隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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16話 side見汐太陽

 

 

 期末テストも終わり、未だ梅雨明け宣言とはいかずとも気温が右肩上がりで高くなり始めた七月の初旬。

 文化祭実行委員としての活動がいよいよ本格的になってきた俺は、そんな役職とは全く関係のない、もはや通い慣れてしまった麻雀部の監督室に来ていた。なぜなら今日もまた鹿島先生に呼び出しを食らったからである。

 おかしい、最近はマジでなんかやった覚えはないんだが。そんな疑問を抱えて俺は対面のソファーに座る鹿島先生へと尋ねた。

 

「それで今日はどんな用件ですか?」

 

「見汐、期末テストの成績が出たのは知っているな?」

 

「そりゃまあ通知もらいましたし」

 

 期末テストの科目の合計点と順位が記載された通知表なら昨日配布されたので当然知っている。

 俺の順位は過去最高の十九位だった。大星に勉強を教えつつ宮永や弘世と一緒に勉強したおかげだろう。ちなみに宮永から「席だけじゃなく順位も隣」というセリフと共に見せられた順位は十八位。六点差の惜敗だった。

 弘世?学年七位だってよ。アイツのスペックやばすぎない?

 

「では大星の結果は?」

 

「赤点一つでしょ?」

 

 そう、ギリギリまで詰め込んだが結局大星は赤点の完全回避には至らなかった。まあそれでも前回の試験よりは格段に良くなってるし、赤点も捨て教科の古典である。

 補習日は東京都大会の日程とは被らないので大人しく受ければそれで済む。

 

「そう、一つだ。中間で四つも赤点を取ったあの大星が」

 

 改めて聞くと赤点四つはないわー。しかも中間で。

 これを機に大星は意識を改革するべきだと思うね。俺らが卒業したらアイツの勉強見てやる奴いなくなるし。

 それに宮永や弘世が抜けた白糸台の麻雀部を次に背負うのは、下級生ながら大将に座る大星になるだろう。その主柱が赤点で大会に参加できませんとか笑えない。まあ俺は笑うけど。

 

「大星本人や宮永達からも聞いている。アイツの面倒を見てくれてありがとう」

 

 そう言って鹿島先生が俺に向けて頭を下げた。

 なんかお礼の言い方まで男前。弘世も将来はこんな感じになりそうだよな。

 

「自分の勉強のついでみたいなもんですよ」

 

「謙遜するな。ついでで過去のテスト問題を集めたりはしないだろう?」

 

 そこまで聞いてるんかい。口を滑らせたのはたぶん大星だな。

 

「あー……そこは見逃してもらえると助かるんですが」

 

「ふ、確かに教師の立場としては言いたいこともあるが咎める気はないさ。まああまり派手にやられると困るがな」

 

 マジで?てっきりあの所業に対するペナルティで呼ばれたのかと。

 ビビり損である。とりあえず今後があれば注意しよう。

 

「なあ見汐」

 

「なんすか?」

 

「すごく今さらな話なんだが、お前はどうして私の頼みを聞き入れたんだ?」

 

「本当に今さらですね」

 

「前々から気になってはいたんだが今回でよりそう思ってな。見汐は元々成績優秀だし、わざわざ私からの力添えを必要としていないだろう?」

 

 麻雀部の雑用をする代わりに成績に色を付けてほしい。

 そんな交渉をした二年生当時、鹿島先生は俺のクラス担任でもなければ二年の世界史を担当しているのは別の教師だった。おまけに世界史はどちらかというと俺の得意科目である。

 俺が近くにいる時に限って受け持っていないはずの二年生の世界史のテスト範囲を独り言でぽろっと口にしてしまうことはあったが、俺が今まで麻雀部の雑用をやってきたのは実質ボランティアみたいなもんだ。今年めでたく担任になってからは色々融通を利かせてくれているが、去年の段階ではそんな見通しがあったわけもなく、鹿島先生が疑問に感じるのは当然と言えば当然だろう。

 

「まあぶっちゃけあの約束はおまけみたいなもんですよ」

 

「ならどうしてだ?」

 

「言っちゃなんですけど面白そうだったんで。あとはその場のノリです」

 

「……は?」

 

 鹿島先生が意外そうに目を丸くするが、実際のところはそんなもんである。

 だってある日、いきなり面識のない先生に呼び出されて「部活の雑用をやってくれ。褒美は出す」的なことを言われたのだ。漫画でしか見たことのないような展開に、何それ面白そう、とか思った俺を誰が責められよう。

 しかも教師とギブ&テイクな関係とかちょっと悪いことしてる非日常的なワクワク感あるし。要は単なる安請け合いでしかないんだけど。

 

「本当にそれだけでここまでやってきたのか……」

 

「ええ、まあ」

 

「お前も大概変わった人間だな。宮永と馬が合うわけだ」

 

