今回は久しぶりに一人の艦娘にスポットを当てた話になります。
ここは、とある鎮守府の中央広場。
雲一つない快晴の空の元、そこには一人の提督と一人の艦娘が隣り合わせに並び、向かいには大勢の艦娘たちが二人を見つめている。
そう、ここではこれからケッコンカッコカリが行われるところだった。
ケッコンカッコカリは任務であると同時に、提督と艦娘が特別な絆を結ぶために行う儀礼でもある。
そういう意味ではめでたいものと考えるのが普通なのだが、この鎮守府では少し様子がおかしかった。
「………」
艦娘に嵌める指輪を持つ提督は、まるで何かを悔いるかのような暗い表情をしており、隣に立つ艦娘は提督に対し憂いを帯びたような寂し気な笑みを見せている。
さらに、二人を見守る艦娘たちも笑顔の者は一人もいなかった。
悲し気に落ち込む顔や、感情を表に出さないよう目を閉じじっと無表情を貫く者。 中には提督に対し蔑むような視線を向ける者もいた。
明るいはずのケッコンカッコカリの儀礼は、まるでお通夜のように暗く静かな空気の中で行われ、提督は隣にいる艦娘へと指輪をはめるために、そっとその手を取るのであった。
「…お前にしたことを許してくれとは言わない。 これは、初めの一歩だ。 俺が、生涯をかけてお前に償うためのな……」
「いいのですよ、提督。 前々からお慕いしていた貴方とこうして一緒になれる。 その夢が叶うのだから、例えこのような形であっても幸せなことに変わりはありません」
艦娘はそう言って、提督の手に自分の手を優しく重ね合わせる。
俯く提督の顔を覗き込みながら、彼女は笑顔で語りかけた。
「だから、どうかそのような顔をなさらないで。 貴方がどんな思いを抱いていようと、今だけはこの気持ちを貴方に伝えさせてください」
「………」
「提督… 愛しています」
自分の気持ちを素直に伝えた艦娘は、何も言わぬ提督の体に手をまわし、そっと抱き着くのであった。
話は数日前に遡る。
鎮守府の執務室。 提督机に座ったままの姿勢で、出撃していた旗艦からの報告を聞いた俺は、「くそっ!」という悪態と共に目の前の机を乱暴に叩いた。
今、俺の鎮守府では上層部の命で新たな海域の攻略を任命されていたが、その海域は敵が強く幾度も大破されては撤退するという流れを余儀なくされていた。
この日も、進撃中に敵空母からの爆撃を受け一人が大破したとの報告を聞き、撤退せざるを得なくなってしまったのだ。
艦娘たちには帰還次第すぐに入渠し、今日はもう休み明日また向かってほしいと伝えたが、度重なる資材消費とまだ成果を出せないのかという上からの催促で、俺の不満は募りに募っていた。
普段は決して怒りを見せるような性格ではないものの、こうも問題が続けば俺の堪忍袋も限界に達していた。
そんな時、控えめなノックの音と共に扉が開き、今日の秘書艦を務める艦娘が俺へ声をかけてきた。
「提督、こちらの書類にお目通しをお願いした……あっ…」
しとやかな口調で俺へ声をかけてきた艦娘、水上機母艦『瑞穂』は俺の顔を見た途端、小さく声を上げる。
どうやら、瑞穂は怒りを抑える俺の顔を見て状況を察したらしい。
俺は瑞穂に気づくと、睨むように視線を向けぶっきらぼうな口調で返事をする。
「瑞穂か… 書類なら後で目を通すから、そこへ置いといてくれ」
「提督… このようなことを言うのはあれなのですが、少しご休憩を取ってはいかがでしょうか? ここ最近は提督も働き詰めですし、少し心と体を休めた方がよろしいですよ」
瑞穂の言葉を聞いた途端、俺は自分の怒りを抑えることができなかった。
机をたたき、書類を差し出してきた瑞穂を乱暴に払いのけた。
