侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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一ヶ月もかかると前回書きました。


図書館のパソコンで書けちゃいました。
投稿しまーす。


第6話 首を落とされて死にたくない

夜。

宮殿の門をくぐりぬけ、街へと踏み出したアリィ。

彼女は侍女としての仕事を終え、サンディス家という貴族の仕事をするために屋敷へと向かっていた。

 

「辻斬りには会わないですむといいのですが」

 

辻斬りという物騒なものなど、何よりも死を恐れるアリィにとっては避けるべきでしかない。

欲を言えば護衛があったほうがありがたいほどである。しかし、いくつかの理由からそれはかなわなかった。

 

まず、宮殿警備を個人の護衛に回すには、人員的に余裕があるわけではないこと。

そして、アリィが帝具使いであることだ。

ナイトレイドすら撃退して見せた帝具をもつアリィに護衛は不要と判断されたのである。

 

サンディス家の護衛はナイトレイド襲撃によってほぼ死に絶えた。

残ったものは屋敷の護衛にあて、アリィ個人を迎えには来れない。

 

つまり結果として、アリィは一人で夜の帝都を歩くこととなったのである。

 

 

 

 

 

アリィは道を歩く中、やけに人が少ないなと思っていた。

確かに時間は夜、仕事も終え多くのものが家の中でもおかしくはない時間帯ではある。

しかし、それでも昔はまだもう少し人が歩いていてもおかしくはなかった。

やはり原因は辻斬りだろうな、とアリィは納得する。

 

宮殿を出る前に、僅かながら最近出没するという辻斬りの噂は集めてきた。

どうやら元首切り役人だったようで、被害者は皆首を切られているという。

被害者の中には警備隊もいた。武装していた警備隊の人間すら殺されているのはもちろん理由があった。

 

それが、帝具。

 

「さすがにどんな帝具かはわかりませんでしたけどね……」

 

情報を集めるにも限度がある。

屋敷に戻れば、情報収集に大きく手をつける手段はある。しかし宮殿ではさすがにどうしようもなかった。

業務をできる場所をいっそ宮殿に用意してもらうか? アリィとしてはそれが一番だがさすがに侍女の身分でそのようなことを頼むことはできないだろう。

 

余計な問題を起こしたくないアリィはため息とともに自重する。

家々からこぼれ出る明かりが僅かに照らすだけの道を、アリィは歩きながらこれからのことを考える。

しかし、ふと顔をあげる。

 

「……?」

 

何か、いやな感じがした。

まるでナイトレイドが屋敷を襲撃した、あの時のような。

そのとき以上に、誰かに見られているような。

 

「これはちょっと……まずいかもしれないです」

 

少し駆け足になって、アリィは屋敷への道を急ぎ始めた。

 

 

 

 

 

「おおっと、急に走り出したねえ……愉快愉快」

 

彼女を「遠視」していた男は、ニタリと口元に笑みを浮かべる。

早速見つけた獲物を、逃がすつもりはさらさらなかった。相手は少女。自分が追いつけないほどではない。

彼女の筋肉の動きすら見える男は、少女の身体能力を十分把握していた。

 

「危ないなぁ。夜に一人で出歩くなんて怖ぁい人とあっても知らないよぉ? 愉快、愉快!」

 

獲物めがけ、男もまた走り出す。

 

 

 

 

 

結果として、アリィは広場にて一人の男と対面することになった。

ぼろぼろになったコートに、首元にはネクタイ。しかし、額に光る「目」を模した道具にアリィの視線はそそがれていた。あれが自分にとって危険なものだと、アリィにはわかっていた。

 

あれは自分の首にあるものと同じ、帝具である、と。

 

「お嬢ちゃん、夜帝都を歩くのは危険だよ? 危ない事件に巻き込まれたり、人に襲われるぞ?」

「たとえばあなたですかね、噂の辻斬りさん」

 

したがって、目の前の男が話に聞いていた辻斬りだということも推測できる。

辻斬りがかつて勤めていた監獄の署長を殺して帝具を奪ったという話は聞いていたからだ。

そして何より、男の目。

 

アリィはその目を知っている。

あれは、地下室で何度も見た、父や母と同じ目だ。

他人の命を奪うことを、快感として味わっている狂人の目だ。

 

「俺のことを知ってくれているのかい? 愉快愉快。だが俺のことを辻斬りだなんて味気ない呼び方をしないでくれよ。どうせならこう呼んでほしいねえ……そう」

 

首切りザンク、と。

ニヤリと笑うザンクの袖から、鋭い刃物が伸びる。

何度も何度も首を落としてきたザンクの武器が、アリィを次なる獲物としてその切っ先を光らせていた。

 

「逃げても無駄だぞ? 俺の額についてるのは帝具スペクテッド。お前の動きはぜーんぶ見える。心の中まで見えるんだぜ? 便利だろう?」

「そうですか。なら」

「もちろん、お前が逃げようとゆっくり動こうとしてるのもぜーんぶ見えてる」

 

アリィとしては気づかれないようゆっくり下がっているつもりだったが、ザンクの帝具の前にはまったく意味がなかった。

彼の帝具、スペクテッドは”五視万能”と呼ばれる。五視の機能のひとつ、「未来視」。

筋肉の僅かな機微からどう動こうとしているのか、その未来の軌道を見ることができる。

彼女の身体能力を見ぬいたのもこの機能の応用によるものだ。

 

