侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第60話 凍える世界で死にたくない

「し、至高の帝具が……負けた……」

 

宮殿のテラスで、オネストは唖然とした顔をして倒れたシコウテイザーを眺めていた。

このままではまずい、急いで逃げなくては。

そう考えて思わず、足が……

 

「……は。ハハハハハ! ここで自由になりましたか、ここで!」

 

先ほどまで逃げようにも動かせなかった足が、動く。

その事実に気づいたオネストは笑わずにはいられなかった。自分はこんなところで死んでいい人間ではないのだと。

 

彼が自由になったのは、シコウテイザーが倒れたことに起因する。

イルサネリアの能力は所有者への悪意を自傷衝動に変える力。先ほどまでオネストが逃げられなかったのも、「アリィを殺しかねないシコウテイザーの奥の手を起動し暴れさせる」意思がイルサネリアによって歪められたためだ。

しかし、今シコウテイザーは倒れ伏した。つまり脅威が実質なくなったのである。

そのため、イルサネリアの能力も解除され、オネストは動けるようになったというわけだ。

 

「フフフ、誰も私を裁くことなどできないのです……このまま地下から逃げるとしましょう」

 

ニヤリと歪んだ笑みを浮かべると、オネストは足早に宮殿の中へと入っていった。

誰もいない宮殿を、オネストは笑って走っていく。

宮殿にとどまるのは至高の帝具が敗れた以上愚策。革命軍が攻めてくる前に自分は安全なところに逃げようというのがオネストの考えだった。

 

だが途中で、進む先の壁が吹き飛ばされる。

 

「何事ですか!?」

 

破壊された壁の穴から、一つの影がゆっくりと入ってくる。

 

「見つけたぞ……大臣!」

「チィッ……」

 

オネストは歯噛みして侵入者を見た。

 

それは先ほどまで至高の帝具と戦っていた革命軍の一人。

思い返してみれば、確かにシコウテイザーを貫いた後彼は宮殿の方へと落下していた。そのまま気絶していればいいものを、この男はしぶとくも意識を残していたらしい。

シコウテイザーとの戦いでボロボロだろうに、それでも目の前の男は帝具を解除せぬまま自分の前へと立っている。それがオネストにはいたく気に障った。

何より、逃亡を邪魔されたというのも、そもそも逃亡を決断するまで追い込まれたのも腹立たしい。

 

仕方がない、とオネストは上着を脱ぐ。

逃げの一手はおそらく無駄。しかし相手はボロボロの体をおそらく帝具の力で無理やり強化して動かしているとオネストは判断した。

ならばまだ、勝機はある。

 

「最終標的、オネスト大臣……てめぇの命、俺がもらう!」

「うっとうしい虫が……おとなしく死んでいればいいものを……!」

 

宮殿にて、オネストとタツミが激突した。

 

 

 

 

 

一方、シコウテイザーが倒れたことで帝国軍側でもまた、大きなどよめきが起こっていた。

 

「大型帝具が負けた……」

「嘘だろ、あれが帝国の奥の手だったんじゃないのか……?」

 

ウェイブがクロメを守れなかったことから己の志を貫いて民に被害を出しかねないシコウテイザーを止めようとしたのに対し、帝国の兵たちは純粋に「勝てさえすればあんなバケモノだって使おうがかまわない」と考えたものが多かった。

一歩間違えれば自分たちもその巻き添えだったのだが……そこまで考える余裕は彼らにはない。

 

しかし、そのシコウテイザーも倒れた。

それはつまり……帝国にとって大打撃であり、勝ちの目が大きく失われたことにもなるのではないか。

そんなどよめきが帝国軍の間で広がり……士気が大きく下がっていく。

 

そして、それを見逃すほど革命軍指揮官・ナジェンダは甘くなかった。

 

「士気が下がった……今ならいけるぞ! 門を突破しろ! 我々の勝利は目前だ!」

 

オォォォォォォ! と声を上げ門へと殺到する革命軍。

帝国軍の兵士たちは必死で足止めするものの、ただでさえ士気が下がっているうえに対する革命軍側は大きく士気が上がっており、全力で迫ってくる。

それを止められないのも仕方がない。

 

「いける、いけるぞぉ!」

「俺たちが新しい国を作るんだぁぁぁ!」

 

門を突破した革命軍の兵士たちは、我先にと進んでいく。

しかし、ナジェンダの顔は彼らほど明るくはなかった。

なぜなら、まだ革命軍の勝利が確定したわけではないから。彼女はそのことを理解している。

 

確かに、至高の帝具は倒れた。

しかし、まだエスデスという強大な戦力は残っている。彼女を倒さぬ限り、革命軍の勝利はない。

あの戦乱を愛する怪物がいる限り、平和な時代はやってこないだろう。

 

