わんこ、エクストラステージ   作:ぱぱパパイヤー

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いつになったらこいつはモモン一行に混ざって王都入りを果たせるんだ…………



第8話 継ぎ接ぎボディ

 「チェックメイト、ね。ヴォールク」

 

 「あ、ぅ……」

 

 長柄斧の刃の部分が、頤を持ち上げる。

 視線が上に向かい、アルベドと目が合った。口元の血をほっそりとした指が拭い、彼女はそんなことも自身では出来ない俺を嘲笑った。

 

 「ねえ、もうやめたらどうかしら。貴方の誇りも思いも分かるけれど、それはとっくに、貴方自身の忠誠ではなくなっているわ」

 

 「な、にを……ぃ、って」

 

 「貴方が主人と過ごした時間の数倍、いいえ数十倍も、貴方は生きた。それはあまりに長すぎる時間よ。貴方は主人の最期の命令に縛られているだけ。――もう、顔を思い出せないんじゃないかしら」

 

 「――?」

 

 かお、……顔。

 そんな馬鹿なことがあるか、と頭ごなしに否定しようとして、本当に、少しも……全く、思い出せないことに、気づいてしまった。

 体が一気に冷えた。恐ろしい、ことだ。まさかそんなこと、そんな……そんな恐ろしいことが、あっていいはずがない。

 ぼやけた輪郭に思い出を流し込んで、必死で形作ろうとする。俺を撫でた手、俺を褒めた優しい顔、俺を呼ぶときの声……。紅茶を飲んで苦笑する姿も、俺の毛並みを撫でて微笑む姿さえ。

 

 思い出せない。

 

 愕然とした。少しも、思い出せなかった。あんなに大切な人だったのに。あんなに、あんなに、あんなに――俺の全てを捧げた人だったのに。

 何より、思い出せなくなってしまったことにすら気づけなかったことに、心臓が凍りつく。俺はいつからあの人の顔を忘れてしまったのだ。思い出も笑顔を温もりも、殆どがこそぎ取られた頭の中に、歪な形の忠誠心だけが残っていることに、ちっとも気づきやしなかった。

 

 「嘘、だろ? な、んで」

 

 「長すぎたのよ、ヴォールク。貴方の中にはもう何も残っていない。空っぽで、無価値なただの人形。――でも」

 

 憐れむような、心底優しい顔で、アルベドは俺の頬を撫でた。

 

 「そんな貴方を、アインズ様は望んで下さるわ」

 

 まるで自分のことのように、アルベドはうっとりと目を細めた。

 

 「ナザリックへ来なさい」

 

 哀れみの色濃い声が嘯く。俺と同じ境遇ながら、未だ主人が存命であるが故の余裕に腹が立つ。うるさい。俺が可哀相な存在だってことくらい、ご主人が死んだ瞬間から分かってる。

 ホムンクルスだぞ? 本当に人形なんだ。お前らは俺が人狼だと思ってるみたいだが、俺はただの無機物なんだよ。物は使われないと意味が無い。主人が居ないなら大人しく機能停止して、ここで自然に朽ちるまで眠るのが道理なのだ。

 だがご主人は俺に命令した。あの、愛おしくて堪らない傲慢で愚かな至高の錬金術師は、よりにもよって、死に行く身でありながら、俺に向かって命令したのだ。

 

 『命令だ。お前は――私の眠りを"永遠に"守り続けろ』

 

 彼の目にも、丁度今のアルベドのように哀れみの色があった。大方自分を追って自害させるのを忍びなく思ったのだろうが、俺にとっては後追いすら許されない残酷極まりない所業である。ご主人のことは基本的に全面的に肯定するが、この命令は真に業腹であった。

 "最期の命令に縛られているだけ"? だからなんだ。ただでさえ可哀相な俺が、真っ当な忠誠さえ捧げられなくなっただけだろう。ご主人のことを九割九分忘れ、ご主人に対する真の忠誠すら抱けなくなった俺が、ホムンクルスであるが故の無機物的な忠誠心で命令を全うするだけ。だからどうしたというのだ。墓を守る、という一点においては、今までと、なんら変わりはしないじゃないか。

 

 「っふ、は、ハハハ……」

 

