第1話 王都にて一歩を踏み出す
アインズ扮する漆黒の騎士モモンが、お付に選ばれたナーベラルを言い含めているのを、にこにこ笑いながら見ていた。一昔前の俺とご主人のようである。
懐かしい空気だ。狼の耳を隠すためリスポーン後の状態を維持するよう指示されているが、今のジャック・オ・フロストをメインにおいた俺には、少し熱すぎるかもしれない。体に犇く種族の因子のうち、人っぽくて回復の魔法が使える妖精のものを引っ張り出した。
「リュコス、お前なにか……体から出ていた冷気が、止まったか?」
「はい。あまり目立ちすぎるのはよろしくないとのことですので」
「……お前もだぞ、リュコス。ナーベにも言ったように、畏まりすぎるな」
「しかし私は執事ですので。この格好からして、不自然ではないのでは」
俺の一張羅、自慢の執事服で胸を張る。アインズは数秒悩んだようだが、静かに項垂れて、諦めたのか歩を進め始める。
俺はその後ろについて行き、王国の町並みを観察する。時折使い魔を使って紅茶等を購入していたので、どんな場所かは知っているが、実際に見るのとはまた違う。ご主人のお土産も探さねば。今は存在しない尾を振りつつ、アインズの後を追った。
******
「いい、リュコス。貴方は、貴方の主人と同等、或いはそれ以上にアインズ様を守るの」
「承知しております」
「そうね。……貴方の主人を蘇らせたのは、アインズ様なの。分かってるわよね?」
「はい、勿論存じ上げておりま、」
「本当ね? アインズ様の御身に危険が迫った際にはその身を盾にし、敵が現れたら即刻排除するのよ。それが恩返しであり、貴方の主人を動かし続けるために必要不可欠なことなんだから」
アルベド、それもう三十回目だろ。
アインズは、「はい」「承知しております」「存じ上げております」しか言わなくなったリュコスから若干目をそらしつつ、どのタイミングで止めようか、と悩む。
罪悪感が凄くて直視できない。
アインズはリュコスを見るとちょっと光りそうになる自分を自覚していた。
惨いことをしてしまった。取り返しのつかない……いや、死んでいるという点においては元から取り返しはついていなかったか。
リュコスの傍に佇むアンデッド。彼のかつての主人は、種族は会話を出来る点を重視して、
蘇生の杖が効かないのなら仕方が無いと思ったのだ。ちゃんと話し合うためには、相手の意識がないとダメだと思って……。
誰が思うだろうか。生れ落ちたアンデッドに魂が宿らないなんて。
リュコスの主であるプレイヤーは余程生を諦めている、もしくは一片の後悔無く死んだのだろう。
彼はアンデッド所か、完全にただの肉人形になってしまった。命令なくして動きはなく、魂が宿らないが故にその体は21g軽いままである。
アインズとその被造物であるアンデッドの間に出来る微かな繋がりを利用すれば、肉人形はアインズの言葉一つで意のままだ。それどころか、人形を通してリュコスをも操ることも出来てしまうだろう。
勘弁してくれ、とアインズは思った。これでは悪役、いやそれでも足りない。まさに下種の極みである。
というか、客観的に見てアインズの行動は、それを狙ってのものに見えかねない。
そう例えば、リュコスを手に入れるために、最初から主人の死体をアンデッドにしようとしていた、とか……。
(アアアアアアアアアアア! そういうことか!!)
通りでアルベドやデミウルゴスがやたらと「下僕の心が分かっていらっしゃる」や「でしたら地下へアインズ様自ら御足労願うことになりますね」などと言う訳である。
完全に誤解されていた。リュコスの主人が人間かつ既に死んでいたことなど、遺体を見て初めて知ったというのに、それら全てが織り込み済みの上での行動だと思われている。
「私とアルベドが居ながら、何故リュコス君を安易に制圧しようとなさらなかったのか……。愚昧な私には理解出来ていませんでしたが、あの謎の蘇生能力。あれすらも見越していたとは。アインズ様、素晴らしい慧眼でございます」
ああ、その上また新たな誤解が重ねられた……。
「いいや、それもこれも、お前達の実力を信じてのことだ。不確定な要素が多かったが、私の意図を読み取り、よく足止めを成し遂げてくれたくれた。流石はデミウルゴスだ」
「見に余るお言葉でございます」
一礼をすると、デミウルゴスは先刻のアインズと同じく、三十二回目の釘差しを行われているリュコスを、昆虫を見るような目で観察し始めた。
一度死んで、デスペナもなし、タイムラグもなしに復活。ユグドラシルのNPCにはありえない現象だが、まるでリスポーンしたかのようだった。
アルベド曰く、一瞬垣間見えたノイズに紛れて、オークの肌やら、何かのウロコやら、様々な種族の特徴が覗いたらしい。人狼から魔法職の何かに変化してみせた以上、リュコスはそれらのうち、どれを表に出すのかを、取捨選択することすら可能なのかもしれない。
