侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第63話 未来を願って死にたくない

エスデスとの戦いが決着する、少し前。

シコウテイザーが倒れた場所には、革命軍の別動隊……エスデスとの決戦には参加しなかった者たちが駆け寄っていた。

彼らの狙いは皇帝の身柄。

 

「皇帝を捕らえろ!」

「新しい国に皇帝はいらない!」

 

口々に叫ぶ彼らは、しかし妙なことに気が付いた。

シコウテイザーに近寄っていくほど……人が見当たらなくなっている。

確かに、シコウテイザーが倒れてきたため大勢が逃げたはずだ。それは当然であり、人が少ないことについては十分理由にはなる。

だが、それでも……全然見当たらないのはどういうことなのか?

 

まるで、誰かによってこの場から遠ざけられたかのように。

 

疑問には思ったが、それでも彼らは止まらない。

新しい国のために、新しい未来のために……彼らはそう信じてやまず、皇帝のもとへとたどり着こうとする。

やがて近づいてきたシコウテイザーの頭部、その前に立ちふさがる、一人の少女を前にしても。

 

「……イルサネリアァァァァァ!」

「な!?」

 

アリィの叫びと共に、イルサネリア本体や彼女の一部変化した体から噴き出す瘴気に革命軍の兵士たちは包まれる。

最初は身構えた彼らだったが、これといったダメージはなく、特に何か変化が起きた様子もない。

彼らはエスデス戦に参加しなかった……つまり、「選りすぐりの精兵」からは外れた者たち。

もちろん、この状況に危険を感じ、その場で立ち止まった者、慌てて逃げだす者も多くいた。しかし一方で、皇帝を目前として止まれなかった者たちは気づけなかった。その瘴気の危険性に。

 

「よせっ!」

「死んでいきなさい。革命などという夢を抱いたまま」

 

指揮官が制止する声をあげるも、時すでに遅し。

「自分たちには瘴気の影響はないらしい」……そう錯覚した彼らは、革命のために、新しい国家のためにと武器を持ったまま皇帝やアリィの方へ走り出そうとして……直後に、自分たちを自らの武器で傷つけていた。

濃い瘴気の中では当然イルサネリアの効果も高い。「皇帝を奪う」というアリィの求める未来を奪う行為に対し、イルサネリアは即座にアリィにとって害意と言えるその意思を否定し、命を奪っていた。

 

「ひ……っ!」

「退け、退けぇぇぇ!」

「皇帝陛下は渡さない。この瘴気の中に入ってくるなら……死んでいけばいい」

 

なおも瘴気は広がっていき、やがてそのあたり一帯が瘴気に溢れた空間となった。

兵士たちはそこから先へ進むことができない。何人かが銃弾を瘴気の外から撃ち込もうと銃を向けたが、その直後に自らの頭を撃ち抜いていた。

瘴気はあくまで濃く見えるだけが全てではない。その近くにいる以上、微細であれ彼らの体内の中に入っている。

そこへ銃を向けるという革命の意思以上に明確な害意には、濃い瘴気の中に入るまでもなくイルサネリアによって死がもたらされた。

 

 

 

 

 

革命軍が瘴気の中に対し手出しができないまま立ち往生し、包囲するしかなかった中……エスデスとの戦いを終えたアカメが、ゆっくりと瘴気が濃い区域へと近づいていた。

彼女の姿に気づいた革命軍の一人が、アカメを制止する。

 

「お、お待ちください! その先は危険です! 瘴気に包まれてすぐに逃げ出した者は助かりましたが」

「わかっている。だが、私は行かないといけないんだ」

「い、いえ! ですが、あの中に入り、彼女を討とうとした者はことごとく死んでいます! だから……」

「構わない。もう……あの瘴気の正体は、わかった」

 

イルサネリアの能力について、完全な推測ができたというまでではない。

だが、イルサネリアの能力を推察するための情報は集まっていた。

瘴気、自らを傷つけていく死に方……。ナイトレイドがタツミ救出に動いている頃に起こったイルサネリアによる革命軍への襲撃から、アカメは文献を調べた末に、最終決戦を間近にしてようやくとある危険種へとたどり着いていた。

