侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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少し遅れましたが……最終話です。
時代が2年後と混じったりしてますので、お気をつけください。


最終話 その日微笑んだ彼女はきっと

「あー……しんどかった」

 

一人の女性官僚はようやく自らの仕事にひと段落つき、疲れた声を出した。

 

カリカリと、紙にペンを走らせる音が部屋に響いている。

宮殿の中は慌ただしさの一方で、官僚たちが集中して書類とにらみ合っているというなんとも矛盾したような空間となっているがそれも仕方がない。

 

革命から約2年。あれから忙しい日々の連続であった。

当時、革命によって帝都にはシコウテイザーをはじめとした様々な戦いの跡が残っていた。

よって帝都の再建は必須であったし今までの腐った暗黒時代の法改正も進めなければならない。

他にも地方への法緩和の周知、戦死者の遺族への対処、他民族への対応……

やることをあげれば、きりがなかったのである。

 

女性は大きく伸びをすると、仕上げた書類を持って立ち上がる。

これを上司の下へ持っていかなければならない。いつもなら机の上において後で他の書類とまとめて持っていくのだが今は定時間際だ。

終わったものと一緒に持っていって早く帰る用意がしたかった。

 

廊下を歩いていると、平和な時代になったものだなと思う。

もう権力者の顔に怯えながら歩く必要はない。

以前の宮殿なら下手に権力者に見初められようものなら絶望へと落ちるだけ。そんな時代だった。

だから女性は皆おしゃれや化粧などせず、目立たぬように陰のように生きていた者が大半だった。

力なきものはつぶされる、それがわかっているのだから。

 

しかし今ではどうだ。

自分のような女性官僚が少しずつではあるが増え、皆何を気にするでもなく各々の表情を浮かべ歩いている。

今まで宮殿を歩くのは貴族ばかりだっただろうが、貴族や金持ちばかりでなく平民も多くいる。

これは世襲状態だった悪習が払拭されただけでなく、人材が不足したことによりある程度の教養や実力があれば取り立てられたということも大きいだろう。

 

もちろん、平民が教養を得るというのは、まだ簡単なことではない。

彼女は商家の娘であり、それなりに裕福だったからこそ得られたものだ。

ある女性の軍人に憧れ、軍に仕官するのだと家を飛び出していった弟とは違って彼女は堅実に学び、教養を蓄えていた。

もちろん、その頃は家の手伝いをすることしか考えていなかったので、よもやこうして官僚になるとは露とも思っていなかったが。

 

目的の扉の前に立つと、コンコンと扉をノックする。

どうぞ、という声が聞こえると女性は失礼します、と一声かけて入室する。

 

部屋の中では、一人の女性が他の官僚たちと同じように書類に目を通していた。

車椅子に座った彼女は、女性官僚が宮殿に仕える前から宮殿で働いていたそうで貴族の血を引いているらしい。

彼女が車椅子なのは、革命の戦乱での怪我が元だと聞いている。

女性官僚が入ってきたことにより、彼女は持っていた書類を机の上において女性官僚の方を見る。

 

「こちらが本日の分です。施策案としていくつか挙げていますのでそちらもお願いいたします」

「わかりました。お疲れ様です、カナさん」

 

カナと呼ばれた女性官僚は、一礼すると部屋を出ていった。

カナが出ていった後、女性はゆっくりと車椅子を動かして、窓から外を眺めた。

仕事が終わり、街では食事処や酒場がにぎやかになり始める時間帯。

そんな平和な光景を、彼女はかみしめるように眺めていた。

 

「もう、2年もたつのですね……」

 

彼女の名は、アリィ・エルアーデ・サンディス。

 

 

 

 

 

 

 

革命が起きた、あの日。

 

革命軍が包囲する中、瘴気の中から一人、いや二人の人影が現れた。

一人はアリィ。そしてもう一人は……何を隠そう、革命軍が捕らえようとしていた皇帝その人であった。

アリィの足はズタボロでもう歩けない。だからこそ、皇帝はその幼い体で、アリィの腕を肩に回し、よろよろと歩いている。

胸の傷はアリィが持ち歩いていた包帯で止血している。手慣れているわけではなかったのでぐちゃぐちゃな巻き方にはなっていたが、いざというときの応急手当に関しては学んでいたのである程度形にはなっていた。

