侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第51話 約束したって死にたくない

誰もが黙り込んでいた。

瘴気をまき散らしながら不安定な様子で己の感情を吐露したアリィを前に誰も動けない。

誰も口を開けない……かに、思われた。

 

「アリィ」

「!」

 

濁った目が、震えながらも毅然とした目で彼女を見つめる声の主へとむけられた。

彼は……皇帝は、知らなかったアリィの姿を前に、震えながらも語りかけた。

 

「余の臣下が……そなたを苦しめてしまったのだな? 追いつめてしまったのだな」

「はい。おっしゃるとおりです」

 

陛下ぁ!? と叫びたいオネストだったが、先ほど向けられた狂気を前に彼は口を開けなかった。

しかし、アリィが皇帝に対し何も手出しをする様子はなく、また自分にも危害を加えられる様子はなかったため静観する。

今のアリィを止められるのなら、内心子供と嘲笑っていた皇帝にすらすがりたい状況なのだから。

 

一歩一歩、皇帝は瘴気の中アリィへと近づいていく。

もし彼がアリィに対して悪意があれば、今この瞬間に死んでいただろう。

しかし彼は倒れない。だからこそ、アリィは黙って彼を見つめている。

自分に危害が加えられないなら、アリィが皇帝に手を出す理由はないのだから。

 

「すまない」

「…………」

「すまない……すまないアリィ……余がもっと臣下を統制できていれば……」

 

皇帝はただ、自分がふがいないせいだと言って涙を流す。

その様子にアリィは、正直なところ何と言えばいいのか言葉に迷った。

アリィに言わせれば、確かにアリィを追い詰めた一因となったのは皇帝の臣下たる内政官……だが、その責が皇帝にあるとまでは思っていなかった。

彼らのような俗物は、皇帝が何と言おうと自分の都合で動いていただろう。事実、アリィが殺した人間のうち、何人が皇帝を本心から敬っていたというのだろうか。

 

もっとも、皇帝からしても自分のせいだと己を責める理由はあった。

革命が迫って心に余裕がなかったのは、なにもアリィだけではない。

革命という皇帝への反抗。それは皇帝自身にも、「自分の統治が間違っていたのだろうか」と疑問を抱かせずにはいられないものだった。

 

「陛下。あなたの責任ではありません。あなたが負い目を感じる必要など」

「だがっ! 余は……アリィに……そんな顔をさせたくはない……」

 

自分の足を引っ張るであろう人物を殺し続け、それに何も思うことなくただ狂気に身を任せていたアリィ。

一部から瘴気が溢れるその顔には、感情というものが抜け落ちた冷酷なまでの無表情しかなかった。

濁った目を向けられて皇帝は確かに恐怖した。しかし同時に、そんな目をアリィがしているという事実がただ辛かった。

 

「もう、やめてくれ……これ以上、そなたが変わり果てる姿を見たくない……」

「……私、は」

「アリィさん!」

 

言いよどんだアリィの元へ、今度はエスデスに状況を聞かされ、慌てて戻ってきたクロメの声が届いた。

彼女に続いて暗殺部隊の面々も顔を見せる。しかし……その数は、アリィが記憶しているよりも明らかに減っている。ましてや、リーダー格であったカイリの姿が見えないのは明らかにおかしい。

 

そのことに気付いたとき、やはり自分は間違っていなかったと確信する。

大きな戦力を失ったのだ、自分の足を引っ張るような輩は

 

「アリィ」

 

手を握られる。

またも感情が暴走するところだったが、皇帝が手を握りしめたことによりアリィの思考が戻ってきた。

 

「もうよい。そなたがこれ以上苦しむ必要はない」

「ですが、私の邪魔をするような者を残しておくわけには」

「ならば余に言ってくれ。余は皇帝だ! 臣下が帝国の邪魔をするというのであれば皇帝たる余がそれを止める義務がある。アリィが手を汚す必要は……ないのだ」

 

約束する。だから、と涙ぐむ皇帝を前に、アリィもいくらか落ち着いた思考で考える。

そもそも、この時点ですでにあらかた排除すべきと目をつけていた人間は殺している。これ以上感情に任せて自分が暴れては帝国内部にも敵を増やしてしまう。それはアリィの望むところではない。

 

当初の目標を達成していること、そして皇帝の必死な説得。

自分で手を下さずとも、まだ気になるようであれば皇帝に陳情すれば済むというのなら……これ以上暴れる理由はない。

 

「わかり、ました」

 

体から瘴気が放たれなくなり、自然とすでに周りに存在していた瘴気も霧散して薄くなっていく。

黒く染まりかけた姿から元に戻っていたアリィは、それでも変わらぬ濁った目のまま頭を下げる。

 

「もとより、真っ先に排除すべきと考えた人間はあらかた処理しました……これ以上は、皇帝陛下やオネスト大臣に委ねます」

「そ、そうですか! ええわかりましたとも、私からもアリィ殿が不利益を被ることがないよう動きましょう」

(もっとも、まだ邪魔をするような輩が生き残っていればの話ですが……)

 

アリィが落ち着いたと見るや、ここぞとばかりに声をあげ自らがアリィにとって有益な存在であることを印象付けようとするオネスト。打算はもちろんあるが、それ以上にアリィが再び今回のような暴走に陥ることは大いに避けたい。本当に死ぬかと思ったのだ。

 

