隣の席のチャンピオン 作:晴貴
「……ってなわけで頼むよ。このとーり!」
「はあ……分かったわよ」
頼み込む俺の姿に押し負けてか、同級生――中塚が呆れた様子で折れた。
ありがたいが、しかしその目はなぜか冷たい。宮永が男にラブレターをもらったと勘違いした時の弘世を思い出す。
「でもそこまでする必要あるの?見汐は関係ないと思うけど」
「関係なくはないだろ。仲間仲間」
「ふぅん」
どうも納得はしてないみたいだけどやってくれるならそれでいい。そうすれば大丈夫だろ。
きっと、多分。
「まあダメだったらその時はその時だな」
「お節介なんだか無責任なんだか……」
中塚の呆れ具合がパワーアップしていく。
これはお小言をちょうだいする前に逃げるに限るな。
「んじゃそういうことでよろしく!」
返事は聞かずに足早にその場を去った。
昼休みなのでそのまま学食へ向かうが、一番混み合う時間と重なったようで券売機の前に長蛇の列ができていた。これに並んで買うと食う時間がほとんどなくなるなー。
しかたないので学食に併設されている購買でいくつかの惣菜パンとコーヒー牛乳を見繕った。教室に戻り自分の席に座ると、宮永がちょうど弁当を食べ終えたところだった。
「我、帰還セリ」
「お帰りなさい。学食に行ったんじゃ?」
若干片言の挨拶をサラッと受け流した宮永は、俺の手の中にある惣菜パンを見て疑問に思ったらしい。
まあ学食に行った奴がメロンパンやらハムチーズサンドを抱えて帰ってきたら不思議に感じるか。俺は別に大食いキャラで通ってるわけでもないし。
「ちょっと野暮用がな。それが終わったら食堂めちゃ混みだったから諦めたんだよ」
「……野暮用って淡のところ?」
「いや、違うけど。なんで大星?」
「昨日、淡が部活に遅れたのは見汐君と話してたからって聞いて」
「言っとくが俺は悪くないぜ?アイツにパフェを奢らされただけだからな」
四百円は普通に痛い出費だった。進路決まったらバイトしよ。
「ごめんなさい」
「いや、宮永が謝ることじゃないだろ」
「淡は部活の後輩だから」
「んなこと言ったら単に俺の後輩ってだけの話だけどな。ハムチーやるから元気出せよ」
「いらないし、私は元気」
そうかい。
だが宮永は変なところで真面目だから予想してないところで落ち込むこともある。要注意だ。
鹿島先生もその辺察せるようになんねぇかなぁ。
「それに、私もパフェの方が食べたい」
「まさかのリクエストだな……」
「冗談」
ですよねー。まあそんなこと言えるくらいに元気だということは分かった。
多少落ち込んでるように見えたのは勘違いかもしれん。俺も宮永マスターとしてはまだまだだな。
しかし思い返せば会話のキャッチボールすらままならなかった初期宮永(二年春当時)から考えれば大きな成長を遂げたもんだぜ。あ、目頭が熱く……。
という小芝居は置いておくにしても、よく白夏の世話をしにきてくれるしこの前も昼飯作ってもらったりして宮永には感謝することがかなり多い。パフェ一つで返せる恩でもないけど、大星相手より気持ちよく奢れるのは間違いないな。
「でも最近の見汐君は学食とか購買が多い気がする」
宮永がポツリとそうこぼした。
よく見てんな。その通りだ。
ここのところ母親の仕事が忙しいせいで朝早くから四人分の弁当を作る余裕がなくなった。なので今はもっぱら学食か購買で済ませている。
「ほら、うちって母さんしか料理しないだろ?」
「もしかして千加子さんに何かあったの?」
「心配すんなよ。仕事が忙しいだけだ」
といってもあと一ヵ月は今の状況が続きそうなのは懸念事項なんだけど。
帰りも遅くなる日が続くので夕飯は俺と沙奈が慣れない料理に四苦八苦しながら用意している。まあ半分くらいインスタントか出前に頼ってるのが実情だが。
