わんこ、エクストラステージ   作:ぱぱパパイヤー

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アインズ様は上階の戦闘を知らない


第7話 凍る屋敷に眠る主

 階上の戦いは時とともにその熾烈を増す。がちゃんごとんドスッ。分厚い氷は激しい異音を遮り、地下のアインズの耳には届かせない。

 ひやりとした氷付けの世界。表のリュコスの巡回区域とは違い、訪問者が居ないことを前提にした地下は、リュコスの悲壮な感情のせいか隆起が酷く、歩くことすら困難だった。

 

 「凄いな……」

 

 氷により機能は死んでいるが、パソコンのようなものを始め、高品質の紙にレポートが纏めてあったりと、この屋敷の持ち主の科学水準が異様に高いことが伺えた。

 もしやここの主はプレイヤーなのだろうか? その割にはアルベドもデミウルゴスもアインズの身について言及していなかったが……。

 ふと近付いた器具の中に、培養液ごと凍りついた胎児(・・)が入っていたのを見てアインズは肩を跳ね上げた。目を見開いたままのそれは、人間の胎児にコウモリの羽を生やしたような見た目で、アインズは自身のNPCの一人であるヴィクティムを思い出した。色はピンクではないが。

 

 「何の研究をしていたんだろう」

 

 壁には狼を撫でる老人の写真が飾られている。あれはリュコスだろうか。写真の周囲には付箋が幾つも貼られている。殆どが黒く塗りつぶされているが、一番大きい付箋には『私の宝』と殴り書きされていた。

 アインズはほっこりしつつ、黒い犬の写真をまじまじと見る。と、地面に一枚の付箋が落ちており、それがそのまま氷の中に閉じ込められていることに気づいた。しゃがんで覗くと、そこには『内臓に直接b-31の魔方陣 失敗× バグ、修正不可』と書かれていた。

 物騒な単語に訝しみ、さらに写真を見ようとする。しかし顔を近づけたことによって、壁だと思っていたのがガラスで、その向こう側に凄惨な形相の鰐の剥製があったことに気づいてしまい、アインズは飛び上がった。

 そそくさとその場を後にし、先へ向かう。

 

 

******

 

 

 非常に口惜しいことなのだが、この戦いはアルベド、デミウルゴスのタッグに軍配が上がっている。

 

 俺は内心歯噛みしつつ、理性を失わないよう深呼吸する。じりじりと焦燥が胸を焼いた。

 二対一という状況、さらに俺には武器を使えないというハンディキャップがある。そして焦り。主人の寝所を荒さんとする不届き者を、今すぐに消さなければという焦りが、俺から余裕を奪っているのだ。

 状況は依然最悪である。アルベドは不必要なまでに長柄斧を振り回し、屋敷の壁にぶち当てる。俺は自分からそれに当たりに行って、屋敷を身を呈して庇う……。

 アインズが地下に踏み入っていることも、俺を冷静にさせない要因の一つだった。屋敷を凍らせたのは俺だ。内側のことなら大体は分かる。感覚からして、アインズは着実にご主人に近づいていた。

 敵は三人。俺は一人。武器は使えない。屋敷を守らないといけない。

 

 (どうすればいい……)

 

 突破口は一つだけ。ソファーの下の隠し扉。開閉には魔法職にしか支払えないほどの莫大なMPが必要だ。あそこを通り抜ければ、少なくともアルベドの驚異からは逃れられる。

 デミウルゴスは魔力を納め通ることも出来るだろうが、彼一人なら俺でも倒せる。

 

 (多少の手傷は止むを得ない、か……)

 

 爪の硬化にさらに魔力を注ぎ、防御を犠牲に攻撃力を高める。

 なんとか隙を見て、全身全霊のタックルをアルベドにぶつける。後衛のデミウルゴスが、アルベドが戦線に復帰するまで雨のように魔法を降らせてくるだろうが、それを甘んじて受けつつ、ソファ下の扉を通りアインズを足止めする。これしかない。

 アルベドが余裕の表情で、俺を煽る。

 

 「アインズ様は今頃ご到着なされた頃かしら」

 

 「さあどうでしょう。屋敷にはトラップが盛りだくさんだ。今頃半死半生の状態かもしれませんね」

 

 「ッ……黙りなさい!」

 

 煽り返してみたが、すぐに効果が出た。沸点低すぎないか?

