・広範囲を冷気で覆い凍らせる
・攻撃というより足止め用
・重ねがけすると効果が長持ち。事実上一度捕まるとほぼ永久的にコールドスリープすることになる
(適当)
勢い良く飛び出した氷柱がアインズに殺到する。よくよく見れば彼の背後には新手が居た。アインズはそれを庇ってか、避けもせず防御系の呪文で無効化していく。
アルベドたちの気配が、主人の危機にこちらへ駆け寄ってきている。合流されては事であるし、とっとと殺すしかあるまい。俺はストックされた魔方陣に魔力を注ぎ、もう一度《
「リュコス、落ち着け。此方に敵対の意思は無い」
「盗人の分際で何を仰っているのやら。それとも、不法侵入者の名誉の方をお好みですか?」
「――その件について、一つ詫びねばならぬことがあって、な」
意味深な言葉に眉を潜める。詫び? この状況で何を言っているのだ。アインズは言葉とは裏腹に悪びれもせず、超然とした姿勢でその場を一歩退いた。
自然、彼の背後に居た新手――
老人だった。しわしわの、油の少なそうな手と、骨と皮だけの衰えた体が特徴的な、老人。白い肌は外出の少なさを示している。
何故だかわからないが、彼を見た途端に俺の息は不規則に乱れた。不可思議な懐かしさ――切なさ? いや、悲しみ、喜び……とても口では言い表せない感情で、胸が詰まる。
この人を見たことがある。知っている。覚えて、いる。いつか、ずっとずっと昔、あの人に撫でられたことが、俺にはあったはずなのだ――。
「不慮の事故とはいえ、不完全な蘇生になってしまったことを詫びよう。……もっと近付いたらどうだ? 久方ぶりの再会だろうに」
(――再会?)
アインズの声が予想外に近い。はっとして顔を上げると、気が付かぬまに、俺はよろよろと老人の元へ近づいていた。
一歩、もう一歩。手を伸ばせば届きそうな距離だ。俺はもう一歩だけ踏み込むと、震える手で皺だらけの頬に触れる。
ああ――なんだか、泣いてしまいそうだ。
「ご、しゅじん………」
無意識に出た言葉。目の前がゆらいでいるのは何故だろう。
もう片方の手でも頬を撫でて、顔を包み込むようにして、体温の無い体に触れた。氷の中にいたからだろうか、ご主人の体は異様に冷たく、俺の手から熱を奪っていく。
「ごしゅじん、ごしゅじん、ごしゅじん、ごしゅじん」
耐え切れなくなって膝が折れる。半ば足に縋り付いた状態で、許しを乞うように見上げた。
本音では全身を使って抱き締めたい。ちゃんとここに居るのか、本当に俺のご主人なのか、確かめたい。
だけどそんな風にしたら、いつか見た夢のように消え去ってしまいそうで、どうしても出来なかった。かといって眺めるだけでは、膨らむ不安が抑えられなくて、ご主人の手首をそっと掴んだ。
顔も声もその微笑みも、他にもたくさん。気がついたら、色々なものを忘れてしまっていたけれど。俺がまだしっかり覚えていることもある。
この手が俺の頭を撫でてくれたこと。あの感触だけは、まだしっかりと覚えている。
もしもご主人じゃなかったら? そんな恐怖で、ちょっぴり泣きそうになる。俺が今ホムンクルスの状態だったら、自慢の耳はぺたんと倒れていただろう。
恐る恐る自分の頭に乾いた手を乗せる。軽くて、弱くて、優しくて。
「――ぁ、ほんと、に、ご主人、だ……」
目にたまった涙が一滴頬を伝う。そうするともう止まらなくて、何粒も後を追うように零れていく。
ぎゅっと手に力が篭って、ご主人の手首が圧迫される。俺は慌てて離して、阿呆のように、地に両膝を着いたままご主人のご尊顔を見上げた。
太陽の光でよく見えないご主人の顔。俺は今度こそ、もう二度と忘れないようにと頭に刻み込んだ。涙で歪む視界の中、必死に歯を食いしばって、ご主人の顔をずっと見つめていた。
「リュコス」
「……ぁ?」
茫然自失状態の俺の肩に誰かが触れた。数秒かけて鈍い反応を返し、俺はご主人よりも位置の高い頭を見上げる。
そこには死神が立っていた。
「今まで、よく頑張ったな」
死神が頭を撫でる。骨の剥きだしの手は硬質な感触がして、ご主人のそれとは似ても似つかない。でも俺は、すっかり気が抜けていたせいだろうか、ご主人の前だからだろうか、どうしても我慢できなくて、わんわんと声を上げて泣いた。ご主人にそうされた時のような、全幅的な安堵に満たされ、俺はそのローブを掴んで泣き喚いた。