本人の言うところではバグらしいが……。まさに未知。グラフィックが狂った、とかそういう次元の問題ではなさそうである。残念ながらアインズにはそこまで詳しい知識はないので、判断しかねるが、何らかの理由(それは偶然であったり、リュコスの主人の作為的なものだったりする)で、リュコスはセキュリティーホールを取り込んでしまったのだろう。
電子の中には様々な情報が転がっている。運営によって没になったイベントの断片や、誰かの作ったキャラクターの一部。そんなものを、リュコスは取り込んで生まれたのかもしれない。
(ロマンのある話だなぁ。運営の隠しステージなんかに繋がってたりして……。俺だけがレアドロップを手にすることだって出来るかもしれない)
少し違う話になるが、リュコスのプレイヤーもそれによってユグドラシルに再び繋がることを狙って、人体改造やら何やらを繰り返したのだろう。
自分のエディトしたNPCによくそんな仕打ちが出来るものである。アインズは、家族も同然の彼らの期待を裏切ることすら出来ずに、恥を偲んで支配者ロールをしているというのに。
話し合いという工程はすっ飛んだが、ナザリックに彼を招き入れたのは正解だったようだ。一番排他的なアルベドがリュコスを許したのだから、他の者もアインズの命とあらば迎え入れるだろう。
ここで友人や家族を作り、プレイヤーによる理不尽を癒して欲しい。
一悶着あったものの、彼を一人ぼっちにしないという当初の目的は達成出来てよかっ、……達成してるのかこれ? 和みかけたアインズが固まる。
五体満足で、同意の上でここに来るというのがベストだったはずだったが、首が一度ちょん切れた挙句、何も喋らない死体に、ニコニコと笑いかけている現状……。精神的にも健やかとは言い難い。
なるべく刺激しないよう接しないと。アインズは心を決めて、三十八回目の約束を誓わされているリュコスを助けようと、顔を向けた。
「アインズ様なくしてそのにんぎょ、ッゲホン。貴方のご主人様は動かないのだから、アインズ様を守ることが、貴方のご主人様を守ることに繋がるのよ」
(ア、アルベドーーーーッ!!)
ヤッベ、といった顔をしたアルベドを尻目に、リュコスはまた「はい、承知しております」と頷くと、隣の老人の人形を見て幸せそうに微笑んだ。
アインズは、罪悪感と、リュコスの虚ろな目への恐怖で一度光った。
******
今、あの老人の中は空っぽなのだ。アルベドがやけにリュコスに「アインズを守れ」と言いつけるのは、魂の無い老人に何かしら(残念なことにそれがリュコスの主人でない可能性もある)が宿った際、リュコスが言われるがままにアインズに攻撃するのを防ぐためだろう。
彼とて四百年を生きた人狼(?)なのだから、中身が主人であったとしても、下僕だからこそ主人を諌めようと、突然の攻撃命令には普通躊躇する……はずなのだが。どうも、一度アルベドたちの前で死んで以降、言動に狂気ともいうべき危うさを感じる。
狂人特有の短気さというか……リュコスに対して、リュコスの認識とは違うことを執拗に言うと、その原因を無くそうとするのだ。
有り体にいうと殺そうとしてくる。
これをこの王国でやられてはたまらない。たまらない、が。
(なんだかんだと理由を付けて、傀儡はナザリックに置いてこさせた)
リュコスは傀儡の扱いについてはアルベドを信頼しているらしく、名残惜しそうにしながらも、傀儡の両手を握り「ご主人、俺、すぐ帰って来ますから……」と言い、すんなり別れを告げていた。
これにより、リュコスの沸点は確実に高くなっている。地雷も除去した今、怖いものはないだろう。
(でも何かの弾みでブチ切れたらなぁ。こいつの目すごい濁り具合で怖いんだよ……)
悩みながら歩いていると、リュコスが突如す、と前に立つ。それによって、正面から歩いてきた薄汚い男がアインズにぶつからずに済んだ。
「ありがとう」
「いえ」
鎧が汚れないようにという気遣いだろう。リュコスは微笑を浮かべ、再びアインズの背後に戻った。ナーベラルは歯軋りしていた。
(ま、大丈夫だろ。なんたって唯一の人間社会経験者なんだ)
「……さて、この辺りに教えてもらった宿屋があるはずなのだが」
「あ、確かに。あそこに"南の安らぎ亭"とありますよ」
これだ。これである。リュコスはなんと……字が、読める!
これだけでも、危険だと訴えるアルベドに無理を言ってリュコスを引っ張ってきた甲斐があるというもの。(ちなみに半分は肉人形に虚ろに話しかける姿を見たくない、というアインズの気持ちもあった)
筆記はどうも、昔風の言葉遣いになってしまうらしく、申し訳無さそうに断られたものの、字が読めるというのは良いアドバンテージだ。
アインズは意気揚々と宿屋の扉を押した。
・南の安らぎ亭
文字が読めるアピールのために適当につけました
さすデミがやっと言えた……長かった……やっと原作にたどりつけたのにもうエタりそう……イビルアイと接触するところまではやりたい……