に差し支えないなら自分から言うこともないか、とアリィは発言をおしとどめた。
「時にアリィ殿は、家のほうの仕事も継がれたとか?」
大臣がふと食事の手を止めて、待機するアリィに話をふった。
「殿など、私には不要かと思いますが」
「いえいえ、あなたも貴族なのですからねぇ。侍女もしながら仕事のほうも継ぐとなると、私としては無下にもできないのですよ。忙しいと思いますがねえ」
「おっしゃる通り、私は一部の業務こそ引き継ぎましたが……私が手放すのを惜しんだだけです。侍女としての仕事はまっとうさせていただきますし、父が手掛けたものの一部にしかすぎませんので大きな負担ではございません」
そうですか、と呟いて大臣はまた食事に戻る。
本来、アリィとしては親の仕事など継ぐつもりはなかった。侍女として過ごすのなら宮殿住まいになるだろうから屋敷を手放すことも考えたほどだ。
しかし、書類を整理した結果、一つだけアリィの興味を大いに引いたものがあった。
父親のゴーザンは、せいぜい手駒として使える程度に関与しておこう、という程度しか手を出していなかったがアリィはそれをもったいないと考えた。
これは自分が生きる上でも、一つの力になりうる、と。
「なので私はさっそく今夜、屋敷の方に戻ります。行ったり来たりとせわしないですがどうぞご容赦を」
「うむ。余は侍女としてしっかり働いてくれるならいいと思うぞ! そちらも父親が手掛けた重要な業務なのであろう?」
皇帝からの承認もあり、アリィは一礼する。
食事が終わったら食器をさげ、掃除に移らなくてはならない。
二人とも食事を終えたようなので、皇帝のほうから食器を台車に移していく。当然ながら、大臣よりもその食器の数は少ない。
「あぁそうそう。ブドー大将軍に伝言をお願いします。午前中に私の執務室のほうまで来るように、と。無理であるならいつ来れるか時間を聞いておいてください」
「かしこまりました」
皇帝付き侍女、である以上こうした雑用を頼まれる時もある。
アリィは心の中に伝言含めメモすると、台車を引いて食堂から退出した。
もちろん、部屋を出る前の一礼は忘れない。
台車を厨房まで持っていき、皿洗いに任せるとアリィは訓練場へと移動した。
むろん、先ほど頼まれた伝言をブドーに伝えるためである。
新顔であるアリィが宮殿を歩いてもそれを止める者はいない。
侍女の服装をしているというのもあるのだろうが、入って間もない新参者がこうも警戒されないというのもどうだろうか、アリィはそう考えた。
(警備大丈夫でしょうか……万が一ナイトレイドとかが変装して侵入してきたら死ぬんですが。私は死にたくないんですが)
しかし実のところ、アリィの心配は的外れである。
アリィについては、城の警備全員に通達済みであった。だからこそ、警備の兵士たちはこれが通達にあった侍女か、と決して警戒されることがないように放置していたのである。
「決して敵対させてはいけない帝具使い」。
万が一にも、彼女が警備、さらには宮殿の人間たちが悪意を向けた存在と認識されてはたまらない。そのような事故がないよう、オネスト大臣はアリィの容貌や姿について徹底して通達していた。
アリィの帝具、イルサネリアはアリィへの悪意に容赦なく牙をむくのだから。
やがて、朝だというのに武器と武器がぶつかり合う音が聞こえてきた。
そこは訓練場……宮殿に併設された兵士用の訓練場である。
訓練、模擬戦が大勢で行えるよう広く設計されている。アリィは目的の人物を探すも、見当たらない。キョロキョロと眺めた視野の中にはいないようなので、仕方ないと休憩していた兵士に声をかけようとしていたときだった。
「兵士でもない者が、ここで何をしている」
低くはない、しかし聞くだけで重圧を感じさせる声。
アリィが振り返ると、そこには腕を組んだ巨体がアリィを見下ろしていた。
彼こそ帝国の軍部の頂点。皇帝の懐刀にして帝具使いの一人。
ブドー大将軍、その人であった。
鋭い視線を飛ばす彼に、アリィは一礼する。
「おはようございますブドー大将軍。オネスト大臣より伝言を預かっております」
「フン、貴様のことならすでに聞いているが……それとは別件か」
アリィについては、城の警備全員に通達がされている。
