ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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ようやく新しい話が出来たので、投稿します。
最近は天気や気温の変わりっぷりが激しくて、大変ですね。 自分もちょっと風邪気味で、鼻水がつらいです…
まあ、そんな状況でもできたこの話、楽しんでもらえるとありがたいです。





裏返りの愛模様

 

 

 

「ん、ああ… ここ、は……」

 

 

痛む頭を押さえながら男が体を起こすと、そこは小さな部屋だった。

白を基調とした簡素ながらも清潔な部屋で、見た感じ病院の一室といった雰囲気だった。

男はベッドで眠っていたようで、彼の前には白いシーツがかけられている。

 

 

「ここは、一体…? 俺は、何をしてたんだ?」

 

 

男がベッドから起き上がろうとすると、全身がズキズキと痛みだす。

突然自分を襲う痛みに男は悶え、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 

 

「痛っ…!? ど、どうなってるんだ…!? 俺の身に、一体何があったんだ…!?」

 

 

ベッドに倒れこんだまま、男は目を覚ます前の出来事を思い出そうとする。 しかし、痛む体と頭では満足に思考が働かず、ただ男はベッドの上で悶えることしかできなかった。

その時、ベッドの向こうにある扉が開き、男に声をかける者がいた。

 

 

 

 

 

「提督、ようやく目を覚ましたか! 長いこと眠っていたから心配したんだぞ!」

 

「あっ… 長門…? 俺は、今までどうしていたんだ?」

 

 

部屋に入ってきた人物。 それは長門型戦艦のネームシップの名を持つ艦娘、長門だった。

長門から提督と呼ばれた男は、痛む体を起こしながら自分が起きる前の出来事を問うと、長門は驚いたと言わんばかりの面食らったような表情を見せた。

 

 

「提督、貴方こそ覚えていないのか? あの大規模な敵艦隊を迎撃するため、提督自ら現場で指揮をとったことを…!?」

 

 

長門がそう尋ねるも、未だにハッキリ思い出せないという提督に、長門は提督が目を覚ます前のことを話してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは数日前。 彼が提督を務める鎮守府に、大本営から通達が入った。

なんでも、深海棲艦の大群がこの鎮守府のある海岸線へと向かっているらしく、それを迎撃してほしいというものだった。

そこで、提督は主力である長門を筆頭とした連合艦隊で迎え撃つことになったが、現状では敵側に関する情報が少なく、有効な対応策が分からない。

そのため今回の出撃は、提督も自ら現場で戦況を観察しながら指揮を執ることとなった。

提督自ら戦況を確認できればその分より的確な指揮をとれるし、結果的に情報の不足を補える。

しかし、それは同時に提督自身に身の危険が訪れることを意味していた。

艦娘たちは提督が戦場に出ることに猛反対したが、この方法が被害を食い止めるには最良の選択なんだという提督の言葉に、彼女たちは渋々引き下がるしかなかった。

そして作戦当日。 提督も護衛の艦娘を同行させた状態で現場に向かい、艦娘たちへと指示を出していた。

予想通り敵の数は多く激しい戦いになったが、艦娘たちの奮闘と提督の迅速な指揮のおかげで戦局はこちらに向いていた。

だが、結果的にそれが油断を招いてしまった。

敵の潜水カ級が海中から魚雷を発射。 水上の戦闘に気を取られていた提督と艦娘たちはそれに気づかず、魚雷は提督の乗っていたボートを派手に吹き飛ばした。

護衛艦の背後で、ボートは派手な音を立てながら消し飛び、提督はそのまま海へ放り出されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

「…それで、連中を迎撃した私たちは海に浮かんでいた提督を連れていき、ここで看病していたんだ」

 

 

長門から一連の話を聞いた提督は、少しずつだが自分が意識を失う前の出来事を思い出した。

 

 

「そうだ… あの時俺は、クルーザーから皆に指示を出していたが、突然の衝撃とともに体が浮きあがったと思ったら、そのまま海に落ちたんだ」

 

