……今度こそは、完走しなければ(汗)
「いやぁ、すいませんね。―――久しぶりに訪れた故か、不慣れなモンで」
よく晴れた寒空の下。一つの影が浅く頭を下げる。
潮風の匂いと、視界の先に映る風景ぶち壊し気味な建造物群が建てられた海岸沿いだった。
その建設物群の中で一際目立つ白とオレンジ二色で構成されたロゴが目立つ施設の正門から少し離れた場所で、影に頭を下げられた相手は「いやいや」と手を振りながら返した。
「ここへの道は地元の連中でも時折迷う事があるし、仕方ないさ。ところで、これから
タクシーの運転席で煙草を咥えた髭面が、ここまでの運賃と幾らかのチップを握った手の人差し指でロゴマークが掲げられた施設を指さし、ここまでの長い運転で疲れ気味の息を吐きながら送り届けた相手を見た。
青年。そう言えるくらいには大人びて見える年齢の少年だった。
長身で肩辺りまで伸ばし一本結びにした茶混じりの黒髪と、アジア系の貌。防寒具として茶色のロングコートを着込んだ少年に対し、髭面は、
「―――確か五日前だったかな、ニホンで世界初のISを動かしたおめえさんと同じくらいの年頃の小僧が現れたって話が広まってから何処のIS企業も忙しなく動いてるらしくてよ。
髭面が顎で示した先、正門が開かれ装甲車や資材が積まれているであろう大型トレーラーが数台、敷地内の建造物群へと移動していく。
「六年前に前社長が汚職発覚で出て行った際もかなり忙しなかったが、今回の件で同じくらい物資の搬入が頻繁で忙しそうでさ」
まるでモンド・グロッソ前か、イグニッションプランでの第二次主力機選定の時並みだよ。
顎鬚を擦りながら感慨深そうに呟く髭面を、少年は珍しそうな目で見る。
「詳しいですね」
「身内にIS関連の記者をやってるのが居てな、そいつが取材内容を家で零すうちにそういった事に詳しくなっちまったのさ。まあそれでも毛が生えた程度だが」
「なるほど」
「―――っと、これ以上は長話しちまいそうだし行くか」
「じゃあな坊主」と告げると同時にタクシーは動き出し、元来た道を辿りやがて見えなくなった頃合いで少年は「さて、俺も行くか」と振り返りデュノア社正門へと向かう海岸沿いの道を歩き出した。
沖を行き交う船の汽笛、時折聞こえる海鳥の鳴き声をBGMに周囲の風景を眺めるも、どうしても視線の先にある
「なんと贅沢な土地の使い方」
正門へと辿り着くと、防弾チョッキを身に着けた二人の男性警備員が険しい顔で少年を睨みつけてくる。
なんとも神経質そうな顔、そのうちストレスで禿げるんじゃないかと心配になりそうなくらいきつい顔をした二人に少年はコートの内側に手を伸ばす。それを見て一瞬警備員の視線がより厳しくなったが、次に少年がコートの内側から取り出したモノを手渡され、僅かに目を見開いた。
手渡されたのは、現デュノア社社長の直筆サインが書かれた訪問許可証。
警備の男達は許可証を少年に返すと「どうぞ」の一言と共に正門を開け、元居た位置に戻る。
「ごくろうさまです」
告げ、放たれた門を通り一際目立つロゴが壁面に描かれた
◆◆◆◆
「―――ここまでは、『 』通りね」
社長室、というにはやけに
その窓際、端末を手にした女性が一人。
セミロングの髪色は茶色が多少混じった黒で、二十代後半程に見える外見をしているその女性、高天原那美は神妙な表情を浮かべ電話口の相手と話していた。
「『織斑一夏』君がISを動かせた―――ここまでの流れは同じ。後は……『あの子』」
数日前に世界初、ISを動かした事で有名になったある男子の名を挙げる。
世間では、彼がそうなった経緯そのものは偶然が重なった事故のようなモノだと知られている。しかし正確には電話口の相手が裏でそうなるように誘導したに過ぎず、その真実を知っているのは那美と、通話相手の二人だけ。