「ふざけるなっ!! 俺がどんな思いで指揮を取っているかお前に分かるのか!? 上層部からなじられ、時間にも資材にも余裕がないこの状況で、そんなことをする暇がどこにある!!」
「も、申し訳ございません! 提督の気も知らず、差し出がましいことを言って…!」
床に崩れ落ち縮こまる瑞穂の姿を見て、俺はようやく自分が何をしているかに気づいた。
頭を抱え謝り続ける瑞穂。 彼女を前にして、俺は冷静さを取り戻した頭で瑞穂に声をかける。
「あっ… す、すまない。 ついカッとなって……」
「いえ… 瑞穂も、提督の苦労を知らずにすみませんでした」
我ながら最低だ… よりによって、部下に当たり散らすなんて……
俺は散らばった書類を瑞穂と一緒に拾い集めると、「立てるか?」と言って瑞穂に手を差し出す。
俺の手を取り起き上がる瑞穂に、俺はばつが悪そうに言った。
「どうやら、瑞穂の言う通り俺は少し頭を冷やさなければいけないな。 今日はもう作業を切り上げて、部屋に戻って休むことにするよ」
そう言って、その場を去ろうとした時だった。 瑞穂が俺を引き止めたのは。
「て、提督っ! も、もし戻るのでしたら……瑞穂に、提督の食事をご用意させてはいただけないでしょうか? 提督、だいぶお疲れのようですし、瑞穂に提督の疲れをいやすお手伝いが出来れば嬉しいのですが…」
「…気持ちはありがたいが、俺なんかのためにわざわざそんな苦労する必要はないんだぞ。 お前も、今日はもう休んで…」
「いいえっ! 瑞穂が好きでやらせていただくので、ちっとも苦にはなりません!! その……だ、駄目でしょうか?」
急に力強く言って来たと思えば、気恥ずかしくなったのか顔を赤くしながらしおらしくなる瑞穂。
ただ、申し出自体は俺にとってもありがたいし、彼女がそこまで熱望するなら先の無礼に対するお詫びも兼ねて、ここは彼女の好きにさせてあげよう。 俺はそう思った。
「分かった。 じゃあ、ここは瑞穂に頼んでもいいか?」
「も、もちろんです! 瑞穂、頑張りますね!」
この時、俺は無理にでも瑞穂の頼みを断るべきだった。
なぜなら、この選択が俺と瑞穂の人生を大きく狂わせたのだから……
鎮守府の一室。 提督の私室としてあてがわれてる部屋へ、俺は瑞穂を招き入れる。
瑞穂は、今日の夕食の材料として持ってきたという食材と共に、畏まった様子で部屋に入った。
広さは執務室より若干小さいが、二人で過ごすには十分な広さはあるし、中には小さいながらも台所がついている。
瑞穂は「すぐにご用意しますから」と言うと、食材を持って台所へと入っていった。
俺も何か手伝えることはないかと進言したが、当の瑞穂から
「提督にそんなことをさせるわけにはいきません。 それより、ちゃんと休んでてください!」
と、お叱りの言葉を受けてしまった。
仕方ないので、俺は窓から見える夜空を眺めながら、料理ができるまで大人しく待つことにした。
「今日は、星がよく見えるな…」
いつもは執務や艦隊運営に追われ、のんびりする暇がなかったが、こうしてゆっくりと過ごしていると見えるものもある。
雲一つない夜空から見える満天の星は、疲れた俺の心を癒してくれる。 こんな機会を与えてくれた瑞穂に、俺は改めて感謝した。
しばらく待っていると、瑞穂がおかずの乗ったお盆を手にこちらへやってきた。
机に置かれたおかずは、きんぴらごぼうや煮魚、そして肉じゃがといった家庭感あふれる素朴なものだったが、料理上手な瑞穂の作ってくれたおかずはどれも絶品と言わざるを得ないものばかりだった。
「うん、これはおいしい! 瑞穂は本当に料理がうまいんだな」