 

特級危険種、パンデミック。

 

特にパンデミックが起こしたとされる集落壊滅の出来事は、明らかにアリィ、そしてイルサネリアの能力によるものと酷似していた。

それ故に、イルサネリアの能力である自傷衝動へと至るキーもわかっている。

本体……つまりはアリィへの害意。

現に先ほどこの男は口にしたではないか。「瘴気に包まれただけでは死ななかった」と。

彼らだって革命の意思は心の中にあったはず。それで死ぬなら、全員が死んでいてもおかしくない。

 

しかし、実際はどうだ。

死んだのはさらにそこから踏み出し、アリィにとっての害意を捨てなかった者だけ。

逃げ出したり、撤退した者には効果が及ばなかった。

 

それなら、やりようはある。

たとえ最悪の事態になったとしても……()()()()()になら、手段があった。

 

「ですがなぜ! なぜわざわざ危険を冒す必要があるのですか?」

「……確かめる必要があるからだ。ヤツが何を考えているのか。私たちがこれから先に進めるのかどうか」

 

村雨を鞘にいれたまま固く握りしめ、アカメは瘴気へとゆっくり足を進めていく。

それを見守る革命軍の兵士たちは、アカメの固い決意にもはや何も言うことができず、無言で彼女の背中を見送った。

どのみち、彼らではこの膠着状態を脱することはできない。

革命がどのような形で終わるのか。その全てが、アカメに託された。

 

 

 

 

 

瘴気の中を、うつむいたままアカメは進む。

ところどころに兵士の骸が倒れているくらいで、ずいぶん静かなものだった。

やがて彼女はたどり着く。瘴気の中心、瘴気の発生源である少女の元へと。

 

彼女はシコウテイザーの頭部近くで何やら考え事をしていたが、アカメが声をかけるよりも先にゆっくりと振り向いた。

 

「……来たのですね。えぇ、あなたが来る気はなんとなくしていました」

「アリィ」

 

アカメとアリィが向き合う。

何度もぶつかり合った怨敵同士だが、今の彼女たちの間には緊迫した空気は流れていなかった。

 

「……この瘴気の中によく入ってこれましたね。革命軍の人間が入ってくれば死ぬと思っていたのですが。もしや、革命は諦めたのですか?」

「自らの気持ちを無になるまで押し殺す。暗殺者にとって基本中の基本だ」

 

無表情のまま答えるアカメに、アリィはなるほど、と肩をすくめる。

彼女への害意がないのであれば、イルサネリアは発動しない。

仮に、仮にその気持ちが根底にあったのだとしても……アカメは自らの気持ちを極限まで押し殺すことで、イルサネリアの能力の発動を防いでいた。

アリィとしても、害意がないのであれば手出しすることもできない。

 

このようなことは、いくら力があっても本能のままに生きてきたエスデスにはできないだろう。ナイトレイドでさえ、できる者はアカメ以外にいるかどうか。

暗殺者として修行を積み、そして自分の心を押し殺してでも任務を遂行してきた彼女だからこそできることだ。

 

「理解はしました。しかし、それならばあなたは私を殺すことはできないということです。正直、とても怖かったのですが……手出しができないのなら何の意味もありませんね」

 

そう、気持ちを押し殺すということはすなわち、アカメはアリィに一切手出しができないことを意味する。

たとえ自らの気持ちを押し殺すことで瘴気の中でもイルサネリアの影響を受けないとしても、もし刀に手をかけてアリィを殺そうとするのなら、その時点で、行動に移すという意思がアリィへの害意がある。

だから彼女は今村雨を手に持ってはいても鞘から抜くことすらできはしない。

 

「ではいったい、何故ここまで来たのです?」

「お前に聞きたいことがあって来た」

 

ゆっくりと顔をあげるアカメ。

 

「お前はこの国をどうしていくつもりだ?」

「…………」

「私たちは、民が虐げられない新しい国を、平和な国を願ってここまで戦ってきた。人の命が軽んじられる暗黒時代を終わらせるために戦ってきた」

「えぇ、平和な国。大変結構なことではありませんか。私だって、人々が平和に」

 

