侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
本当にありがとうございます。ラストに向かってもう少し。これからもアリィをよろしくお願いします。
「ひいっ、ひいいっ!」
彼女の目の前にいるのは、ヨウカンという男だ。
能力はないが、数々の残虐な遊びを考え、大臣たちを楽しませることによって取り入ったコバンザメ。
直接な命令権はないが、サイキュウなど命令権を持つ者と通じている。余計なことを言って今後無理に暗殺部隊を動かそうとするかもしれない。
――よし、殺そう。
それが彼女の選択だった。
「せ、せめて」
「震えろ、私の恐怖」
「あ、がああぁぁぁ!?」
イルサネリアの強制発症により、ばたりと倒れたヨウカンには目もくれず、アリィは次の標的を探して宮殿をさまよう。
彼女が歩いた場所はすでに瘴気が濃く漂っており、その量は今までの比ではない。
そして、瘴気はさらにアリィの首から、そして顔や手など全身から放出され続けている。
「……まだ、まだです」
マユモが自分を通さず暗殺部隊を動かしたこと、しかもそれが無策の特攻であったこと。
それがアリィの暴走を引き起こした。ただでさえ革命が近いデリケートな時期であった上に、彼女は革命が起こったうえで勝利する、そのために戦力の調整を行っていた。
そこへマユモによる独断だ。大事な戦力を失ったうえに暗殺部隊や隠密部隊から不信感をもたれかねないというこの事態はアリィにとって決して無視できるようなことではなかった。
せっかく組み上げた計画を根底から崩されかねないと、革命で命を落としてしまうかもしれないと恐怖した。
その恐怖は、アリィを再び狂気へと染め上げる。
ばぁん! と音を立てて扉を開く。
部屋には兵が数名と、壁に張り付くようにしてアリィに怯える男の姿があった。
彼の名はサイキュウ。オネストの補佐をしていた有能な男だ。
「ああ、サイキュウさん……こちらにいらっしゃいましたか」
「ひィ……く、来るな、来るなぁ!」
サイキュウだけでなく、彼の周りにいる兵も震えている。
彼女の脅威は宮殿に勤務する者なら必ず一度は耳にしている。そして今、まさに全身から瘴気をまき散らしながら霊鬼のごとく冷たい目をした彼女が目の前に立っているのだ。
その恐ろしい姿に恐怖するのも仕方がない。
「う、うわああああああああああああくひっ」
恐怖に耐え切れず一人の兵士がアリィへと武器を抜いて切りかかる。
だが、彼女に武器が届くことはない。自分で自分を切りつけ、その場に倒れ伏す。
兵士の首から血が流れてアリィの靴を汚すも、彼女は一向に気にした様子は見せずサイキュウへと近寄っていく。
他の兵士は、自分ではもうどうにでもできないと悟り悲鳴を上げて彼女からむしろ離れている。逃げていると言ったほうが正確であろう。
彼らのことはアリィも追いかけようとはしない。アリィが今目に映しているのは逃げようにもアリィが視線を外さず逃げられなかったサイキュウただ一人だ。
彼女がサイキュウから目を離さない理由は一つ。サイキュウはかつて、オネストに暗殺部隊の有用性を説き、暗殺部隊を設立させた張本人であり、それ故に
「あなたも暗殺部隊への出撃命令権、持っていましたね……サイキュウさん」
「そ、そうだ……です……」
すでにアリィは壁を背に座り込んだサイキュウのすぐ側まで来ている。
近づいたアリィはしゃがみ込むと、サイキュウへと顔を近づける。
「あなたは……まだ、分別のある方です。前回も真っ先に私に暗殺部隊を委ねると決定してくださったのはあなたでしたしね?」
ビルが死んだあと、その利権に群がる者もいたが、サイキュウは真っ先にアリィが暗殺部隊を管理することを了承した。ビルが殺されたことに対しアリィの危険性を認めたからこその判断だった。彼女の邪魔をしたビルが殺された、というだけでなく、サイキュウの了承という背景もあって、やがてアリィが暗殺部隊を管理することが暗黙の了解として認められるようになったのである。
「ですが」
アリィは何人も殺してきたにもかかわらず、血で濡れてはいない両手でサイキュウの頬に手を当て、彼が目をそらせないように押さえこんだ。
ガタガタと震えるサイキュウに対し、アリィはもう少しで触れるかのような距離まで顔を近づける。
「私は死にたくないんです。私の足を引っ張るような真似を、革命が始まろうとしている今になってされるわけにはいかないんですよ……」
「ひぃ……ひぃぃ……」
極限まで近づけられた、アリィの濁った目から顔をそらすこととができない。
それだけでも恐ろしいのに、アリィの顔の一部からも溢れ出る瘴気が近づけられたサイキュウの顔を撫で、より恐怖感が増大される。
