ここはとある鎮守府の食堂。
長椅子とテーブルが置かれたこの食堂では、ここに所属する艦娘たちが一日の活力となる朝食に舌鼓を打っている。
この鎮守府の最高責任者であり、唯一の男性である提督は楽しげに朝食をとる艦娘たちを眺めながら、隣にいた一人の艦娘へと声をかける。
「いやー、本当に助かったよ。 これだけ大勢の艦娘たちの食事となると、鳳翔さん抜きじゃ手が回らないからね……」
提督はにっこり微笑みながらお礼を言うと、隣にいた艦娘もまた、クスリと笑いながら提督へと顔を向ける。
「いえ、お気になさらないでください。 提督のお役に立てたのであれば、私も嬉しいです」
給糧艦『間宮』
鎮守府の一角で甘味処を経営している彼女は、普段は出撃や遠征をこなす艦娘たちを励ますため甘味を提供している。
その料理の腕は鎮守府のだれもが認めるほどのもので、食事時となる時間にはいつも大勢の艦娘たちがやってきていた。
いつもは食堂で料理を作るということはないのだが、今は食堂の管理を行っている鳳翔が出撃で不在となっており、それまでの間彼女に代役を務めてもらっているのだ。
100人以上の艦娘たちの食事を一手に引き受けたにもかかわらず、間宮は疲れた様子もなく提督に笑顔を見せていた。
「せめて、食事代は支払わせてほしいな。 そっちも店を抜け出してきた身だろ?」
「とんでもない! 提督にはいつも私や皆さんを守るため日々頑張ってもらってますから、私にもこれぐらいの手伝いはさせてください」
「それより、提督こそ早くご飯食べてください。 せっかく作ったのに、冷めちゃうじゃないですか!」
「あ、ああ… すまない、それじゃいただくとするよ」
これだけ大人数の料理を作るだけでもかなりの重労働だというのに、彼女は不満を漏らすことなく早く食べてほしいと返してくる。
そんな彼女に二の句を付けることなどできず、提督もまた他の子たちと同様に自分の食事を始めるのであった。
朝食が終わり、間宮は自分が経営する甘味処へと戻ってくる。
昔ながらの喫茶店を思わせるような清楚な店内。 その店内のテーブルを拭いていた艦娘は、間宮が戻ってきたのに気づくと笑顔で手を振ってきた。
「あっ、お帰りなさい間宮さん。 今日も朝からお疲れ様です」
「伊良湖ちゃんこそありがとう。 私がいない間代理を務めてくれて」
間宮と同じ給糧艦である艦娘『伊良湖』。 間宮と一緒にこの甘味処の経営を務めており、間宮が不在の間は彼女がこの甘味処を切り盛りしていた。
「いいえ、間宮さんのためならこれぐらい平気ですよ。 …でも、間宮さんこそ大丈夫なんですか? あれだけの人数の料理を作るなんて…」
不安げに尋ねる伊良湖。 しかし、そんな彼女の心配とは裏腹に間宮は笑顔で返す。
「あの子たちには、いつも私や皆を守ってもらってるんだもの。 だったら、私もこれぐらいお返しできなきゃあの子たちに申し訳が立たないわ」
まだまだやれる! と言わんばかりに元気に動き回る間宮。 その姿はさっきまで100人以上の食事を作ってきたものとは思えない姿だった。
そんな彼女の姿に伊良湖はニヤリとしながら、
「そんな事言って、ほんとは提督に会えたのが嬉しかったんじゃないんですかー?」
「な、なな、なんでそこで提督が出てくるのよー!?」
先ほどの快活さから一転、間宮は顔を真っ赤にしながら反論する。 しかし、伊良湖はニヤケ顔を崩すことなく話を続ける。
「分かりますよ~♪ だって提督が来ると、間宮さんいつもご機嫌じゃないですか。 この前提督がここへ来た時も間宮さん鼻歌歌いながら料理を作ってましたし、普段はそんなことしないじゃないですか~」
「うっ… あうう……///」
伊良湖の証言に間宮は反発することができず、真っ赤な顔を覆いながらその場に縮こまってしまった。
彼女の言う通り、間宮は提督のことが好きだった。
初めて会ったのは、彼がまだ新米の提督としてここヘ着任した時の事。
