侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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皆さまお久しぶりでございます。
長い間お待たせしました、だいぶお時間をいただいてしまいましたがその間も評価や感想、お気に入り登録などありがとうございます。

そんな皆様の声にお応えして、ついに番外編へと入ります。
いくつか考えているものはありますが、アンケートもとろうかなとは思っているのでよろしければご回答を。


そして一つお詫びを。
完結おめでとうの感想をたくさんいただき、たいへん嬉しかったです。いや本当に。
ですがあまりにもたくさんいただいた結果……お返事に時間がかかりそうです。
ゆっくり返信していきたいのですが、この更新より新たな感想もあるでしょう。なので、この話の更新以降に来た感想を優先して返信し、その後これまでの感想に返信するという形をとらせていただきます。

ではおまたせしました。エピローグをどうぞ。


エピローグ 誰かが望んだ■■

「あれから、もう半年以上か……」

 

感慨深いような声で口にしたのは、帝国の皇帝。

幼いながらも、皇帝として尽力を続ける彼の言葉を、共に机に向かって事務仕事をしていた銀髪の女性が耳にしてそういえばそうですね、と頷いた。

 

彼が言う「あれから」、がいつのことなど、わかりきった話である。

今の帝国……腐敗が進み悪行が横行していた暗黒時代を終え、平和な帝国を作る一助となった少女、アリィ・エルアーデ・サンディス。

彼女の死から、早いものでもう9か月が過ぎようとしていた。

 

「余は……彼女に恥じぬ人間になれていると思うか? ナジェンダ」

「……えぇ、と頷きたいところですがあえて厳しいことを申し上げます。陛下が知らぬこと、学ばなければならないことはまだまだございます。もちろん、陛下一人に責があるとは申しませんが……」

 

暗黒時代において、皇帝を自らの傀儡としていた腐敗の元凶、それが当時の大臣、オネストである。

彼は自分の思うままに国を操るため、幼い皇帝の意見番のような位置に立っていた。

その裏で皇帝が彼にとって”余計な”こと……当時の民衆の様子や暮らしぶりといったことから他人の意見にただ頷くだけでなく、そのことについて考えるといった機会まで奪っていた。

 

だから皇帝は未だ未熟と言わざるを得ない。2年という歳月は確かに長いが……一方で大臣がいた頃に学べなかったものも多く、一人前とは言えないだろう。

国を治めるということは、そう簡単なことではないのだから。

 

 

 

 

 

「これはこれは陛下。おいでいただき光栄でございます」

「うむ。以前来た時と比べだいぶ街も発展してきたようだな」

 

ある日、皇帝は部下と共に帝都から離れた都市を訪れていた。理由は視察のためだ。

かつてオネストが大臣として側にいた頃はなんだかんだ理由をつけて皇帝が視察などを行うことはなかった。理由は彼が外を見ることによって腐敗していた帝国の現状を知ることを防ぐためだ。

 

だが、それは昔の話。

革命終結後……皇帝は部下を連れて外の都市を見て回ることも多くなった。当初はアリィも一緒にいたため皇帝に害をなすものはいなかった。

手を出せるものがいなかった、とも言えるが。

 

当然と言えば当然ことではあるが……帝国が暗黒時代の中、腐敗が進んでいたのは事実。

その原因でもあった皇帝に、腐敗の被害を被った地方の人々が視察に訪れた皇帝を良い目で見るわけがなかった。

針のむしろに等しい怒りや憎しみの視線を浴びながら、それでも皇帝は懸命に公務に取り組んだ。それが自分にできる唯一の罪滅ぼしだと思っていたから。

 

「……いい眺めだ。アリィにも見せたかったな……」

 

発展した都市を眺めながら、ポツリと皇帝がこぼす。

かつてこの都市に訪れた時にはアリィが一緒にいた。アリィが手助けをしてくれた。

……そのアリィは、今はもう、いない。

 

「…………」

 

沈んだ様子の皇帝を、共についてきていたナジェンダは静かに見つめていた。

 

(アリィ、か……)

 