サイキュウは有能であるがゆえに確信していた。ここで彼女の意に沿わない返答をすれば、確実に殺されると。
「あなたは、私の邪魔をしませんよね?」
「し、しません! 断じてしませんっっ!!」
血反吐を吐くかのようにサイキュウは答える。ここでNOというだけではない、黙り込んだだけでもきっとアリィは自分を排除するだろう。意に沿わないなら殺す、ただそれだけの理由で。
自分の邪魔になる人間は殺す、そんなことを考える人間は今の宮殿には大勢いる。しかし、ここまで狂気を纏った恐ろしい存在はいなかった。
欲から来る打算じみた排除ではない。「そうするのが当たり前」と言わんばかりの……否、実際にそう思っているからこその、作業のような排除。
「そうですか……ならいいんです」
アリィの顔が離れていく。
死神が遠ざかったに等しい解放感にサイキュウは言葉を失い、緊張が解けたことでバタリと気を失って倒れてしまった。
倒れたサイキュウをアリィは起こすことも介抱することもしない。
彼にしっかり釘を刺した以上、彼は絶対にやらかすことはないだろう。少なくとも、今まで自分が殺してきた人間よりは信用できる。
金だけの
口先だけの
こびへつらうだけの
まだまだ他にも殺したが、アリィはもう細かい人数など覚えていない。
思い出した、あるいは出会った端から殺していったのだから。
他に殺すべきだろう相手はいないかと、人が集まっている部屋へ足を運び、勢いよく開く。
扉の前には兵士がいたが、アリィの様子を見て誰も止めることはできなかった。
「ひぃぃ! 衛兵は何をしておったのだ!」
「アリィ! これは……」
「へ、陛下! 今のアリィ殿は危険です!」
中にいたのは数人の近衛兵と政務官、大臣オネスト、そして皇帝だった。
彼らは会議中、アリィがマユモをはじめ高官を何人も殺しているという一報を聞き、最初は全員が逃げ出そうとした。しかしその報告を信じられなかった皇帝は、「アリィに何があったのか聞く」と譲らず隠し通路から逃げることを拒んだ。
皇帝が残るとなると、他の者が逃げ出すわけにもいかない。
あくまで彼らの頂点にたつのは皇帝である。その皇帝を放置してて逃げた場合、万が一何事もなかったとしても戻ってきた後で自分の立場を失いかねないのだから。
「……これは皇帝陛下、大臣。そして皆々様。どうかなさいましたか」
「……そ、その姿はいったいどうしたのですかなアリィ殿……」
オネストは顔や腕など自らの肉体から瘴気を発生させているアリィの姿について尋ねる。
彼女の帝具、イルサネリアについてオネストはある程度詳細を知らされている。瘴気を発生させるのはあくまで首輪だと聞いていたため、彼女の肉体からも瘴気が出ていることには説明がつかない。
何より……その姿が、人を外れた何かのようにも見えてしまったのだ。故に聞いた。
そして、それはあながち間違いでもなかったということがアリィ本人の口から告げられる。
「あぁ……どうやら、私の体の一部が変質してしまったようで。ありていに言えば帝具と
遠く離れた革命軍基地でタツミにも起こった現象が、今アリィにも起きていた。
瘴気を噴き出す箇所は瘴気と同じ黒に染まっている。
その箇所というのが顔の半分や、腕。これらはかつてイルサネリアの奥の手”
もともとイルサネリアはその性質上、アリィの思考をもとに悪意を判定する瘴気を生み出すため首輪の内側につけられた棘からアリィとは常につながった状態にある。
そこへ奥の手が発動したことによって、アリィの体はすでに半分帝具と混ざった状態にあったのだ。レオーネの帝具であった百獣王化ライオネルの変身能力は、それを前提とした帝具であったがゆえに安全対策も施されている。しかし、アリィの帝具にそんなものはなかった。さらに言えば意識すらイルサネリアの危機察知能力にゆだねるなど、融合の深さはライオネルよりも深い。
ではなぜ、奥の手を使ってから時間がたった今になってアリィが帝具と混ざる事態となったのか。
それはアリィの精神状態の悪化と連続した瘴気放出にある。
普段日常でもイルサネリアは瘴気を放出させているが、目に見えるほどではなくわずかな量。しかし、アリィの意思によって濃度の高い瘴気を発生させることが可能である。この時は黒い霧のごとく瘴気は目に見えるものとなって現れる。
ワイルドハントと激突した時でも、アリィが瘴気を広範囲に発生させた回数はさほどではない。しかし、アリィは公開処刑の裏で革命軍などに襲撃を行った時、何度も広範囲への瘴気を発生させている。イルサネリアの使用頻度が多かったこの時期に、ただでさえ革命が迫り精神的負担が大きかったアリィにマユモが彼女を激昂させるような事態を引き起こした。
結果、「より大量の瘴気が必要である」「大量の瘴気が必要であるほど使用者が危険である」とイルサネリアはアリィの体へ侵食し、奥の手によって侵食が大きかった部位を変質させた。
