ネタ自体はちらほら上がってるんですが、いざ進めるとなると億劫に感じてしまう… 悲しいものです。
「これは… 一体どういう事だ?」
開口一番、彼はそうつぶやいた。
彼は鎮守府の提督で、日夜人類のために働いてくれている艦娘たちのために、彼女たちのサポートを行っている。 そんな彼は、いつも執務室のある中央建物の私室で寝泊まりしていたが、今彼がいる場所はその私室ではなかった。
そこはまるでアパートの一室のようにこじんまりした部屋で、一人用のベッドに小さなテーブル。 いつも自分がいる私室とはまるで違う部屋で、こんな場所に来た覚えは全くなかった。 はずなのだが……
「…なんで、俺はここを懐かしく感じるんだ?」
初めて見るはずの部屋。 だけど、なぜか彼はこの部屋に懐かしさを感じていた。
一体なぜか、自分でもわからない。
身に覚えのない妙なシンパシーに戸惑っていると、不意に背後からノックが聞こえてくる。
振り返ると、そこには木製のドアが一枚あり、ノックは扉の向こうから聞こえる。
一体誰だろう? 提督は疑問を抱きながら、扉のノブに手をかけようとした。
「…さん。 司令官さんっ!」
「はっ!?」
突然の声に体を起こすと、そこはいつも自分が暮らしている私室のベッド。 そして、となりには自分を心配そうに見つめる一人の少女の姿があった。
「大丈夫ですか、司令官さん!? 随分うなされてましたよ…!」
「い、電…? あれは…夢か……?」
目を覚ました提督は、先ほどの光景が夢であることを確認すると、荒くなった息を整え、電と呼んだ少女の頭を優しくなでてあげた。
「俺は大丈夫だ。 ごめんな、心配かけて」
穏やかな表情と言葉をかけると、電もようやく笑顔を見せ、身支度を整えた提督は電と共に食堂へと向かった。
朝の食堂には広々とした空間に横長のテーブルと椅子が並べられ、そこには朝食をとる艦娘たちの姿があった。
皆、食事とおしゃべりを楽しみながらのんびり過ごしていたが、提督が食堂に顔を見せると、一斉に彼のほうへと駆け寄り気さくに声をかけてきた。
「おはようございます、司令! 今日も、気合い・入れて・行きます!!」
「おはよう比叡。 今日もその調子で頼むぞ」
「お、おはようございます提督。 朝からこうして提督に会えて、天城もう嬉しいです…!」
「ああ、おはよう天城。 俺も、天城の顔を見れて嬉しいぞ」
「も、もう…! 提督ったら…///」
「提督、おっはよー。 今日はちょっと起きるの遅かったけど、なにかあった?」
「まったく、艦隊の指揮官ともあろう人が寝坊だなんて、そんなんじゃ困ります。 もっとしっかりしてください!」
「おはようさん、北上。 大井もそんなに怒らないでくれって、最近仕事がきつくて疲れてるんだから」
大井からのきつい指摘に、提督も苦笑いを浮かべながら返事を返す。 そこへ、電もフォローを入れてきた。
「そうですよ、大井さん。 司令官さん、電が朝起こしに来たらすごくうなされてて心配したんですから!」
その言葉に、食堂中の艦娘たちは血相を変えて提督へと詰め寄ってきた。
「本当に大丈夫なの!?」とか「どこか具合は悪くない…?」など、真剣な顔で提督の身を心配したが、提督は特に異常はないから心配するなと言うと、皆は胸をなでおろした。
「心配かけたのは悪かったよ。 でも、少しうなされたぐらいでそこまで心配するのはちょっと大げさじゃないか?」
「そんなことはない。 もし、提督の身に何かあったとあれば、私も気が気ではないからな」
提督は軽い口調で話すが、そばにいた長門がすぐに彼の言葉に異議を唱える。
「そうです。 私たちにとっても提督は大事な方ですし、それに……」
もじもじした様子で赤城が口ごもると、提督が話を引き継ぐ。
「俺が誰とケッコンするか気になるから、だろ? 赤城」
「あ、あうう…///」
図星をさされたらしく、顔を赤くしながら赤城はうつむき、その姿に周りの子たちからも和やかな笑い声が聞こえてきた。
「まあ、俺もすぐには答えを出せないが、ちゃんと決めるつもりでいる。 だから、今は待っててくれ」
ケッコンカッコカリは、あくまで艦娘の底力を上げるために行われる任務の一環でしかない。 だが、それと同時に彼女たちと強い絆を結ぶのもまた事実。
彼はそんなケッコンカッコカリを、任務ではなく本当の結婚と同じぐらい大事と認識しており、ケッコンした艦娘を生涯の伴侶として迎え入れるつもりでいた。
そして、それを待つ艦娘たちもそのことを知っていたがために、自分が選ばれたい気持ちを抑えながらも、提督が誰を選ぶのか言及するようなことはしなかった。
ただ、駆逐艦の子は選ばれる望みが薄いと考えてか、虎視眈々と提督との既成事実を狙ってるという噂もあるが、真偽のほどは定かではなかった…
「…仕方ありませんね。 では、私たちは貴方の答えが出るまでお待ちしております」
「スマンな赤城。 …あっ、そう言えば今朝の事で思い出したんだけど」
「…っ? 何を思い出したのです? 司令官さん」
唐突に声を上げた提督に電は首をかしげると、提督は答えた。
「俺、変な夢を見てたんだ。 見知らぬ小さな部屋に一人立っててさ、なぜかその部屋にすごく懐かしさを感じたんだ。 その後、誰かが扉をノックしてるから、開けに行こうとしたところで目が覚めたんだ。 あれ、一体何だったんだろう……?」
提督は何気ない疑問を口にしたつもりだったのだが、次の瞬間…
ガタンッ!!
