東方拳闘録   作:夜桜ファッキンガール

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こういうのって緊張しますね。


第二話

 ――目を覚ます。俺は布団に入ったまま意識をゆっくりと起こしていく。

 体は起こさなくてもいいや。とにかく現状の確認から、しなければならない。現実を見なきゃ……いけない。

 何度思い出しても、告げられる現実。幻想によって引き起こされた現実。

 過去にタイムスリップしてしまったのだ。平成の世界はもう見えない。俺はこのままのたれ死ぬしかない。

 挙句の果てにはあんなバケモノと来たもんだ。漫画の世界じゃないんだから、そういうのは勘弁して欲しい。

 溜息をつきながら体を起こす。それと同時に引き戸から俺を助けてくれた女性の姿が目に入る。

 

「おー、起きたのか。調子はどうだ?」

「問題無しです」

「それは何より。私も助けた甲斐があるよ」

「いえいえ、こちらこそ。で、ここはお姉さんの家?」

「そうだよ。あの時は迷ってたけど、意地でも見つけてやったのさ。流石の私も苦労したよ」

「……布団」

「ん?」

「布団、ありがとうございました。それにあの時も。お姉さんが来てくれなかったら確実に死んでたから」

「どういたしまして。あとさ、そのお姉さんっての止めてよ。私には『藤原妹紅』って名前があるんだから」

「じゃあ俺も。俺は『真野響』って言います。よろしく、妹紅さん」

 

 よろしく、そう告げた妹紅は俺の着替えを取りに部屋を出た。

 一人になって気付いた。自分の無力さに。強くなりたくて始めた格闘技はあんな化け物に通用しなかった。

 視界が霞む。生暖かい液体が目から零れる。その涙は布団に数滴落ちて染みを作る。

 堪えても堪えても止まらない感情は涙、という形で溢れる事となった。

 初めて心の底から泣けた気がした。

 

     *

 

 枕を濡らしてから早一ヶ月が経った。現在は妹紅さんの家に居候という形で住まわせてもらっている。

 出来ることは少ないが、俺も強くなるために筋トレ等をこなしていく。こっちに迷い込む前は格闘技もやっていたし、知識もそれなりにある。

 覚えていたことを唯只管に打ち込んでいく。

 

「おーい、ご飯出来たよ?」

「今行きます」

 

 妹紅さんが割烹着を着ながら外にいる俺へ声を掛けてくる。体を手ぬぐいで拭いて居間へ向かう。

 ちゃぶ台の上には米と焼魚と味噌汁。後、ほうれん草のおひたしが二人分並んでいる。先に座っていた妹紅さんが手を招くので、急いで対面に座る。

 いただきます、と二人で手を合わせた後にお箸を持つ。

 

「そういえば響」

「はい?」

 

 いったん箸を止めて、妹紅さんの方へ振り返る。

 

「何度も言ってるけど、上半身裸でうろつくの止めてくれない? 恥ずかしいんだけど」

「別に妹紅さんが恥ずかしがることじゃないでしょう。着れる服を全部洗濯しているだけですよ」

「じゃあしょうがないんだけどさ。にしても結構しっかりと筋肉付いてるね。羨ましいよ」

「女性が筋肉つけたってねぇ。しかも妹紅さんは筋肉をつける必要ないじゃないですか。妖術とか使えてそっちこそ羨ましいです」

 

 言葉の通り、妹紅さんは炎を操ることが出来る。どんな温度でも構わず自分の周りを火の海にすることが可能な能力。本人曰く、後天的に取得した力。

 俺はそんな妖術だとか、陰陽術だとか、オカルトじみたことは出来ない。何故ならこの時代と俺がいた時代の認識が違うため。タイムスリップしたのではなく、普通にこの世界に生まれていたのであれば恐らく俺はオカルトな力を使えていただろう。

 しかし、平成から来た俺は妖術や陰陽術、ましてや魔法などを全て偶像の産物と思っているからだ。この認識の差が大きい。信じていないものを使うことなど到底出来ない。

 だからこそ妹紅さんの炎が俺は幻想としか思えないのであった。でも熱いんだけどね。普通に火傷したし。

 

「響は技術があるだろう? 私にも格闘技を教えて頂戴」

「妹紅さんがこれ以上強くなったら、俺追いつけないですよ。勘弁してください」

「あら、私を守ってくれるのかい? それはありがたいかも」

「今世紀中には無理ですね」

 

 月とすっぽん、蟻と象、天と地。それほどまでに妹紅さんと俺の実力には差があった。

 時々、妹紅さんとは組み手をやる。流石に女性をどつきまわすのは気が引けた。勿論、その認識は改められることとなった。妹紅さんは身体能力を上昇させる術を使っているとはいえ、逆にどつきまわされる羽目になった。

