隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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2話 side宮永照

 

 

 私のクラスの隣人、見汐太陽君はちょっと変わっている。

 どの辺りが、と問われれば言動の大半と答えざるを得ない。彼は突然おかしなことを言うし、普通の人じゃ思いつかないような行動を取る。よく私をからかっては大笑いしているし、もしかしたら私のことを遊び道具か何かのように思っているのかもしれないが、これについてまだ確証はない。

 

 こうして言葉だけで形容すると迷惑この上ない存在だと思うかもしれないけど、私自身は彼のことを悪く思っていない。これはきっと私に限ったことじゃないはず。

 見汐君の近くにはいつも人がいる。教室でも、廊下でも、登下校の時でも。そこには男子も女子も学年の違いも関係ない。周りから見れば私もそんな中の一人だろう。

 

 彼は人との距離を狭めるのがとても上手い。好き勝手話しているようにしか思えないのにいつの間にか気を許してしまっている。淡とも知り合って三日もした頃にはああいうやり取りをしていた。あれはもう才能といってもいいかもしれない。

 一緒にいると相手にどう見られるかなんて気にしないで素の自分を出せるような気がする。

 

 いつだったか「どうしてそんなに簡単に人と仲良くなれるの?」と聞いたこともある。見汐君の返答は「俺の心はバリアフリーだからな」という、具体性に欠けるものだったけど。

 素人なのに淡に麻雀で勝負を挑むのがそうなのだろうか。

 

 何にせよ思ったことを口に出せず一言二言で会話を終わらせてしまう私とは正反対な人。

 見汐君は言葉足らずな私との会話を諦めず、次の一言が出てくるまでいつも待っていてくれる。それでいて私がしぼり出した一つの単語から会話を広げてくれる。

 まあ会話の八割は見汐君が喋っているけど、それでも去年から比べれば私もそれなりに口数は増えたように思う。

 ……相手が見汐君の時だけは。

 

 チラリと横目で隣の席に座る見汐君を盗み見る。昼休みの対局で淡に集中砲火されて飛ばされたことなどまるで堪えていない様子だ。肘を立ててそこにあごを乗せ、机の上に広げた雑誌をペラペラとめくっている。

 そういえば見汐君と初めて会った時もこんな感じだった。

 

 彼との出会いは一年ほど前。二年生に進級した新しいクラスで隣に座っていたのが見汐君だった。

 今年もそうだけど、宮永と見汐でどっちも「み」から始まる苗字だから隣同士になるのかな。

 

 一年前も見汐君は私の横で雑誌を読み耽っていた。私はほとんど読んだことないけど、若者向けの流行がたくさん書いてある雑誌だった。

 それだけなら話はここでおしまい。だけどそうならなかったのは見汐君の読んでいた雑誌の表紙が私だったからだ。そこには私の写真と並んで『今世間をにぎわせている十代特集!』と銘打たれている。一ヵ月ほど前にそんなインタビューを受けた記憶も微かだけどあった。

 出版社からもらった見本を流し読みした時には麻雀だけでなくスポーツや音楽の分野からも選ばれていたはずだけど、その中で私が表紙に選ばれた理由は未だに分からない。

 

 とにかくその時の気分は、一言で言うと気まずかった。別に驚かれたいとかそういう期待はしていないけど、過度に反応されて注目を浴びるのは煩わしい。あったのは彼が私に気付いたらどんな反応をするのかという嫌なドキドキだけ。

 しかし彼はそんな私の心配をよそに黙々と雑誌を読み進めていく。そうしている内にクラスの人達も私と見汐君の置かれた状況に気が付きだしてしまった。

 そして彼らまでこれからどうなるのかと固唾を飲んで見守り始める始末。せめて今だけでいいからこのまま彼が雑誌に集中しているように祈る。

 

 それも空しく、というよりは私が注視しすぎたせいかもしれない。視線を感じたのか彼がふとこちらを見た。

 しっかりと視線が合うこと数秒、再び彼の視線が雑誌に落ちる。そしてまた私を見た。

 

「これ読みたいのか?」

 

 全く予期していなかった言葉に固まってしまう。

 彼はご丁寧にも表紙がちょうど私と向かい合うように読んでいた雑誌を差し出してきた。今度は営業スマイルを浮かべている表紙の自分と見つめ合う形になる。

 狙ってやっているのではと疑ったのはしかたのないことだと思う。控えめではあるがクラスのあちらこちらから吹き出したり笑いを堪えているような声が聞こえてきた。視界の端では菫も俯いて肩を震わせているのが見えている。

 

「……いい」

 

 ふるふると首を横に振って丁重にお断りする。

 

「あっそう」

 

 すると彼は興味を失ったのかまた雑誌を読み始める。教室には笑ってはいけないという空気だけが残された。

 

 これが私と見汐太陽の出会い。結局私がどういう人間なのか、見汐君が正しく認識するまで一ヵ月以上かかった。

 周囲の人間がそれとなく教えればもっと早かったと思う。後から知ったけどこの一件があまりにも面白かったため、見汐君の友達が徒党を組んで私に関する情報をシャットアウトしていたらしい。彼に友達が多かったからこそできたことだろう。

 面白いと思うことを率先して行う見汐君は、その宿命なのか面白いことを期待される人間でもあったというわけだ。

 

 でもようやく気付いた瞬間の言葉が「宮永って誰かに似てると思ったらあれだよな。麻雀の宮永照……あれ?宮永の下の名前ってなんだっけ?」だったのはあんまりだと思う。

 見汐君はたまに私のことを天然だというけど、彼だってそういうところがある。

 

「……なんだよその目は?」

 

 そう声を掛けられてハッとする。昔のことを思い出しながら、ぼーっとして見汐君のことを眺めていたらしい。

 見汐君が訝しげな目で私を見ていた。

 

「別になんでもない」

 

「ほんとかぁ?」

 

「……ただ、見汐君と初めて会った時のことを思い出してた」

 

「なんでこのタイミングで?」

 

「なんとなく」

 

 そう、なんとなく。そこに深い意味はない……と、思う。

 

 


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