 俺は思ったより早く到来したチャンスに狼狽えつつ、予定通り床を蹴り、全身でアルベドにぶつかりに行く。長柄斧の刃を避け、柄の部分の下をくぐりアルベドの懐に入った。アルベドはすぐに体勢を持ち直し、俺は頭をぶん殴られたが、怯まずに肩から倒れ込むように攻撃する。場所、角度、力の大きさ。全てが噛み合っていた。確実に当たる。

 そう、思っていた。

 

 「ジュデッカの凍結」

 

 一瞬体が硬直した――いや止まった? ――かと思えば、次の瞬間、俺は逆に吹き飛ばされていた。

 

 

******

 

 

 地下は先に進めば進むほど温度が下がっていく。出来心でアイテムボックスから花を出してみると(NPCに与えると髪に付けてくれるというだけのアイテムだ)たちまちの内に凍りつき、花はアインズの手の中で粉々になってしまった。

 崩れていった花を横目に、アインズは目の前に扉が現れたことを認めた。ここが最奥のようだ。

 凍った扉が開くわけもなく、アインズは上級道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)で壁を巻き込みながら道を作った。

 からからと鉄を閉じ込めた氷が床を滑る。静寂の中転がっていくそれを追うように、アインズは部屋の中央に置かれた棺に近づいた。

 

 (棺って、おい、まさか……)

 

 氷に閉ざされた屋敷の中、冷気に守られた棺には、眠るように目を閉じた老人の死体が安置されていた。

 

 「……そうか、そういうことか」

 

 アインズはリュコスを取り巻く状況のすべてを、これを見て察した。

 アルベドたちがアインズに危険について知らせなかったのは、プレイヤーが既に死んでいたため。リュコスが常に一人なのは、彼がここの最後の住民だったからなのだろう。

 

 彼に主人など、とっくに居ないのだ。

 

 (なら……俺が貰ってしまっても、何ら問題は無いな)

 

 アインズはそう思いほくそ笑む。しかし、すぐにいやいや、と首を振り、自分の身に置き換えてみる。

 自分の死後勝手にナザリックの面々を分配されたらブチギレるだろう。せめて仲間に、と憤るに決まっている。

 勝手なことはするべきではない。この老人に仲間がいた可能性だってあるのだ。

 アインズは蘇生の杖(ワンド・オブ・リザレクション)を取り出し、氷の中の老人に振った。……が。

 

 「あれ?」

 

 復活を拒絶するプロテクトをかけていたらしい。蘇生の杖を一本無駄にしてしまった。

 こうなったら仕方が無い。アインズは気が進まないながらも、本当に渋々ながら、アンデッド作成の呪文を唱える。

 話し合いは大切だろう。交渉の後に貰えるのなら良し、貰えなくとも、リュコスに恩を売れれば今後色々とやりやすくなるだろう。

 

 

******

 

 

 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。

 背中に勢いよく何かがぶつかる。いや、俺がぶつかったのか。兎も角、肺の空気が全て外に出て、俺は咳き込むことも出来ずに唇を戦慄かせた。

 はっ、は、と不可思議な呼吸音(?)が聞こえる。死ぬほど痛いが、俺はまず、己に何が起こったのかを確かめねばならない。

 立ち上がることは……不可能だ。足はぴくりともしない。指先は辛うじて持ち上がるが、何の役にも立たない。眼球をきょろきょろと動かすと、どうやら俺は、おそよ数百年ぶりの外に出ているようだ。何故、外に居るのか? その答えはすぐに分かった。

 

 「ッぁ、ぐ、あぁ」

 

 屋敷の壁に、穴が空いている。

 俺は元より出来ていない呼吸を乱し、動けない足で立ち上がろうとした。

 

 (こわれた。屋敷が。なぜだ? 何が起こった? なんで俺は立てない。屋敷が屋敷がやしきがやしきが壊れている。壊されてしまう。なのになぜ俺は立てない? なぜ俺は? なぜ? なぜ?)

 

 痛いのは確かだったが、その程度で足が微塵も動かない理由が分からない。肺が破裂でもしたのか、口から血が出てくる。痛みが酷い。

 アルベドが屋敷から悠然と歩いてくる。自然と湧いてくる殺意によって指先が不自然に痙攣した。デミウルゴスは時計のようなものを手に……時計?

 

 (じかん、操作、か)

 

 ジュデッカの凍結。対象の時を止めるスキルだったか。俺をあれで止め、その隙にアルベドがフルスイング……といったところだろうか。屋敷の氷を破るとは恐れ入った。クソゴリラ殺すぞ今すぐ埋めてやるからな今すぐだ今すぐに殺す。

 

 怒りで眉間の血管が浮く。それでも足が動かない。これは流石に変だぞと思い、そして――気づいた。

 

 背骨が、折れてる。

 




アインズ様、オリ主の主人が死んでいることにようやく気づくの巻。

この作品で二話以降喋って動くオリキャラはリュコスのみだとだけ言っておきます
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