 俺としてはせめて身体能力強化の能力ぐらい欲しいんだけどね。神様ってば、本当に理不尽。

 一月前に味わった屈辱を糧に日々精進しているが、発展途上というべきか、未だに妹紅さんに勝ち越すことは出来ない。

 

「大丈夫だってば。響は強いんだから」

「もうちょっと技の完成度を高めたいところなんですけどね」

「それ以上強くなられると私も年上としての立場が無くなっちゃいそうなんだけど」

「よく言いますね。余裕そうな笑みを浮かべながら俺を殴り飛ばす癖に」

「あれでも結構厳しいんだよ。身体能力上昇の術を私に使わせてる時点で、響は全人類最強だと思うよ」

「俺は人間で最強、じゃなくてありとあらゆる存在の最強になりたいんですよ」

「無茶を言うね、まったく」

 

 話しながらも、ご飯を食べ終えた俺はごちそうさまでしたと一言。席を立つ。

 妹紅さんは呆れた表情で俺を見ながら、食器の片づけをし始めた。

 俺は風呂に入りながら、今後の練習についてプランを立てながら、トレーニングでかいた汗を流す。

 風呂を出て、縁側に座り込んで空を見上げる。綺麗な星や月が俺を照らす。過去の記憶でもこんな鮮明に星が見えたことはない。

 排気ガスで汚れた空と比較したら一目瞭然である。月は満月、その光は俺を包み込んでいた。

 

「強くなりてぇな……」

 

 ボソッと意味もなく呟いた言葉を聴くものは二人しかいなかった。

 

     *

 

 時は過ぎ、五回目の夏を迎える。

 こっちに来たころは学生だったというのもあり、意識が幼かった。しかし慣れというのはとても恐ろしいもので、妹紅さん監修で妖怪などを撃退していた。

 俺は何時の間にか、妖怪を倒す手段を得ていた。その事がとても嬉しくて、同時に怖ろしかった。俺は人間を止めてしまったのだろうか。感覚的には人間なんだけどね?

 化け物を殺すのは人間だ。俺はそうやって精神を落ち着かせている。プラシーボで正気を保っているだけだ。妹紅さんは狂気をひけらかしている。

 妹紅さんは正に化け物であった。そう、あの人は不老不死だった。

 人間というのは戦闘を行う時、必ずといってもいい程自分の身を守りながら戦う。多少の例外はあれど、命がある限りダメージを受けずして勝つのが理想である。

 しかし、命という概念が無い妹紅さんは相手を壊す事を優先して戦う。自分の腕が取れようと、死のうとも。

 自らのダメージを省みず、相手を燃やす妹紅さんはまさしく不死鳥であった。何それかっこいい。

 隣にいる妹紅さんと二人で森の中を歩く。彼女は鼻歌を歌いながら俺の一歩前をどんどん進んでいく。

 

「なあ、妹紅さん」

「なんだい」

「俺は何で妹紅さんについていっているの?」

「私に依頼された妖怪退治を響にも手伝ってもらおうと思ってね。今回はなかなか一筋縄じゃ行かない相手なんだ」

「妹紅さんが苦戦する相手に俺がどうにか出来ると思えないけど」

 

 不老不死の妹紅さんが苦戦するとなると、相当な大妖怪。それも『境界』や『花妖怪』等の一人一種族の大妖怪でもないと苦戦はしない。

 俺が今まで倒してきたのは中堅のどこにでもいる妖怪。妹紅さん目線から見ると雑魚を相手にしてきた。

 幾ら相手の実力が上でも、妹紅さんに負けは無い。その場合勝つことも出来ないのだが。

 

「そんなことないさ。私と違って別の強さを持っている響なら大丈夫よ」

「はぁ……その言葉、信じますよ」

「お姉さんにまっかせなさい!」

 

 誇らしげに胸を叩いた妹紅さん。成長は止まっているものの、それでもなお色っぽさはある。結構乙女な妹紅さんであるが、姉御肌というべきか、こんな俺を捨てずに根気良く術を教えてくれたり、組み手の相手になってくれた。

 

「お、目的地だ。響、気は抜くなよ」

「了解」

 

 妹紅さんの言う目的地は辺り一面の向日葵だった。この向日葵畑には何がいるのか、俺にはまだわからなかった。

 若干のプレッシャーを奥のほうから感じる。そしてそのプレッシャーは近づいてくる。

 百八十センチある俺の身長よりも高い向日葵畑から出てきたのは一人の女性だ。

 その緑髪はまるで草原を感じさせるようで、風が吹くたびに緑髪も揺れる。白のカッターシャツの上にはチェック柄の入った赤いベストを羽織っており、下のロングスカートも同じく赤いチェック柄であった。