「教師が生徒を変な奴扱いするのも相当ですけどね」

 

 それ以外にも鹿島先生って教師としてどうよ?って部分多いし。

 結論。俺も宮永も先生も全員変な奴。

 そんな残酷な真実を鹿島先生に突きつけてから俺は監督室を後にした。

 

 只今の時刻は午後の三時過ぎ、放課後である。

 普段ならこのまま帰るところだが、本日は文化祭実行委員としての仕事がある。

 白糸祭ではクラスだけでなく各部活からの出し物も認められている。それを希望している部活には事前に希望届けを提出してもらっているが、正直なところそれだけだと情報不足なので直接部活の方に出向いて具体的な要望なんかを聞いて回るのだ。その上で他のところとの兼ね合わせやら擦り合わせを経て、出し物の可否を決めることになる。

 実行委員の仕事の中でも結構しんどい作業だともっぱらの評判だ。そして俺はこの仕事、二年連続二回目だったりする。校内での顔が広いというのが抜擢理由らしい。

 押し付けられてる感はあるが、まあ俺は特に苦でもないからいいんだけどさ。

 

 で、いざ聞いて回るとたこ焼きとお好み焼きと焼きそばをやりたいとこが多すぎた。そんなに焼きたいのかお前ら。

 クラスの方の希望届けと合わせるとその三種類だけで十件超えるな。そもそも去年と比較しても食べ物屋ばっかりで催しのバリエーションに乏しい。この辺は委員会で要話し合いだろう。

 そうこうしている内に、気が付けばもう五時半を回っていた。

 今日のところはここで切り上げるか。そう思い昇降口まで来ると宮永と弘世に出くわした。

 

「よう。部活終わりか?」

 

「うん。見汐君は委員会のお仕事?」

 

「まあな」

 

「確か文化祭の実行委員だったな。淡はどうしてる?」

 

「心配すんなよ。ちゃんと馴染んでるわ」

 

 主に中塚という姉御肌な女のおかげだが。以前大星にアクセサリーの類いが趣味だと聞いたので、委員会の女子に似たような趣味の子がいれば大星との仲を取り持ってみてくれ、と頼み込んでおいた成果である。

 何より良くも悪くもバカがつくほど正直な大星のことを中塚自身も気に入っているようだし、大星は大星で中塚へ懐きつつあるのでまあ大丈夫だろう。

 

 アイツが周囲に馴染めないのは自信過剰が原因になって無意識に傲慢な態度を取っているからだと俺は思っている。あるいはそれは壁と言っていいのかもしれない。

 だが結局のところそれらは無意識であって、大星自身がそういう態度を意図して取っているわけじゃない。調子に乗った子どもみたいなもんである。向かい合ってよくよく観察してみればアイツが築いている壁なんざ陸上ハードルくらいの高さしかなく、それをぴょんと飛び越えてみれば子どもらしく懐くのも早い。

 面倒がって遠ざけたりせず、こっちからも本音をぶつけてやれば打ち解けるのは簡単な部類の人間である。俺としては宮永の壁を切り崩すよりもよっぽど楽だった。

 

「見汐君のおかげ?」

 

「なんでよ。アイツが成長したんだろ」

 

「確かに最近の淡は一段と強くなってきたな」

 

「麻雀じゃなくて人間性の話だっての」

 

 なんて会話を皮切りに三人で並んで帰る。

 主に話題の中心は大星だった。これが手のかかる子ほどなんとやらってやつか。

 そのまま最寄り駅近くで電車通学の弘世とは別れ、そこからは宮永と二人になる。そして人気が少なくなると、俺の右手と宮永の左手が触れた。どちらからともなく手を繋ぐ。

 

 あの日以来、二人きりになるとなんとなくそうするようになった。じゃあそれで関係性に何か変化があったかと言えばそういうわけでもなく、手は繋いでいてもこれまで通りの、どうでもいいような会話のやりとりが続いている。

 こうして一緒に下校している時やリビングでテレビを見ている時、弁当を食べ終わった後に昼休みが終わるまで屋上でぼんやりとしている時。なんとなく、何気なく、お互いがお互いの手を求めるようになった。

 初めて宮永の手を握った時こそドキドキしたりはしたが、今はむしろ気分が落ち着くくらいだ。

 

「見汐君」

 

「なんだ?」

 

「……私、このままでいいのかな?」

 

 不意に宮永がそんな言葉を漏らした。相変わらず要領を得ない一言目だ。

 ただ宮永の性格からして弱音や相談を本人に対しては口にしないだろう。そしてさっきまでいた弘世がいなくなってから切り出したこと、さらには相談できる程度に俺とも関係のあるものと考えれば答えは絞られる。

 

「麻雀部のことか?」

 

 宮永がこくりと頷く。

 