ちょっとした顔合わせのつもりで間宮が提督に挨拶に行ったとき、彼から「こんな綺麗な人が料理を作ってくれてるなんて、男としても嬉しい限りだよ♪」と言われたことが忘れられなかった。
この鎮守府は艦娘ばかりで男性はほとんどおらず、間宮にとっても初めて出会った男性。 それが提督だった。
異性から初めて綺麗だと言われた事もあるが、彼の人当たりのいい朗らかな性格に、彼女もいつの間にか惹きつけられていった。
初めはまだ鎮守府が小規模なもので、その頃は彼女が提督や艦娘たちの食事を作りに行っていたのだが、月日が流れこの鎮守府も大規模なものになっていくと、提督も多忙になり大勢の艦娘用の食堂とそこを管理する艦娘も現れ、間宮が提督と会える機会はめっきり減ってしまったのだ。
その事態が、ますます彼女の提督に対する思いを募らせていった。 また前みたいに提督に食事を作ってあげたい。 また前みたいに一緒にお話ししながら食事がしたい。 そんな思いを叶えたくても、提督はもはや自分にとっては雲の上の存在となってしまったのだ。
しかし、そんな彼女にも千載一遇のチャンスが巡ってきた。
現在食堂の管理を務めている鳳翔が出撃のためしばらく不在になり、その間の代役を間宮に努めてもらうことになった。
提督は「急に代役を押し付けてしまって申し訳ない…」と話していたが、このおかげで食事の時はいつでも提督に会えるので、間宮にとってはこの上ない僥倖だったのだ。
「…た、確かに提督のことは好きだけど…… 私は提督や皆に自分の料理をおいしいと言ってもらえれば、それで満足なのよ」
間宮も知っていたが、提督である彼に恋心を抱く艦娘は自分以外にも大勢いた。
出撃や遠征をこなし帰ってきた子たちにねぎらいの言葉を忘れない。 戦果をあげればよくやったと励まし、失敗したときは次で取り戻そうと檄を飛ばす。
そんな彼に、艦娘たちが思いを寄せるのも頷ける話だった。
おまけに彼女たちは自分と違って、提督に接する機会が多い。
そんな中で、自分が提督に意中の相手として選ばれることなんて夢のまた夢だった。
悲しげな顔で、それっぽいことを話して間宮はお茶を濁そうとする。 が…
「そんな弱気でどうするんですか間宮さん!!」
伊良湖はそれを良しとしなかった。
机をバンッ! と叩きながら、彼女は間宮に詰め寄っていく。
「確かに他の子たちと比べて、間宮さんが提督に会える機会は少ないですよ。 でも、そんな簡単に諦めちゃっていいんですか? 間宮さんの、提督への想いはそんなものなんですか!?」
「間宮さんにだって、料理という強力な武器があるじゃないですか! 他の子たちが戦果で提督にアピールするなら、間宮さんは料理で提督にアピールしてやりましょう。 それが、私たち給糧艦の戦い方なんじゃないですか!?」
弱気な自分とは裏腹に、伊良湖は真剣な表情を向けてくる。
彼女のその熱さは、間宮にも確かに伝わっていた。
(私のことだって言うのに、まるで自分のことのように心配して… そうね、私が気弱になってちゃ勝てるわけがないわよね)
「…うん。 ありがとう、伊良湖ちゃん。 私、やってみせる。 私の得意な料理で、提督を振り向かせて見せるわ!」
「はいっ、その意気ですよ間宮さん!」
自分のために必死になってくれた伊良湖の気持ちを無碍にしたくない。
それに、私もやっぱりあの人を諦めたくない。
間宮は伊良湖の目を見つめると、大きく頷き彼女の手を取るのであった。
次の日の鎮守府の食堂。
そこではいつもの朝食に加え、アイスのデザートまで一緒につけられていた。
あの間宮が作ったデザートがついてきたことに、艦娘たちは歓喜の声を上げ、提督もまた彼女にお礼の言葉を述べた。
「いや、本当にありがとう間宮さん。 皆も間宮さんのデザートが食べれるって喜んでいるよ」
「いえ、これぐらいの事でよければいくらでも。 私も提督に喜んでいただけてうれしいです」
提督の言葉に、間宮は素直な返事を返す。
まずは艦娘たちを喜ばせ、提督に好感を持ってもらう。
そのために彼女は伊良湖と一緒に全員分のアイスを用意しておいた。
