ちなみに前後編になっており、後編は現在執筆中です。 流石にネタがなくなってますが、これからも見てもらえるとありがたいです。
ここはとある鎮守府。 廊下には一人の提督が息を切らせながら必死に走っている。
額に汗し、彼の手にはなぜか飲み物の缶が入った袋を下げている。
彼は食堂へ走り込むと、そこにいた艦娘たちはジト目で入ってきた提督を睨み付けた。
「す、すまない! 帰りが混んで遅くなった……!」
呼吸を整えながら謝罪する提督に対し、艦娘たちは提督に見向きもせず、
「おせーよ、全く。 買い物ぐれーでこんなに時間かけてんじゃねーよ」
「ほんとほんと。 提督さ、こんなこともまともにできないんならやめた方がいいんじゃない?」
食堂にいた摩耶と北上は提督に悪態をつき、他の艦娘たちも提督にお礼の言葉一つかけないまま、飲み物を取ると立ち去っていった。
この鎮守府では、艦娘たちが提督をこき使っていた。
彼女たち艦娘は深海棲艦に唯一対抗できる存在。 だが、そのことを知っている彼女たちはその事に胡坐をかくようになった。
自分達がいなければ、人類は深海棲艦から身を守るすべはない。 なら、自分たちが守ってあげる代わりに自分たちをもてなすのは当然だろうと、勝手気ままに振る舞っていた。
先ほど飲み物を買ってきた彼はまだ新米の提督で、今は亡き父親に憧れて提督を志願した。
いざ自分が提督になるんだと意気込んで来てみれば、待っていたのは彼女たちのお目付け役という悲惨なものだった。
来る日も来る日も皆からパシリのように扱われ、イタズラのおもちゃにされるという、お世辞にも提督とは思えない待遇。
心身ともに疲弊し、大本営に呼び掛けても、現状代わりの者がいないので見つかるまで耐えてくれという返答。
買い物を終えてへとへとの体で執務室への扉を上げたとき、
ザバ――――!!
突如頭上から水が流れ、提督はずぶぬれになった。
驚く様子もなく呆然と突っ立ったまま、提督は「またか…」と溜息を吐いた。
「キャハハハ!! しれーかん、またひっかかったぴょーん♪」
いたずらを仕掛けた卯月や皐月といったイタズラ好きの駆逐艦娘たちが、執務机の向こうから腹を抱えながら現れた。
廊下の方では他の艦娘たちもクスクスと笑いながら見ており、イタズラを叱る者も、提督を心配する者も、誰もいない。
周りから笑われ惨めな思いをしながら、提督は一人ずぶぬれになった床の掃除を行うのであった。
次の日の事。 提督は朝からふらついた足取りで廊下を歩いていた。
昨日ずぶぬれになったせいか、どうにも体調がよろしくない。 しかし、それでも自分に休むという選択肢はなかった。
熱でふらつく足運びをしながらも、提督は懐から一本の万年筆を取り出す。
それは、彼にとって憧れである父親が愛用していた物で、父親が自分に残してくれた唯一の形見。 彼にとってはかけがえのない宝物だった。
「親父… 俺さ、ようやく提督になれたんだ。 今はまだ辛いけど、絶対親父のような提督になるから見ててくれよ…!」
万年筆を見ながら、彼は父親に語り掛けるように決意を口にする。
執務室へ訪れると、そこには秘書艦の姿はなく、代わりに手つかずの書類が山となって置かれていた。
提督はどうにか椅子に座り、作業に取り掛かろうとしたとき、
「うっ…! くっ……!」
目の前がグニャグニャに歪んできた。
流石に溜まりに溜まった疲れと熱のせいで、目の前の視界がおかしくなっている。
「ま、まず…い…! 流石に…これは……きけ……ん……!」
薬を取りに立ち上がろうにも、足取りがよたつき、まともに歩くことさえままならない。
提督は足がもつれ倒れ込み、その拍子に懐に入っていた万年筆を落としてしまった。
どうにか拾おうと、彼は這いながら前に進むが、彼が拾うより先に扉が開き一人の艦娘が中に入ってきた。
「あっ…!」