 

 

 

 

 

「その“人々”は、誰のことを指しているんだ? ”平和”とは、誰にとっての平和なんだ?」

 

 

 

 

 

アカメの問いかけに、アリィは押し黙る。そしてそれが、何よりも雄弁に答えを語っていた。

彼女の様子を見て、アカメは自分の想像が正しかったことを確信する。

 

「私たちは国を良くしていく、そのような志を持って集まった者ばかりだ。私をはじめ皆民の平和な未来のために、命を懸ける覚悟がある。誰もが今のこの国を憂いて集まった者ばかりだ。そんな彼らを……お前は一切認めるつもりがない。違うのか?」

「…………」

「いや、それ以前に……お前は、“新しい国”すら認めるつもりがないんじゃないか? たとえお前が平和な国を作ると言っても……それは今の帝国から革命軍を排除した、革命という争いのない国のことなんじゃないのか?」

 

それは、本当に自分たちが求めた民のための国になるのか。

アカメにはどうしてもそれを信じることができなかった。

それは――

 

「クロメが最期に言っていた。新しい未来のため生きろと手を伸ばしたウェイブの手を振り払ってまでクロメは言ったんだ。お前を裏切ることは許されない、と」

 

帝国を抜けるなんて許されないと嘆くクロメに、ウェイブは「俺が許す」と手を伸ばした。

だが、その手を彼女がつかむことはなかった。

彼女は言った。「ウェイブが許しても、アリィさんが許さない……」と。

 

「答えろ、アリィ! クロメが帝国の闇から逃げることを許さなかったお前が……本当に人々のためを思って平和な国を作ろうとしているのか!? お前が思い描いている未来は、本当に民が虐げられない世界なのか!?」

 

心の底から問うアカメに、アリィは彼女の目を見つめて口を開く。

疑問ではあったのだ。

ナジェンダの語った通り、アリィは革命軍の作る平和な国を受け入れるのかどうか、と。

ロマリーでの戦いで、彼女が死に怯えていることはよくわかった。

故に革命軍が平和な国を作ろうとしていることを受け入れる可能性もないではなかった。だからこそナジェンダは彼女を最終標的とは定めなかったのだから。

 

だが。

 

 

 

 

 

 

「民なんて知りませんよ」

 

 

 

 

 

 

冷たい目をして答えたアリィの言葉に、アカメは落胆した。しかし一方で納得もあった。

やはり……やはり、そうだったのかと。

 

「私は、私が平穏に生きていられる世界であればそれでいいんです。今までの帝国でも私はそれで良かったんですよ! なのにあなた方が、民のためだと争いを起こし、私の平穏をかき乱す!」

 

アリィにとって大事なのは何よりも自らの平穏。ただそれだけ。

周りが傷つくかどうかというのは彼女にとってさしたる問題ではない。想像はできたことだ。だからこそ、彼女は帝国側として革命軍と戦っていたのだろうから。彼女にとって民が虐げられる今の帝国は何の問題もなかったのだから。

むしろ、彼女は……革命軍をこそ、受け入れられなかったのだ。

 

「革命軍を認める? ()()()()()()()()()()()()!? あなたが、よりにもよってあなたがそれを言うのですか!? あの日に()()()()()()()()あなたが!!」

 

胸に手を当て絶叫するアリィを、アカメは静かに見つめていた。

あぁ、そうだ。

やはり自分たちは、最初から間違えていたのだとアカメは悟る。

あの日、サンディス邸を襲撃したその時から、あるいはもっと以前から間違えていたのだ。

もし彼女がイルサネリアを手にする前に襲撃していたら。あるいは、彼女が凶行に染まる前に彼女の両親を止めることができていたら。そして……アリィを先に殺す(救う)ことができていたら。

 

今目の前にいる怪物は、生まれてこなかっただろうに。

 

「やっぱりあなたは私を否定するのですね……やはり、革命軍が作ろうとしている未来に、私の居場所は、平穏な未来はないのですね!」

 