食事に加えてデザートまで作るとなるとその負担はますます大きくなるのだが、間宮は自分を応援してくれる伊良湖と提督へ思いを寄せる自分のために、どうにかこれをこなしたのだ。
それに、提督がこうして笑顔を向けてくれるのならまた頑張れる。
こうして、間宮は毎日アイスを作っては食事と一緒に提供していったのであった。
またある日の食堂。
この日は夕食にカレーを出すとの事で、艦娘たちと提督は嬉しさに顔をほころばせながら食堂へとやってきた。
提督は他のと同じように間宮が出してくれたカレーを受け取ると、
「うわ、今日のカレーってポークカレーじゃないか! 間宮さん、よく俺がポークカレーが好きって知ってましたね」
「あら、そうだったんですか。 どうやら、たまたま提督の好物と被ったようですね♪」
自分の好物が出たことに子供のように喜ぶ提督。
そんな彼を見ながら、間宮はくすくすと笑いながら答えた。
むろん、これは偶然ではなく狙ってやったことだった。
間宮は食事が終わった後、後片付けを手伝ってくれる艦娘たちから提督の好みについてそれとなく伺っていた。
ある駆逐艦の子から、「司令官はカレーはビーフよりポーク派だって言ってたよ」という話を聞き、彼女はカレーを作る日に提督の好物であるポークカレーを用意。 偶然を装って提督に提供したのだ。
彼女の真意に提督は気づくこともなく、偶然とはいえ自分の好みに合わせてくれた間宮により好感を持って行ったのだ。
それから、彼女はやり方を変えては艦娘や提督に料理で自分をアピールしていく。
その甲斐あってか、徐々にだが提督との距離は縮まり、間宮自身提督と接していく機会が増えていったのであった。
とある日。 いつものように朝食を終え、食堂の後片付けを行っている間宮。 そこへ提督が彼女に親し気に声をかけた。
「本当にお疲れさま、間宮さん。 君にはいろいろと世話になって、助かってるよ」
「とんでもないです。 私こそ、提督や皆さんのお世話になってますし、これくらいは……」
「そう言えば、俺が初めてここへ来たばかりの時も間宮さんが食事を作ってくれてたんだよね。 懐かしいな…」
「……覚えてて…くれたんですね」
「もちろん。 初めて間宮さんを見たとき、綺麗な子だなーと内心思ってたのも、今となっては懐かしい話だよ」
「も、もう提督ったら…///」
久しぶりに提督と二人で昔話に花を咲かせる間宮。
彼の言葉に顔を赤くしていると、提督はポツリとつぶやいた。
「その、今はもう無理かもしれないけど… できることなら、これからも間宮さんにはここで食事を作ってほしいかな… なんて……」
目を泳がせ、気まずそうに頬を書く提督。
その言葉には、間宮も驚きを隠せなった。
「ふぇっ!? え、えと…! あの…その…… て、提督さえ良ければ… 私も……」
どぎまぎしながらも、提督へ自分の気持ちを伝えようとする間宮。
恐らく、今の自分はこれ以上ないほど真っ赤な顔になっているであろうが、そんなこと構わない。
どうにか話そうと間宮が口を開いたその時、
「…なーんてね! 流石に間宮さんにも仕事があるし、それに他所の鎮守府だって給糧艦である間宮さんを必要としているんだ。 俺の鎮守府が間宮さんを独り占めなんて、そんなことしたらダメだもんな」
突然提督が振り向き、冗談めかしたように言った。
唖然とする間宮。 そんな彼女に提督は話を続ける。
「実は、明日鳳翔さんが出撃から戻ってくる。 だから、間宮さんには今日まで代役を務めてくれたお礼を言っておきたかったんだ。 今までおいしい食事を作ってくれて、ありがとう…」
その話を聞いたとたん、間宮は言葉を失い呆然とした。
鳳翔は本来この食堂の管理を務める艦娘。 その彼女が戻るということは、もう提督の元にはいられなくなってしまうということ。
自分から会いに行くのはまず無理だし、提督から会いに来るとなってもそれがいつになるのかは分からない。
彼女の心はざわめいた。
そんなの絶対イヤッ! 私はこれからも提督の傍にいたいっ!