「ようやく思い出してくれたか。 あの後、貴方は3日も目を覚まさなかったから、みんな死んだのではないかと心配したんだぞ」

 

 

提督の無事を知って安堵の笑みを浮かべる長門に、提督は申し訳なさそうに俯いた。

 

 

「そうだったのか… すまないな、皆に心配かけて。 早くケガを治して、俺も鎮守府に戻るからな」

 

「ああ、皆にもそう伝えておく。 じゃあ提督、私はこれで失礼するよ」

 

 

長門は腰を上げ、部屋を出るためドアに向かう。 その時、去り際に彼女は足を止め提督に言った。

 

 

 

 

 

「ああ、言い忘れるところだった。 鎮守府の方なんだが、建物の損壊や資材の消耗が激しく、復興に時間がかかりそうなんだ。 しばらくは皆そっちにかかりっきりになりそうだから、お見舞いには一人ずつしか来られそうにない。 すまない…」

 

「いいさ。 今は鎮守府の方が大事だし、俺が回復してそっちに戻ればいいだけの話だ。じゃあ長門、しばらくの間そっちは頼んだぞ」

 

「分かった。 提督も、体に気をつけてな」

 

 

その言葉を最後に長門は部屋を出ていき、提督も彼女の背中に向かって小さく手を振るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。 眠っていた提督が目を覚ますと、窓には外からの日光が差し込み、彼のいるベッドの傍らには朝食が乗ったトレーを持つ加賀の姿があった。

加賀は提督が目を覚ましたことに気づくと、かすかに口元を緩め、ぎこちないながらも笑顔を作り挨拶した。

 

 

「おはようございます。 起きましたか、提督」

 

「おはよう。 来てくれたんだな、加賀。 わざわざ食事まで持ってきてもらってすまないな」

 

「お気になさらず。 私がやりたくてやった事ですから」

 

 

どこか気恥ずかし気に話す加賀を見て、提督も「そうか…」と短い返事を返すと、朝食を食べようと食事に手を伸ばした。

怪我のせいで思うように体は動かせないが、これぐらいなら大丈夫だろうと提督がスプーンを取ろうとすると、横から加賀がスプーンを取り上げてしまった。

 

 

「あっ… おい、加賀? 何を……」

 

「提督、貴方はまだケガで体を満足に動かせないでしょ? だから…」

 

 

加賀はそう言って、スプーンで食事を掬い上げると提督の口元に持っていく。 いわゆる、あーんしてというやつだ。

 

 

「さっ、口を開けてください。 提督」

 

「か、加賀…!? それくらい、俺が自分で食べる…!」

 

「駄目です、無理に体を動かして悪化させたら本末転倒です! さっ、あーんしてください」

 

「…わ、分かったよ……」

 

 

加賀の気迫に気圧された提督は、彼女の言う通り口を開けると食事を食べさせてもらった。

その間、加賀は黙々と提督に食事を与えていたが、心なしかその時の彼女の表情はこの上なく幸せそうに見えた。

食事を終えると、提督は加賀と話しをした。

初めこそ他愛のないおしゃべりで会話に華を咲かせていたが、長門が言ってた迎撃戦の話になると、加賀は急に表情を曇らせた。

 

 

「あの戦い……ですか。 それについては本当に申し訳ございませんでした。 私の力至らぬせいで、提督をこの様な体にしてしまって……」

 

 

加賀はスカートのような袴を握り締め、静かに唇をかみしめながら己の不甲斐なさを悔やむ。 だが、そんな彼女に提督ははっきりと言った。

 

 

「そんなわけないだろう! あれは艦隊戦の指揮に気を取られるあまり、自身の警戒を怠った俺の落ち度だ。 お前はただ俺の指示を的確にこなしてくれただけで、お前は謝ることなんて何もしていないんだ」

 

「それに、お前たちが奮闘してくれなければ被害はもっと甚大なものになっていた。 お前たちのおかげでこの程度の被害で収まったんだ。 だから、そんな暗い顔をせず胸を張ってくれ」