こうして、ようやく宮殿での騒動は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

暗殺部隊の襲撃があった翌日。

ナジェンダは、食事中の会話を思い出しながら静かに煙草の煙を吐き出していた。

今夜、アカメがクロメと会う。アカメが革命軍に入るとき、条件として出されたのが「妹のことについてのみ、可能な範囲でわがままを通させてもらう」というものだった。

ナジェンダとしては今がその条件を満たす時だと思っていた。彼女と戦うか、和解するか。まず説得は不可能だろうとは思っているが、どちらになろうとナジェンダにアカメを止める気はなかった。

 

革命軍は、アカメがクロメの面倒を見るならクロメの罪を問わないと決定もしている。

一時は標的として定められていたクロメであったが、彼女一人が戦局を大きく左右するとは思えないし、革命終了後生き残っていても、その罪を不問にすることが認められるほどアカメの働きは認められている。

 

(しかし……問題はタツミだ)

 

ナイトレイドに入ったばかりのタツミなら、きっと反対していただろう。

「姉妹同士が殺しあうなんておかしいじゃないか」と騒いだだろう。事実ウェイブはそのようなことを口にしている。

しかし、今回ナジェンダの話を聞いてのタツミの返答は違った。

彼は「アカメが決めたなら、どんな結末になろうと力を貸す」と答えたのだ。たとえ殺し合いになるとしても、そうなるならば受け入れる、と。

 

(これは大人になった……ということではないだろう)

 

また、大きく煙を吐き出す。

顔を上げれば、空には曇りない青空が広がっていた。その明るさにわずかに目を細めながら、ナジェンダは思う。

 

こんな時代は、早く終わらせなければ……と。

 

 

 

 

 

タツミとアカメは、外で二人、地面に腰をおろしていた。

アカメがクロメに会いに行くにあたり、タツミもついていく、と持ち掛けたのだ。

もちろんアカメは反対したが、タツミとしてはアカメの邪魔をする気は一切ない。むしろ、邪魔をさせないために同行するのだと言う。

 

「相手が一人で来るとは限らないだろ? クロメはその気でも、誰かがついてくるかもしれない。そうなったら俺が排除してやるよ」

「タツミ……」

 

アカメは、戦うなと言われたのではないかと聞く。

タツミは公開処刑の戦いの後、革命軍の医者に診察してもらったところ、インクルシオが彼の体を侵食していると告げられた。帝具の使用は、最大でも3回が限度であり、それ以上は体を乗っ取られてしまうだろうと。

だが、それでもタツミは必要ならばインクルシオを使うつもりでいた。

 

「もし今回その一回を使うとしても、何の悔いもねえ。帝具持ちの医者が4回は持つって判断したんだ。まだ戦える力があるのに、それで仲間にまた何かがあったら、俺は……」

 

目が覚めたとき、知らされたスサノオとマインの死。

自分を助けるために、そして自分が意識を失っている間に二人が死に、自分は何もできなかった……。

特にマインは、タツミと互いに想いを伝えた相手だ。彼女がいなくなったことは、タツミに大きな喪失感を与えていた。

 

だからタツミはアカメに協力する。

もう一人何もできないでいるのはごめんだと。たとえ己の命を削るような行為でも、何もできないでいるよりは仲間のために戦ったほうがよっぽどマシだと。

 

彼の決意を聞かされ、アカメは儚げな笑みを浮かべる。

立ち上がると、腰に下げていた村雨を抜き、タツミに見せる。

 

「この村雨には奥の手がある。今の私には使えないが」

 

さらにアカメは続ける。

この妖刀の奥の手を使うには人間を捨てなければならないと教わった。

 

「斬って斬って斬り抜いて……心が鬼になったときに使えるのではないかと私は解釈している。その時は、近いのかもしれない」

「えっ……」

 

ウェイブに言われた言葉がアカメの頭によぎる。

「どんな事情にせよ、妹を斬ることが救済になると言ってるお前はどうかしている」。彼の言葉はアカメの胸に深く刺さった。

もちろん、今夜会うときに最後の説得をする心づもりではある。しかし、説得できなければ、彼女を救う手段として「斬ること」を選ぶ自分は……ウェイブの言う通り、心が鬼に近づいているからこその考えではないのかと。

妖刀を振るう自分もまた、恐ろしい存在になっているのではないかと思ってしまう。

 

「だから、タツミ。もし私の心が鬼になったら、妖刀に取り憑かれてしまったら……その時はもうナイトレイドの標的だ。お前が私を斬ってくれ。ナイトレイドに討たれるなら、本望だ」

 

一切の迷いない目で、万が一の時は自分を討てと頼むアカメ。

彼女の言葉に驚いた様子を見せるも、僅かに笑みを見せる。

自分にばかり約束させるなと、彼からもアカメに頼む。

 

「じゃあ俺からも頼みがある。もし俺がタイラントに乗っ取られちまったら、俺が竜になったら、アカメが斬るんだ。……仲間に討たれるなら本望だよ」

 

本当にどうしようもなくなったら、その時は……と二人は約束する。

もちろん、何事もなければそれでいい。そうならないように全力で頑張ろうと語るタツミに、アカメは微笑んで頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らは、気づいているのだろうか。

互いに自分を殺せと躊躇なく言えることは、決して平常ではないのだと。




たくさんの評価、感想、ありがとうございます。
今回はいわばつなぎの話となりますが、削るわけにもいかない話。次回はいよいよアカメとクロメの決闘となります。

そして、決闘の話をもって第4章も終わり。
その後はついに最終章へと入ります。最終章に入る前にはいつものごとく後書きにて章予告しますので、どうぞお楽しみに。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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