 唇が自嘲に歪む。自分でも馬鹿だと思う。律儀に永遠に、馬鹿の一つ覚えみたいに、ずっとここで言われるがままに墓を守り続けている。見まごう事なき馬鹿だ。

 でもいいんだ。ご主人の寝所は、俺がちゃんと守ってやりたい。あの寂しい人を、死んでからも一人にはしたくないんだ。思い出の残滓が、その想いは正しいことだと訴える。そうさ、別に全てを忘れたわけじゃないんだ。俺はご主人が頭を撫でてくれた感触も、まだ覚えている。

 それだけで、十分だろう。

 

 辛うじて動く腕を持ち上げ、アルベドの長柄斧の刃を握る。抵抗されると思ったのか、彼女は柳眉を顰めて俺の首にぐい、とより強く押し付けた。

 ――好都合だ。

 デミウルゴスが何かに感づいたのか、アルベドの肩に手をかける。もう遅い。

 

 握ったそれを自ら喉に押し付ける。大量の血潮が噴出した。

 

 「っな、何を!」

 

 「――何、やってんだと思う?」

 

 喉が物理的になくなったはずの俺が流暢に喋る。アルベドは薄気味悪そうに一歩下がり、様子を見ている。

 俺の腕や足がズレたように歪む。光の屈折率が狂ったように、網膜がうまく捕らえきれないのだ。やがてノイズのようなものが走ったかと思うと――その場に、冷気が満ち始める。

 

 ホムンクルスベビーに月桂樹の葉を数枚、ハイドレンジアの朝露を500グラムに、ムピナスの果実を三粒。そして紫色になりきっていないブルーベリーと、琥珀を2キロにetc……。それと、"ひと摘みの奇跡"。

 

 ホムンクルスは多くの材料を食う代わりに、それの組み合わせや品質によって、出来上がったときの容姿や、習得している技能が変わる。

 自由度の高い"げぇむ"だったこともあり、偉大なるご主人は、他の錬金術師がするように、先達のホムンクルス:タイプ・ワーウルフの標準レシピに、独自のアイテムを幾つか加えた。

 それがなんの化学反応を起こしたのか(ご主人は"ばぐ(バグ)"だと言っていた)、ワールドアイテム並の――つまり世界を改竄するレベルの――しかし極々小さな奇跡を起こし、俺が生まれた。

 

 偶然の産物、世界の異分子、そしてご主人の最高傑作。この俺リュコス・ヴォールクは、"ばぐ(バグ)"によって肉体が二つある。

 

 俺の死をトリガーに、もう一つの体は、傷ついた元の体を再構築して、この世に顕現される。

 "ばぐ(バグ)"だから、この変化に名前は無い。スキルでも、種族的特長でもない。強いて言うならば、ドッペルゲンガーに近いのだろうか。

 

 「ご主人との思い出がいつか全て零れていくとしても、俺にはご主人の最期のご命令がまだ残ってる。これだけ覚えていればいい。これだけ抱えていれば、まだ……まだ、頑張れる。悠久にも思える時間だって、あっという間に決まってる」

 

 「……不憫だな。アインズ様に仕える選択肢は、君からしても悪いものじゃないだろうに」

 

 「確かに魅力的ではあるが、その提案を受け入れてしまえば、忘却に到るまでもなく俺は俺じゃなくなるだろ?」

 

 デミウルゴスが憐れんだように言う。アルベドは憤然やるせなしといった風情で、ふんと鼻で嗤った。

 

 「貴方の意思なんてどうでもいいわ。全てはアインズ様のために」

 

 長柄斧を構えなおしたアルベドが走ってくる。

 

 「無駄だ」

 

 屋敷の周囲にはあらかじめ魔方陣が刻まれている。俺が"リスポーン"した時の為に、第10位魔法のストックが常に三つは張り巡らされているのだ。これも全てはご主人の詭謀である。

 これで倒せるとは思わないが、足止めくらいは出来るだろう。硬直時間に魔法を重ねがけする。そうすれば、さしもの二人でも向こう百年は動けまい。

 

 「《永雪の地(ミニチュア・ニヴルヘイム)》」

 

 全部凍っちまえ。ご主人は寂しがりやな御仁であったが、そんな人に作られた俺も孤独にはほとほと弱い性質だ。お前らが凍って、俺と一緒に朽ちるまで隣で眠っているなら、少しは孤独も紛れるだろう。

 森を全部氷漬けにするのも悪くないかもしれないな。喧騒を留めたままに、みんなを冷たい氷の中に閉じ込める。ああ、これはいいアイディアだ!