暗黒時代において革命軍として行動していたナジェンダ。

彼女にとって、アリィは当初恐ろしい敵でしかなかった。自分たちの計画を読み、仲間だって何人も殺された。

仲間だけではない、アリィは帝国側の人間であろうと自分の命を脅かすと判断したら容赦なく殺してきた。だからこそ恐ろしい存在だった。

 

しかし……この二年で、彼女を見る目は変わらざるを得なかった。

 

彼女は元革命軍の官僚たちが目を光らせようが構わず、車椅子生活となってなお皇帝を支えながら政務に励んだ。

今はナジェンダが皇帝の補佐のようなものだが、当時はアリィがその位置にいた。

もちろん最初は誰もが危惧した。かつて横にいたオネストの言いなりになっていた皇帝が、今度はアリィの傀儡になっただけではないのかと。

結局のところ、それは杞憂だった。もちろんアリィのことを皇帝は大いに信頼していたが、一方で決して頼りきりになることはなかった。ナジェンダや他の意見も聞きながら自分の意見を形成し、そしてそれはまぎれもなく皇帝の成長であった。

 

アリィはというと、そんな皇帝の成長を素直に喜んだ。

己の意見が通らなかったとしても、反対した者を殺すといった暴挙にでることはなかった。

そして彼女が行った国づくりも、かねてから革命軍が目指していたような国づくりだった。

 

(私たちは皆、誰もが最初は戸惑ったものだ。奴は何を考えているのかと)

 

宣言した通りだった。

彼女は、ただ平和に生きたいだけ。今までは革命という脅威があったからこそ、それを排することに全力をそそいできた。その革命が一応とはいえ沈静化したため、二度とそのようなことが起きないよう彼女は帝国を平和な国に、それこそ争いも腐敗もない、穏やかな国になるようにと努めたのだ。

その成果は、今目の前にもあった。

 

「前回来られた時に、陛下と一緒にいらした女性からいただいたアイデアがうまくいきまして……! おかげで街の産業も発展したため、こうして街自体が活性化していきました」

「そうか、それは何よりだ」

 

ここでもまた、アリィによって街が栄え、人々のためになっている。

今はもういない彼女の話が出たからだろう、皇帝の顔もやや曇り顔になっていたことからナジェンダはこの後皇帝が何を言い出すかもなんとなく察していた。

恐らくまた、帝都へ戻ったら彼女への墓参りをしたいと言うのだろうな、と。

 

ナジェンダの横では、かつて革命軍だった者も同じことを思ったのか複雑そうな顔をしている。

無理もないとナジェンダは思った。

それほどまでに、暗黒時代末期、革命軍と帝国が激突していたころのアリィは革命軍にとって悪魔のような存在だったのだから。

 

 

 

 

 

数日後。

ナジェンダの予想通り、帝都へ戻った皇帝はナジェンダを伴ってアリィの墓参りに来ていた。

アリィは貴族だったので、貴族街にあるサンディス家の墓に入ることもできたのだが……彼女たっての希望で、別の場所に作られていた。

彼女が遺していた遺言状によると、「死んでなお両親と一緒にいるのは怖いのでやめてほしい」とのことだ。

アリィの歪んだ元凶と考えれば仕方ないな、とナジェンダは思う。彼女はナイトレイド時代にサンディス家も標的になっていたことを覚えているから、彼女の両親が腐った帝国の闇であったことも知っている。

 

夕焼けの中、アリィの墓まで歩いていくと……そこには先客がいた。

 

「む」

「……これは、皇帝陛下」

 

胸に抱いた花束を墓前に添え、ゆっくりと振り返ったのは一人の少女……いや、2年たって成長した彼女はもう立派な大人の女性ともいえた。

彼女の名はメイリー。かつては暗殺部隊に所属していたがアリィによって隠密部隊へと移り、結果として殺処分から免れたアリィの信奉者の一人。

 

「そなたはアリィの最期を看取った……」

「メイリーと申します」

 