 

 

提督の力強い言葉に励まされ、加賀は顔を上げるとしっかり頷いた。 その顔つきは、いつものように自信に満ちた彼女の顔だった。

 

 

「提督… はい、わかりました。 では、私もこれで失礼させていただきます」

 

 

提督に一礼し、加賀は部屋を出ていく。 その時、ドアの向こうから顔を出し、彼女は小声でささやいた。

 

 

「提督… 早く良くなってくださいね……」

 

 

そう言って、加賀はそそくさと病室を後にし、提督もまた姿の見えなくなった加賀の言葉に、静かに頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加賀がお見舞いに来た次の日。

提督も大分体力を取り戻し、このままでは体が訛るとトレーニングがてらベッドから起きて窓から外を眺めていた。

そんなおり、いつものように扉からノックの音が聞こえ、提督は「どうぞ」と返事をする。

中に入ってきたのは二人の艦娘で、提督の姿を見た途端に血相を変えて駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「司令官、本当に無事だったんですね! 良かったぁ…」

 

「私達、司令のことずっと心配していたんです! でも、こうして生きててくれて、安心しました…!」

 

「ああ、春雨。 萩風もよく来てくれた。 お前たちも無事なようで、俺も安心したよ」

 

 

部屋に入ってきた二人の艦娘、春雨と萩風は提督が元気でいるところを見ると、涙を流しながらその場にへたれこんだ。

初めこそ提督の無事を喜んでいた二人だったが、涙をふくと突然怒り出した。

 

 

「でも、勝手にベッドを抜け出すのはダメじゃないですか! まだちゃんと怪我が治らないのに、危ないです!」

 

「そうですよ司令! まだ病み上がりなんですから、今はしっかり休んでください!」

 

 

二人に言われるままに提督もベッドに腰掛けると、二人はようやく落ち着いてくれた。

 

 

「もう、心配させないでください。 今鎮守府は、ただでさえ司令官がいない状態で不安定なんですから」

 

「それはすまなかった。 一応、体はよくなってきたから、いつも通り動けるようトレーニングをしてたんだが…」

 

「それでも、今は怪我がちゃんと治るまでは勝手にトレーニングしないでください! 指令に何かあったら萩風は………あっ、いえ! 皆さんがとても悲しみますから…!」

 

 

春雨と萩風にそう諭された提督は、すまなかったと謝ると二人の頭をそっと撫でた。

その行為が意外だったのか、二人は一瞬驚きの表情を見せる。

 

 

「…あれ? どうかしたか二人とも」

 

「あっ、えと…! 急に頭をなでるからびっくりしちゃいまして…!」

 

「えっ? お前たちが作戦に向かうときはいつもこうして励ましてただろ? そんなに意外だったか?」

 

「す、すみません…! 久しぶりだったものですから、驚いてしまいました…!」

 

「そうか、すまなかったな。 わざわざ見舞いに来てくれたのに驚かせてしまって」

 

 

提督は申し訳ないと思って手を離そうとしたが、二人は提督の手を自分の頭に押し当ててもっとしてほしいと催促。 困惑しながらも、提督は二人の望むまま、しばらく頭をなでるのであった。

 

 

「その… 二人ともごめんな。 護衛として同行させておきながら、余計な心配をかけてしまって」

 

 

頭をなでながら、提督は二人に謝りかける。 その言葉に、二人は頭を上げて提督を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

実はあの戦いのとき、提督の護衛艦を務めていたのが春雨と萩風の二人であり、提督も自分のミスでこのような結果を招いてしまったことを心底申し訳ないと感じていた。

暗く落ち込んだ提督の顔を見て、二人は顔を合わせると、そっと提督の手を取った。

 

 

 

 

 

「どうして司令官が謝るんですか? あの時、司令官は危険を顧みずに私たちを懸命に指揮してくれたじゃないですか。 だから、司令官が謝る必要なんてありませんよ…」

 

「春雨…」

 