「正直な所まだ半信半疑だけど、もし本当に、『あの子』が動かせる存在ならば――――『今年』で全てが……えぇ、解ってるわ。そうならない為にも準備はしてるんだから……それじゃあ、例のコアの件も引き続き頼むわね」
『束ちゃん』。最後にそう告げ通話を切ると、那美は盛大に溜息を吐き黒革張りの執務椅子に腰掛けデスク上の備え付け端末を弄り始める。
軽い音と共に眼前で数枚のホロウィンドウが投影されると、その中から今日の予定が表示されたモノに目を通す。
「えぇと、あの子が来るのは……あと十分くらいか。その後研究棟で用件済ませたら会議と来月の予算とイグニッション・プラン用のプレゼン資料を――――――ハァ、社長職も楽じゃないわねぇ」
まあそれも仕方あるまいと、再度溜息し昔を振り返った。
元々、彼女は好きで
親友は―――彼女はデュノア創業者の縁者だったが、前社長である男が社長の座に就いた際に彼の妾になっていた。いや、させられたというのが正しいか。
どうも前社長は妻子持ちの身でありながら結構前から親友に懸想していたらしく、創業者の直系の血縁である事を利用して度々彼女にあらゆる方法で迫り、極め付けに社長夫人は夫が居ない合間に彼女を甚振り、その様を愉しんでいたと聞く。
親友がそのような状況に陥っていると知ったのは、十年前。各国のIS関連技術を見る為世界中を回っていた時の事だった。
彼女の居場所を探し当て、再会するのにはそう時間は掛からなかった。
もっとも、見つけた時には既に前社長との間に幼子が出来ており、共に田舎へと放逐されていた後だったが。
その後紆余曲折あって自身の家族達と共にこのフランスで数年ほど過ごしていたが、元々病弱だった彼女は那美と再会するまで慣れない生活を続けてきたツケが溜まりに溜まっていた故か、九年前の夏頃から体調が優れない日々が続き、八年前の暮れに旅立っていった。
彼女との約束は、その旅立つ三カ月前に交わしたもの。
「いつか、娘が独り立ちするその日まで頼む」と、一言だけの約束。
そこからが大変だった。
六年前、第二世代ISの開発に勤しんでいたデュノアは質の良い試験搭乗者、悪く言えばIS開発の為のモルモットを欲しており前社長は妾の子の存在に目を付けていた。
今思い出せばあの時の自分は「らしくない」くらい気が緩んでいた。その頃フリーのIS技術者として名が売れていた那美は、自身の息子と親友の娘を残して旦那と共にドイツへと遠出していた。
が、それが不味かった。帰って来た時には息子は血だらけの状態で簀巻きにされており、親友の娘は連れ去られていたのだから。
すぐに誰がやったか把握した。そして息子を入院させ旦那に見ておくように頼んだあと、デュノアに殴り込んだ時に見たモノは今も忘れられない。
社に連れ込まれIS適性を測定された際に高い数値が出たのだろう、彼女は当時まだ試作段階であったデュノア社の第二世代フラグシップ機ラファール・リヴァイヴを身に着けさせられ無茶苦茶な実機訓練を行わされていた。
まだ当時九歳で、乗りたてでありながらも才能が見え隠れする動きには目を見張ったが、その光景を、実験動物を見るような眼で訓練を眺めていた前社長の姿を見つけた瞬間、那美は行動を起こしていた。
具体的には、不能になる様な一撃を。
(あの時は本当、若気の至りというべきかしらねー……)
当然、その場は騒然となった。
当時すでに有名になっていたフリーのIS技術者が突然現れ、社長を害したのだから。
即座に警察を呼ばれるが、何も那美も無策で殴り込みを掛けたのではなかった。その後に続く様に、報道関係者達がデュノア社に押しかけて来たのだ。
殴り込みを掛ける前に那美はまず、先に警察や報道関係者へこの数年間、自身が集めていたデュノア社長が行ってきた数々の汚職などの情報をリークしていた。
