本編放っておいて書いてる辺り末期(今更感
彼に合わせて言うのならば、
私にとって、アインクラッド──あるいは、ソードアート・オンラインという名の世界──が、楽しいだけの《ゲーム》……《死なないだけのお遊び》であったのは、あの時までだった。
それから暫くの間、二人から色々とレクチャーを受けていた。
フレンド登録とやらをして、クラインが「名前【shiki】じゃないのかよ!?」とか言う事件もあったりしたけど……まぁ、それはどうでもいい。
ちなみに、私の名前は【sina】である。
午後五時を過ぎた辺りでクラインが、そろそろメシを食わねぇと、と言い出した。
何やらピザを注文していたらしい。キリトが準備万端だな。とか苦笑しながら言っていたが、そういえば私は転生する前にしかピザを食べたことがない。
そう考えると急にピザが食いたくなってきた。うむ、決めた。
れっつ、ぴっつぁ。
『彼』に無理やりにでも頼んで持ち帰ってこさせよう。て言うか一緒に食べよう。
そうと決まったなら、ログアウトして『彼』に連絡しなければ。いや、別にログアウトしなくても良いのかな? 能力使えば無理やり声を……いいや、めんどくさい。
「……オレも久々にピザでも食べるかな」
「ん、シナも落ちるのか?」
「そうする。別にオレはキリトみたいにガチでやろうとは思ってないしな。もう今日はログインしないと思うぜ。タイミングが合わなけりゃアバターすら作らなかっただろうし」
「いやぁ、作って正解だと思うぜ……それ」
そうクラインが言うと、キリトが同意するかのように少しだけ首肯していたのが見えた。
そして視線を合わせると眼を逸らすものだから……ウブっぽい反応でお姉さんは苛めたくなる。
まだしないけどさ。いや、する機会すら今後あるかも怪しいけどさ。
まぁ、何にせよ。
あまり人付き合いが得意でない私ではあった──特に前世のネトゲは酷かった──けれど、何とかフレンドなるものが出来た。
「でさ、オレそのあとで他のゲームで知り合いだった奴らと落ち合う予定なんだよな。どうだ、シナ、キリト。おめぇらとフレンド登録しねぇか? 色々と便利だろ?」
「え……うーん」
とは言え、そう簡単にフレンドを増やすつもりもない。フレンドに誘われたからズルズルとゲームを長続きさせてしまうという現象も、いつぞやのネトゲで体験してしまっているからね。
キリトが口篭っているのは、多分その友人達と仲良くできるだろうか、とかだろう。多分。
クラインが居なかったらこの青年は私に話しかけることすら出来なかったんじゃなかろうか、とすら少し思う。
「いや、もちろん無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな……で、シナさんは……?」
「オレもパス。次いつ入れるかも分からないしな。何より……お前、オレを自慢しようとか考えてないよな?」
「まっ、まさか!! んんんなわけないだろ!?」
「どう思うキリト?」
「
「キリト手前ェ!?」
慌てて青年を追ってぶん殴ろうとするクラインに、ひょいひょいと避けるキリト。
どちらも攻撃を当てる気がない、というのが端から見ても分かる辺り……まぁ、平和な世界だこと、とか思ってしまう。
幻想郷じゃあ軽い気持ちで殺してくる奴が居るし、現実世界じゃあ例え殴っても身内の中なら
相手の力量に合わせて、しかもそれでいて攻撃を当てないような、暴力。
そう考えると、随分と甘っちょろい世界、としか思えない。
まぁ、それが良いと今は思ってるんだけど、ね。
「おい、追い掛け回してると、そろそろピザも冷めちまうんじゃないか?」
「うおっ、そうだった!!」
少し裏返ったような声を出してぴょんと飛び上がる姿は、やっぱりアバターと合わない性格だというぐらいだけど……まぁ、それでいて人と人とを仲良くさせる性格なのは、間違いないんじゃなかろうか、とも思う。
「んじゃあまたな。キリト、おめぇのおかげですっげぇ助かったよ、この礼はちゃんと、精神的に返すからな! これからも宜しく頼むぜ」
「ああ、こっちこそ宜しくな。また訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」
「おう、頼りにしてるぜ」
突き出された右手と右手で握手をする青年二人を見ると、どうも青春を見てるような気分になって微笑ましく見てしまうのは……私の年齢故だろうなぁ……。