甘味処に戻った後、彼女はどうすればいいのかひたすら考えた。
給糧艦である自分が、一体どうすれば提督と一緒になれるか。
甘味処の仕事をこなし、仕事が終わった後も考え続け、そうして彼女はある方法を思いついた。
時刻は夜。 間宮は仕事を終え後片付けをしている伊良湖へ声をかける。
「買い出し、ですか…?」
「そう。 明日、鳳翔さんが任務を成功させて戻ってくるっていうの。 そのお祝いをしたいから、料理に使う材料を明日買ってきてほしいの」
「そういうことですか…。 分かりました、お任せください!」
いくらお祝いとはいえ、急な申し出に一瞬戸惑う伊良湖。 しかしほかならぬ間宮さんのためと、彼女はその申し出を引き受けた。
そして次の日。 朝の甘味処は伊良湖が買い出しに出ており、今は間宮のみ。
そんな甘味処へと、提督は一人足を運んできた。
「おはようございます、提督。 朝から呼び出してしまい、申し訳ありません」
「いや、俺は構わないよ。 それより、俺に用っていうのは?」
「実は、鳳翔さんが任務を成功させたということで、私も何かお祝いがしたいんです。 それで、今度そこで新しいデザートを振る舞おうと思い、その味見を提督にしてほしいんです」
そういう事ならば、と提督は快く間宮の頼みを引き受け、彼女はさっそく提督を店の中へと案内していった。
彼女が持ってきたデザートに提督は目を輝かせ、さっそく一口食べてみた。
デザートは一見何の変哲もないシャーベットのようだったが、一口食べるとほのかな甘みに柑橘系特有の酸っぱさが口の中に広がり、それがデザートの甘みをより際立たせていた。
「うん、これはおいしいよ! 流石間宮さんだ」
「ほんとですか!? 良かった、そう言っていただけて!」
「ほんとにおいしい。 …これ…なら、他の皆も…喜んで…く……れ………」
しばらく食べていると、急に言葉に呂律が回らなくなり、提督は意識を失いその場に突っ伏してしまった。
無言のままそれを見届けた間宮は、机の上で寝息を立てる提督の傍に来ると、そっと彼に囁きかけた。
「……すみません、提督。 以前、私は貴方にお代はいらないと言いましたが、やっぱり頂くことにします。 だから、うふふ…… 少しだけご協力をお願いします」
寝息を立てる提督を肩に担ぎ、店の奥へと連れていく間宮。 その時の彼女の瞳は、漆黒のように黒く染まっていた。
「う、ううん… ここ、は…?」
目を覚ました提督が周囲を見ると、そこは間宮が働いている甘味処の休憩室。
畳の上には布団が敷いてあり、自分がいま布団の上にいること。 そして、自分の傍らにいた間宮の存在に気づいた。
「あっ、間宮さん…? 俺は、一体……?」
突然の出来事に困惑を隠せない提督。 覚えていることと言えば、自分が彼女のデザートを試食していたこと。 それから先は意識が途絶え何も覚えていないのだ。
「提督は、私のデザートを試食中にうたた寝してしまったんですよ。 きっと、日ごろの疲れがたまっていたんですね」
「そうか… 確かに、最近は提督業務が忙しかったからな。 すまない、間宮さんにまで余計な世話をかけてしまって」
気恥ずかし気に謝る提督。 しかし、彼女は首を振って答えた。
「そこまで気に病まないでください。 私は迷惑だなんて思っていませんから」
「それに、もし気になるのでしたら、またここにいらしてください。 私、提督のためにごちそうを作ってお待ちしてます!」
「そんなっ!? 世話をかけたうえ、料理までごちそうになるなんて……! やっぱり、代役を務めてもらった分も含めて、ちゃんとお代を支払ってから……!」
「いいんです、私がそうしたくてさせてもらうのです! それに、お代の事なら心配いりません。 もうすでに頂いておりますから」
彼女の言葉に提督は思わずきょとんとなった。 なにせ、彼自身は間宮にお代を支払った覚えは全くない。 それなのに、なぜ彼女はこんなことを言うのか。
とはいえ、時刻を確認したらもうすぐ鳳翔が戻ってくる時間になる。 それに、自分のために料理を作りたいという間宮の気持ちを無碍にしたくない。
「……分かった、それじゃまた来るよ。 ありがとう、間宮さん」
そう言って提督はその場を後にし、間宮は提督の背中を見送りながら彼へと手を振っていた。
間宮は提督が去っていったのを確認し、笑みを浮かべた。
全ては計画通りにいった。
買い出しと称して伊良湖を店から追い出したことも。
提督に試食と言って睡眠薬入りのデザートを食べさせたことも。
そして、眠りこけた提督からお代を頂いたことも……
「提督、このたびはお代を支払っていただきありがとうございます」
「でも、あんなにたくさん出すなんて思いませんでした。 まあ、私も嬉しかったし、それに………き、気持ちよかったです…///」
「提督… 私、これからも大好きな料理を作って貴方をお待ちしております。 給糧艦としてではなく……」
「…貴方の妻として、ね……」
そう言って、間宮は自分のお腹を優しくさする。
黒くよどんだ瞳に愛しい人の子種が注ぎ込まれた体を見つめながら、彼女はにっこりと微笑んでいた。