大きな音と共に食堂中が静まり返っていた。
見ると、なぜか艦娘達が皆食事の手を止め、まるで恐ろしいものを見るような形相で提督を見つめていた。
「な、なんだ? 俺、何か変な事言ったか……?」
皆の豹変ぶりに提督が戸惑っていると、電が提督の服の裾を引いてきた。
見ると、電もまた焦点の定まってない瞳で見つめながら、震える手で彼の手を握った。
「…それは、ただの悪い夢なのです。 やっぱり、司令官さんは疲れがたまってるみたいですから、ゆっくり休んだ方がいいのです」
必死というか、どこか鬼気迫る表情で詰め寄る電。 その姿には、いつものほんわかしたような雰囲気は微塵も感じられない。 まるで、別人を見ているようだった。
周りからも電の提案に従えと言わんばかりに威圧感が流れており、提督は素直に従うことにした。
「そうか… 分かった、それじゃ今日は仕事を休んで少し散歩でもしてくるよ」
提督がそう言うと、電を始め他の子達も安堵の表情を浮かべ、食堂にはいつもの穏やかな空気が戻ってきたのであった。
皆がいつもの調子に戻ったのを確認した提督は、食事を終えると散歩に行こうという事で、食堂を後にする。 ただ、去り際に赤城が提督を呼び止めた。
「提督、分かっているとは思いますが……!」
「工廠の奥にある倉庫には近づくな、だろ? 分かってるよ」
提督は行ったことがないのだが、工廠がある建物の奥の方には古びた空き倉庫が一つ置かれている。
だが、長いこと放置してたために中はボロボロで、床が抜けたり天井が崩れる恐れがあったために、現在は立ち入り禁止になっており、提督はよく艦娘たちからそのことを忠告されていた。
それを聞いた彼は、彼女たちの忠告に従い、倉庫には近づかずに日々を過ごしていたのであった。
それから、提督は他の艦娘達に顔を見せながら、のんびり昼まで過ごしていた。
建物を出た庭では島風や雪風たちと一緒に遊んだり、工廠では明石や夕張から新しい装備開発のための資材運用について相談を受けたりと、何事もなく過ごしていった。
ただ、今朝見た夢の事について何気なく話すと、他の艦娘たちも食堂にいた電達と同じように必死の様子で提督を心配してきた。
「しれぇ、大丈夫ですよね? 雪風を置いて、どこか行ったりしませんよね!?」
「所詮は夢なんですから、そこまで気にすることありません! それより今は、皆の言う通りご自身の体を気にかけてください…!」
雪風からは涙を流しながら泣きつかれ、明石は無理やり話題を逸らそうとする。 なぜ、皆は夢の事をそこまで気にかけるのかと一抹の不安を抱きながらも、提督は午後の時間を一人執務室で過ごしていた。
「うーん… 夢の事で皆があんなに気に掛けるのも気になるが、いまはこっちをどうするかだな」
麗らかな日差しが差し込んでくる執務室。 提督は独り言をつぶやきながら、ゆっくりと執務机の引き出しを開ける。
そこにあった黒い小箱。 ケッコンカッコカリのリングが入った箱を手に取り、彼は物思いにふけっていた。
「それにしても、俺がケッコンだなんて、ガキの頃は想像もつかなかったな。 提督である俺も、いずれは彼女たちの中から誰かを娶り、挙式も上げるんだろうな。 そのためにも、まずケッコンする子を決めたら、俺の両親に紹介を……」
しばらく物思いにふけっている提督だったが、突然「あれっ?」という声とともに彼は困惑した。 何故なら……
「…俺の両親って、いったいどんな人だったっけ?」
そう、自分の家族のことが思い出せなかったのだ。 両親の職業や年齢はおろか、どんな顔かさえ思い出せない。
一体どういうことなんだ? あまりに異常な出来事に彼は必死に頭を振った。
どうにか思い出そうと、頭を振って自分の記憶を探り出そうとする。