「それに、本当に謝るべきは萩風たちの方です。 指令の護衛という役目を受けながら、司令にこんなひどい怪我を負わせてしまったこと、本当にすみませんでした。 司令… 萩風は、護衛艦失格です……」

 

 

あの時のことを思い出してか、二人もまた手を取ったまま悲しげな顔で提督に守れなかったことを静かに詫びる。

そんな彼女たちの姿に、提督は首を横に振って、

 

 

「そんなことはない。 お前たちが頑張ってくれたおかげで、民間への被害も防げたし、俺もこうして生きていられたんだ。 情報もほとんどないあの状況で、お前たちはここまでやってくれたんだ。 それを思えば、俺のこのケガだけですんだのは、むしろ僥倖だったと言える。 だから、お前たちもそんな暗い顔を見せず、この国と俺を守れたんだと胸を張ってくれ」

 

 

提督に励まされ、ようやく笑顔を見せた春雨と萩風。

感動のあまり思いっきり抱き着いてきた二人を、彼もまた何も言わずに抱きしめてあげるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、彼女たちは毎日提督に顔見せに来ては他愛ないおしゃべりをして過ごしてきた。

時は流れ、提督のケガもすっかり良くなったある日のこと。 提督は病室で長門から今日あったことを話し合っていた。

 

 

「それで、皆が復旧に勤めてくれたおかげで、大分こっちもよくなってきた。 これで、いつ提督が戻ってきても大丈夫だと皆言ってたよ」

 

「そうか、皆頑張っているようで何よりだ。 俺も向こうに戻ったら、何かお礼をしなくちゃならんな」

 

 

提督がベッドで腕を組みながら頷いていると、さっきまで楽し気に話をしていた長門は急にもじもじと不自然な様子を見せた。

 

 

「…? どうした、長門?」

 

 

若干顔を赤くしながら口ごもる長門に尋ねると、彼女は気恥ずかしげに視線だけを提督の方へとむけた。

 

 

「お礼、か… なら、これを誰に渡すか教えてくれないか?」

 

 

長門がスカートのポケットから取り出したもの。 それは黒い小さな小箱だった。

 

 

「前から貴方がこれを誰に渡すのか、皆気になっていたんだ。 だから、もしできるのなら今ここで、その答えを聞かせてほしいんだ……」

 

 

それは提督がいずれ自分にとって大事な艦娘に渡そうと、今まで肌身離さず持っていたものだった。

 

 

「ああ… 今までなかったと思ったら、お前が持っててくれたのか。 てっきり、海に落としてしまったのかと思ってたんだ。 ありがとう、拾ってくれて」

 

 

提督は長門から箱を受け取ると、蓋を開けて中に入っているものを確かめる。 小さな箱の中に収められているリングをじっと見つめると、蓋を閉じた。 そして……

 

 

 

 

 

 

 

「長門、こっちに来てくれ」

 

「なんだ、ていと…く……?」

 

 

こちらにやってきた長門の手を取ると、提督はそっと彼女の手に箱を置いたのであった。

 

 

 

 

 

「これは、お前のものだ。 俺から、お前に渡すためのものだ」

 

「て、てい…とく…!? それは…どう、いう……?」

 

 

ドギマギしながらも提督に尋ねる長門。 そんな彼女の顔を見つめながら、提督は、

 

 

「俺は元々、このリングを皆に渡そうと考えていたんだ。 皆が無事に戻れる可能性を少しでも上げるためにな」

 

「ただ、そのけじめとして俺が一生を共にしたいと思った相手に初めてこれを渡すと決めていたんだ。 だから俺は、お前に最初にこれを渡したい」

 

 

そう言って、提督は長門の手に自分の手をそっと添えた。

 

 

 

 

 

 

「長門。 お前には、これからも俺と一緒にいてほしい。 部下としてではなく、家族として共に来てくれないか?」

 

 

提督の告白を聞いて、初めこそ動揺していた長門だったが、自分の手を握る提督の顔を見ると、フッと静かに微笑み、

 