「前にも話したけど、私は麻雀で妹に勝ちたい。そのために家を離れて東京で麻雀に打ち込んできた」

 

「ああ。そして今度の全国大会が高校でその妹と戦える唯一のチャンスだな」

 

 確か進路希望の調査票になんて書いたらいいか迷っていた時に聞いた話だ。あの時は絶対に妹に勝つんだと珍しく息巻いていたが、今の宮永はその真逆。まるで気落ちしているように見える。

 前も今も、無表情だけど。

 

「うん。だけどそれは私の事情」

 

「というと?」

 

「私は妹に、咲に勝つことしか考えてなかった。部のことを考えてこなかった」

 

 なるほど。宮永が何を言いたいのかおおよそは把握できた。

 しかし口を挟まず、今は宮永にその胸の内に抱えている悩みを吐き出させよう。

 

「菫は自分の代で連覇が途切れないようにいつも麻雀部全体のことを考えて部活と向き合ってる」

 

 弘世は責任感の塊だからな。真剣に麻雀へ取り組んでいる姿は容易に想像できる。

 

「尭深や誠子もそう。淡もただ勝つことだけしか考えてない。私だけが余計なことを考えて、それを優先してしまっている」

 

 宮永の独白という、ある意味で今世紀最大の衝撃映像。その内容は他の麻雀部員に対する負い目にも似たものだった。

 普段は天然のくせに変なところで真面目な奴め。

 

「そう思い始めたのは最近か?」

 

「うん。三年生になってから」

 

「俺はいいことだと思うぞ」

 

「……どういうこと?」

 

 首を傾げる宮永に、俺は素直に思ったことを伝える。

 

「宮永が麻雀をやる理由は妹に勝ちたいから。もしかしたらそれしかなかったのかもしれん。けど今はもうそれだけじゃない。大切だった“妹に勝つ”って目標に負けないくらい、“白糸台高校麻雀部の一員として勝ちたい”って気持ちが強くなったんだよ」

 

 宮永は考え過ぎだ。普通の奴なら上手く自分の中で消化できるようなことを、愚直にも真正面からしか捉えられない。

 それでいて優しいから、何かを切り捨てることもできずに立ち往生してしまう。仕方がないから俺がその背中を押してやる。

 

「宮永はもう妹に勝つってだけじゃ満足できないんだよ。弘世や大星、渋谷、亦野に鹿島先生。それからレギュラーに選ばれなかった他の麻雀部の連中。そいつら全員を連れて、お前は全国に行きたいんだろ?そいつらと一緒に全国の頂点に立ちたいんだろ?そう思えるくらい、白糸台の麻雀部を好きになれたってことじゃねぇの」

 

 宮永の目が少しだけ開かれ、茜色の瞳がわずかに揺れた。

 

 妹に勝つという個人の目標。

 麻雀部として優勝したいという全体の目標。

 そんなの、両立させるのは難しくもないことだ。だっつーのにほんと、不器用というかなんというか。

 まあそれも宮永らしいんだけどな。

 

「そうかもしれない……ううん、きっとそうだと思う」

 

「ならいっそのこと、お前が麻雀部を引っ張って行くつもりで大会に臨んだらどうだ?」

 

「私が?」

 

 宮永は強い。だけどそれだけじゃ団体戦を勝ち抜いていくのは大変だろう。強すぎる宮永を潰すために三対一という不利な戦いを強いられることも考えられる。

 そしてもし劣勢に陥った時、自分の中にあるのが妹に勝つという想いだけじゃなく、麻雀部全員の悲願もあったとしたら、それが土壇場で力になってくれるんじゃないかと俺は思う。

 

「ああ。自分のためだけじゃなく、皆のために。好きな奴のために打ってみたら宮永はもっと強くなれんじゃねぇかな」

 

 だってコイツは、思わず心配になるくらい優しいから。だからこそ、きっと皆の想いというやつに応えようとするだろう。

 

「宮永にはさ、自分の力だけで戦う強さよりも、仲間と一丸になって戦う強さの方が似合うと思うぜ」

 

「見汐君……」

 

 じっと見つめられて我に返る。

 なんか柄にもなく熱弁を振るってしまった。思い返すと結構恥ずかしいことも言ってた気がする。

 反応からして宮永もお悩み解決の糸口くらいは掴めたみたいだし、この話題は止めだ止め!

 

「そうだ、今日はどうする?」

 

「寄って行ってもいいの?」

 

「おう。沙奈と白夏も喜ぶしな」

 

 あからさまだったが話を逸らすことに成功し、俺は宮永と手を繋いだまま自宅へと向かう。

 さっきより少しだけ強く宮永に手を握られていること、そして肩と肩が触れ合い、寄り添うほどに俺達の距離が縮まっていたのは、ここだけの秘密にしておこう。

 

 

 


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