隣の席のチャンピオン 作:晴貴
突然だが俺は高校生だ。要するに“学生の本分”というものが求められる立場にある。
じゃあその本分が何かといえば大抵は勉強のことを指して使われていることが多いだろう。だが俺はそれだけが学生の本分だとは思わない。
勉強も部活も学校行事も放課後にどっかで道草食うのもファミレスのドリンクバーだけで意味もなく長時間ダベるのもテンションとノリだけで意味不明な行動を起こすのも全部ひっくるめて学生の本分だ。言い換えるならば「青春しろ」ということである。
「だから俺は自分で立候補したんだよ」
「えー、意味分かんない」
分かれよ。今説明したんじゃん。
しかしその甲斐も空しく大星は理解を示さない。そんなにおかしいか?文化祭の実行委員に自分から立候補するのって。文化祭頑張るのとか青春っぽいじゃん。
まあ大星の言動を見る限りコイツはやりたくないのに貧乏くじを引かされた感じだもんなぁ。
白糸台高校は毎年、夏休みに入る直前に文化祭を行う。白糸台高校盛夏祭、通称“白糸祭”。白糸台の生徒はこの白糸祭を終えてから夏休みに突入するのである。
白糸祭は七月の本番のために五月下旬の中間テスト明けから下準備を開始する辺り気合が入っている感じだが、予算はあまりないのでその分時間と苦労を掛けて企画を仕上げろという学校側の意思表示だ。
各実行委員は
根気とやる気が求められる仕事なのだ。
俺の隣では大星が「めんどくさいなー」とぼやきながら机に突っ伏している。お前委員長の話聞く気ないだろ。本格的に仕事が始まってから狼狽えても知らんからな。
まあ今日は顔合わせの意味合いが大きいからそんなに影響ないとは思うけど。
結局大星は最後までだらけていた。他の委員から厳しい視線を飛ばされても気付かずに終始だらけていたのは逆にすごい。ダメな意味で。
「あー、やっと終わったー」
教室を出た大星があくびをしながらぐぐーっと背伸びをする。
そんな疲れるようなもんでもなかったけどな。
つーかどちらかというとお前の隣にいた俺の方が気疲れしてるからね。あんまり舐めた態度だと風当り強くなるから気を付けろよ。
なんて注意しても素直には聞かなそうだけど。鹿島先生が部内でも宮永以外を見下す傾向にあるって言ってたが、あれってもしかして麻雀に限ったことじゃないのか?興味のないものに関してもそういうところがあるのかもしれん。
宮永に懐いてるのは麻雀が自分より強いからとかだろうし、それ以外やそもそも興味がない分野に対しては関係ないとかどうでもいいとか思ってそうだ。委員会に関しても「なんで私がこんなことを」オーラが滲み出ていた。
わがままというか子どもがそのまま大きくなったみたいな奴だよなぁ。コイツこのまま大人になったらどうなるのかすごく心配。
口下手無表情の宮永とはまた違うベクトルの心配だ。
「はぁ、学食寄ってちょっと休んでいくか……」
「え、いいの!?」
ポツリとこぼした一言に大星が反応した。なんで俺が
ちょこちょこと後ろをついてきたから奢ってやったけど。そこで飲み物じゃなくてパフェを頼むところがこの上なく図々しい。
「俺にも一口食わせろ」
「やだ」
「即答かよ」
お前目の前で奢ってやった先輩が缶ジュース飲んでるのに思うところはないの?……ないか。
二人掛けの席に座った俺は、缶ジュースをちびちびと飲みながら美味しそうにパフェを頬張る向かいの大星を眺める。こうしてると可愛いだけの後輩なんだけどなぁ。
自信過剰というか傲岸不遜な面があるというか。ああ、生意気ってのが一番しっくりくるか。
「なあ」
「なに?」
スプーンをくわえたまま首をこてん、と傾ける大星。すごくアホっぽい。
「大星って麻雀以外に好きなものってあるのか?」
「麻雀以外?」
「そうそう。趣味とかでもいいけど」
「んー、アクセとかブランド?」
そう言って大星がカバンから取り出したブレスレットを左の手首に付ける。その名に相応しく星の装飾が散りばめられた女子らしいアクセサリーだ。
「そういうのつけてるとこ初めて見たな」
「だって学校では禁止だし」
「俺の耳を見てから言えや」
そこにはしっかりとピアスが二つほどご健在である。
派手ってことはないがパッと見でもすぐ分かる程度には目につくはずだ。
「そういえばなんで太陽先輩はピアスしてて怒られないの?」
「そんな校則ないからな。アクセとか髪染めるのが禁止かどうかは部活によってだぞ。麻雀部はかなり厳しいからダメなことに変わりはないけど」
俺みたいな帰宅部でってのは珍しいかもしれないが、軽音部やダンス部の連中にはピアスくらいしてる奴は普通にいる。どんだけ周りの人間に興味がないんだよ。
でも麻雀部って一応厳しいくせに大星や亦野の髪についてはなんも言ってないっぽいよな。まさか地毛なのか?