「何これ? きったない万年筆だなー」
イタズラの仕掛けを仕込もうと部屋に入ってきた皐月は、足元に転がっていた万年筆を拾い上げる。
提督は熱で喘ぎながらも、どうにか返してもらおうと皐月に訴えかけた。
「そ、それを……返して…くれ…… それ…は……俺にとって…たい、せつな……」
這いずったままの姿勢で、どうにか提督は声を出す。
しかし、それを聞いた皐月の返事は……
「おっと、手が滑っちゃったー!!」
「なっ…!?」
皐月は思いっきり振り上げてから、勢いよく万年筆を窓の外へと投げつけた。
万年筆は半開きになっていた窓を通り過ぎると、そのまま勢いのまま飛んでゆき、眼下に広がる海へ沈んでいったのであった。
視線だけを窓に向けながら、信じられないと言わんばかりに驚愕する提督。 対する皐月は、まるでイタズラが成功したからのような意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ああ、ごめーん♪ でも、あんな汚い万年筆なんかいつまでも使っていたら、司令官まで駄目になっちゃうと思ってね。 これを機に、新しい万年筆にしたらいいんじゃないかな? あっ、ついでに司令官も新しい人を用意しといてよ」
そう言い残すと、皐月は謝罪の言葉をかけることなく鼻歌交じりにその場を去っていった。
しばらく放心したまま窓を見つめていた提督だが、高熱と形見を失ったショックに耐えられなくなり、ついにその場で気を失ったのであった。
「ん… う、あ……」
次に提督が目を覚ますと、視界の先には真っ白い天井とそこに下がる蛍光灯が見えた。
体を起こすと、自分の上に載っていた掛布団がずり落ちる。 周囲には、同じような白い掛布団が敷かれたベッドが横並びになっている。
「ここは……?」
まだ熱で頭がぼんやりしている。 提督が周囲を見渡しながら考えていると、左側の扉が開き一人の男性が姿を見せた。
「どうやら、目を覚ましたようだね」
「…あ、貴方は大将!? なぜここに……?」
突然現れた大将に、提督は驚きながらも敬礼の姿勢を見せる。
それを見た大将は、「いい、楽にしてくれ」と提督を嗜めると、彼が気を失った後何があったかを教えてくれた。
朝、彼が熱で倒れ込んだ後、たまたま言伝を預かっていた憲兵が彼を発見し、そのまま軍病院へと連れて行った。 治療はしたものの、熱にうなされ彼は丸一日目を覚まさなかったことを大将は話してくれた。
そして、なぜ艦娘たちに彼が熱で倒れてたことを知らせなかったのかを訪ねてみたが、皆その時は偶然執務室に寄っていなかったから気づかなかったと知らぬ存ぜぬを貫いた。
その後、彼に代わって他の提督をここへ着任させることを艦娘達に伝えたのであった。
「こちらも、代わりを務める者がいなくて手助けができなかったんだ。 命令とはいえ、君にここまで負担をかけてしまい申し訳なかったね」
「………」
謝罪の言葉と共に大将は深々と頭を下げ、その姿を提督は何も言わず見つめていた。
ゆっくりと頭を上げると、大将は彼に尋ねる。
「…君は、体調が回復したらどうする? このまま提督を続けるか、それともここをやめるか……」
大将の問いに、しばらく彼は無言のまま手元のシーツを握り締めていたが、大将の顔を見ると、
「…少し、考えさせてください」
とだけ、言った。
場所は変わって、彼がいた鎮守府。 そこの中庭では、新しく着任した提督が艦娘達に挨拶をしていた。
「やあ、初めまして。 僕が前の提督に代わって、この鎮守府の管理を行うこととなった。 皆、よろしく頼むよ」
新しく着任した提督は、見た目は笑顔を絶やさない好青年といった雰囲気。 壇上に上がって挨拶するが、艦娘たちは皆彼に見向きもせずおしゃべりをして、中には「あいつは何日でやめると思う?」などいつ彼がやめるかを話し合っている者もいた。