(それに……いや。まずはエスデスに意識を集中させるべきだ。他のことを考えながら倒せるほど甘い奴じゃない)

 

頭を振ると、ナジェンダは招集した帝具使いも含め、大勢の兵士を連れて進んでいった。

 

 

 

 

 

「至高の帝具が落とされたか……」

「帝国の敗北は目前だぞ、エスデス!」

 

アカメとエスデスは、シコウテイザーが倒れた場所から少し離れた都市部で剣をぶつけ合っていた。

宮殿地下からサイキュウ暗殺を終え脱出したアカメはタツミとシコウテイザーの戦いを邪魔されないよう、エスデスを足止めしていた。

そう、足止め。エスデスは単騎で落とせるほど甘い存在ではない。

故にアカメは戦いの前に「これが最後の戦いになるから」と、薬物に手を出してまで戦力を増強し、エスデスと戦っていた。

 

アカメが摂取した薬物は、以前暗殺部隊がアリィの知らぬところで動かされてアカメらに殺された際に革命軍が押収したものが元となっている。

革命軍に所属する医者がそれをサンプルにして、帝具パーフェクターによって手を加えたものをアカメは渡されていた。医者は反対していたのだが、ナジェンダもこれが最後の戦いでありエスデスを相手にするのならば仕方がない、と数あるデメリットを飲んでまで認めていた。

 

そしてその甲斐あってか、アカメはエスデスを足止めすることに成功していた。

しかし、彼女の息はあがり、余裕などどこにもない。

荒く息を吐くアカメをよそに、エスデスはアカメの言葉を笑い捨てた。

 

「敗北が目前、だと? 帝国が負けようとそんなこと私には関係ないな。私が立つこの場が戦場だ。周りが平和であるなら戦いを起こせばいいだけの話だろう?」

「貴様…‥っ」

「第一、帝国が負けると判断するのは早計だ」

 

エスデスはアカメが意識をそらさないようにしながらも、シコウテイザーが倒れた方を見やる。

あれが倒れた今、あの女はどうしているのかとエスデスは考える。彼女にとって大きな戦力が、皇帝が敗れたのは大きな衝撃であるはずだ。今頃さぞ慌てふためいているのだろうなと思うが、それを言葉にすることはない。

それよりも、今は自分の周りを囲んでいるらしい敵の相手をする方が楽しみだ。

 

「お前も即死刀の使い方が以前よりも増えていて楽しかったぞ、アカメ。だが……お前はそろそろ終わりのようだな。私には次の戦場が待っている」

「そんなことはさせない…‥お前はここで死んでもらう」

「どうやってだ?」

 

あざ笑うエスデス。

だが、彼女のへの返答はアカメからではなく、別のところから響いてきた。

 

「こうやってだ、エスデス!」

 

ほう、とエスデスは感心の声を漏らす。

すでに気づいていたとはいえ、エスデスの周りを万を超える兵士たちが取り囲んでいる。

さらにその先方には帝具を持った面々がいた。かつての部下の帝具を持った者たちもいる。それで何かを思うほどエスデスという人間は敗者への情に厚くはなかったが。

 

「アカメ、待たせたな……よくぞここまで持ちこたえてくれた。おかげで包囲と布陣が整った」

 

前に出るナジェンダだったが、内心余裕の笑みを絶やさないエスデスに対しいらだちが募る。

彼女は自分が包囲されているということもわかってあえて逃げずにそのまま戦っていたのだ。おまけに今この状況になってなお、その場にいる。彼女は宙を舞う氷を使って空を飛ぶという手段を持っているにもかかわらず、だ。

それは全て、彼女が戦いを楽しむために他ならない。

戦闘狂め、と心の中で毒づくナジェンダに対し、明るい声でエスデスは彼女に問いかけた。

 

「ナジェンダ! 私を倒す対策として秘密の帝具があるそうだな! そういう情報が入っている」

「やはり知っていたか……その通りだ」

(嘘だけどな!)

 

秘密兵器を温存していると見せかけて時間を稼ぐための嘘に過ぎない。

警戒しつつも戦いを楽しむエスデスなら必ずその”秘密兵器”が出るまで本気を出さずに遊ぶ。

その驕りと油断をつくことがナジェンダの目的だった。

 

エスデスを倒すために必要と考えた精兵5万以上、帝具使い10人以上、プラスでアカメ。

それがナジェンダが用意した、エスデスを倒すための布陣だ。

エスデスがいかに強大な力を持った相手としても彼女は人間。

心臓を持った生物である以上は、アカメの帝具である村雨さえ効果を発揮できれば一太刀で殺すことは十分可能なのだから。

 