 

 

「……頑張れ、頑張れ、アリィ。余がここで捕まるとしても、そなたの命だけは助けてもらえるようかけあう」

「……そ、の、必要は、ありま、せん……」

 

皇帝が現れたことにより、武器を構える革命軍であったがそれが何を意味するかはナジェンダをはじめ頭が回る者はすでに理解している。

ここで攻撃しようものなら死ぬのは彼らだ。瘴気が密集した地帯のすぐ側に彼らはしばらく布陣していたのだ。

そこにいた者はもれなくイルサネリアに感染している。だから、皇帝やアリィに手を出そうものなら待っているのは死だ。

 

そして、さらにアリィは奥の手を切る。

これは「生存獣」とは違う、帝具の奥の手というよりはアリィの策の中の、最後の切り札。

 

「……満たせ、満たせ」

 

彼女の言葉に応じるようにして、帝都の各所から黒い瘴気が現れる。それはまるで霧のように、帝都をうっすらとだが覆っていく。さらに、真っ黒に染まったままの右手をはじめ、イルサネリアやアリィの体からさらに瘴気が噴出される。

各所から現れた瘴気は、アリィがずっと振りまいていたイルサネリアの細菌の密集体。

ずっとというのはそう、革命が始まる前からずっと、である。

 

アリィは以前、エスデスが対軍用としてイェーガーズに氷の軍勢を見せた時、その考え方に感心していた。

あらかじめ能力を使用して備えておく、というその考え方。アリィが一度で用意する瘴気には限度があるが、それを毎日毎日帝都を歩いたり宮殿から空へ向けて放ったり。

瘴気のような密集体にするとさすがに目立つので、薄っすらと見える程度の濃度で、その分大量にアリィは帝都に瘴気を、細菌をずっとまき散らし続けていた。

 

ただでさえ、アリィにによる瘴気の生産力は、マユモの暴走に誘発された帝具との混じり合いにより昔と比べると大幅に上がっていた。

それを限界まで、だが毎日毎日、瘴気を帝都にまき散らし続けていた結果……瘴気は目に見えない程度であれば、帝都中を軽く覆うくらいには散布されていた。

 

その成果が今のこの状態だ。

「感染爆発」を使うにはアリィの視野範囲内である必要があるが、細菌を他者に感染させるのはどれだけ離れていようとも問題はない。

 

「なんだ……これは……!?」

 

瘴気の霧に覆われながらナジェンダをはじめ革命軍は驚愕の表情を浮かべる。

この状況ではおそらく、今帝都に入り込んでいる革命軍はまず全員感染してしまっているだろう。

それはつまり……アリィへの対抗手段がなくなった、だけではない。

帝都にいる限り、排除できないアリィに生殺与奪を握られる、ということである。

 

天候や風を操る、そういった帝具があればこの霧のような瘴気も払えたかもしれない。

だが、今の革命軍にそんなものはなかった。ダイリーガーの「嵐の球」ならば竜巻を起こすことはできたが、その使い手はエスデスとの戦いの中で死亡。さらに言うなら、すでに感染した革命軍が使用しても意味はない。

 

「しまった……! これでは!」

「もう、遅い……!」

 

この霧は帝都だけでなく、外へ……正確には外で布陣していた革命軍にも届いている。

帝都の外にいた軍勢は元々シコウテイザーによって壊滅的打撃を受けていたが……今回のイルサネリアの霧がダメ押しとなった。

 

もう、誰もアリィを止められない。

 

悔しさに歯噛みするナジェンダに対し、アリィは息も絶え絶えに宣告する。

 

「一度、休戦としましょう……これ以上戦っても、あなたたち、は、自分の首を……絞めるだけです」

 

空から巨大な鳥が、スズカを乗せて飛んでくる。

アリィと皇帝のすぐそばに着地すると、スズカは即座にシャンバラを使用して一度アリィたちを撤退させる。

 