 みんな死んだように眠るんだ。俺みたいに。ご主人みたいに。

 

 今の俺がなんなのか、自分でもよく分からない。人間種とか、妖精種とか、色々なのが"ばぐ(バグ)"で混ざり合っているようなのだ。全体の中で一番割合が大きいのはジャック・オ・フロストかもしれないな。氷魔法が得意だし。

 話がそれた、ええと、つまり、今俺はホムンクルスじゃないってこと。ホムンクルス特有の、ピカイチの忠誠心で押さえ込んでいた狂気が、抑え切れないってことだ。

 こんな風に。

 

 「ああああああ!!!! お屋敷に穴が空いてるんだった! すぐに直さないとご主人がお怒りじゃねぇかッ! また折檻かよチクショウッ! てめぇら何してくれてんだッ!!」

 

 頭がぐるぐるして、屋敷に穴が空いているのを見る度、胸が痛くて堪らなくなる。優先順位が狂っていく。アルベドたちを完全に封殺できている訳でもないのに、アインズだって何処かに消えているのに、俺は屋敷を直すという目的に執着してしまう。

 

 「っく、アルベド、ヘルメス・トリスメギストスを!」

 

 「分かってるわよ! でもさっきのように幾つか魔法陣のストックがあるはずだわ。もしそれが三回を越えていたら……」

 

 「しかし! 地下が如何に広くとも、そろそろアインズ様が――」

 

 煩い。

 十メートル四方の氷を作り上げ、騒音の原因にぶん投げる。ご主人が起きたらどうするんだ。あ? ご主人、死んでたっけ。なら問題ないか? しかし霊廟で騒ぐのもよくないだろう。

 新しく作り上げた氷を空に浮かせて、派手に壊れた壁に近づけていく。早く直さないとまた怒られる……いや、ご主人が怒りっぽかったのは三十代までの話だった気がする。ええと、還暦をお祝いした頃にはもう俺に怒鳴り散らしたりしていなかったような……。じゃあもうぶたれたりしないか。

 というか屋敷を直さなくても良いのでは? 俺しか動いていないなら、別に壊れたままで雨が入ろうと風が通り抜けようと……。

 

 『命令だ。お前は私の眠りを永遠に守り続けろ』

 

 ダメだダメだ! 忘れてた(・・・・)、命令されてたんだった!

 お屋敷が煩かったらご主人のお休みを守れない。危ない、もう少しで命令違反をする所だった。

 ふうと安堵の息を吐きつつ、氷を浮かせて壁にくっつける。これで暫くはもつだろう。

 

 庭から派手な音が聞こえる。本当に煩いな。振り返ると、デミウルゴスとアルベドが氷から出ていた。

 屋敷とどちらを優先すべきだろうか。考えるまでも無いな、命令に従おう。

 

 「――リュコス」

 

 ん?

 

 「はい、何でしょうかアインズ様」

 

 壊れた壁からアインズが出てくる。背後の二人が「お下がり下さい!!」と煩い。ご主人が起きたらどうするんだ? いや、死んでるんだっけ、あれ? どっちだったっけ。

 客人を手厚く迎えろ、といつか命令された気がするので、アインズを排除するのはやめる。しかしなぜかは忘れたが、リスポーンする前は猛烈な殺意を抱いていたような……。ああ、頭がうまく回らないな。

 とにかく、そこに居られると屋敷を修繕できないのだが。どいてくれないだろうか……。

 

 (mmmmm待テよ? こ■つィマ何処かラ、出てkiた?)

 

 客間のソファーがひっくり返っている。思い出せ思い出せあそこには何があった? 頭がおかしくなってる場合じゃないぞ命令違反の危機だ。ええと、ええと……確か、確か――そう、あそこには地下への直通の道があったはずだ。つまりこいつは、ご主人の研究室に勝手に侵入したということになる。

 

 「なんだ客じゃないのか」

 

 鋭い氷柱を生み出してぶつける。魔法という程でもないが、時間稼ぎにはなるだろう。侵入者はすぐに殺す。ご主人の寝所を荒す者は皆死ぬべきだ。

 




ホムンクルスの思考回路は人間の筆者にはよくわからないんですが、とりあえずバグってリスポーンした後のごちゃまぜ族の時よりは、ご主人のことを大切に思っている感じの……そういうニュアンスを、その……フィーリングで読み取ってください……

サブタイトルを考えるのが辛い
作品名もクソダサいのにサブタイトルを毎話つけるのが本当に辛い
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