「落ち着け…! 両親のことは思い出せないが、俺の過去のことは覚えているんだ。 俺は一人っ子で、両親に育てられてきた… 小学校から高校まで進学して、卒業後は大学に入って、それから………それ…から……」
一つ、また一つと復唱しながら自分の過去を思い出す提督。 だが、それもある疑問とともに終わりを迎える。
「あ…あれ…? そう言えば……」
「…俺、どうやって提督になったんだっけ?」
その疑問を口にした瞬間、提督の頭に頭痛が走った。
「う、ぐあ…!? うああああっ!!」
頭が割れそうになるほどの激痛に、提督は頭を抱えながら、叫び、うずくまる。
嵐のように激しい頭痛は唐突に収まり、机に突っ伏していた提督は、かすかに痛む頭を抑えながら、一人呟いた。
「思い…出した…! 俺…は…、元々……提督じゃ、なかったんだ…」
彼は元々、提督ではなくただの大学生だった。
そんな彼には毎日夢中になっているゲームがあり、それがブラウザゲーム『艦隊これくしょん』だった。
もとは友人に勧められ始めたのがきっかけだったのだが、ゲームの面白さに加え、ゲームに登場する艦娘たちの魅力にはまり、今では古参プレイヤーの友人を追い抜かんほどに艦隊を強化していった。
ある日のこと。 いつものように自宅のアパートで、彼はゲームを始めようとしたときだった。
パソコンに現れたのはいつものログイン画面ではなく、眩いばかりの光が画面からあふれ出し、彼の体を飲み込んだ。 そこから先の記憶はなかったが、気が付くといつの間にか鎮守府の執務椅子に座り込んでおり、秘書艦の電が嬉しげに自分を出迎えてくれた。 そして、彼は知らぬうちに自分が鎮守府の提督だという記憶を刷り込まれ、何の疑問も抱かずに今まで提督業を行ってきたのであった。
それが、彼の思いだした出来事だった。
あの時夢で見た部屋は、自分がこの世界に来る前……いつも自分が暮らしているアパートの一室で、扉をノックしたのは、隣で暮らしててよく上がり込んでくる親友だったのだ。
すべてを思い出した彼は、同時に気づいてしまう。 なぜ、皆が自分が見た夢についてあそこまで過剰な反応を見せたのかを……
「皆は、俺が提督ではないことを思い出してほしくなかったのか…」
自分が提督だと思い込んできた間、皆と一緒に過ごしてわかっているが、皆は彼を心から慕っている。
それは信頼できる上官だからというのもあるが、それ以上に異性としての愛情や思いを抱いているからだ。
だが、その彼が提督でないことを思い出せば、一緒にいられなくなってしまう。 だから、皆は彼が記憶を取り戻すことを危惧していたのだ。
それに、皆は彼が記憶を失う……いや、ここの提督であると思い込まされてることを知っていた。 つまり、彼が元の世界からこちらへ来たことも知っているはず。 その事実を伝えず、皆が彼をここに引き留めるということは……
「…俺は、皆によって意図的にこちらに引き込まれたというわけか」
はっきりした確証はないし、解釈としては強引な部分も多々ある。 だが、そう考えれば、皆が見せた反応や不穏な態度にも納得がいく。
そして、それが分かった以上、ここでじっとしているわけにはいかなかった。
皆には悪いが、自分にも家族や友人を放ってここに残るわけにはいかない。
彼は脱出を決意すると、いったいどうやって脱出すればいいのかを考えた。
「向こうからこっちに来た以上、向こうに戻る手段もあるはずだ。 何か…何かないか……?」
彼も提督として長いことこちらにいたが、鎮守府以外にも彼は艦娘たちとともにいろんなところを回った。
督戦として艦娘たちと一緒に海に出たこともあるし、買い物や外で食事するため正門を出て外に行ったこともある。 それ以外で、まだ自分がいってない場所があったか?