「もう――もう無理だ! もうできない。ごめんなさいご主人、おれ、もう、だめなんだ。これ以上、がんばれない。おれ、これ以上がんばったら、あなたのことを全部……あなたを誇りに思うきもちも、忘れてしまう。本当に――ただの人形になってしまう」
土に塗れた服に涙が落ちる。ごめんなさい、命令を果たせなかった。俺はこんなにも役立たずだ。貴方の言う通りにしたかったのに。そして、褒めてもらいたかったのに。
「ごめんなさい、ごめんなさい……! 俺は貴方のお役に立てなかった! 貴方が産んでくれたご恩を返しきれなかったばかりか……ッ最期の命令すら、果たせなかった!」
こんな惨めな俺が生きていた所で、何の役に立つのだ。アインズが侵入するという形で墓所を守るという最期の命令も失敗してしまった。このまま厚顔無恥にも生き続けるなど、ご主人がいくら生きろと言っても到底耐えられない。ご主人の創造物たる俺の失敗は、ご主人の名に泥を着けてしまうのだ。主人の為を思うなら、今すぐに死ぬべきである。
自責の念でさらに泣き、ローブに縋る俺を、アインズはずっと撫で続けた。俺はそれを申し訳ないと思いつつも甘受して、許されるがままに泣き続けた。
やがて「ごめんなさい」としか言わなくなった俺の背を撫でて、アインズはご主人を指した。
「リュコス、落ち着け。私に謝るのではなく、お前の主人に謝るのだ」
「で、も、ご主人は、ご主人は、もう――。だ、から、これは、きっと、おれが見てる、幻、っで」
途切れ途切れになる言葉に耳を傾け、アインズは尚もご主人を指す。
「本当に、それは幻か?」
幻のはずだ。質感なんて、狂った頭は幾らでも再現し、捏造してみせる。
だらん、と垂れている両手を掬い上げると、矢張り冷たい。だが狂った俺はとっくに、この手の幻には経験があった。
信じようとしない俺のためか、アインズは俺の手の上からご主人の手を握った。骨の硬い感触と、老人の手の感触、どちらもを確かに感じられた。
「どうだ、こんな幻があるか?」
「幻じゃ、ない……?」
ぱちぱちと瞬きをして、穴あきチーズの頭を回転させる。ホムンクルス状態の時はもう少し頭の回転も良いんだが、リスポーンした後は、狂った衝動諸々のせいで、命令以外のことにうまく考えが纏まらない。
幻じゃないのなら離したくないと、俺は強くご主人の手を掴みながら考える。
多分、自覚していなかっただけで、俺はずっと待っていたのだと思う。ご主人が戻ってくることを。かすかな希望――ともいえない願望、妄想の類でも、俺はだからこそ、待って待って待って待って待って待って待ち続けられたんだ。
今、ついにアインズがご主人を連れてきてくれたのか? だが期待しすぎるのはよく無い。十年か三十年前にも、俺はご主人の幻覚を見た記憶があったのだから。
俺が信じないのはご主人が喋らないからだと思ったのか、アインズはまた謝った。
「……本当に、すまないな。私の軽率な行いによって、お前の主人を歪に呼び起こす事となってしまった」
「おこす?」
起こす、と言った。しかも、アインズが。この死の王が。
だったら――もしかしたら――或いは、本当に?
ご主人は永遠の眠りに就かれた。×んでしまったのだ。だというのに、起こす? 起こすということは眠っていたということだろう? アインズが言うのだから間違いない。でもご主人は人族であの氷の中で生きているはずは――いや、早合点は良くない。ご主人のことだあれぐらい防げるに決まっている。そうだ、あの偉大なる俺の造物主が、錬金術師の悲願"不老不死"を獲得していないはずがないじゃないか。×を逃れる方法なんて幾つもあるというのに、俺を遺してご主人が×ぬことなんてあるわけないあるわけないあるわけないあるわけない!
ああ俺って本当に馬鹿だ。大体一度でも
――そんなことあり得るのか?
どこか冷めた俺が言う。知るか。黙れ。
だって、だって、だけどだけどだけど。眠っていたんだ。眠っていた。きっとそうなんだ。なぜならご主人の最期の命令は。
『お前は、私の眠りを永遠に守り続けろ』
――なんだ! 簡単なことじゃないか!
(ご主人は最初から仰っていた!)
愚鈍な俺が、命令の主旨を理解できていなかっただけじゃないか! 勝手に、失礼にもご主人が×んでいたのかと思い込んでいた。
そうと決まればお礼を言わないと!