だが、提督はそのことに怒る素振りもなく、誰か執務室へ案内してくれないかと尋ねた。
当然、ほとんどの艦娘たちはそんなこと引き受けるわけもなくその場を後にしていくが、彼に駆け寄る一人の艦娘、卯月が案内役を買って出た。
「それじゃ、うーちゃんが案内してあげるぴょん!」
「それはありがたい。 それじゃ、よろしく頼むよ」
ニコニコと笑う提督を見ながら、卯月は内心ほくそ笑んでいた。
(おマヌケなしれーかんだぴょん。 また、イタズラして笑いものにしてやるぴょん♪)
イタズラを悟られないよう、表面上は自然体を装って卯月は提督を執務室の扉の前まで案内する。
そして、扉を開けるよう促した。
「それじゃ、ここが執務室だぴょん」
「ありがとう。 それじゃ、失礼します」
そう言って、提督が扉を開け中に入ると上に置かれていたバケツがひっくり返り、中の水を派手に提督へとぶちまけた。
「キャハハハハ!! またひっかかったぴょーん、ほんとーにしれーかんはおマヌケだぴょん!」
水浸しになった提督を、卯月は指さしながら笑う。
提督はずぶ濡れになりながらも笑顔を絶やさなかったが、卯月の元に来ると彼女に尋ねた。
「これは君がやったのかい?」
穏やかな口調で話す提督。 それを聞いた卯月が肯定の返事をした瞬間、それは起きた。
バキッ!!
提督は笑顔を浮かべたまま拳をふるい卯月を殴り飛ばした。
卯月を含めた皆は何が起きたか理解できず困惑しており、提督は濡れたまま服を直しながら卯月へと言った。
「いけない子だね、君は。 上官にこのような真似をしてはいけないと教わらなかったのかい?」
いきなりの提督の暴力に一瞬辺りは呆然としていたが、状況を理解した天龍は「いきなり何するんだ!?」と提督へ食って掛かろうとする。 だが、
「はあ… 君もいけない子だ」
提督は天龍の腹に拳を打ち込み黙らせる。
痛みのあまりもんどりうつ天龍に目もくれず、静まり返った周囲を見渡しながら、提督は声を大きくして話した。
「君たちは自分の立場が分かっていないみたいだね。 ここで一番偉いのは提督であるこの僕だ。 そして君たちは僕の部下であり、命令に従わなければならない。 元より、艦娘という兵器である君たちに人権なんてものは存在しないんだ。 君たちは黙って僕の命令に従い、それ以外は許されないんだ。 分かったかい?」
笑顔のまま、目を細めながら提督は艦娘達を睨み付けた。
例えようのない気迫に皆震え上がっていたが、
「ほら、返事はどうしたの?」
という彼の声に、彼女たちも弱々しい声でどうにか返事をした。
それから、彼が提督になったことでこの鎮守府の様子は大きく変わっていった。
彼が通るたびに艦娘たちは震え、彼に敬礼しながら挨拶を行うが、
「きゃあっ!!」
提督は突然一人の艦娘の髪を乱暴につかみ上げた。
「君は潮君だっけ? いけないな、挨拶はちゃんと相手の顔を見なきゃ失礼というものだよ」
潮は涙を流しながら提督に髪を引き上げられる。 その行為に、
「アンタ、潮に何してんのよ!?」
「駄目よ曙っ!!」
彼女と一緒にいた曙が、朧の制止も聞かず提督へ掴みかかるが、提督は冷たく曙を一瞥すると強烈な平手打ちを食らわせた。
床に倒れ込み、頬を抑える曙に、提督は潮の髪を引いたまま睨み付けた。
「君も悪い子だ曙くん。 たかが道具の分際で、提督である僕に刃向かおうとするのだから」
まるで口調を変えず、穏やかな笑みを浮かべたまま曙へそう話す。
そこへ、髪を引かれ涙目になったままの潮が提督へ声を上げた。
「すみ…ません、でした……提督。 おね…がい、です……から……、曙ちゃん、を……許して…くだ、さ…い……」
それを聞いて、提督は潮の髪を離す。
心配そうに曙に駆け寄る潮に、提督はいつもの笑顔で話した。
「うん、そうだね潮君。 悪いことをしたら謝る、大事なことだ。 曙くんも、潮君を大事に思うなら、下手に人間に刃向かってはいけないよ」