「明朝……ここで、また会いましょう」

『オネスト大臣はこちらで確保しています。あなた達にとっても悪いようにはしません。彼はすでに用済みですから』

 

鳥……ガイアファンデーションによって危険種の鳥に変化したメイリーの言葉の真意を問うこともできず、革命軍はアリィを、そして皇帝を取り逃した。

彼らの行き先がおそらく宮殿ということを考えると……彼らはもう手出しでできないだろう。シコウテイザーの登場で半壊したとはいえ、簡単に攻められる場所ではないのだから。

 

何より、もう……彼らは宮殿へ攻め込めない。

 

 

 

 

 

 

 

再び、アリィの執務室に来客が現れる。

入ってきたのは、官僚服に身をつつんだ銀髪の女性だった。片目には眼帯をしており、また片手は義手。

 

「失礼します」

「どうかしましたか……ナジェンダさん」

「いつも言っていますが、さん付けはやめてください。私はあなたの敵だったのだし、何より……まだ、慣れない」

「そう、ですか。わかりました。報告をお願いします」

 

元・革命軍の将軍であったナジェンダの報告を聞きながらアリィは思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国軍も休戦に入ったことで戦う相手もおらず、結局眠れぬ一夜を過ごした翌日、革命軍が見たのは鎖で縛りつけられたオネストだった。

彼はメイリーやスズカがオネストを救出した折、その場で拘束された。アリィの身を危険にさらした上に、国を腐らせ革命を起こさせた彼をこれ以上生かしておくことはできない。今後の憂いを絶つためにも絶対に必要なことだった。

要は革命軍に対するスケープゴート。革命軍を少しでも納得させるには彼らが立ち上がる理由となった腐敗を絶つことを示さなくてはならない。

その象徴として、腐敗の根源たるオネストは何よりも適していた。

 

「革命はならず、帝国はこれからも続きます。ですが、今までのような暗黒時代は確かに終わらせるべきでしょう。私はもう、戦いはごめんです。死にかけたんです。あなた達を皆殺しにしたところで民が一斉蜂起したら、今度こそ私は死ぬかもしれません。だから、あなた達に歩みよることを選びます」

 

ある程度の治療と休息を得たアリィは、それでも歩くことはできず車椅子に座って革命軍が待つ場に現れた。

そして彼女が口にしたのは、はっきり言えば講和だ。

もちろん、革命は認める気などないし新国家の樹立も許さない。

 

ふざけるなとなおも戦おうとした強硬派はイルサネリアによって死亡し、それを見た残りの者たちにももはや戦意はなかった。

正直、アリィは当初革命軍を皆殺しにしてもいいと思っていた。

だが、それを実行するには、今のアリィはあまりにも傷つきすぎていた。

もうアカメのような存在はそうそう現れないだろうが、それでもイルサネリアに絶対はないのだと思い知らされてしまった。

 

これ以上戦いの可能性は生み出したくない。粛清したところで血が血を呼ぶだけだ。

だったら、強硬派以外は納得させればいい。平和な国を作りたいというのなら、新しい帝国を平和なものにすればいい。

 

アリィとて、平和な国を求める一人なのだ。

もちろん、自分を殺そうとした革命軍が主導する国などとても信用できないが……自分が主導する国を革命軍の人材が平和なものにしていくというのなら、自分に害がないのなら、アリィは一向にかまわない。

 

だからこそアリィはこれ以上戦えない革命軍に呼びかけた。

平和な国を作りたいなら、これから私と作りなさい、と。最初から信用しろとは言わないが、これ以上戦乱を巻き散らすような真似はするなと。

 

強硬派やオネストが処刑され、(前者はイルサネリアで自害し、後者は憎悪をもった革命軍一人一人に拘束されたまま切り刻まれて)少しずつ新たな国づくりが始まった。

国のトップは皇帝、そして議会の二大政権となった。片方に権力が偏っては再び同じようなことがおこるかもしれないという考えからである。

 

 

 