彼女は隠密部隊としても今もアリィ亡き帝国を陰で支えている。そのため皇帝は彼女の名を知らなかった。

さすがにアリィも、ナジェンダ達も、子供の皇帝に隠密部隊のような裏の存在まで任せるのはためらわれたためだ。

 

「お前も来ていたんだな、メイリー」

「えぇ。あの方は私にとって……太陽のような存在でしたから」

 

暗殺部隊としては不適格で、薬の副作用もあり死を待つばかりであったメイリーを救ってくれたのが他ならぬアリィだった。

彼女はメイリー達にとって救いの光そのもの。

沈んでいく夕日を見つめながら、メイリーは静かに呟いた。

 

「あの方は私たちを、そして帝国を導く光のような存在でした。真っ暗な闇から私たちを救い上げてくれる太陽だったのです」

 

その彼女はもういない。

 

「あの方はこの国にとって必要な存在でした。たとえ元革命軍の方々にとっては怨敵のような存在であったとしても、彼女がかつて残酷な存在であったとしても」

 

彼女が隠密部隊として行動していることをナジェンダは知っているし、逆にナジェンダがかつて革命軍であったことをメイリーは知っている。

そしてナジェンダは知らないが……かつてナイトレイドの一人、ラバックを殺害したのはこのメイリーである。

そのことは今も、メイリーは誰にも話していない。

 

「私は今も信じています。この国は、いえ、この世界はまだ、あの方にいて欲しいと願っていたと」

「…………」

「……そう、だな。余もアリィがいて欲しいと思う、一人だからな」

 

寂しそうに笑う皇帝だったが、持っていた花束をメイリーと同じようにアリィの墓前に置く。

顔をあげると、それまでの顔とは違う毅然とした表情でアリィの墓を見つめていた。

 

「だが、余はアリィと約束したのだ。アリィに頼り切らない、立派な皇帝になると。今度こそ、次こそ、父上や母上に胸をはれる皇帝として帝国を導くのだと」

 

そう言う皇帝を、ナジェンダは口元を緩ませて見つめていた。

この皇帝ならば、今度こそ……民に優しい、平和な国を作ってくれるだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

「……んん」

 

墓参りから戻った後。

夜になり寝床に入ったと思ったのだが……もやがかかったような頭でナジェンダは目を開けた。

そこは(建て直された)宮殿の中にあるような部屋の一室。見たことがあるような記憶があるようなないような、そんなぼんやりとした状態で彼女は椅子に座っていた。

 

彼女が座る前には一つの円状のテーブルが置いてある。

少人数のお茶会で用いられるような小さなテーブルで、その上には二人分のティーカップが置かれていた。

 

「どうぞ」

 

そのティーカップの片方に、横から紅茶が注がれる。

紅茶が注がれた後、もう片方の紅茶を注いだ人物は意匠をこらしたティーポットを静かに置くと、ゆっくりと対面の椅子に座った。

 

「……お前は」

「冷めないうちにどうぞ。仮にも侍女ですので、紅茶の味は保証いたします」

 

どこかで言われたようなそのセリフだったが、そんなことは関係なかった。

 

紺色の侍女服。

肩にかかる黒い髪に紺の双眸。

ナジェンダの目の前で、静かに微笑んでいたのは…‥‥

 

「アリィ・エルアーデ・サンディス」

 

今は亡きアリィ、その人であった。

 

死んだはずの者が目の前にいるのだから、本来なら何が起こったと思考を巡らせるのがナジェンダだが、彼女は今、そこまで思考を働かせることができなかった。

驚きはあるが、ただ勧められるままに紅茶を飲む。

一口飲んで、その味にほうと息を吐く。やはりいつかどこかで飲んだことがあるようなその味に。

 

「……うまいな」

「恐縮です」

 

よくよく見てみると、以前の彼女と明らかに違う点が一つ……ずっとその身に着けていた黒い首輪が、今のアリィにはない。

正常なナジェンダであればその異常性にすぐ気が付くのだが、やはりそこまで思い至らない。

 