「まあ、嬉しい! 提督にそう言って頂けて、瑞穂…感激です!」
俺の言葉に瑞穂も嬉し気に顔を綻ばせ、彼女の笑顔を見てると俺も嬉しくなってくる。
俺が料理に夢中になっていると、不意に瑞穂が何かを思い出したかのように急に立ち上がり、台所の方へと姿を消した。
少しして戻ってきた瑞穂の手には、日本酒の瓶が握られていた。 何でも、この日のためにわざわざ用意したものだという。
俺なんかのためにそこまで尽くしてもらい、本当に感謝の言葉も出ない。
俺はありがとうの言葉と共に、瑞穂が酌してくれた酒を煽る。
「ああ、これもうまい。 いい酒だな、瑞穂」
「うふふ♪ いい飲みっぷりですよ、提督」
瑞穂は笑いながら俺の猪口に酒を注ぎ、俺はまたそれを飲み干す。 おいしいのは上等な酒だからというのもあるが、それを瑞穂という美人が酌してくれているのだ。 まずいわけがない。
そうして俺は酒と料理を堪能していたが、居眠りしてしまったのかそこから先の記憶はぷっつりと途絶えていた。
だが、再び意識を取り戻したとき、俺は自分のしたことを激しく後悔した。
意識を取り戻した俺が目にしたのは、荒れ果てた自分の部屋だった。
手元に転がる空の酒瓶。 乱雑に散らばった瑞穂の手料理。 そして、あちこち引き千切られボロボロの衣服に、露出した胸元を手で隠しながら、部屋の隅で怯えた目をしながら俺を見る瑞穂の姿があった。
俺はあの日、酒に酔って瑞穂を襲ってしまったのだ。
自分でも知らぬうちに溜まっていた仕事による不満とストレス。 提督としての日々の鬱憤を、最低な形で晴らしてしまったのだ。
あろうことか、俺は瑞穂に性的な暴力までふるっていた。 嫌がる瑞穂を無理やり押さえつけ、手篭めにしてしまったのだ。
全てを聞いた俺は、必死に土下座しながら何度も瑞穂に謝った。
謝って許されることじゃないのは分かっている。
それでも、今の俺にはそれしかできなかった。
しかし、被害者である瑞穂は俺を責めるようなことは言わなかった。
必死に謝る俺に向かって、
「提督は悪くありません! 秘書艦として、提督の苦しみを理解してあげられなかった、瑞穂の責任です…!」
だが、それでも俺が瑞穂を汚したのは事実。 俺は瑞穂の人生を狂わせてしまったのだ。
少しでも彼女に償いたく、謝り続ける俺を見て、瑞穂はどうしても償いたいのならと前置きすると、俺に向かってその条件を言った。
そして今、俺はここにいる。
鎮守府の中庭。 俺は周りの艦娘たちから侮蔑の視線を浴びながら、これから瑞穂とケッコンカッコカリを行おうとしている。
しかし、これは一歩だ。
俺が人生をかけて瑞穂に償う、最初の一歩。
これは文字通り仮初の結婚。
ほどなくして俺は、瑞穂を正式な妻として迎え入れる。
それが瑞穂の出した条件であり、彼女の希望だからだ。
瑞穂は俺を愛していると言っていたが、本当か嘘かおれにはどっちでもよかった。
ただ、それが彼女に償うための方法なら、俺は喜んでそれをしよう。
「…お前にしたことを許してくれとは言わない。 これは、初めの一歩だ。 俺が、生涯をかけてお前に償うためのな……」
俺は己の愚かさに顔を歪めるが、瑞穂はこんな俺に対しても笑顔を絶やすことはなかった。
こんな俺を最後まで受け入れてくれる瑞穂の優しさにかすかな感動を抱きながら、俺は瑞穂の指にそっと指輪をはめ込むのであった。
思えばあの日から、計画は始まっていました。
瑞穂の所属する鎮守府は、それは素敵な場所です。
艦娘の皆さんはだれ一人かけることなく毎日を楽しく過ごし、笑顔が絶えることはありませんでした。
それができたのも、すべては提督の指揮と優しさがあってこそでした。