 周りの景色が歪むほどのプレッシャーを撒き散らしながら、こちらに近づいてくる女性の名を俺は知っている。先程話題に出したばかりの大妖怪。

 

「風見、幽香……」

「あら、私の事を知っているなんて。退治屋か陰陽師? 服装は見たこと無いのだけれど」

「服装なんて関係ないじゃん。あんたの中で大切なのは『強い』か『弱い』かでしょ?」

「彼女は私のことを知り尽くしているのね。嬉しいわ、理解者が増えるというのは」

 

 妹紅さんはこのプレッシャーを物ともせず、飄々とした態度で風見幽香に話しかける。

 

「で、悪いんだけど私の為にも、こいつの為にも、風見幽香、アンタ死んでくれない?」

「貴女が私を殺せるのであれば喜んで死んであげましょう」

「この世は弱肉強食だからね」

「……減らず口を叩くわね。自分の実力が分からないわけではないでしょう? 貴女はともかくそっちの坊やは……駄目ね。てんで話にならない」

 

 殺気の篭った視線を俺の方へ向けてくる。これが大妖怪の存在か。とてもじゃないが、一緒の空間に居るのもおこがましく思えるほど、実力差が離れている。

 こちらに向けてきた視線は十秒ほどで離され、またも妹紅さんに話しかける。

 

「彼、私みたいな強者と会ったこと無いのかしら? 酷く怯えているようなのだけれど」

「何言ってんの? 私と約五年一緒にいたんだから風見幽香ごときで怯えるわけ無いじゃん」

「好きよ、そういうの。実力が伴っていないなら不愉快だったのだけれど、貴女みたいな実力者なら大歓迎よ」

「そらどうも。でも今日アンタを相手にするのは私じゃなくてこいつなのよ」

 

 そう言いながら妹紅さんは俺の頭をコツコツと軽く叩く。

 ……え、マジで言ってんの? 冗談だと言ってくれないとここで塵芥一つ残さずに死ぬことになるんだけど。

 

「本気で言っているなら、とても面白いわね。良い、凄く良い」

「私は生まれてこの方、嘘は一度も付いたこと無いんだ」

 

 昨日、お化けを見たとか言って脅かしたのを俺は忘れない。

 

「別にその坊やを相手にしてもいいけれど、命の保障は出来ないわよ? ほら、私って強いし」

「構わんさ。本当にやばくなったら私が助けるわ。こう見えても実力はあるからね。『花妖怪』の一人や二人を相手にするのは容易いさ」

「――貴女、物凄く良い。本当に良いわ。では早くやりましょう? 私、もう疼いちゃってしょうがないの」

 

 その言葉が聞こえた頃には、妹紅さんに背中を押されて一歩前に出る。正面に居る風見幽香は重圧を撒き散らしながらゆっくりとした足取りで俺との間合いを詰めていく。

 ……恐い、けどやるしかない。いや、勝ちたい。

 義務感で動くわけじゃない。勝たなきゃ死ぬ。だからやらないといけない。そんな気持ちで挑むんじゃなくて、相手に吠え面かかせたい。みたいな気持ちで相手と戦う。

 いずれは最強になると決めたのだ。最初の壁が若干高いだけで問題は何一つ無い。楽しく、相手を倒す。それだけだ。

 

「……へぇ。いい顔つきじゃない。死ぬ覚悟が出来たの?」

「べっつにー? 俺はお前を倒す覚悟が出来ただけ」

「見せてみなさい、人間の限界を」

 

 お互いの制空圏が触れるのと同じタイミングで動き始める。体をほんの少しだけ右に傾けながら、そのまま右ストレートで風見幽香の顔面を狙う。

 それを読んでいたのか、あっさりとかわされ手首を握られる。万力のような強い握力で俺の右腕がみしみしと悲鳴を上げる。

 痛みに耐えながら、体を回転させて残った左の肘で相手の後頭部にムエタイの回転肘打ち、ソーク・クラブを決める。

 ムエタイの技をこの時代の人間が初見で見切れるとは思っていない。風見幽香も例外ではなかったようで、掴んでいた俺の右腕を離し膝を着く。

 一旦距離を取り、構える。この程度でやられるようなら大妖怪をやっていない。油断せずに相手の方を見つめる。

 風見幽香は狂ったような笑みを浮かべながら、立ち上がる。埃を払って興味深そうに俺を見る。

 

「誇っていいわよ。この私に膝を着かせるんだもの。人間の中では最強よ。坊や」

「生憎、人外最強を目指してるんでね。この程度で足踏みなんか出来ねぇな」

 

