扉の向こうには、三人の異形種が立っていた。
ドアの前で手を翳している男は、多分悪魔だ。赤いスーツに似合わない長い尻尾は、彼の種族が人ならざるものであることを示している。眼鏡の奥で油断なく光るのは眼球ではなく、宝石だろう。
次に目に入ったのは、悪魔系の種族だと思しき、艶かしい肢体の女だ。上品に、しかし娼婦のように悩ましく、ローブを着た骸骨に寄り添っている。彼女からも紛れもない強者の気配を感じた。しかも魔力が魔法使いにしては少ない。近接タイプなのだろうか。この見た目で?
そしてそんな二人を侍らせているローブを着た骸骨。こいつには明らかに勝てない。二人をなんとか倒したとしても、奴一人で俺は死ぬだろう。奴の骨の指に嵌められた蘇生の指輪が不穏に光る。死の権化のような黒いオーラを垂れ流し、眼窩を赤く光らせていた。
全員が全員、方向の違う超一級の強さを持っている。
ご主人の寝所を荒らしに来た訳では無さそうだが、止むを得ず交戦状態になった場合、俺の血で屋敷は汚れてしまうだろう。それはいけないことだ。俺はここを守らないといけない。
眼鏡男が口を開く。俺は燭台を握る手に力を込めた。
「私の名はデミウルゴスと言います。こちらがアルベド。そしてこの偉大なる御方は、我々の主人であり、絶対的支配者――アインズ・ウール・ゴウン様です。
私たちはつい最近ここへ引っ越してきたばかりの者で、今朝方、新居周辺の散策をしようと思い立ったのですが……」
「……引っ越し?」
「近くに引っ越してきたアインズ・ウール・ゴウンだ」
アインズが力強く言った。
(引っ越し……。見た感じ悪魔と淫魔と死神なんだが、意外と普通なんだな……?)
羽女――改めアルベドも彼らの主人アインズも、引越しという単語に異論はないらしい。ミスマッチすぎる言葉の選択に違和感が酷い。
あまりにも見た目と合わないので、一周回ってコミカルにすら感じた。
こちらが呆然としていると、不意に吹いた風で、手に持った燭台の火が消えた。そうなると外とは違って締め切った屋敷は、真っ暗になってしまう。
デミウルゴスが唇を釣り上げながら口を開いた。丁寧な振る舞いとは裏腹に、何処か寒々しい雰囲気を持つ男だ。警戒で尻尾に力が入る。
「しかしながら、私たち。何分新参者ですので地理に疎く……。ここら一帯のモンスターを脅、ゴホン。お話をした際、この屋敷が遥か昔からあるとのことですので、宜しければ、トブの大森林の地図などがあれば、それをいただきたいのです」
彼は慇懃無礼な口調でそう言うと、丁寧に頭を下げた。俺もメイドホムンクルス仕込みの礼を返す。
横に控えているアルベドは愛人か何かだろうか。にこにこと何が楽しいのかアインズのすぐ側でずっと笑っている。
不躾なぐらいじろじろと観察しても、アインズには何も言われない。器の広い御人(御骨?)なのだろうか。
とはいえ、地図程度なら差し出しても構わないだろう、ご主人も、客人は丁重に迎え入れろと、よく俺にご命令していたことだし。
「ああ、そうなのですか。すぐにでもお渡ししたいのですが、何分屋敷がこのような有様で……。客人は手厚く迎えよと主人は常々仰っておられます。ここで立たせるのも忍びない。俺が地図を探す間にお茶でも如何ですか?」
「それはそれは……是非お願いしても?」
「ええ、いらっしゃいませ。ここへお客人が来るのは本当に久々です。……主人はただいま、"就寝"しております。申し訳ありませんが、大きな音などはお控え頂けますでしょうか」
「はい、分かりました」
「では、アインズ・ウール・ゴウン様。どうぞ此方へ」
地図は何処へ仕舞っただろうか。俺は凍りついた屋敷を案内しながら、思考を巡らせる。
意外性のある客達だ。こんなところに引っ越してくるなんて。以前来た奴らはみな主人の研究成果を奪おうとしていた。無論殺した後みんな腹に収めてやったが。
「――これは」
「!」
骸骨――改め、アインズが口を開いた。
――一番強いやつだ。何をしてくるのだろう。
思わず緊張して耳がぴんと立ってしまう。アルベドがくすくすと嘲笑った。こいつが客じゃなくて、ここが屋敷の外だったら食い殺してやるところだった。
「これは、君がやったのか?」
アインズは壁を指す。そして首を動かして空の眼窩の角度を変えて、視線をぐるりと巡らせる。ごつごつした飾り気のない氷を骨の指で丁寧になぞった。
「はい、そうです」
「……つかぬ事を聞くが、君は人狼だな? しかもその身のこなしからして前衛職だろう。そんな君がどうやって……」
「……その質問にはお答えできません」
何故ならそれは俺のレシピに関わる重大なものだからだ。
ホムンクルスベビーに月桂樹の葉を数枚、ハイドレンジアの朝露を500グラムに、ムピナスの果実を三粒。そして紫色になりきっていないブルーベリーと、琥珀を2キロにetc……。それとひと摘みの奇跡。
ご主人は奇跡を掴み取った。俺はそうして、何億分の一の確率で、世界にたった一人の特別になったのだ。