「怖いか? 怖いよなあ? だがな、いままで首を落としてきたやつらの連中はこれが意外と違う表情をしてるんだ。えっ? ていう疑問を浮かべた、唖然とした表情が結構多いんだよ。お嬢さんはそんなに怖そうな顔していたら変わらないかもしれないけどな」

 

確かに、アリィはおびえている。

自分の首が落とされ、死ぬことに恐怖を抱いている。首を落とすのがますます楽しみになるくらいに。

 

「愉快愉快。お嬢さんは首が落とされたらどんな気持ちなんだろうな? ちょっと俺に教えてくれない?」

 

そこでザンクは、つい興味がわいて「洞視」を使ってみた。相手の表情からその心を読む能力である。

 

(さーて、このお嬢さんはおびえてどんなことを考えているのかな?)

 

それは確かに、

 

『死にたくない』

 

(ん?)

 

ザンクにとっては、ほんの興味本位だけでしかなかったから。

 

 

『死にたくない死にたくナイ死ニタくない死にたクナい死にたくナイ』

 

 

まさか、ただ怯えているだけに見える少女が心の中に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくナイ死にたクナい死にたくない死ニタクナイ死ニタくない死にたくない死にたくない死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にタクナい死にたくない死にタクない死ニたくない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニたくない死にたクナい死にたクない死ニタくない死にタクナい死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にたくない死ニタクない死にタクない死ニたくない死にタクナイ死にたくない死にタクない死にたくない死にタクない死にたくない死にたくない死にたくナイ死にたくない死にたくない死にタクナい死にたくない死にたくない死にたくない死にたクナイ死にたくない死にたクナイ死にたくない死ニタクナイ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタクナイ死にタクない死にたくない死にタくない死にたくない死にたくない死にたくない死ニタくない死にたくない死にタクない死にたクない死ニたくない死にたくない死にたくない死にたくナい死にたくない死にたくない死にたくない死にタくない死にたくない死ニタくない死ニたくない死にたクナい死にタくない死にたクナい死にタクナい死にたくナい死ニタクナイ』

 

 

 

 

 

こんなドス黒い恐怖を抱えているなんて、思ってもみなかったのだ。

 

「う、おおおおおおお!!?」

 

ザンクは普段、耳から死者の怨嗟が離れない。延々と聞こえるその声をごまかすために人と話すときは必要以上におしゃべりをすることで声をごまかしているほどだ。

 

そんなザンクですら、今のアリィの心中ほどの黒く染まった声を聞いたことがなかった。

 

「な、何なんだお前はぁ! お前、あ、あんなもの(恐怖)を抱えて生きているのか!? そんなに死ぬのが怖いのか!? お前はどうして、あんな恐怖の中で、たったそれだけのおびえた顔をしていられるんだあ!!」

 

ザンクは叫ぶ。目の前の少女が、こんなドス黒い存在だなんて思っても見なかったから。

対してアリィは。

 

「だって。私は死にたくないんです。斬殺絞殺撲殺焼殺圧殺刺殺、あの地下室でいろんな死を見てきました。そんなのは嫌です。あんなのは嫌です。私は死にたくない」

 

もはや、その目すら真っ黒な恐怖で染まりきっており。

さらにザンクの目には、彼女の周りに黒い瘴気が漂っているのが見えた。

あれが何かはわからない。ついに耳だけじゃなく目にまで死者の怨嗟を感じるようになったのかもしれない。

 

とにかくもう、ザンクにはなりふり構っている余裕はなかった

 

「げ、”幻視”!」

 

スペクテッドの中でも特異な能力を発動する。

自分の姿が、相手の最も愛する姿に見える幻をかける能力。

どんな相手でも、最も愛する者が前にいれば平常ではいられまい。ザンクがそう考えていたからこその発動だった。

 

そして確かに効果はあった。アリィの表情もまた、変わったのだから。

彼女はなぜ、という表情を浮かべている。

 

(今しかない!)

 

おおおおおおおお! というザンクの叫びすら、幻を視ているアリィには聞こえていない。

ザンクは恐怖を振り払うように、彼女の首をめがけて腕を振り払った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。あなたの言うとおりですね」

 

アリィにはわからなかった。

どうして、その人物が目の前にいるのか。

 

なぜ、「自分が自分に向かって」走ってくるのか。

 

だが終わってみればなんのことはない。おそらく帝具の能力だったのだろうと予想できる。

 

恐怖が去った喜びに笑みを浮かべながら、アリィはゆっくりと前に歩を進めた。

 

「切られた首というのは、確かに何が起こったかわからない、えっ?という顔が多いようです」

 

足を止めると、ゆっくり、それを拾い上げる。

 

何が起こったのかわからない。

恐怖ではなく、そんな疑問を、首だけになったザンクは浮かべていた。

 

「どうですか? 首を落とされた感想は。あなたが首を落としてきた多くの人と同じように、自分も首を落とされるってどんな気持ちです?」

 

 

 

ちょっぴり、切ない?




8月8日
日刊ランキング33位に入っていました。

高評価もいただき、急にお気に入り登録や閲覧数が増えて変な声が出たのは内緒です

これからもよろしくお願いします

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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