一人頭をひねりながら考えていると、ある場所を思い出した。 それは、自分が唯一立ち入ったことがない場所。
「…そうだ。 皆が念を押していくなと言っていた倉庫。 まだあそこには行ったことがない」
他に思い当たる節もないし、皆があそこまで行ってはいけないと話していた以上何かあるのは間違いない。
意を決して、提督は今夜そこへ向かうことを決めたのであった。
夜の鎮守府。 満天の星空の下では黒く染まった海に空で瞬く星々が映り込み、まるでプラネタリウムを彷彿とさせるような幻想的な光景が広がっている。
だが、外を歩く提督はそんな絶景に目を向けることなく目的地である倉庫へと向かっていた。
深夜の遅い時間帯だからか、さすがに外を散歩している者はいない。 提督は周囲を警戒しつつ、歩みを進めていく。
「落ち着け… あいつらに見つかったらおしまいなんだ。 慎重に… 慎重に…」
自分自身にそう言い聞かせながら、提督は中庭を抜けその先の工廠へ移動する。
今夜は月明りで外は若干明るくなっているおかげで移動はしやすいし、いつも艦娘たちと一緒に散歩をしているから、この辺の道や建物の配置などはすべて把握している。
このまま何もなければ、目的地である空き倉庫までは問題なく行けた。 …そう、何もなければ……
「どこへ行かれるのです? 司令官さん……」
「…っ!?」
工廠前まで差し掛かった時、自分を呼ぶ声に提督は驚く。
声のした先、工廠である建物の裏から彼女は顔を出した。
「い…電……」
「ここから先は入ってはいけないと言われてたの、忘れてしまったのですか? この奥の建物はボロボロで、入ったら危険です。 さあ、戻りましょう…」
手を差し伸べながら、電は提督のほうへと一歩ずつ近づいていく。 だが、提督はそんな彼女の眼を見ながらハッキリと言った。
「危険……なんだよな? お前たちにとって、俺がそこへ入るのは……」
「司令官さん?」
「大方、そこに俺が入ったら元の世界に帰ってしまうから、入ってほしくない。 そんな理由じゃないのか?」
「…っ!?」
提督の言葉に、今度は電が口を紡ぐ。 それを見て、彼は確信した。
「…やはりな。 これでようやく理解できたよ、皆が俺を倉庫へ近づかせたくない理由が」
「……司令官さん。 いつから、気づかれたのですか?」
「午後の執務室で、だれをケッコンカッコカリの相手に選ぼうか考えてるときだ。 ここへ来たのは正直賭けだったが、どうやら外れてはいないようだ」
「……っ!」
提督が記憶を取り戻したことを悟ってか、電は何も言わずその場でうつむいた。 その姿を見ながら、提督は彼女に通してくれと話すが、電は必死にそれを拒む。
「ダメなのです、司令官さん! 司令官さんがあそこへ行ったら、絶対ダメなのです!」
「悪いとは思うが、俺もすべてを思い出した以上ここへ留まるわけにはいかないんだ。 すまないが、帰らせてもらうぞ」
「その必要はないぞ、提督」
「…っ!?」
背後から聞こえてきた別の声。 見ると、提督の後ろにはほかの艦娘たちが大挙してこちらへ押し寄せていた。
「提督、あなたはこれからも私たちとともにこの鎮守府にいてくれればいい。 私も、ほかの者たちもそれを望んでいるんだ」
「長門…」
「提督とこうして一緒にいられることが、私たちにとっての幸せなんです。 私たちはそれを失いたくない。 提督、どうかわかってください!」
「赤城…」
主力艦隊を筆頭に、大勢の艦娘たちが彼に帰ってきてと懇願してくる。 しかし、提督もまた、その声を聴きながら必死に歯を食いしばった。
「皆… 悪いが、俺を心配する家族がいる以上、その頼みは聞くことはできない!」
それだけを伝えると、提督は電を振りほどき、脱兎のごとく目的の空き倉庫へと駆け出した。
皆も、それを見ると急いで提督の後を追う。
人間と艦娘、身体能力では艦娘のほうがはるかに優れているものの、距離があったのが幸いして、皆が提督を捕まえる前に彼は空き倉庫へとたどり着き、錆びた扉を開いた。
中は艦娘たちが話していた通り、ボロボロの壁や床が広がり、カビ臭い匂いがあたりを漂っている。 ただ、一か所だけを除いて…