昨日もレンジでチンしたご飯とレトルトカレーという到底料理とは言い難い夕飯で済ませたし。でも一応サラダもあったから栄養バランス的にはそこまで悪いもんでもないだろ、うん。
「……」
「宮永?どうした?」
なんか急に無言になられると少し怖いんだよ。
「なんでもない。じゃあ明日もお昼は学食?」
「まあそうなるかね」
「そう」
それで宮永との会話は終了した。時計を見れば時間もないのでパンをコーヒー牛乳で流し込んで五分もかけずに昼飯を食い終わった。
よく噛まないと体に良くない、とでも言いたげな宮永の視線はスルーした。この前の寝起きカップラーメンの件と言いコイツ時々母親みたいなこと言うからな。結構健康志向なやつである。
ここはいっそ白米にたくあんだけという質素を通り越した極貧の弁当を見せつけて多少不健康な食生活くらいは容認させるべきかもしれない。
……いや、別に宮永が常に俺の食卓に介入してくるわけじゃないから要らん心配かそれは。っていうかそんな弁当俺が耐えられないから。
せめてお茶漬けの素とお湯は装備させてくれよ。
そんなどうでもいいことを考えながら残りの授業を乗り越えた俺を待ち受けていたのは気合満点の妹だった。
「明日のお弁当はあたしが作る!」
「任せた」
帰宅した俺になぜかやる気全開でそう宣言する沙奈。玄関で待ち構えてるくらいやる気MAXなら夕飯も作ってくれや、と思わなくもないがせっかく料理に目覚めたのならそれに水を差すこともないか。
結局夕飯は俺お手製ざく切りキャベツと豚バラ肉が入った焼きそばになった。もちろん麺と味付けはパックのものだ。
で、翌朝。
あれだけやる気に満ちていた沙奈は起きてきた俺の顔を見るなり満面の笑みでこう言った。
「お弁当作るの忘れちゃった!」
「せめて悪びれろや」
いっそ清々しいほどの笑顔だった。
せめてもの腹いせに沙奈の両頬をビヨンビヨンと引っ張ってから家を出る。何がしたかったんだアイツ……。
朝から脱力させられちまったぜ。
「おはよう」
「おー……」
教室についた俺はなんとなくぐったりしながら宮永にだらけた挨拶を返す。
別に弁当がないならないでいいんだけど、あると思ってたものがないと凹むこの症状に名前はあるのか?まあどっちでもいいかー。
今日はぐだーっとしよう。俺はナマケモノの化身となるのだぁ。ぐだー。
そんな省エネモードに移行した俺の肩をつつく者がいた。
「見汐君」
「んー?」
机に突っ伏したまま首の向きだけ変えて宮永の方を向く。
眼前に差し出されたのは猫のマークが描かれた包みにくるまれた何かだった。
「これは?」
「お弁当」
「誰の?」
「見汐君の」
「……誰が作ってきたんだ?」
「私」
「……」
「……いらない?」
おい宮永、ホームルーム前の教室の空気が凍ったぞ。お前すごいタイミングでぶっこんでくるな。
これが高校王者たる所以か……。
なんて軽く現実逃避していると徐々に宮永の表情が不安そうというか悲し気なものに変わっていく。無表情だけど(矛盾)。
あとついでにクラスの連中の視線も痛い。お前ら関係ねーから明後日の方でも向いててくださいお願いします。いくらなんでもガン見し過ぎだからね。
こんな状況で要らないとは言えん。というか元より拒否る気ゼロだし、非常にありがたいんだけどさ。
せめてこう、渡す時は人目につかないようにそれとなくするわけにはいかなかったかなぁ。これ後でまた噂話として面白おかしく広まるぞ絶対。
賭けてもいい。負けたら衆人環視の中で宮永にあーんしてやるわ。
……何その自らネタを提供していくスタイル。ドMじゃねーか。
さすがの俺も動揺しておるわ。
「サンキュー。ありがたく食わせてもらう」
「うん」
内心の気恥ずかしさをなんとか誤魔化して宮永の手作りだという弁当を受け取る。
だが宮永よ、最後に俺じゃなくても分かるくらいしっかり微笑むのは卑怯じゃねぇ?