 

 

 

 

「提督。 私はこれからも貴方と共にいる。 部下として、家族として、貴方の傍にいる。 約束するよ」

 

 

二人は、病室のベッドの上で何も言わずにそっと抱き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく二人で静かな時間を過ごしていたが、長門はそろそろ仕事に戻らないとと言って、提督に見送られながら部屋を後にした。

誰もいない廊下を長門は一人歩く。 しばらくは無言のまま歩いていたが、不意に足を止めると、

 

 

 

 

 

「ようやく… ようやく提督が私に指輪をくれた。 嬉しい… うれしいわ――!! ア――ハッハッハッハッ!!」

 

 

突然一人高笑いを浮かべだした。 その様子はいつも凛とした姿を見せる彼女とは別人のように、彼女の高笑いは廊下中に響き渡っていた。

 

 

「うるさいぞ。 いくら嬉しいからと言って、こんなところで叫ぶな! 提督に気づかれたらどうするんだ!?」

 

 

一人笑い声をあげる長門に叱責してきたのは、以前提督のお見舞いに来ていた加賀だった。

自分に声をかける加賀に、長門はうすら笑いを浮かべながら振り返る。

 

 

「ああ、ごめんなさい。 私ったら、嬉しさのあまり気が高ぶっちゃった。 だって…」

 

 

長門は頭のヘッドギアに手をかけると、それをはずした。 すると、彼女の姿は見る見るうちに変貌していき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アノ人、私ヲ最初ノケッコン相手ニ選ンデクレタノダカラ、嬉シクナイワケナイジャナイ」

 

 

そこにいたのは艦娘・長門ではなく、深海棲艦の姫の一人、戦艦棲姫だった。

 

 

 

 

 

「全く… 気持ちは分かるが、最後まで気を抜くな。 お前も分かっているだろ?」

 

 

戦艦棲姫を目の当たりにしているのに、動じる様子を見せない加賀。 彼女も、自分の頭につけられている髪留めをはずすと、瞬く間に髪が白くなり、

 

 

 

 

 

「途中デ提督ニバレタラ、コノ計画ガ台無シニナッテシマウ。 ソウナレバ、アノ人ヲココニ引キ止メラレナインダゾ!」

 

 

戦艦棲姫と同じ深海棲艦の姫の一人、空母棲姫へと姿を変えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては彼女たちが仕組んだ計画だった。

戦艦棲姫達は、あの日の大規模な戦闘にまぎれ、海に放り出された提督をここまで連れてきていた。

ここは元々他の人が暮らしていた島だが、今は深海棲艦に占拠されてしまい、島民は一人もいない。 彼女たちはここへ提督を軟禁することにした。

そして提督に怪しまれないよう、戦艦棲姫達は彼の知り合いである艦娘に成り済ますことで、彼と交流をとっていたのだ。

なぜ、わざわざこのような手の込んだことをするのかというと、理由は簡単。

艦娘たちが提督を慕っているように、深海棲艦である彼女たちもまた、彼に好意を抱いていたからなのだ。

彼の優秀な指揮はもちろん、部下を大事に思うその人柄は艦娘だけでなく深海棲艦さえ惹きつけた。

しかし彼は敵である艦娘たちの提督。 それをどうやって自分たちのものにするか? 考えた末に出たのが今回の強襲作戦だった。

大規模な戦闘に乗じて提督を奪い、自分たちと親交を深めケッコンカッコカリという形で絆を結び、彼を自分たちの提督にする。

それが、彼女たちの狙いなのであった。

 

 

 

 

 

 

空母棲姫にたしなめられた戦艦棲姫は、余裕からかどこか意地の悪い笑みを向ける。

 

 

「ソウ言イナガラモ、貴方コソ提督トノ時間ヲ楽シンデイタジャナイ。 ワザワザアンナ理由ヲツケテ、提督ニ食事ヲ食ベサセテタンダカラ」

 