とか、のんびりそんな事を考えている内に、今度は私の方へと右手が伸びてきた。
「シナ、今度ログインした時は連絡してくれよな! 強くなったオレがちゃんと、レクチャーしてやるぜ!」
「ははは。まぁ、また今度、逢えたらな」
「オイ、俺のレクチャーが間違ってたような言い方はやめろよ」
「おう! 頼りにしてくれ!」
「聞いてねえし、さっきと言ってること正反対だし……」
キリトがなにか愚痴っているが、意思の疎通も取らずにほぼ同時に無視し、そして右手を離して一歩下がる。
クラインも一歩下がりながら、右手の人差指と中指を揃えて真下に振り下ろし、ゲームの《メインメニュー・ウインドウ》を呼び出した。
それに習って私もウインドウを呼び出し、何処かで聴いたような覚えがある鈴の音を鳴らして、ログアウトをしようと思った。
そして、クラインの「あれっ」という素っ頓狂な声を聞くと同時に、ログアウトボタンがないことに、気付いた。
「なんだこりゃ……ログアウトボタンがねぇ」
「……そんなわけないだろ、よく見てみろ」
「いや、ねぇよ。シナ、おめぇはどうだ?」
「……オレの所にもない。キリトも探してみろ」
「んなわけないって……」
そうして、岩に座っていたキリトもウインドウを操り、ログアウトボタンを探し始め────そしてやはり、彼の所にも、ログアウトボタンが無かったらしく、一切の動きを止めてしまった。
「……ねぇだろ?」
「うん、確かに、ない」
ああああ、オレ様のピッツァがぁーと喚いているクラインはどうでもいいとして、ログアウトボタンが完全にないという、ゲームとして致命的なバグを私達が見付けて、どうすることも出来ず、ただ時間だけが過ぎていく。
仕舞にはクラインが「戻れ!」だの「ログアウト!」だの叫びだして、とてもうるさい。
一応は涼やかな若侍顔なのだから、そんな芸人みたいな真似しなくても良いのに、と思う。
それにしても、ログアウト不可状態、か。
何処かで聞いたような話だな、と少しばかしニヒルな考えをしてしまう。
「おいおい、でも、オレ、一人暮らしだぜ。ナーヴギアを取る人が居ねえよ。ピザ屋ならともかく……おめぇらは?」
「……母親と、妹と三人」
「……一人暮らしの兄貴の、ナーヴギアを借りてやってる」
「シナ……」
そう言うと、クラインが何故か歯に何かが詰まったような顔で私を見てくる。
……何か、変なことでも言っただろうか。キリトやクラインが言うなら、といった感じで私も言ったのだけれど。
「ちゃんと許可は取ってるぞ?」
「いや、そうじゃなくてよう……」
「? ああ、設定に忠実だな、って事か?」
「いや……そうでもなくてな……まあ、いいさ」
やけに言葉を濁して、クラインは結局何も言わなかった。
そこで、無理やり話題を変えるように、キリトが右手を広げて、意味深に喋り出した。
「なんか……変だと思わないか?」
「そ、そりゃあ、変だろさ、バグってんだもんよ」
「そうじゃない。ただのバグどころじゃないんだ。《ログアウト不能》なんて今後のゲーム運営に大きくかかわる問題だよ」
キリトが言いたいのは、今、ログアウトが出来ない状況になったにもかかわらず、サーバーが停止したり、アナウンスが起こったりしない、この状況はあまりにも奇妙すぎやしないか、ということだった。
まぁ、言わんとする所は分からなくもない。
となると、ソードアート・オンラインを実際に獲得した『彼』には何かしらの連絡が届き始めている頃合いなのではないだろうか?
仮想世界から現実世界へメール等も送れない今、内から外へ『取ってくれ』というメッセージすら送れない彼らは、少しずつ今の状況に恐怖を感じつつあるんだろう。
残念ながら、その恐怖が向かう先が私じゃないから、妖怪として回復は出来ないんだけどね……まぁ、そんなモノを仮想世界に持ち込んでどうなんだ、って話にもなるんだけど。
と、まぁ、能力を使えば外部に連絡を取ることも、自力でナーヴギアを外したり破壊できたりも出来る私が、彼らの緊張感には、あまり付き合えないでいた。
時刻は五時半を過ぎ、夕日が辺りを黄金色に輝かさせている。
幻想郷で見れなくもない景色で──まぁ、比べれば圧倒的に現実の方が良いのだけど──それでも綺麗なものは綺麗なもので、キリトと同じように少しの間、眺めてしまった。
そして、この世界は永久に、その世界に合っていた筈の有りようを、変えてしまった。
私に言わせるならば、
『ソードアート・オンライン』は、ゲームで無くなってしまった。