隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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15話 side見汐太陽

 

 

 物言いたげな視線が弘世から飛んでくるが、それをつつくと藪蛇になりそうだという危険を察知して華麗にスルー。宮永が出してくれたお茶のグラスに浮かんでいた氷を一つつまんで、眠っている大星の背中にそれを放り込む。

 テーブルに伏せて寝息をたてていた大星は、一瞬の間を置いてから飛び起きた。

 

「つめた、冷たい!ナニコレ!?」

 

「氷」

 

 グラスに注がれたお茶をすすりながら答えを教える。

 しかし大星はそんなもの聞いてなかった。制服の裾をつまんでバタバタと仰ぐようにして、背中の氷を外に掃き出すことに必死である。

 コロン、と氷が大星のスカートの中から転がり落ちてきた。息も絶え絶えになった大星だが、満場一致で居眠りしたコイツが悪い。

 

「よお大星、目は覚めたか?」

 

「もっと優しく起こしてくれても良くない……?」

 

「今のお前に与える優しさなんてねぇよ」

 

 むしろこうして面倒を見てやってること自体が俺からの優しさである。つまりこの厳しさこそ俺の優しさと言っていいだろう。

 さあ、俺の優しさとか愛とか慈悲とか、そんな感じのものを受け取るがいい。

 

 それからの数日間は苛烈を極めた。主に大星が。

 なにせ俺がここまで準備を整えて、宮永や弘世にも世話を焼かれてんだからこれで赤点回避できなきゃ嘘である。自分で言うのもあれだけど、三年生三人組は一応成績優秀者だ。テストの順位で言えば全員学年で30位以内には入る。弘世とかたまに一桁の順位を取ることもあるくらいだ。

 というわけで教える側としてもそれなりにプライドがあるんだよ。テメーこれで赤点取ったらマジで許さねぇからな、ってなもんである。

 

 こうして期末テスト直前まで宮永(アメ)(ムチ)で調教され、終始涙目になりながら大星のテスト勉強はそれなりの成果を出しながら進んでいった。

 ちなみに弘世は大星に教えるのと同時進行で自分のテスト勉強してた俺と宮永の方も見てくれた。ありがとう、菫姐さん。

 そう感謝したら「先に私の名前を呼ぶとは何事だ」っつって蹴られたけど。ふくらはぎにローキック叩き込むのはやめてほしい。

 あとあーだこーだ言いながら大星に勉強を教える俺と宮永を見ながら「子どもの教育方針で意見がぶつかる夫婦みたいだな」とかぼそっと言うのもやめてくれ。心臓に悪いから。

 

 そんなこんなありながら、ついにテスト前日。今日も宮永家のリビングを間借りして行っていた大星強化週間もようやく終わりの時を迎えた。

 主役を務めてきた大星が歓喜の声を上げる。

 

「終わったーーー!もうむりぃ~……」

 

 と思ったら萎んだようにテーブルへ沈んだ。

 まあ相当詰め込んだからな。分かったのは大星ってバカだけど勉強できないわけじゃないってことか。勉強してこなかったからバカなんだけど、しっかり教えてやればそれなり以上に学習するのは早かった。

 これに懲りたら日頃の授業くらいは真面目に受けろ、と言いたい。ここんところ弱音と泣き言を吐きながら頑張ってたから今日は見逃すけど。

 

「お疲れさん」

 

 労いの言葉をかける俺。

 

「がんばったね」

 

 そう言って大星の頭を撫でる宮永。

 

「よくやりきったな、淡」

 

 そして中々聞けない弘世の柔らかい声。弘世も大星の努力に感心していたのを俺は知っている。

 この間も学校の昼休みに三人で弁当を囲みながらその日の放課後、大星の教育プランを立てていた時、遠い目をしながら「アイツがここまで勉強を頑張るとはな……」なんてしみじみ呟いてたからな。

 もう目とか声が完全に親のそれだったね。弘世いくつなんだよ。精神が完全におかんレベル。

 

「うわーん!みんなありがとー!」

 

 優しくされたのが嬉しかったのか、今度は感極まった様子で大星が抱きついてきた。俺達三人まとめてなぎ倒す勢いで。

 っていうかお前、幼児退行してない?あ、大星っていつもこんなもんか。しかし今さらだけどちょくちょく敬語抜けるよなコイツ。

 ちなみに三年生トリオはあえなく後輩一人に押し倒された。左から順に弘世、宮永、俺の順である。大星は宮永に覆いかぶさりながら両手で俺と弘世を巻き込んだ。

 いやまあ俺は抵抗できたけど、ここはノリで倒されておくべきかなって。なんか空気読めないみたいになるし。床はフローリングだから地味に痛ぇけども。

 

 大星は宮永の胸に顔をうずめて「ふえーん」なんて泣いてんだかなんだかよく分からん声を漏らしている。それを見る俺達の心境は、一言で表すと「やれやれ」という感じだった。思わず苦笑を浮かべるくらいにな。

 おバカだが、憎めない後輩である。愛されキャラってやつか。なんて考えていたら、やっとこさ顔を上げた大星が何かに気付いたように「あっ」という声を漏らした。

 

「どうした?」

 

 一応聞いておく。大星から帰ってきた答えは

 

「菫先輩、今日はサックスなんだ。可愛いね!」

 

 というものだった。

 サックス?楽器の?なんでサックスが可愛いんだ?

