隣の席のチャンピオン 作:晴貴
急遽淡のために開かれることとなった勉強会。その開催場所となったのは図書館やファミレスではなく、照の自宅だった。照は母親との二人暮らしで日中は照一人だけになる。周囲からの目を気にする必要もなく、静かで集中するには確かにちょうどいい環境と言えた。
まあそれはいいのだが。
「うぇ~……作者の気持ちなんてわからないよ~」
机に突っ伏して今にも頭から湯気を吹き出しそうな淡を見てため息を吐く。淡の学力は想定を上回る……いや、この場合は下回ると言った方が正しいのか。それくらいにはひどいものだった。
今日からテスト勉強期間ということで部活が休みになったとはいえ、残り十日ほどしかない猶予で淡に赤点を全て回避させるのは難しいと言わざるを得ない。科目を絞って、始めからいくつか捨てるということも視野に入れるべきだろうか?
「この手の問題は大抵設問部分より前に答えが書いてある。ここをもう一度読み返してみて」
先ほどから照が優しく諭すように教えているが進捗状況はよろしくない。別に淡の飲み込みが遅いわけではないが、やらなければいけないことが多すぎてどうしても詰め込み過多になってしまっている。
ここ数日は私と照がつきっきりで文系と暗記系の科目を教えているが、このペースでは如何ともし難い。
というか、だ。
「なあ照。見汐はどうしたんだ?」
この勉強会が開始されてから今日で五日目。見汐は初日に顔を出したのみでここ三日は姿を見せていない。今日も含めれば四日間不参加である。
学校には登校しているが何やら忙しそうに走り回っているのは目にしている。
「見汐君はやることがあるって。今日か明日には行けると思うからそれまでは私達で何とかしてほしいと言われた」
やることってなんだ?いやまあ普通に考えれば自分のテスト勉強だが。
アイツだって受験生だし自分の勉強を優先させるのは仕方のないこととも言える。本来なら麻雀部とは関係ないのにこちらが巻き込んでしまったのだ。それでも今日明日から手伝ってくれるのだから文句など言えはしない。
そんなことを考えているとピンポーン、という音が室内に響いた。噂をすれば、というやつか。
「見汐か?」
「たぶん」
照が玄関まで迎えに行く。来客者はやはり見汐だった。
「おー、やってるな」
リビングに入ってくるや否やぐったりしている淡を見て笑うが、こちらからすれば笑い事ではない。
「どうよ?大星の具合は」
「圧倒的に時間が足りん。いくつか科目を捨てる必要があるかもしれない」
「捨てるとしたら物理と古典、日本史、情報だな。まあそれはマジで最悪の場合だけど」
「どうしてその四科目なの?」
「予選の日程と被ってない補習日に再テストやる科目だからだよ。極論を言うとその四つは0点でもいいから
そう言いながら見汐が一枚の紙切れをテーブルの上に置く。それは補習の日程表だった。
しかしこんなものは普通教師間でしか出回らないものじゃないのか?
「どこでこんなものを……」
「職員室に忍び込んでちょちょいと」
「何!?」
「冗談だよ。まあどっかの部活の監督に恩を売っておいたおかげだな」
か、監督……。
というかこれもアウトかセーフかで言えばアウトだと思うのだが。
「ねえねえ!もしかして日本史やらなくてもいいの!?」
「喜んでんじゃねーよ。最悪の場合はって言ってんだろ」
見汐が丸めた紙の束で淡の頭をぽこんと叩いた。
最悪、ということは基本的に全科目の赤点回避を念頭にしていく、ということだろう。だがどう考えても時間が足りない。
「……言いたくはないけど全科目の勉強をしていたら間に合わないと思う」
「だろうな。初日の惨状で俺もそう思った」
どうやら教師役である私達三人とも同じ見解だったらしい。
「だから教える部分を絞り込む。とりあえず大星はこれを解け」
見汐が淡に手渡したのは先ほどの紙束。覗き込めばそれは問題集のコピーのようだった。
「これは?」
「今回大星が受けるテストを作る先生が去年以前に同じ時期のテストに出した問題」
「「「え?」」」
私と照、そして淡の声まで重なった。
言われた意味を理解するのに少々の時間がかかる。そしてそれをなんとか飲み込めば今度は疑問が湧いてきた。
「だからどこからこんなものを手に入れてきたんだ……」
「先輩とか、先輩の先輩とか、そのまたさらに先輩とか。皆高校時代のテストとか結構持ってるもんで助かったわ。あとは新任の先生もいたからそっちは中学の同級生とか友達の
あっけらかんとそう言う見汐だが、これだけのものをかき集めるのは相当な時間と労力が必要だったはずだ。
大体なんでそんなに人脈が広いんだコイツは?確かに誰とでもすぐに打ち解ける性格なのは知っているが、それにしたって他の高校の過去のテストを入手するなんて容易じゃないだろう。
「やることがあるって言ってたのはこれのこと?」
「まあな。思ったより早く終わって助かったわ」
いやー、疲れた、などと言いながら屈託なく笑う見汐。それは疲れもするだろう。収集から比較、そして重要度の高い問題をピックアップするという作業をたったの数日でこなしたのだから。
そしてそんな見汐を見つめる照の顔が、何というか……。
(完全に恋する乙女のそれじゃないか?)
まあ自分のお願いに対してここまでやってくれたのだから感じるところも当然あるだろう。しかしどうしてこれで恋心を自覚できないのか甚だ疑問だ。
私としては照が見汐に惚れているのはもはや確定事項だと思っているのだがな。
「……見汐君、ありがとう」
「いいっての。宮永には世話になってるからな」
見汐がクシャクシャと、照の頭を少し無造作に撫で回す。物凄く自然な動作だった。
まさか人目のない時はいつもこんな感じでコミュニケーションを取っているのか?
そう思ったが、頭を撫でられて俯いた照の顔には赤みが差していた。別に慣れているというわけではなさそうだ。
問題なのはそんな照の様子に気付いていない見汐だが。
「この朴念仁め」
「いきなり俺を罵倒するのは何なの?お前の癖なの?」
「ああ、このままでは癖になりかねない」
「なんでだよ……」
見汐が悪いからに決まっているだろう。お前の真横で顔を真っ赤に染めている照が目に入らないのか?もしそうなら眼科にでも行ってこい。
まあ照も照でいい加減自分の気持ちに気付けとは思うが。これだけイチャイチャしておいて付き合っていないどころか好きかどうかも分からないというのはおかしいだろう。
そして淡、こんな空気の中で居眠りするんじゃない。見汐と照が桃色空間を形成しだしたが、元はお前の赤点を回避させるために集まっているんだからな?
(ああもう、本当に頭が痛い……)
ド天然同士のバカップルと自由すぎるアホの子に板挟みにされて、私は今日何度目になるか分からないため息を吐き出すのだった。