「ア、アレハアクマデ私ガ加賀ダト思イ込マセルタメノ演技デアッテ、ソンナ下心カラデハナイ!」

 

「ソノ割リニハ、随分嬉シソウニヤッテタデショ。 コッチニ戻ッテカラモ、貴方シバラクニヤケキッテタジャナイ」

 

「ソ… ソレハ…!!」

 

 

ぐうの音もでず、空母棲姫が顔を赤くしながら縮こまっていると、

 

 

「何ソレ… 空母棲姫ダケズルイ!」

 

「ソウヨ! 私達ダッテ、司令トモット触レ合イタカッタノニ…!!」

 

 

春雨に扮していた駆逐棲姫。 萩風に扮していた駆逐水鬼が空母棲姫へと文句を言ってきた。

もっとも、自分たちも提督に頭をなでてもらい、ご満悦だったことは棚に上げているが……

 

 

 

 

 

「ソ、ソレヲ言ウナラ、一番最初ニ指輪ヲモラッタ戦艦棲姫コソ許セナイダロ! 私達ヲ差シ置イテ、自分ダケ提督トケッコンシタノダカラ…!!」

 

 

空母棲姫に指をさされ、二人は戦艦棲姫に怒りの矛先を向けるが、当の本人である戦艦棲姫はしれっとした態度で言葉を返した。

 

 

「ソレニツイテハ、提督モ後カラ指輪ヲ渡スッテ言ッテタンダカラ、ソンナニ怒ラナイデチョウダイ。 モットモ、アノ人ハ私ニゾッコンミタイダケド♪」

 

 

余裕しゃくしゃくの戦艦棲姫の態度に、三人は歯ぎしりしながら顔をしかめる。

だが、空母棲姫は一息ついて落ち着きを取り戻すと、ニヤリと笑いながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「……マア、イイ。 時間ハタップリアルンダ。 アノ方ニケッコンシテココニ居テモラエレバ、イクラデモチャンスハアル。 今ノウチニ、セイゼイ優越感ニ浸ッテイルトイイ」

 

 

さすがにその発言には琴線が触れたのか、戦艦棲姫は少しだけ目を細めると、空母棲姫に視線を向けた。

 

 

「フーン… 言ッテクレルジャナイ。 デモネ、私モオイソレト提督ヲ渡スツモリハナイカラ覚悟シナサイヨ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく、遠く離れた鎮守府では本物の長門たちが血眼になって彼を探していることだろう。

だが、奴らがここをかぎつけたところでもはや手遅れだ。

こちらはすでに彼とのケッコンを済ませているし、いずれはそれ以上の関係を作るつもりだ。

そうなったら、もし私たちが深海棲艦だと知ったところで、誠実なあの人は果たして我々を見限れるだろうか…?

まあ、もしそうなったところで、あの人を渡すつもりはない。 お前たちの提督は、もう私たちのものなんだ。

誰であろうと絶対に譲らない…! たとえ、同じ深海棲艦だとしてもだ…!

 

 

 

 

「ソレジャ、今度ハ私ガ提督ノ様子ヲ見ニ行コウ。 アノ人ニナニカアッテハ大変ダカラナ」

 

 

空母棲姫は外していた髪留めを付けなおすと、一瞬で艦娘である加賀の姿に変わり、悠々とした足取りで提督のいる病室へと向かっていった。

 

 

「見ていろ長門。 お前にだけ良い思いはさせないからな」

 

「いいわよ加賀。 私も、貴方の好きにさせるつもりはないからね」

 

「それは私達だって同じなんだから!」

 

「そうよ! 私達も、絶対に司令から指輪をもらって見せるから、待ってなさいよ!」

 

 

空母棲姫が振り返ると、そこには長門に変身した戦艦棲姫が不敵な笑みを浮かべ、傍らでは春雨と萩風に姿を変えた二人が、彼女をじっと睨み付けている。

それを見た空母棲姫は、動じることなく三人に背中を向け廊下を歩いていくのであった。

 

 

 


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