 そもそも弘世がサックスってどういうことだよ。意味が分からん。

 疑問符しか浮かばない俺に対し、なぜかその場の空気は凍っていた。さっきまでの日常系四コマ漫画みたいなほんわかした空気どこ行ったんだよ。

 つーか弘世めっちゃ怒ってない?無言で起き上がった弘世の雰囲気が日常系四コマ漫画の住人からバトル系少年漫画のキャラに変貌してるんだけど。ゴゴゴゴゴ、みたいな効果文字が背後に見える。

 

「淡、覚悟は良いな?」

 

「え?」

 

「普段なら見逃してやった。今この場に見汐がいなければな」

 

「……あ」

 

「え、俺?」

 

 急にこっちへ飛び火してきたんだけど。リアクションの正解が分からない。

 

「ほ、ほら!太陽先輩なんのことか分かってないよ!だから大丈夫……」

 

「それとこれとは話が別だ」

 

「た、助けてー!」

 

「……ドナドナドーナードーナー」

 

 首根っこを掴まれて引きずられていく大星を見送りながら例の歌を口ずさむ。

 どうやら大星は弘世に折檻されるらしい。その衝撃で教え込んだ知識が吹き飛ばないことを祈るばかりである。

 二人が廊下に出ていき、リビングに残されたのは俺と宮永だけになった。

 

「あれは一体なんなんだ?」

 

「気にしない方がいい」

 

「そーか」

 

 まあ宮永がそういうなら気にしない方向でいこう。そしてこの会話を行っている俺と宮永は未だに寝転がったままである。

 

「見汐君」

 

「ん?」

 

 だから、名前を呼ばれて顔をそっちに向けると、宮永とばっちり目が合った。

 そして思いの外、お互いの顔の距離が近いことに気が付く。具体的に言うと宮永のまつ毛の長さがよく分かるくらい近い。触れ合ってはいないが、相手の息遣いや体温が肌で感じられるような距離である。

 さすがにはずい。が、宮永にしっかりと見つめられて視線を逸らすこともはばかられる。何だこの状況。

 

「ありがとう」

 

「……ああ、大星のことか」

 

 一瞬、なんのお礼なのか理解できなかった。恐らく大星に勉強を教える手伝いをしてくれてありがとうって意味だろう。

 

「気にすんなよ。宮永にはいつも世話になってるからな。せめてもの恩返し的なあれだ」

 

「うん。それでも、ありがとう」

 

 ふいに、右手が温かくなる。感触からすると宮永の左手が触れているっぽい。握るとまでは行かない、遠慮がちな感じだけど。

 それを理解して俺の心拍数が一気に上がった。

 

「……」

 

 どうしたらいいのか分からず、言葉に詰まったまま無言の時間が続く。仕掛けてきたはずの宮永も俺と同じような状態に陥っていた。距離が近いから顔が赤く染まっているのが丸分かりである。

 お前自分からやっておいてそれはなくね?え、それともこういう時は男が動かなきゃダメなわけ?甲斐性的なあれで。

 つか、ここで甲斐性を見せるって、つまりそういうこと?

 

 物は試しに俺の方から宮永の手を握ってみる。ちょっとビクッとしたあと、宮永の方からきゅっと握り返してきた。俺の熱か宮永の熱か、とにかく繋がれた手のひらが熱い。

 これ、ラブorライク?どっち?

 自慢じゃないけど俺は年齢=彼女なしだ。恋愛に疎すぎて宮永の反応を判断できない。

 

 ただ、繋いだこの手を、離したくな――

 

「まったく、これに懲りたらもう二度と……」

 

「ごめんね、すみ……」

 

 ガチャリと扉が開いて弘世と大星が戻って来た。そして時間が止まったように硬直した。

 状況を整理しよう。俺と宮永は手を繋いだままかなりの至近距離で互いの顔を見つめ合っている。果たしてそれを目撃した二人にはどう見える?考えたくないし、むしろ考える必要もなかった。

 このあと、四人の間で一悶着があったのは言うまでもない。

 




久々の更新です。
仕事の方の進捗が悪くてこっちにあまり時間を割けないのが最近のお悩み。

ちなみにサックスは楽器じゃなくて色です。
サックスブルー。
一体菫の何がサックスブルーなんだ……。

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