 不敵な笑みを浮かべながらこちらに近づいてくる風見幽香。ただ近づくだけの行為に警戒しながら後ろに下がっていく。

 逃げてばかりはジリ貧だ。こちらから仕掛ける。右足で思いっきり相手の左足を蹴る。いわゆるローキック。

 少しだけ顔を歪ませながら、カットもせずに俺のローキックを受ける。何度も、何度も、相手の左足を執拗に狙う。

 イラついてきたのか、風見幽香は俺の顔に右のストレートを打ってくる。構えもクソも無い。妖怪の腕力で殴られればひとたまりも無い。

 風見幽香の右ストレートをダッキングで避けながら、相手の体にストレートを放つ。ダメージ自体はあまり無いのだろうが、イラつきで攻撃が大振りになってきている。

 このチャンスを逃す事無く決めたい。

 再度、ローを狙ってけん制をする。人間とはいえ、中級妖怪にもダメージが入るほどのローキックを何度もノーガードで喰らってダメージが無いわけが無い。

 意識が下に行っている時に、ハイキックを決める。足は手の三倍の力を持っている。そのパワーは凄まじく、あの風見幽香でさえ倒れこんだ。

 

「ッしゃああああ!」

「……ッ!」

 

 悔しさで顔を歪ませているのか、それとも別の感情があるのか分からない。そんな表情であった。

 油断せずに構えながら、相手を見つめていると口をにやけさせながら風見幽香は何事も無く立ち上がった。

 

「んー、いい蹴りね。私の足をペチペチ蹴っていると思ったら、上への意識を逸らす為だったのね」

「――チッ、ノーダメージかよ」

「そんなこと無いわ。膝を着かせた次は血を流させるなんて。坊や、本当に人間かしら?」

「日本原産の立派な人間だよ」

 

 風見幽香は頭から血を流していたが、その血を手でぬぐいながらそれはそれは素敵な笑顔を俺に見せてくれた。

 大妖怪を侮っていた。普通の人間とは訳が違う。常識に縛られない、凄まじい身体能力と耐久力。

 俺は計算違いをしていた。大妖怪は強いから大妖怪なのではない。ありえない存在だから大妖怪なのだ。

 今までのプランで倒せるのは所詮は雑魚。次元の違う相手にやることではなかった。

 

「そんな恐い顔しないで頂戴。私が一番驚いているのよ」

「あ? 嫌味か、テメェ」

「だから誇っていいと言ったでしょう? 人間でありながらこの力と速さ。これで陰陽術とか使われてたら危なかったわ」

「そういうのは好きじゃねぇんだ。男なら腕っ節でどうにかしたいんだよ」

「もう、私をこれ以上喜ばせると嬉しくって殺すに殺せないわ」

 

 じゃあ逃がしてくれ。恥も見聞もあったもんじゃねぇ。さっさと逃げて隠居生活を送りたい。あわよくば、どこかの村で嫁を貰って一生を過ごしたい。

 

「でも残念ね。貴方はあくまで人間という枠組みから外れることの出来ない、哀れな人類。私のような強者を倒すことは一生出来ない」

「関係ない。テメェをぶっ飛ばすことだけ考えてこっちは必死なんだ」

「そんな貴方に一つ提案しましょう」

「うるせぇ。くたばれ」

 

 悪態をつきながら、俺は左でジャブを打つ。

 そのジャブを簡単に掴んで離さずに俺と目を合わせる。その視線はまるで出来の悪い子を見るような、哀れみの視線。

 

「その目が、ムカつくんだよ!」

 

 左手を振り払い、相手の首に抱きついて行動を制限させる。この技はムエタイ式クリンチ、首相撲という。

 首相撲で組んだ両腕を離さずに、風見幽香の顔や胴に膝蹴りを当てる。これなら相手は倒れるはずだ。

 すると、左右から腕を伸ばされて俺の体に抱きついた。大妖怪の怪力で繰り出されるベアハッグは人間の体を軽々と粉砕した。

 肋骨は確実に折れた。めちゃくちゃ痛い。口から血を吐き出す。

 吐き出した血は風見幽香の緑髪に付着した。

 

「もう。手入れが大変だから汚さないで欲しいわ」

「くっ……う、るせ……ぇ」

「喋らないほうがいいわよ。肋骨が折れて肺に刺さってるんだもの」

 

 原因はお前だろうが。まるで自分に責任が無いかのような言い方であった。

 ……本当は分かっている。この勝負の結果は誰も悪くない。しいて言えば喧嘩を売った俺が悪い。

 妹紅さんは全然助けてくれないし、このまま殺されて終わるのかな。短い人生だった。嫁を見つけてイチャイチャしたかった。

 死にたくない、殺されたくない、終わりたくない。

 そうして、俺は意識を手放した。




ごめんなさい、キングクリムゾンしちゃった。
誤字脱字あったら訂正お願いします。
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