「自信満々だなナジェンダ。その顔を歪ませてみたいものだ」

「奸臣どもは討ち取った。帝国兵の士気はガタ落ち、イェーガーズもいない。ここにいるお前の味方は氷騎兵くらいだろう。その氷騎兵も今、包囲してお前のところに来られないようにしている」

 

大勢対一人。

これでも確実に勝てると言い切れないのがエスデスの恐ろしいところだが、それでもエスデスを十分追い詰めていると言える。

ナジェンダは消耗戦を仕掛けるつもりだった。交代して少しずつエスデスの力や体力を削いでいく。少しでも気が緩めばアカメの即死刀がエスデスを襲う。だからこそナジェンダはあらかじめアカメには焦らずに機会をうかがえと伝えている。

 

「百万の兵に圧殺されて死ね! エスデス!」

「たかだか百万ぽっちの兵力で私を殺せると思ったのか?」

 

だが、エスデスはなおも余裕だった。

パチンと指を鳴らすと各地で氷騎兵がその姿を失い、エネルギーがエスデスの元へと戻っていく。

 

「対軍用の奥の手、真の姿を見せてやろう」

 

氷騎兵という一人で用意できる兵士。それだけがエスデスの奥の手ではなかった。

彼女は数日前からコツコツと帝具の力で氷騎兵を作成している。その力を今、全てエスデスに戻しているのだ。

いわば、数日前から貯めていた貯金を一気におろしたに等しい。

その強力な力をもって……放たれる大技。

それがエスデスの対軍用奥の手の真の力、

 

「氷嵐大将軍――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐ、ぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

力を放出しようとしたその瞬間、エスデスの顔が歪んだ。

革命軍側が何かをしたわけではない。ただその大技を放とうとした瞬間に、エスデスの体をとてつもない衝撃、そして激痛が襲ったのだ。

 

「が、ぁぁぁぁぁぁ!」

 

何が起こったかわからないがエスデスの動きが止まったため、革命軍の一部が攻撃を仕掛けるがエスデスは激痛の中でそれをいなしていく。

この状態でなおも身を守り戦えるのはさすがだというべきだろうが、先ほどまであった余裕は欠片も残っていない。

 

今、右腕を振り上げ全身から空へと放たれるはずだった強大なエネルギーがエスデスの体の中で暴れまわっている状態にあった。

このままではまるで、銃が暴発するかの如く全身が破裂しそうな感覚に襲われていた。

 

(まさ、か)

 

戦いと激痛の中でエスデスは悟る。

 

エスデスが放とうとした「氷嵐大将軍」は、ため込んだエネルギーを元にして国の大部分を氷雪で覆う技。

この場にいる敵だけではなく、国全土にいる敵までもを殲滅せんとする技だ。もちろん敵だけではなく、大勢の味方も巻き込まれるだろう。しかしそんなことエスデスは気にしていなかった。

彼女の考え方の根底は「弱者は淘汰されて当然」というものだからだ。

 

至高の帝具が国や都市を攻撃するものであったのに対し、エスデスの氷嵐大将軍は世界を、国土そのものを攻撃する。

そこに巻き込まれる弱者への配慮など全くない。

 

エスデスは生まれながらの殺戮者であり……()()()()()、気づけなかった。

 

 

 

 

 

「弱者は淘汰されて当然」と考えるのなら。

巻き込まれる「弱者」にとって、その攻撃は、その考え方は紛れもない「悪意」でしかない。

 

 

 

 

 

エスデスと革命軍が戦う場所から離れた先、シコウテイザーが倒れた場所では……瘴気に覆われた中で、ゆっくりと彼女がそちらへと視線を動かしていた。

彼女の帝具による危機察知は、確かにエスデスによる攻撃という危険を捉えていた。

彼女は……アリィは兵士でもないただの弱い人間。極寒の環境に放り込まれて生き延びられるほど強くはない。

 

だから、そんなものは許さない。

 

「アァァァァァァァァァァァァァァリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」

 

怒りにまみれたエスデスの叫び声はアリィに届くことはなく…‥。

エスデスを中心として、冷気は爆発するように溢れ広がった。




エスデスの奥の手は、アリィにとって鬼門でしかありません。
だから当然、アリィを巻き込んであんなもの撃とうとすればイルサネリアは発動します。

それで死ぬかとなると、また別の話になるのがエスデスの恐ろしいところですが。

なお、「帝具使い十名以上」についてですが、ワイルドハントの帝具はシャンバラとシャムシール、あとアブゾテックしか回収できていません。ヘヴィプレッシャーの時はアリィにそんな精神的余裕はなかったですし、ダイリーガーは回収するより先にランが撃たれて即座に撤退したからです。ザンクのスペクテッドは一度はアリィが回収し帝国側にまわしましたがその後奪われたため結果として原作15巻と同様の布陣ができました。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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