イルサネリア……もっと言えばその材料となった危険種・パンデミックの細胞に。イルサネリアの瘴気たる細菌が爆発的に繁殖できる環境に。
「帝具と混ざる……あ、アリィ! そなたの体は無事なのか!?」
「健康上は問題ありません。お心遣い感謝いたします、陛下」
皇帝にとってはアリィの体に悪影響が出るのではないかと心配になったが、オネストは逆に大きな危機感を持っていた。
今実際に目にしてはっきり理解した。彼女が作り出す瘴気の量が、明らかに増えている。
そしてそれ以上に、それを何とも思わずに殺戮に利用したアリィの精神状態が普通ではない。
「なぜこのような殺戮をあなたが……アリィ殿……まさか、私たちまで殺すつもりなのですか……?」
自らの切り札である、オネスト自身の帝具。帝具を破壊するアンチ帝具、絶対制限イレイストーン。
アリィが正気を失ったのなら、彼女を止めるため頭に装着しているその帝具を使用すべきかと思ったが……そんな気持ちは抱いた瞬間に消え去った。
無理もない、頭によぎった次の瞬間には彼女の目がこちらを射抜いていたのだから。
(発動が間に合うわけがない……使おうとしたその瞬間、私は殺されるっ……!!)
ガタガタと震える体。
しかしまだ、彼女には言葉が通じる。だからこそ最後の悪あがきとして対話しようとした。
それに対し、アリィはやれやれといった様子で質問に答える。
十人以上を殺したことなど、仕方のないことだと言いたげに。
「……なぜと言われても。マユモ様によって勝手に私を通さず部隊を動かされたのですから。革命を前にした今、帝具使いを含めた貴重な戦力を勝手に使われてはたまらないんですよ……わかりますか? わかりますよねオネスト大臣? あなたは他の無能とは違いますよね? 自分の計画を邪魔される苛立ちがあなたにはわかりますよね? だったらわかってくださいオネスト大臣。私のことを無視してそんなことをする者などいらないではないですか。私のことを顧みない人間なんて私を死に追いやるだけではないですか。策もなく? 計画もなく? 危険にさらされて私が納得できるとでも? 納得できるわけないでしょう! 私がこういう人間だということを理解しておられますよね? だからこそ私がイルサネリアを使用できるのだということはご存知の通りです。ねぇ、オネスト大臣。別に私だって帝国の人間を皆殺しにしようだなんて思っておりません。私は革命を止めたいんです。でもその邪魔をする人間なんて必要ないとは思いませんか? 思いますよね、そう思いますよねぇ!! だったら殺しても問題ないとは思いませんか? ただでさえ彼らは他者にすがるだけの無能にすぎません。帝国の未来も考えれば、能力のある人間すら殺そうとは思いませんよ。でもそうじゃないんです。能力はないのに権力はある、そんな人間邪魔でしかないとは思いませんか? 使いやすいというのは確かにあるでしょう。でも邪魔です、邪魔なんですよ。何も考えず勝手に権力だけ使ってこちらの邪魔をする、そんな者を殺して何が悪いんです? 悪いんですか? 私が悪いんですか!? 私はただ死にたくないだけなんですよ! それすら邪魔する彼らがっ! いてどうなるというんですか! えぇ、私はただ暗殺部隊に命令を出せる者の中でも、勝手に動きそうなものや裏切りそうな者を消しただけなんです。あるいは邪魔をしようとした者を消しただけなんです。仕方ないではないですか。すでにマユモ様という前例がいたのですから。失敗です、迂闊でした。こんなことになるならさっさと消しておけばよかったっ!! でも、せめてもう一度同じようなことにならないようにすることはできます。邪魔をするような者は先に整理しておくことができます。オネスト大臣もそう思うでしょう? 私は自分ができることを、すべきことをしただけにすぎません。宮殿内を混乱させたことについては大変申し訳ございませんでした。ですがどうかわかってください、私は、私は」
はぁ、はぁ、と呼吸を荒げるアリィ。
止める間もなく濁った目で話し続け、突然叫び、突然静かになる彼女に対してオネストは完全に言葉を失っていた。
「私は、死にたくない」
最後の場面を書く作者。
作者「…………」
字数を見る作者。
画面を見る作者。
アリィの狂気が字数どころか作者のプロットまでも突破しました。
こんなはずじゃなかったんです、次回はクロメの決闘に突入!って言えるはずだったんです。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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