それはつまり、宮殿警備のトップである彼に通達がいっているということでもある。
さらに、ブドーは立場上より多くの情報を得ていた。
アリィが帝具イルサネリアの所有者であること。その帝具の能力。
皇帝との謁見において、すでにその帝具が効果を発動していると告げたこと。
――そして、今もなお、宮殿内において帝具の力を行使しているということ。
「私は皇帝陛下より、この宮殿の警備を任されている。私が言いたいことがわかるか」
ゆっくりと、しかし厳格な言葉でブドーは問う。
今もなお帝具を使っているアリィを、決して見過ごすことはできない。そのことをお前は理解しているか、と。
しかしアリィとしても、譲れないものはある。
「私の帝具は、常時発動型。まして臆病な私としては、発動せぬよう手元から離すなどということはとてもできることではありません。ご心配なさらずとも、私の帝具が皇帝陛下を害することはありません。彼が、私に悪意を抱かぬ限り」
顔をあげ、なおも静かに威圧するブドーから目をそらさず答えた。
イルサネリアはブドーに対し何もしない。ブドーの胸中には、今のところアリィに対する悪意は一切ないからだ。だから剣も抜かない。帝具も構えない。
あるのはひとえに、皇帝への忠義。
アリィによって皇帝に害が及ぶことがないか。彼はただそれだけを考えている。
アリィは皇帝への忠誠心が特別強いわけではない。
ただ、自分が死にたくないから。そのためには革命軍よりも皇帝に仕えるほうがいいと判断したまでのこと。
だが、一歩間違えばブドーの行為はイルサネリアの対象となる。彼はもちろん、それを理解したうえでアリィの前に立っているのだ。
革命軍といい、ブドーといい。なぜ彼らは他人のために命を懸けることができるのか。アリィにとっては理解できないし、理解したいとも思えない。
長いにらみ合いの後、先に警戒を解いたのはブドーだった。
大きく息を吐くと、先ほどよりいくらかやわらかい雰囲気で話す。
「お前の価値観は私も聞いた。ゆえに、平穏ならば皇帝陛下や私と敵対する気もない。そうだな?」
「はい。私は死にたくない。それだけなのです。危険がなければ、私から害をなす気は毛頭ありません。そのほうが危険ですので。心配なさるのはごもっともですが、あの純粋な皇帝陛下が私に悪意を持つようなことはまずないと思いませんか?」
違いない、と頷くとブドーはアリィに話を促した。
先ほど言った伝言とは何か、と。アリィが本来訓練場に来たのは伝言のためであったはずだ。
「そうでしたね。大臣が午前中執務室に来るように、と。その時間帯が空いていないようであれば代わりの時間を聞くことも承っています」
「いや、大丈夫だ。確かに伝言は受け取った」
もう用は済んだだろう、とブドーは視線を扉に向けた。長居はするなということだ。なにせアリィは生きる爆弾にも近い存在。訓練場に必要以上に長居させて部下たちの不安をこれ以上募らせる気もなかった。
それでは失礼します、とアリィは一礼して背を向ける。
訓練場の扉に手をかけた彼女の背中に、ブドーはふと思い出したことがあって声をかけた。
「そういえば最近、帝都に辻斬りが出没していると報告があった。お前が夜に宮殿を出入りすることがあるというのは警備上こちらも把握している。せいぜい気をつけておけ。皇帝陛下に余計な心労をかけるなよ、皇帝付き侍女」
警告とも心配ともとれる言葉に、アリィは再度頭を下げると今度こそ訓練場をあとにした。
「辻斬り……ですか。会いたくないですね。死にたくないですね」
宮殿の廊下に、アリィの独り言が静かに流れた。
「帝都はいーいところだなぁ……愉快、愉快。今夜も楽しみでたまらないなぁ!!」
同じ頃。帝都の路地裏で額に目を模した道具をつけた男が歪んだ笑みを浮かべたことを。
“首斬りザンク”と呼ばれた男が、宮廷からサンディス邸への帰り道付近に潜んでいることを。
アリィはまだ、知らない。
しばらくPCが自由に使えなくなるので、次の更新は早くても1か月後になる可能性が高いです。
ご了承ください
追記
別の手段で投稿できました
今までほどパソコンを自由に使えない状態は変わりませんが
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて