第1話 エクストラステージ!!
自己紹介をしよう。
俺の名前はリュコス・ヴォールク。リュコスは希語で狼。ヴォールクは露語で狼。素敵な名前だろう? 俺を表すのにぴったりな名前だ。
偉大なる錬金術師であらせられるご主人に作られたホムンクルス:タイプ・ワーウルフ。それこそがこの俺、リュコス・ヴォールクである。つまりほとんど狼。名前負けはしてないと自負している。
俺を作ったご主人は人族だった。ご主人は、人族の僅かな人生の中で、なんと生命を生み出すスキルを得た類稀なる才覚の持ち主であった。それは神の域に踏み入る御業だ。数多の錬金術師の目指す栄光を手にし……それでも彼の歩みは止まらない。ご主人の夢は、技術に研鑽を重ね、いつか『リアル』に帰ることだったそうだ。
ご主人はその『リアル』に居た頃、俺を外付けの『データクリスタル』とやらで何度も強化した。お陰で、こっちの世界に来ても俺は、時にご主人を狙う敵をやっつけ、時にご主人の練金を手伝い……そうやって、ずっとご主人を守ってこられた。
俺を生み出すには特別なアイテムが必要で、ご主人はそれの取得のために大層苦労したという。なら、俺はその労力に見合った働きをするべきだろうと考えている。産んでくれてありがとうってやつだ。ご主人は俺の父さんで、母さんで、兄さんで、あと、恐れ多くも親友でさえあった。
所で諸君らは知っているだろうか。人族の寿命は平均百余年である。
俺がご主人に作られたのはご主人が二十歳の時。この世界にやってきたのはご主人が二十五の時。ご主人が安息の地を求めてトブの大森林に大きな屋敷を作ったのが、ご主人が五十六の時。
俺の自慢の毛並みを最後にブラッシングしてくれたのは七十八の時で、俺が命じられるがままに、この屋敷の周りに人払いの結界を張ったのがつい昨日のこと。
ご主人は今、八十四歳になっている。
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髭を生やしたご主人は、戯れに俺の頭を撫でる。しわしわで固くなった手は油も少なくて、それでも優しい感触がした。
言葉ではとても言い表せない感情が、胸のうちでうねる。
俺は震える手で紅茶を淹れた。以前はタイプ・ヒューマンのホムンクルスのメイドが家事をしていてくれたが、ご主人の魔力的負担を少しでも減らすために、今は俺がこうして不味い紅茶を淹れている。ご主人は毎回、文句も言わず飲み干して、黙って頭を撫でてくれた。
恐らく最後になるだろう紅茶を、ご主人は美味そうに飲んだ。お前も飲め、と言われて俺も飲む。相変わらず不味い。
ご主人の顔は酷く痩せこけていた。彼は昨日、もう先が長くないと、死者特有の雰囲気を纏って告げた。俺はありったけの覚悟を決めていたつもりだったが、それでも胸を突く痛みは抑えようもなく、咳をするご主人を前に、死という別離に怯えることしか出来なかった。
冷えた体を温めるため暖炉を灯し、研究室のある地下を掃除して、いつでもご主人が戻れるように整備した。それ以外に、俺は何も出来ない。何も。
気がつけば俯いていた。俺のぴかぴかの革靴に暖炉の火がうっすらと映る。馬鹿のようにそれを見つめて、もう一度カップに口をつけた。不味い。思わず顰めた顔を、ご主人が笑った。
「相変わらず、ッげほ、ごほ……。はは、紅茶を淹れるのが、下手だな……」
「ご主人様!!」
咳をする姿に慌てて背を擦ったが、気休めにもなりはしないだろう。色濃い死の臭いが鼻を擽る。
「……お前に、言っておかなければならないことが、ある」
「いいです、俺の事なんていいんです。ご主人様の好きなように、今までみたいに、好きなことをして下さい」
「お前はいつもそうやって、私を支えてくれた……。この世界にやって来て、私が増長し……手にした暴力で愉悦を啜ることに必死になっていた時も、傍でずっと控えて、恨み言一つ、零さずに」
「当たり前のことです。俺はご主人様に造られて、ご主人様の為に生きて、そして――」
ご主人と共に死ぬのが本望なのだ。
だから、こんな風に咳をしながら、俺にお声をかける必要はないのだ。苦しいのなら口を閉じればいい。眠りたいならば眠ればいい。不味い紅茶は飲まずにカップごと放り捨てたって、構わないのだ。
ただ、一分一秒でも貴方が長く生きてくれたら、俺はそれだけで……。
「言わねば、ならぬ。この醜い私の全てを、お前に。私は……ずっとリアルへ戻る研究をしていた。お前の献身を、傲慢にも当たり前のように受け入れながら……お前を捨てるための研究を進めていた」
「…………」
「こんな老骨となって、漸く気づいたよ。お前だ。お前だけが、私の宝なのだと。リアルなど最早どうでも良い。お前が、今となっては私の全てだ」
ぽた、と頬を涙が伝って、カーペットへと落ちた。
俺が造られて支えて奉仕してきた今までの全てが。俺という存在自体が。ご主人によって、全面的に許容され認められ赦され褒められている。
天上の甘露にも勝る至上の言葉に酔いしれた。背筋がふるふると震え、後から後から涙が溢れてくる。
「ごしゅじ、ん……ッ!」
「リュコス、そんなに泣くな。……ああ、こんな死にぞこないがぽっくり逝ったとして、お前以外の誰が涙しようか。本当に、私は良い物を作った……」
「は、い。俺は、おれは、ご主人の、さいこう傑作、でずがらッ!」
暖炉の火のせいだろうか。顔が熱い。涙腺がじわじわと涙を作り続ける。全身の毛が一本残らず逆立って、燕尾服の下の尻尾が膨らんだ。
「――さあ、泣き止みなさいリュコス。お前に最期の命令を告げる」
「拝聴、します!」
どうか、どうか。共に死のうと。黄泉路へ共に行こうと。言ってくれ。俺はこのまま貴方と死にたい。生まれてから一番幸せな今、貴方と共に眠りに就きたい。
俺は『物』だから。俺は人じゃないから。人狼でも、ただのホムンクルスでもないから。ご主人と同じように、ゆっくりと死ぬことは出来ない。だから、お騒がせしてしまうかもしれないけれど、貴方が死んだらすぐに首をかき切ります。貴方を綺麗な棺に入れた後、俺は眠る貴方の隣で朽ち果てます。
貴方と言う錬金術師の終わりに相応しい、独善的な至言の命令で、俺の命を摘み取って下さい。
「命令だ。お前は――" "」
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自己紹介をしよう。
俺の名はリュコス・ヴォールク。年齢は四百と六十を過ぎたところだ。
諸事情あって広い広い屋敷に一人で住んでいる。長い長い時の中、この屋敷を守るのが俺の使命だ。
俺はご主人の最期の命令を忠実に守り、屋敷の中の時間を氷の中に閉じ込めることによって、止めた。そして、屋敷所か周辺五十メートル程を巻き込んだ局地的な死の世界を作り上げた。
白亜の壁は美しく、窓は一点の曇りもなく。屋敷の"時"は最高の状態を維持したまま止まっている。
森のモンスターたちには氷漬けの屋敷と呼ばれ恐れられている。呼称などどうでも良いが、それには語弊がある。
ここは霊廟である。
偉大なる錬金術師が眠る墓場なのだ。
屋敷の入り口に立って、近づく"誰か"を迎える準備をする。途方も無い魔力の持ち主達だ。ご主人達でいうところの『かんすと』ってやつだろう。
俺の名前はリュコス・ヴォールク。錬金術師に捨てられた哀れなホムンクルスである。
仕えるべき主の居ないホムンクルスがこんなに生きた例を俺は知らない。知らないけれど、ご主人の命令のために、俺は生きなければならない。ああ全く、最期まで酷いご主人だ。
こんこん、と扉がノックされる。ここに来客が来たのは三百年振りだ。いや、百年前にもきたかもしれない。よく、覚えていない。
頭がすかすかの穴あきチーズみたいだ。こんなところに来るやつが普通の人間のはずもなく、まともな知性を持った存在と話す予定はないので構わないが。
さてはて、人間が一度でも呼吸すれば、肺が凍る屋敷に訪問する物好きなんて早々居ない。一体どんな奴だろう。
「もし、誰かいらっしゃいますか」
「はい、ただいま」
凍った屋敷に明かりは存在しない。俺はマッチを擦って燭台に火をつけ、足音をたてながらお客様をお迎えした。
「ようこそいらっしゃいましたね。何か御用でしょうか?」