あの人は無茶な出撃はさせず私たちの安否を第一に考え、私たち艦娘のためにと酒保のほうにもいろんな商品を取り寄せてくれました。
そんなあの人を皆さんは慕い、提督と結ばれたいと思う子も大勢いました。 瑞穂も、その一人です。
ですが、100人以上もの艦娘がいるなかで、提督と添い遂げられるのはたった一人だけ。 普通に考えれば、夢のまた夢な話です。
だからこそ、あの日提督に食事を作りたいと申し出たとき、瑞穂は確信しました。
チャンスは今しかない! と…
あの日は提督もストレスが溜まっていたのか少々荒れていましたが、それさえも瑞穂にとっては好都合でした。
日々のストレスの捌け口に部下を襲ったという理由が出来上がるからです。
瑞穂は提督の食事を用意した後、キッチンに置いてある酒にこっそり睡眠薬を入れておいたのです。
しばらく提督にお酌していると、薬が効き始めたらしく提督はコックリコックリと首を傾けると、最後に机に倒れこんで寝息をたてました。
それから瑞穂は計画に移るべく行動を始めました。
本音を言えば、本当に提督に襲ってもらえれば嬉しかったのですが、流石にそこまでうまくは行かないので、瑞穂の手でそう見えるようにしました。
まず酒の残りを流しに捨てて、空になった酒瓶を提督の手元に置きました。
次に、ここで暴行が行われたことを演出するため、テーブルをひっくり返し、料理を乱雑に飛ばしました。
そして、今度は自らの手で着ていた服を引き千切りました。
少しでもリアルに見せるため、服は胸元が露わになるように破き、スカートも股が見えそうになるほど引き裂きました。
下着も引き千切った後は、最後の仕上げにかかりました。
そうです、瑞穂は眠っている提督と本当にまぐわったのです。
提督との情事を終え、瑞穂の中に提督の子種が入ったことを確認すると、感動で心が満たされました。
瑞穂は提督との接吻を交わすと、部屋の隅に座り込み、提督が起きるのを待ちながら、うとうととうたた寝をしました。
後は、提督が荒れ果てた部屋と瑞穂を見てくれれば、計画は完了です。
瑞穂の狙い通り、提督は自分が酒に酔って瑞穂を襲ったと誤解してくれました。
瑞穂は、どうしても償いたいという提督への条件として、瑞穂を提督の妻として娶ってほしいと言いました。
提督は泣きながら、それを了承してくれました。
そして今、瑞穂はここにいます。
鎮守府の中庭。 皆さんから複雑な思いをはらんだ視線を向けられながら、瑞穂は今日提督とケッコンカッコカリをします。
でも、これは瑞穂が提督の正式な妻になるための第一歩。
いずれ、提督は本物の結婚指輪を用意すると言ってくれました。
瑞穂としてはこの指輪でも十分嬉しかったのですが、そこまで瑞穂のためを思ってくれる提督のために、このことは言わないでおきました。
そして、皆さんごめんなさい。
皆さんの愛しい提督をこのような形で奪うことになってしまって。
瑞穂は罪深い女です。 提督の優しさも、皆さんの気持ちも知っていながらこのようなことをしたのですから。
ですが、瑞穂はこうして貴方と一緒になれたことを心から嬉しく思っています。
貴方がこれを罪と呼ぶのなら、貴方が自分を許すその時まで瑞穂は貴方の傍にいます。
貴方の罪を、瑞穂も共に償います。
だから、どうかこれだけは言わせてください。
「提督… 愛しています」
鎮守府の中庭で行われたケッコンカッコカリ。
提督からケッコンカッコカリの指輪をはめられた瑞穂は、今の自分の気持ちを伝えながら、そっと何も言わぬ提督へと抱き着いた。
漆黒のように黒く染まった瞳に、妖艶な笑みを浮かべながら……