「アインズ様、ありがとう御座います!!」
「はぇ?」
「ご主人様を起こしてくださって本当にありがとう御座います! ご主人様も
「……リュコス?」
「ああ、このご恩に何で報いれば良いのでしょうか」
にこにことご主人と共に笑う。こんなに嬉しいのは生まれてきて始めてご主人に褒められて以来だ。
「アインズ様は地下の研究に興味がおありなのですか? でしたらそれを全て持っていって頂いても構いませんし……ああ、そうだ。リアルへお戻りになりたいのならどうぞ、この俺をお連れ下さい」
「は?」
「俺の内臓にはご主人に手ずから刻まれた特別な魔法陣があるんです。俺の"
「……なん、だと?」
がしり、と両肩を掴まれる。骨がみしみしと肌に食い込んだ。アインズの体から黒いオーラが出て、相手は恩人だというのに、生物的な恐怖で少し震えた。
「リュコス、お前の内臓と、今言ったのか?」
「え、ええ……そういいましたが。あ、リアルへ至る研究は未だ完成しておりませんので、そちらで足がかりとして利用してもらう形となりま、す……?」
アインズは俺の肩を掴んだまま怒りに震えていた。
「クソが――人体実験だと――従順なのを――利用しやがって――」
漏れ聞こえる声がかなり物騒だ。ご主人の服の裾を摘んで耐えていると、アルベドがやって来てアインズに何事かを言う。
すると流石は未来の正妃ということなのだろうか、アルベドはアインズを見事立ち直らせ、平素の状態に戻してみせる。心にゆとりを取り戻したアインズは、 咳払いをすると両手を広げて、雄々しい声で告げる。何故だか今までで一番、有無を言わさぬ迫力があった。
「リュコス・ヴォールク。ナザリックに――アインズ・ウール・ゴウンに来い」
二度も断ってしまった誘いだが、今度こそ受けることを許されるだろうか。
ご主人はもうお休みになっていないし、眠りを守るためにここに縛られる必要も無い。ドキドキしながら、振り返ってご主人に問う。
「ご主人様、よろしいですか?」
ご主人は目元の皺を増やして、穏やかな顔で頷く。
アルベドが相変わらず哀れんでくる。デミウルゴスは痛ましそうに目を逸らし、俺はなぜそんな反応をされるのか分からず、だけど喜色満面の笑みで答えた。
「ご主人様の意に背かない限り、この身の全てをアインズ・ウール・ゴウンに捧げます。どうぞ、取るに足らない身の上ですが、存分にお使い下さい」
アインズ・ウール・ゴウンは、その名を冠するアインズを筆頭に、ギルド単位で異形種ばかりのところらしい。全員寿命はさぞ長いんだろう。
今度こそ1人にならなくて済むんだ。
「ふふ」
ご主人の手を引きながら歩いているくせに、そう考えたことに、俺は何の違和感も抱いていなかった。
リュコスには、メイドたちの空き部屋の一つが割り当てられた。
レベル100のNPCかつ、一度死んでも妙な形で蘇生したことから、リュコスにはアルベドが監視役としてつけられた。彼の性質からして、念のためという側面が強いことは否めない。アルベドは至極退屈そうに、泥のついた執事服を着替えている彼を、頬杖を突きつつめる。
先述の通り、彼の腹には何度もの縫合の跡が残っていた。それをじっくり見ながら、リアルを望んだという彼の主人に思いを馳せ、アルベドは威圧的に言った。
「ヴォールク、リアルの研究の件だけど、アインズ様がお望みになったら、そのことを私に教えなさい」
「……? はい。かしこまりました」
首を傾けるリュコスを尻目に、アルベドは彼の近くに佇む
「貴方の主人が人間でよかったわね」
「何故ですか?」
「だって、異形種だったら貴方はきっと今も生きたまま内臓を切り開かれていたはずよ」
「はぁ……確かに痛いのは好みませんが、ご主人に与えられたものなら甘んじて受け入れますよ。それにこれは、信頼の証でもありますから」
生涯の夢であるリアルへの帰還。それに関する重要な魔法陣を、自身の体に刻み込むというのは、己の忠誠心や強さを信頼してのことだ、とリュコスは力説する。
アルベドは一理あるな、と思い素直に頷いた。自分も体に何かを刻んでもらおうか。
だがアインズは慈悲深いお方だ。リュコスの件でも大層怒っていらした。アルベドが頼んでも聞き入れてはくれないだろう。いつかお願いしよう、と脳内のメモに書き加えるに留める。
「俺の方の育成を優先していらしたので、実のところご主人は、俺よりもか弱かった。
やれ敵の者を皆殺しにしろ、やれ村一つ子供も残さず滅ぼせ、はては自分の腹を掻っ切れなどと、若い頃はよく仰っていました。
俺はそれが信頼の証のようで嬉しかった。俺が裏切ることがないと、分かっていたからこその命令に意気揚々と従ったものです」
「ふぅん。聞く限り外道畜生ね」
「お年を召されてからは丸くなられて、俺にもお優しくなられました。……ふふ、今まで忘れていた思い出が次々蘇ります。ご主人が起きて動いているかでしょうか」
愛おしげに笑って、リュコスは老人の死体に傅く。
「アインズ様のお役に立てるよう、頑張りますね。ご主人様」
アルベドから見たソレは、どう頑張っても出来損ないのアンデッドにしか見えないが、彼には生きて話しているように見えているらしい。
数百年の孤独にすっかり狂いきったリュコスが、歪な形ながらも幸福そうに笑っている。アルベドは彼の最後の拠り所が壊れるのは流石に可哀想だと思い、そのアンデッドには魂が宿っていないはずだ、という真実を飲み込んでやった。
疑問に思う→自己肯定のプロセスを連続
生き返る手段があるのに、主人が自分を置いて死んだことを認めたくない気持ちが数百年の孤独と合わさってフュージョンしました
リュコスの主人が年取るまで外道だったと気づいた人はどのくらいいましたか??
他人に手を汚させる系クズでした。リアルに帰るためならこの世界でどうなろうが関係ぬぇー!って感じの