起こした奇跡は極小規模なものなのだが、俺を誰かに奪われるのを恐れたご主人は、この世界に来てからも慎重に俺の能力を隠していた。
ご主人が死んでも隠したそれを俺が勝手にばらす訳には行かない。口を噤み前へ進む。
「アインズ様の質問に答えないなんて……!」
アルベドが眦を釣り上げた。しかし頭は回るのかすぐに手を出す様子はない。後ほど殺そうと考えているようだ。ばっちこい。お前程度ならぎりぎり殺せる。その羽食いちぎってゴブリンの餌にしてやろうか。
にわかに、デミウルゴスがさり気なく口元をハンカチで拭った。何も食べていない癖に何を、と不思議に思うも、俺の牙が無意識に出ていることに気づく。さりげなく教えてくれたらしい。
「申し訳ございません。これはどうしてもお話できないことなんです。ご主人様との大切な約束なのです」
アインズは気になっている様子だったが黙って身を引く。俺はほっと胸を撫で下ろし(案外話のわかるヤツのようだ)アルベドの視線で体中に穴を開けられながら客間へ案内した。
客間についた。照明器具なぞ生きているはずもないので、仕方がなく「少々お待ちください」と客人たちを待たせ、予め捕まえておいた野生のウィルオーウィスプを、凍り付いたシャンデリアの電球に取り憑かせた。照明替わりである。
最低限のライフラインも存在しないので、茶を出すのにも一々魔法を使わねばならない。俺は薬缶を手の平に置いて沸騰させながら、こんなこともあろうかと一缶だけ取っておいた紅茶をあけた。
「どうぞ」
骸骨は紅茶を飲めるのだろうか? 疑問に思いつつも一応出しておいた。
地図を探し始めて数分。俺は見つけたそれを差し出す。寛いだ様子でソファ(氷漬け)に座っていた連中も、居住いを正し、この明らかに訳ありの屋敷から出立する空気を醸し出した。うむ、結構。厄介ごとは嫌いだが、久々に誰かと話せてよかった。もう一度ぐらいは来てもいいかもしれない。
そう思いながら俺は玄関へと案内する。尾が自然と揺れて、ちょっと顔がにやけた。ここら辺に引っ越したと言っていた。奴らも人外であるし、きっと長い付き合いになるだろう。
「お帰りはこちらでございます」
「執事よ、うまい紅茶だった」
「それはそれは、お口に合いましたようで光栄です」
四百年前と違い、俺の紅茶は最早メイドホムンクルスにも匹敵する領域だ。それに寂しさを覚えながらも、主亡き今も進化を続ける己の貪欲さにはほとほと呆れてしまう。俺のレシピには、強欲の悪魔の名を冠するものが入っているらしいので、それが原因なのかもしれない。
俺はこうやって進化することで、ご主人の能力の高さを今尚示し続けているのだ。俺はすごい。だから俺を作ったご主人もすごい。死して尚ご主人の栄光は、名誉は、停滞することは無い。俺には何の魅力もないものだが、いつかはリアルへ『帰る』方法だって編み出して見せよう。ご主人の悲願は、ご主人の創造物たる俺が叶えて差し上げるのだ。
「そうだ、アインズ様。お連れの方は全員連れて帰って頂かないと困ります」
「なんのことだ」
「お屋敷に配置された虫の方々で御座います。ご主人様は就寝しておりますので、宿泊は何卒ご勘弁頂きたい」
そうだ主人は眠っているのだ。騒いだら起きてしまうではないか。折角リアルへお帰しする研究をこっそり進めているのに、起こされては困る。
ご主人は気持ちよく眠っているのだ。起こしたらかわいそうだろう。永遠の眠りに就いているのだ。夢を見ている。永遠の。ずっと眠って。そう、えいえんに……。…………あれ?
凍った床が目に入る。誰が凍らせたのだっただろうか。確か、俺がやった。何故だったろうか。それは、それは――。
(――ああ、くそったれ……!)
ご主人は眠っていない。死んだのだ。死んだ、そうだった。眠ってなんかいない。もう二度と起きない。
ああ、頭がおかしくなりそうだ。
世の中のすべての物には寿命というものがある。俺は自立式だし栄養を外部から得ることが出来るし、魔力さえあれば朽ちることは無い。だがそれでも、矢張りガタがきているのだ。
最初にデミウルゴスに吐いた嘘を、自分でも気がつかないうちに、真実だと思い込んでいた。至極恐ろしいことだった。俺の頭はどうかしている。そろそろ限界が近づいて来ている。俺は近い将来ここを守ることが出来なくなってしまう。命令を果たすことが出来なってしまう。
頭を抑え、顔面蒼白の俺が黙り込んだのを、アインズはじっと見つめていた。物を見るような目だ。まるで他人の集めたコレクションを値踏みするような目だ。そんな目で見てくるやつを俺は何人も知っている。
俺をご主人から引き離そうとする奴らの目だ。
「お帰り下さい。そしてもう二度と、こちらへは来ないで下さい」
「……そうか。ならばお前が来い」
「は?」
「我らの下に来るのだ。――ナザリックはお前を歓迎しよう」
死神はそう言って、俺に手を差し出した。
オリ主がアインズ様が一番強いと感じているのは絶望のオーラとかそういう威圧系のパッシブスキルの影響です