こうして新しい国家が誕生することはなく、新しい帝国が誕生した。

 

 

 

アリィの言葉を受け入れた革命軍の有能な人材はいずれも元は帝国に仕えた者。

次こそは平和な国を作るのだと意気込み、アリィや皇帝など旧帝国の人物が暴走しないかと目を光らせながら腕を振るう。

悪事に手を染めず最後まで帝国に仕え、国を支えた文官もまた、力を尽くす。

 

いくつかの問題はあったものの、それもやがてゆっくりと解消されていき。

命が軽く扱われていた時代から、もう争わなくていい穏やかな時代へ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……最後に来たのはあなたでしたか……メイリー」

「……アリィ、さん」

 

月が部屋の中をぼんやりと照らす夜。

部屋の中には、アリィとメイリーが向かい合っていた。

言いたいことがありすぎてかえって言葉に詰まるメイリーとは裏腹に、アリィは穏やかに微笑み返す。

 

「2年も平和な時代を生きることができました。私の欲しかった、穏やかな時間が。こんなにうれしいことはありません」

「ですが、ですが……っ!」

 

メイリーは叫ぶが、アリィはゆっくりと首を振る。

 

「自分の寿()()くらい、わかっています。最期にあなたと話せてよかった。ずっとあなたには助けられてきましたからね」

「そんなこと、言わないでください……っ! 帝国には、今の帝国にはあなたが必要です! ずっと言っていたではないですか、”死にたくない”と! だったらっ……!」

 

メイリーの叫びに、苦笑しながら再びアリィは首を振る。

彼女の体は、あの日イルサネリアを使って限界まで酷使したことでもうボロボロだった。足は二度とあるけぬほどの損傷であり、そして体内の損傷も激しかった。

あの日最後の講和までなんとか持たせられたのも、2年も生きられたのも奇跡的なのだ。

 

「私はね、メイリー」

 

思い返しながらアリィは言う。

自分は確かに死ぬのが怖かった、死にたくないと恐れ続けてきたのだと。

だが、本当に怖かったのはただ死ぬことではなかった。

サンディス邸の地下で見てきた数々の死。絶望と苦痛に満ちたあの恐怖こそが死の恐怖だとずっとアリィは思っていたのだ。

 

だが、人はいつか死ぬ。それは当たり前のこと。

誰もが苦痛の中死んでいくわけではない。

それを、アリィはウェイブやボルスの死の姿からいつからか察していたのだ。

 

そしてあの日。自らもまたそれを知った。

苦痛の中にあった、恐怖から逃れられるあの安堵感を。

 

「あぁ、でも」

 

可能なら。

もっと生きてみたかった。

もっと平和な日々をすごしてみたかった。

 

「やっぱり…‥私は……」

 

微笑みながら、穏やかにアリィは目を閉じる。

涙を流すメイリーの目の前で、彼女がずっとつけていた首輪がカシャンと音をたてて外れ、そして地面に転がった。

もう、彼女には必要ないとでもいうように。

 

「アリィ、さん……? アリィさん! アリィさん!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリィ・エルアーデ・サンディス。

帝国の暗黒時代末期に名をとどろかせ、革命を止めながらも平和な時代を作った立役者であり、惜しまれながらも若くして死んだ少女と歴史は語る。

 

しかしその少女がいかに死を恐れたのか、死にたくないがために様々な凶行を繰り返した狂人でもあったことは、一切記されていない――




ついに、「侍女のアリィは死にたくない」完結です!
最終話はまだ書きたいことがまだまだあるので加筆する予定ですが、形はできたし何より時間なので投稿させていただきます。

そして、今まで「侍女のアリィは死にたくない」を読んでくださり、本当にありがとうございました。
皆様の感想、評価、本当に励みになりました。感謝の言葉しかありません。

最終話加筆版もこっそり更新しますのでたまには覗いてみてください。
また、IFルートをはじめとした「アリィ番外編」も不定期で書こうかな、とは思っています。

皆さま、どうもありがとうございました。そしてこれからも、蛇足ではありますがアリィをよろしくお願いいたします。

【挿絵表示】

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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