「……今日、お前の墓参りに行ったよ」

「それはそれは。皇帝陛下もご一緒に?」

「あぁ。あとはそうだ、あのメイリーという女性も我々より先に来ていたよ」

 

人望があってうらやましい限りだな、と言うナジェンダにアリィはそんなことありませんよ、と答えた。

 

「……先日皇帝陛下と視察にいったが、お前が出したアイデアがうまくいったらしい。街の経済の発展にもつながっていたそうだ」

「なんとか実を結びましたか。正直手探りなところもありましたが、あの街ならきっと、そう思って話した甲斐はありましたね」

「……なあ、アリィ」

 

ティーカップを置いてナジェンダはアリィを見つめる。

 

「お前に仲間を殺されたのは今も決して許してはいない。チェルシー、レオーネ、ラバック……他にも多くの仲間を失った」

「…………」

「だが、そんなお前が革命後には平和な国を我々と作っていったと思うとな。最初から手を取ることはできなかったかとすら思ってしまうよ」

「…………」

「皮肉なものだな。私たちは憎いお前に協力するしかなく、お前もまた憎い我々と共に帝国を変えていくしかなかった。私たちが戦ったことが無駄だとは思っていない。我々が立ち上がらなければ帝国は腐敗したままだっただろう」

 

ナジェンダが語り続ける中、アリィもまた、何も言わず静かにナジェンダを見つめている。

ぼんやりとした思考の中で、ナジェンダはただただ胸の中の思いを何の気兼ねもなく話していく。

ひょっとしたらわかっていたのかもしれない。いや、死んだはずのアリィが目の前にいるという時点で察することもできただろう。

 

これは現実ではないと。

 

「無駄じゃなかった。それこそがあなたの答えではありませんか」

 

アリィの答えに、ナジェンダは話すのを止めて続きを促す。

この言葉も以前アリィが言っていたような気がする。それを思い出しているだけなのかもしれない。

 

「私は死にたくなかった。だから必死で抗った。それだけの話です。誰が間違っているとかじゃない、お互いにこうすべきなのだと信じて、それが正しいと信じてぶつかったんです。その時点で、手を取り合うことなどできませんでしたよ、きっと」

 

だからこれでよかったんです、とアリィは席を立つ。

 

ナジェンダをおいたままゆっくりと部屋の外へとつながる扉へ歩いていくアリィの背中に、ナジェンダは最後に一つ問いかけた。

 

「なぁ。お前は……革命が終わって、幸せになれたのか?」

 

それは純粋な問いかけ。

多くの犠牲者が出た戦いの末に、そこに救いはあったのかという問い。お前は救われたのかという問い。

その質問に、アリィは振り返ると

 

「えぇ。幸せでしたよ」

 

綺麗な笑顔で、そう答えた――。

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、だったのだよな」

 

寝台から起き上がると、ナジェンダは大きくあくびをして目をこする。

窓からは太陽の光が部屋の中へと入りこんでおり、すでに帝都の喧騒が少しずつではあるが耳に入り始めていた。

そのまま窓へと近づくと、彼女は外の光景を眺める。

 

戦いの復興も進み、人々が笑顔で行きかう朝の光景。

これは腐敗が進んだ暗黒時代では見られなかった、あるいは一部の者だけが独占していたあるべき光景。

革命軍が、ナイトレイドの仲間たちが命を懸けて手に入れようと戦った日々。

 

そして――

 

 

 

 

 

√D 誰かが望んだ未来




それは、ありえたかもしれない未来。
それは、今はもう過ぎ去った日々。

語られなかった物語も、辿ることのなかった未来も、今は全て夢の中。
これは夢。あるいはどこかでありえた現実。

彼女が生きたその日々は、少しの理由で狂うこともあっただろう。
穏やかな日々の中で、語られずとも起きた出来事もあっただろう。

これは、そんなもしもの物語。あるいは、どこにでもあるような日常の物語。



次回より、アリィ番外編改め、「アリィ夢想編」開始。



夢を見るのは、深い深い眠りの中。
残酷な夢も、優しい夢も、全ては眠りの中の夢。

眠れ、眠れ、安らかに。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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