「あれは… 何だ…?」
空き倉庫の奥に置かれている一台の機械。 何の機械かはわからないが、錆び一つなく稼働し続けている。 モニターの下には、大きな赤いボタンがつけられていた。
「あれを動かせば、もしくは…!」
提督はすぐに機械に駆け寄り、スイッチを入れようとする。 その背後では、倉庫にたどり着いた艦娘たちが必死に呼びかけてきた。
「提督、すぐにその機械から離れろ!」
「ダメです提督! そのスイッチを押しては、絶対にダメです!!」
それを聞いた提督は、彼女たちの制止も聞かずスイッチに手を置く。 間違いない、これがみんなが自分を遠ざけたかった理由で、元の世界に戻るための装置なんだと、彼は断定した。
「皆、本当にすまない… じゃあなっ!!」
皆が手を出し彼の行動を止めようとする先で、提督は力いっぱい機械のスイッチを押したのであった。
朝の鎮守府。 空から朝焼けの太陽が建物と中庭を明るく照らし出し、艦娘たちは各々、朝の日課のトレーニングや朝食に向かう。
廊下を歩く二人の艦娘、長門と赤城は穏やかな表情で目的の場所、執務室へとやってきた。
律儀に扉をノックし、「失礼します」という声とともに二人は扉を開ける。 そして、部屋にいた人物へと二人は朝の挨拶を行った。
「おはよう、赤城。 長門も一緒か、珍しいな」
「ああ、ちょうど赤城と一緒に朝食にしようと思って、挨拶がてらやってきたんだ」
「おはようございます。 今日は私が一日秘書艦を務めます。 ですので…」
「今日はよろしくお願いしますね、提督」
長門と赤城があいさつした人物……提督は、いつもの明るい笑顔を見せると、「ああ。 今日は一日頼んだぞ、赤城♪」と、快活な様子で返事を返した。
昨夜提督が触れた機械。 あれは元の世界に帰るための装置ではなかった。
あれは、対象の記憶を操作するための機械で、彼をこちらの世界に連れてきたとき、これを使って彼女たちは彼に提督だっという記憶を刷り込ませていたのだ。
だが、何らかの不具合で彼は記憶を取り戻してしまい、元の世界に帰ろうとしたときのため、彼女たちはあえて保険をかけておいた。
それが、例の空き倉庫には絶対に行ってはいけないというものだった。
万が一彼が元の世界に帰ろうとしたとき、そう伝えておけば彼は真っ先に行ってはいけないと言われてた倉庫を怪しいと睨むはず。
そうしてミスリードをすることで提督自身を装置の元まで誘導でき、最悪提督が自らの手で機械を動かし記憶を改ざんしてくれる。 彼女たちはそう目論んでいたのだ。
そして艦娘たちの思惑通り、提督は倉庫で機械のスイッチを入れてしまい、自らの手で自分が提督であるという記憶を植え付けてしまった。
こうして今は、再び鎮守府の提督としてみんなと一緒にいる。 自分が別の世界の人間だったことは、すでに忘れてしまっていた。
執務室を出て、長門と赤城はそっと微笑む。 執務室から遠く離れた廊下で、二人は言葉を交わした。
「それにしても、偶然とはいえ提督が記憶を取り戻してしまったのは意外でしたね。 これからは、秘書艦という理由で、常に誰かがそばにいたほうがよさそうです」
「そうだな。 それに、万が一機械に不具合がないとも限らない。 明石と夕張には、後で念入りに機械を調べるよう言っておこう」
「次は、提督もちゃんとケッコンカッコカリを誰にするか、選んでくれるといいですね」
「ああ。 あの方は私たち艦娘を大事に想い、何かあったときは心から心配してくれる。 だからこそ、私たちは提督と本当の夫婦として結ばれることを望んでいるんだ。 私を含めて、な……」
「提督と結婚したら、共に暮らして、いずれは子供を作るために夜戦も……/// ふふっ♪ 加賀さんではありませんが、さすがに気分が高揚します」
「何を言っている赤城。 提督と結婚するのは私であって、お前ではない。 ビッグセブンとして、そこだけは譲れんぞ」
「あら、そういうことでしたら負けませんよ。 一航戦として、提督の妻の座は渡しません!」
お互いに決意表明をしながら、二人は廊下を歩き食堂へと向かっていく。 ただ、その時の二人の眼は、暗くドス黒い色を浮かべていた。