そして駄目押しにと親友の娘を拉致し、無理やり研究開発に参加させた事をその場に駆け付けた警察と報道両方に伝えた事により、連行されたのは社長の方となった。
これにて一件落着―――といけばよかったのだが、この高天原那美、限度というものを知らない事が仇となる。
社長が逮捕された後、調べを進めていった事で芋づる式に一部幹部や研究者達含む社員、社長夫人などといった人物達も後日逮捕される事となった。
これは流石にやり過ぎた。
逮捕された者達の中に重要なポストにいた者がかなり含まれており、このまま放置すると何の罪もない社員達が路頭に迷う事は目に見えていた。
彼らまで巻き込むのは本意ではない、ならば追い詰めてしまった者としての責任を果たさねばとデュノア社で働くようになって数カ月くらい経った頃だったか。
いつのまにか、社長職へと落ち着いていた。
いつしかフリーのIS技術者として売れていた名は、日本人でありながらデュノア社のトップに至ったヤリ手女社長の名として知れ渡っていく。
こんな筈じゃなかったのになーと思う一方、フリーの頃より稼げている事への事実に納得がいかないと考えてしまう。
結局今では、旦那の方がフリーのIS技術者として名が売れている状況だ。妻として嬉しいが半分、もう半分は自由に行動できない事から来る嫉妬で複雑な気分。
おかげで子供達と過ごす機会は激減するし、中学生の間だけ日本へと戻ることになった息子は妹に任せてしまうわ、さらに自由に出歩く時間すら失われつつあるわで散々である。
一応、親友の娘は本人の意向で社の
だが。
(それ以上にあの子に会えないのと、日本にいる間は
忙しい自分達の代わりに息子の世話を頼んだ
「今日もあの子は可愛かったですよ、ところで姉さんは何時までそこにいるんですかねぇ? 早よしないと喰ってしまいますよ!? 性的に!」等と抜かして此方を煽る煽る。
……思い出したら腹が立ってきた、もうマジで辞めてしまおうか。これまで第三世代機の開発とか色々と貢献してきたし、もう辞めても大丈夫だろう。
そう思い立ち、少なくとも年内中にデュノア社を辞めれるよう算段を練り始めた矢先、
『社長、少々よろしいでしょうか』
社内連絡用のウィンドウが開き、秘書である壮年の男性の顔が映る。
それに反応するように意識を切り替え、『社長』としての顔で対応する。
「あら、どうしました?」
問うた先、御子息が到着されたと返ってきた。
ちょっと早いな、と思いながら此方に寄越すようにと伝えるが、更に『それと他に、お伝えしたい事が……』と付け加えてくる。
「何かしら?」
『開発部が「また」やらかしたので、その処理をお願いします』
と、同時に扉が開き白衣姿が三人、それぞれ書類の束を持ち抱え入り込んできた。
そう言えば以前、何でもいいから採算度外視でちょっと新型武装を試作してみてと開発部にお題を出したのを思い出す。まあそれでも一応、提出する書類は少なめになる様に自重しろと釘は刺しておいたのだが……。
その量を見て、作っていた笑顔が固まる。
え、と声を漏らすも……、
『それと来月予定の欧州合同コンペを予定より早めるとたった今情報が入りましたので、その報告書やプラン見直しの書類なども』
白衣の後ろに続くように、黒服が同じく
そしてデスク前まで来ると、ドドンと新たに五つの書類の山が眼前に出来上がる。
もはや乾いた笑い声しか出せない。
『なお今持ち込ませたものは全て、今日中に処理をお願いします』
「あ、あははー……マジです?」
『マジです』
秘書の
主人公やオリジナルの人物は前作と同様ですが、一部は立ち位置を変えています。
……その結果、一番権力と金を持たせちゃいけない人にそれらを持たせちゃっいましたけどネ(目を逸らし)
次話は今月中には出せれる予定です
それでは皆様、また