これまで、アリィの精神は平常を保っていた。だからアカメを前にしても「感染爆発」で強制発症させることはできなかった。

だが、いま改めて彼女はアカメを危険と判断した。だんだんと精神が追い詰められていき、「感染爆発」を発動できるまでの域に達しようとする。

 

「私の未来は……私だけのものだ!!」

 

「感染爆発」が発動する、それよりも先に……アカメの方にも変化があった。

 

彼女の刀から溢れ出す呪いが、アカメの体を蝕んでいく。

この瘴気に入る前から条件を満たしたために抑え込んでいたそれが、溢れ彼女に変化をもたらしていく。

肉体には呪いの紋様が宿り、その目は今まで以上に紅く黒く染まっていき、彼女の心身が強化される。

 

「…………」

 

数え切れないほどの命を、斬って斬って斬り続けた。

どんな事情にせよ妹を、そして仲間の体にその刃を突き立ててきた。

故に。ここに至る前から、村雨はアカメを妖刀の持ち主として強く認めていた。

それが意味することは、すなわち……

 

「それ、は……っ」

 

奥の手、役小角の解放である。

 

瘴気を振りまくイルサネリアのように、禍々しい呪いが溢れるかのようなその姿にアリィは怯え、すぐさま両手を前に突き出す。

 

「“震えろ、私の恐怖”――!!」

 

死ね、死ね死ね、死んでしまえ。

そう願って「感染爆発」を発動させたアリィは、アカメが刀を抜いて自らをその致死の刃で斬り殺すことを想像し……

 

 

 

 

 

 

 

即座に、その場から全力で飛んで後退した。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてっ!?」

 

危機察知で咄嗟に飛びのいたものの、もしあと少し遅かったら斬られていた。

自らを斬ることなく彼女へと刀を振るったアカメの姿に、アリィはついに余裕をなくし驚愕を顔に浮かべる。

そんなことがあってはならない、あってはならないのだと恐怖をあらわにし、愕然とした顔で震える。

 

後ろに下がったアリィを前に、アカメは静かに刀を構えた。

村雨の奥の手“役小角”は、呪いの力を体内に取り込み、心身を強化するもの。

 

呪いの力を取り込むことで、現在彼女の体中に呪いの力が走っている状態だ。それ故に目や体の紋様にそれが兆候として表れている。そのため脳にもまた呪いの力は巡っており……いかに強力なイルサネリアといえどその瘴気の正体は細菌だ。本体たるアリィを守る影響力は強くとも、自分自身を守る力は全くない。故に、呪いの力に耐えられずほとんどが消滅していた。

 

さらに、肉体だけではなく精神までもが強化されていることで、イルサネリアの影響はもはや皆無と言えた。

 

「よくわかった。お前がいては、革命軍はここから先に進めない。たとえエスデスを倒せても、新しい平和な国を作れない」

 

だから、とアカメは最後の標的を前にする。

この死に怯えた怪物を殺して(救って)やると、かつての妹への思いのような気持ちを浮かべて。

 

「葬るっ!」

「――アアアアアAAAAAA■■■■■!!!」

 

村雨の奥の手、役小角を発動させたアカメと。

イルサネリアの奥の手、生存獣を発動させたアリィがぶつかった。

 

 

 

この戦いで、未来が決まる。




最終決戦、開始。



読者視点では確かに、アリィは放置した方がいいように見えます。
しかし、革命軍であるアカメから見れば彼女を放置することは問題であり、むしろ放置しても本当に革命軍が願った平和な国になるかがわからないのです。

だってアリィは、民が虐げられていたことには何も思っていませんでしたから。

加えてアカメはクロメの最期の言葉を聞いていました。故に、アリィを信用することができません。
だからアカメは問いかけの末に、戦うしかないのです。彼らが望んだ未来のために。
新国家樹立の最後の壁となるアリィを倒さなければ新しい国は生まれませんから。




ちなみに。
IFルートの一つですが、アリィを隔離して彼女を殺さず放置して革命を成功させた場合……

待っているのは、最悪のデッドエンドです。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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