睨むように自分を見る曙と傍らに座り怯えた目で見つめる潮。 そして周りの恐怖におびえた視線を向けられながら提督はその場を去っていった。
またある日の事。
夕暮れ時の執務室で、提督は瑞鶴から渡された戦果報告に目を通す。
しばらく無言で見つめていたが、ある一点に目を止めると、彼は瑞鶴に視線を移す。
「フム… おかしいね、瑞鶴君。 私は補給艦50隻を狩ってくるよう言ったのに、君たちはまだ30隻しか狩れていない。 これじゃ話が違うね?」
彼女たちが出撃するこの日、提督は補給艦50隻を今日中に狩って来いと命令してきた。
いくら何でも一日で50隻など、到底こなせるはずなどない。 あまりに無茶すぎるノルマだった。
「そ、そんなの辺りを探してもこれが限界よ。 そもそも、一日で50隻なんて無茶にもほどが…!!」
しかし、提督は反論しようとした瑞鶴の胸ぐらをつかみあげる。
苦しそうに顔をしかめる瑞鶴を笑顔で見ながら、彼は言った。
「できる出来ないじゃない、やるんだ。 君たちの意見なんて最初から聞いてないよ」
「君たち兵器は黙ってただ僕の命令をこなせばいい。 ほら、早く行かなきゃ夜になっちゃうよ」
そう言って、ノルマをこなすまで無理やり出撃させることも珍しくなかった。
またある時は遠征から戻り疲れた子達を、再び遠征に行かせることもあった。
「ハア… ハア… だ、第四艦隊、ただいま遠征から戻ったよ……」
港に戻った皐月は息を切らせながら、提督に帰還の報告をする。
だが、提督はへとへとの皐月達へ笑顔のまま言い放った。
「ああ、そう。 なら、今度は鼠輸送に行ってもらおう。 艤装への補給を終えたらすぐに出て行ってね」
その言葉に皐月達は目を見開く。
ようやく苦労して遠征を終えてきたのに、休む間もなく次へ行けと言われれば、不満の一つも出てしまう。
「そんなっ!? 僕たちはさっき東京急行を終えたばかりだよ!」
「う…うーちゃんも……もうへとへとだ…ぴょん」
「弥生も…もう…ダメ……」
皐月だけでなく、他の艦娘たちも疲労困憊で疲れの色が顔にも声にも出ている。
それでも、提督は表情一つ変えなかった。
「ああ。 帰還したってことはもう次の遠征に行けるってことだろ? 君たちは兵器なんだから、補給が終わればいくらでも動けるじゃないか」
まるで他人事のように淡泊に話す提督に、皐月達も肩を落とし落ち込んでしまう。
それを見かねてか、遠征の旗艦を務めた由良が提督へと懇願した。
「提督、お願いですからこの子達だけでも休ませてあげてください! もう三日間も昼夜問わず働いているから、皆疲れがピークに達しているんです」
由良の言葉を聞いた提督は、笑顔のまま彼女の前まで来ると、
「由良くん…だっけ? 君さ、いつから僕に指図できるほど偉くなったんだい? 兵器が人間に口出しするな。 お前たちはただ命令通りに動いていればいいんだよ」
そう言って、由良の腹を蹴り飛ばした。
由良は蹴られた衝撃で地面を転げまわり悶える。 心配して駆け寄る駆逐艦娘たちに、提督は変わらぬ口調で、
「ほら、見たかい? 君たちが頑張らなきゃ、彼女が君たちに代わって酷い目に遭うんだよ。 分かったら、さっさと行くと。 これは命令だからね」
提督は由良に目もくれず、その場を去っていく。
泣きながら自分を心配してくれる子達を見ながら、由良は痛む腹をおさえ、「大丈夫よ…」と弱々しい声で励ました。
由良は他の子達に背負われながら医務室へ行き、残された者はただその場に佇んでいた。
「…どうして、こんなことになっちゃったんだろう?」
「ひょっとして、僕がイタズラで司令官の万年筆を捨てたから、バチが当たったのかな……?」
取り残された艦娘、皐月は誰もいない港で自分のしたことを思い出しながら、一人涙を流すのであった。