喰らえこのやろう、とか思って書きました。
思い付かせてしまった奴(私)が悪い。
剣閃が眼に掛かっていた髪を少し、斬り飛ばしたのが見える。
オレンジ色の光が視界を埋め尽くし、そのまま頭を後ろへ逸らしながらガクンと身体を下へ落としつつ、脚は余裕を持って肉体そのものを後ろへと動かしていく。
相手が放つ眩く輝いた光が収まった頃合いを見計らって、右手に持った投擲用のピックを────別に相手に投げる訳でもなく。
ふわりと空中に投げて、体勢を元に戻し、普通に掴み直す。
そんな事をしている内に、相手の技の硬直時間が終わった。まぁ、寧ろ待っていた訳なんだけどね。
相手と私の距離は、大体二メートルもないぐらい。
元居た世界なら、あまりにも近すぎる距離に、両者ともに後退しつつ撃ち合うであろう距離。ああ、私は撃てないけど。撃てないっていうか、撃たないけど。
息をつく間もなく、片刃曲刀の攻撃が再開する。
いや、息をつく間もないのは、私じゃなくて奴の方かな。攻撃が当たらなくてイライラしてるだろうし。
とか考えていたら、また一閃が髪の毛をパラパラと落としてくれた。
別にこれぐらいの、傷でもない傷ぐらいなら、何もせずとも治る。
こちらでも、あちらでも。
まぁ、強いて言うなら『超回復』がこちらでも出来たらなー、とは思う。そこまでの大怪我なんて一度もしてないけど。
「とは言え、女子の髪の毛を、それもあっさりと斬るのはちょっとねぇ? どうよ?」
「ぎぎぎっ」
「ははは。まぁ、何回も斬らせてあげてる、みたいな感じだけどさ」
それは笑ってるのか? それとも怒りで歯を食いしばっている顔なのか?
私は妖怪だからと言って人外の言わんとする事を理解できるほど人間をやめてるつもりはないぞ? まぁ、私の言ってることも意味不明だけど。
なんてことを思いつつ、また飛んでくる鈍色の閃きをまた眼の前で避けきる。
ああ、また横髪斬られた。
いやまぁ、別に良いんだけど?
そうやって、少しずつダンジョンの奥へと誘いながら下がっていると、後ろから音が聴こえて来る。
どうやら動きすぎて別の人物が戦闘している地点まで動いてしまっていたらしい。
まぁ、ある意味久々でいつもの事。
深く呼吸する音。
目の前に居る奴と似たような咆哮。
ソードスキルが発生する音。
人間がそれに立ち向かう時に叫ぶ、強い声。
……おんやぁ?
「キリトじゃん」
「げっ、シナ!?」
「人の顔見てゲッとは酷いな。MPKしちゃうぞ?」
「洒落にならないんだよお前は!!」
「冗談冗談。ほいっと」
どうやら先程の掛け声でモンスターを倒していたらしく、剣先を下げて呼吸を整えている。
私が回避中にチラリと視線を合わせても、剣先が上がる様子はない。
その様子を見るに、私のお相手を倒す手伝いとかはしてくれないらしい。残念。
何はともあれ、折角の知り合いと逢ったんだし、鍛錬もここまでにしておくとしよう。
攻撃避けて、接近して、攻撃避けて、ピックを投げて、攻撃避けて、短剣を喉に突き刺して、ハイ終わり。
ガシャァンという、もう聴き慣れてしまった音を立てて、鍛錬の相手となってくれたトカゲ人間は跡形もなく、ポリゴンの欠片となって消えていってしまった。
「……相変わらず無茶な戦い方してるな」
「人間じゃないんで」
「ああ、《妖怪》でしたね、そーでした」
《ビーター》とか言われている君も、色んな意味で、中々だとは思うけどねぇ?