大星は金髪だからそういう血筋って線もあるけど、亦野はあれブリーチ確定だろ。超薄いミントグリーンみたいな色しやがって。まあ監督からして割と鮮やかな赤だから突っ込むのも野暮な話か。規律が厳しいとは一体……。
「なにそれずっこい!」
「ずっこくねーし。というか顔を拭け」
頬にクリームついてっから。
そう指摘してやると大星はポケットやカバンの中を漁ってから、気まずそうに答えた。
「ティッシュもハンカチもない……」
「はぁ……」
思わずでかいため息が出る。
女子の身だしなみとしてそれはどうなんだ。
「違うよ?本当はいつも持ってるんだよ?今日はたまたまどっちも忘れちゃっただけだから」
「はいはい、そうですね」
「本当だってば!」
「分かったっつーの」
「むぐぅ……」
身を乗り出してきた大星の顔に、俺は自分のハンカチを押し当てる。今日のはまだ未使用だから安心せい。
しかしそんな気遣いなど大星には不要だったようで、俺の手からハンカチを奪って口元を拭うと、いきなり別の方向に話が飛んだ。
「ぷはぁ!そーいえばさ」
「なんだ?」
「先輩の財布、もしかしてアレイア?」
「……よく知ってるな」
特に有名というわけでもないブランドを言い当てられた。
ポルトガル語で“砂”を意味するアレイアの名を冠している通り洗練されていない、武骨な印象を受けるデザインが多いブランドだ。値段もお手頃なので高校生の身分にはありがたい。
そんな男物をメインに扱っているブランドを一目で見抜いたのも驚きだが、会計の時にチェックを済ませている辺りがこれまた目ざとい。
あれか、持ち物から男のランクを評価していく特有のシステムが発動したのか。
「アレイアは腕時計に限るとシンプルなデザインが多いんだよ。その割にはカラーバリエーションがあって好きなんだー。女の子向けはほとんどないけどファッションによっては合わせるのも全然オッケーって感じ」
「へー。マジで詳しいのな」
「えっへん!」
アレイアの腕時計ってちゃんと見たことないな。いつも行く店では腕時計のスペース小さいせいもあるけど。
しかしコイツもしかして意外とおしゃれ志向なのか?ブランド名やその特徴がスラスラ出てくるところをみるとにわかではなさそうだ。
「ちなみにそのブレスレットはどこのだ?」
「あ、聞く?聞いちゃう?」
「なんか急に聞きたくなくなった」
「これはね、最近見つけたハンドメイド雑貨のなんだ!この前桜通りのちょっと裏手にあるリフェールってお店をたまたま見つけてね――」
俺の意見なんて全く聞こえていないように大星がベラベラと語り出す。相当お気に入りらしかった。
その後三十分にわたりリフェール雑貨の可愛らしさや完全ハンドメイド故の品質の高さについて力説されたが、その最中に部活にこない大星を探しにきた捜索隊によって話の途中で連行されていった。
正直助かった。女の子向けの雑貨に興味とかないしな。
とはいえそれなりに意義のある時間でもあったか。
麻雀部へ連れていかれる大星を見送りながら、たまにはこんな放課後も悪くないかと思ったりした。