恐れもあるが、好奇心の方が強かった。アインズは外の世界に期待している。
アインズは脳内で外部の町や国、冒険者ギルド諸々を想像し、遠足前の子供のように期待に胸を膨らませていた。プレイヤーと接触する恐れがあるとしても、未知の領域に踏み入ることには心が弾む。
そうしてどきどきしながら就寝の準備をしていたアインズの自室に、ノックの音が響いた。
完全に支配者モードを解いていたアインズは二ミリほど飛び上がったが、数度の咳払いをすると、訪問者を招き入れる。
入ってきたのは、アルベドとデミウルゴスだった。心なしか顔色が悪い。何か不都合でも起きたのかもしれない。アインズは冷や汗をかく。
「どうした、二人とも」
「……申し訳ございません、アインズ様!」
突然の土下座。デミウルゴスに日本の土下座の概念があるとは思えないので、恐らく頭の位置を低くしようとして、自然とこうなったのだろうと思われる。
アインズの脳内にはクエスチョンマークが乱舞する。
続くようにアルベドも膝をつこうとしたので、慌ててデミウルゴスを立ち上がらせ、話をしようと試みる。
「何があった。お前達が恐れることは何も無い。ゆっくりと話してみろ」
「……っ寛大なるお慈悲に感謝いたします」
涙ぐんでる……。
あのデミウルゴスが半泣きになるミスとは一体。アインズは骨の体に汗が伝った気がした。
「それで、何がどうしたというのだ」
「……お聞きしたいことがあるのです。
以前、 人狼の執事が住む屋敷に訪れた際、アインズ様が仰られた『屋敷へ再び訪問しろ』というのは、どのような意図によるものなのでしょうか? どうか、この愚か者にその深慮なるお心の内をお聞かせ願えませんか?」
(っえ、それだけ?)
拍子抜けを食らったアインズだが、すぐに持ち直し、二人を安心させてやろうと、優しげな声を意識して言う。
「それは勿論、
「ええ、
"それ以外のことは何も……"、とは? 逆にアインズが問いたい。それ以外に何か言いました?
とはいえ、憔悴した様子のデミウルゴスにそんなことを言えるはずもなく。アインズは無意味に顎に手を添え、斜め四十五度の虚空を眺めた。
「ふむ……」
さりげなくアルベドを伺うも、こちらも懇願するようにアインズを見つめている。縋りたいのは此方の方である。部下が優秀すぎて辛い。
アインズは自分が悩んでいるのを表に出さぬよう押し殺し、なんとかしようと必死で考える。考える、考える…………。
(無理だ! デミウルゴスが考え尽くして、それでも分からないものを俺がわかるはずが無い!!)
大体あの指示にはそんな重い意味は付随していない。無い袖は触れないとよくいうだろう。無い脳みそを振り絞りすぎて、アインズの頭は沸騰寸前だ。漫画的表現でいうところのぐるぐるお目目となり、段々やけくそになっていく。
もう、別にいいんじゃないか、適当でも。アインズは捨て鉢で口を開いた。
「可哀想、だったからだ」
「……?」
口にしてすぐに後悔した。デミウルゴスのきょとんフェイスなど生きているうちに拝めるかどうかというレベルである。
だが動揺を見せてはいけない。アインズは俗に言うドヤ顔を維持しつつ、オーバーなリアクションで肩を竦めた。
「どうだ? お前達は彼を見て、どう思った」
「……我らに似ている、とそう思いました。ただ一つ違うのは、彼が孤独であるという点のみであると」
「――私は、可哀想だと思ったのさ」
これはアインズの、嘘偽りのない感想だった。だからこそ声には真剣味が宿る。アインズは自分のただの感想をデミウルゴスが深読みすることを期待して、意味深に腕を持ち上げた。
アルベドたちの話を聞く限り、彼はいつ訪れても、あんなに冷たい屋敷で一人らしい。
リュコスが人外である以上、彼の主人は異形種なのだろう。いつ訪れても眠っていることから、きっと、吸血鬼などの、昼に眠り、夜に目覚めている種族に違いない。それに対して、リュコスは
アインズも三日ほど間を置いて再度訪問したのだが、彼は一人、薄く微笑んでアインズたちを迎え入れた。デミウルゴスの報告含め、アインズはただの一度も彼の主人が起きているところを見たことがない。リュコスはいつも、どこか空虚な表情をしていた。
しかしアインズは同時に見た。彼がデミウルゴスの壊滅的なジョークを鬱陶しがりながらも時折笑い、アルベドに世辞を言って理不尽に叩かれたりする姿を。そこには彼の、寂しげながらも嬉しそうな笑顔があった。
その時アインズは思ったのだ。クエストだとかそんなのは関係ない。リュコスをナザリックに迎えたいと。
アルベドを筆頭にひどく従順なNPCたち。撫でるだけで、話すだけであんなにも嬉しそうにする彼らと、リュコスは同じ存在なのだ。アインズは自分自身多くのNPCを抱える身であるが故に、主人に愛されないリュコスに深く同情したのだった。
可愛い
だったら――。
(そんな主人より、自分の元にいた方がきっと幸せだ)
幸いここには異形種がたくさんいる。偏見はないし、なんなら同じ人狼だって数名いたはずだ。
(うん。いいアイディアなんじゃないか?)
勿論本人の意思は尊重するし、リュコスの主人にもちゃんと決闘を申し込むつもりだ。アインズは己の名案に何度か頷く。
(しかも、リュコスは元からこの世界のことをよく知ってるはずだ。これは有力な足がかりになるぞ……!)
彼の主人と、面と向かって話し合い、
(魔法職の人狼……前衛も出来る……レベラゲは既に終わり、課金も必要なし……。ふふ、かなりのレアキャラだ)
今日は冴えているな、と思いつつ。そうするためには、まず彼の主人を起こさなければならないな、と考えた。
つまるところ、リュコスの主人は昼が怖いのだろう。陽光を驚異とする種族なのかもしれない。ならば、外に出ても大丈夫なように、
育成せずにカンスト(だろう)NPCをただでゲット。素敵な未来だ。
アインズは存在しない涎を拭き取りつつ、デミウルゴスに向けて宣言した。
「デミウルゴス。明日、あの屋敷に夜を齎そうではないか」
天候操作を少々キザに言うと、賢い従僕はアインズの言葉を咀嚼した後、にこにこと笑いながら返事をした。
「アインズ様の御心のままに」
デミウルゴスの深読みにアインズ様が追いついたぞ!リュコス君の逃走成功率が9割を切った!
アインズ様はオリ主のご主人が死んでいることに未だ気づかず存命だと思い込んでらっしゃる……。
次回こそ、次こそはさすデミって言わせたい。予定通りに進めば次回オリ主は発狂します