そう思いつつ、腰の後ろに短剣をしまう。
向かい合っている彼はちょうど、片手剣をいつものように後ろの鞘へと収める所だった。
ふと、悪戯心が湧いた。
「今なら《黒の剣士》を殺せそうだよね」
そう言うと、ピタリと彼の動きが止まった。
「────……シナは、そんな事しないだろ」
そう言って、途中で納刀の姿勢を止めていたのを、今度はちゃんと収めて、腕を下ろした。
んー……あんまり「信頼できても信用はできない」みたいな感覚で彼とは接していたつもりだったんだけど……向こうはどうにも違うらしい。
私からしてみれば、こんな『理解不能』な奴が言う事をそんな簡単に嘘だと判断しちゃって良いのかい坊や? という感じなのだけど……。
「……嘘付いてるとか思わないの?」
まぁ、こんな質問をしてしまった時点で私の負けのような気もする。
「嘘を言う時、シナは『嘘とすぐに分かる嘘』か『嘘と絶対に見破れない嘘』か、『そう言わざるを得ない嘘』しか言わない」
「……随分と見てるねぇ?」
「否定しないんだな……一層からの付き合いだ。それぐらい分かる」
「ふぅん……? ま、それもそうなんだけどさ」
第一層のクリア時に有名人になりつつあったキリトとは違って、私はある程度、元々有名にならざるを得ない、地というのがあったのは事実だ。
まぁ……ぶっちゃければ、完全にキャラを真似ていたアバターが、《手鏡》で正体を表してみれば、アバターが小さくなっただけだった、というオチなんだけど。
「どうせ今から街に帰るんでしょ? ご一緒して良い?」
「……何を言ってもついてくるつもりだろ」
「ご明察。逃げようったってそうは行かないよ?」
「敏捷力極上げのお前から逃げられない奴なんて居ないって……」
そう言いつつも、ジメジメとした迷宮の出口へと向かう真っ黒な彼の後を、私は袖を揺らしながら追うのだった。
それにしても、二年も経てば私のポーカーフェイスが見破られるのか。
それだけ感情模様を拾うナーヴギアなんたらが凄いのか、それともそれだけ彼と接しているから、なのか……いや、クラインは未だに緊張してるっぽいし、そんな事もないのか、な?
……まぁ、それだけこの少年が成長した、という事でもあるのかしら?
なんてことを考えながら、隣を歩く少年を顔をジッと横目で見ていると、あからさまに動きがおかしくなった。
見られてるのに気付いたんだろうなぁ、とも思いつつ、見るのはやめない。
やめるのは向こうが何か言ってきた時である。
「……」
「………………あの、なにか……?」
「んー? 別に」
「……見られていると、落ち着かないのですが……」
「だろうね」
「………………あのぅ……」
「いや、さ?」
童顔から更に情けない声が出てきた辺りで、声のトーンを一つ落として喋り出す。
シリアスな雰囲気を出してみれば、さっきから合わしてくれなかった視線が今、ようやくあった。
真面目な話だと思ってくれたらしく、少しばかし疑問気な顔をまっすぐにこちらへと向けてきてくれた。
大人しそうな顔、真っ黒な髪に穏やかで深い色合いの瞳。
髪の毛を少し伸ばして、私と髪型を合わせればお揃いになるのではないだろうか、という所まで考えて、用意していた言葉を音声にしてみる。
「二年経ってもキリトは変わらないね」
「……それは、どういう意味で?」
「んー、カワイイ顔してるくせに、格好良いのは卑怯だよなぁ、って話」
「……は……?」
「そういう所でフリーズしちゃうのも、まぁまぁ、美点というよりかは、利点というか」
「……えっ、ちょっ、えぇ?」
「構ってあげたくなる容姿なのに、決める所は決めてくるというか」
何度か視線を逸らしてはもう一度こちらを見て、ぶつかった視線をまた逸らしては頭をポリポリと掻いては、チラリとこちらを見て、また床の石畳の隅へと視線を逸らし……。
という事を八度ぐらい繰り返し、ようやく私がニヤニヤとしたあくどい顔を浮かべている事に気付いた彼は、盛大に溜息を吐いて肩の力を抜いた。
「……そういう冗談やめてくれよ……」
「意趣返し。えーと、『嘘と分かる嘘しか
「……」
ぐぅの音も出ないらしい。
遂にはこっちから見続けても、何の反応も返さなくなってしまった。
というかもう視界に入れないように視線を絶妙に逸らしている。無駄な所だけ力を入れよって。
まぁ、良いさ。
別に嘘はついてないし、考えていた事はそのまま喋っただけだし。
裏の意味は全然違うけどねー。
キリトが変わらない、二年前。
変わっていない、二年前の彼。
別に何も変わらない、いつもので、いつものでない、この世界が始まった瞬間。
思い付いたアイツ(私)が悪いんです!
だから書いてしまった私(アイツ)は悪くない!(