隣の席のチャンピオン   作:晴貴

20 / 28
17話 side見汐太陽

 

 

 夏の訪れとともに全国高校麻雀選手権大会の予選が全国各地で続々と開幕した。

 例年ならふーん、くらいにしか興味を引かれないニュースではあるが、今年は宮永の悲願がかかっているのでそれなりに注目している。

 そしてその宮永を擁する白糸台高校麻雀部は対戦校を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)しながら危なげなく勝ち進んでいた。先鋒の宮永だけで十万点以上の差がつくとかどうなってんだ。麻雀ってそんな競技だったっけ?

 

 とまあそんな感じで準決勝まで駒を進めている白糸台はさて置き。俺の関心は今、宮永の妹の方に傾いている。

 ネットで『長野県』『高校麻雀』『宮永咲』で検索をかけるといくつかの記事と掲示板への書き込みがヒットした。

 それらの情報を複合すると『清澄高校という無名校が快進撃を続けていて、その大将に座っているのが一年生の宮永咲である』とのことらしい。

 

 妹の方も順調に勝ち上がっているようでなによりだが、大会に関して色々と調べていく内に俺は見過ごせない事実を発見した。

 それは『夏の選手権大会に出場登録した選手は先鋒から大将まで順番を固定して戦わなければならない』という大会規定である。たとえば病気等により出場できない選手がいた場合に他の選手を代替出場させることは認められているが、そこにすでに登録済みの選手を割り振ることはできず、あくまで出場登録のされていない控え選手から選ばなければならないのだとか。

 

 で、宮永は先鋒。宮永妹は大将である。直接対決できねーじゃん。

 一応個人戦もあるにはあるみたいだが、各都道府県から代表選手を三人選出、しかも北海道・神奈川・大阪は南北、東京と愛知は東西に分かれている。最終的には五二代表×三人の計一五六名でトーナメントを行う。

 どっちも確実に決勝まで勝てるなら話は別だが、そうじゃないなら宮永姉妹がぶつかる可能性は団体戦より低くなるだろう。

 

「……どうすんだ?これ」

 

 

 

 

 

 

 

 のどかな日本の原風景が車窓の外を流れていく。

 手元のスマホに視線を移せば時刻はそろそろ十四時を指そうかという頃合い。白糸台駅を出発して新宿で特急に乗り換え、さらにその他地方路線を乗り継ぐことおよそ四時間半。ようやく目的地が見えてきた。

 

 閑散とした車両内に『次は七久保駅、七久保駅です』というアナウンスが流れる。

 空調は効いておらず、窓を開けている程度では気休めにしかならないほどの暑さと湿度。そのおかげで流れ放題な汗で濡れたワイシャツを座席から引き剝がし、俺は人生初来訪となる長野県に降り立った。

 しかもこれまた人生初利用の無人駅だ。降りたのは俺だけだし駅前なのに人はいないしで、東京との落差にまるで違う世界に来たような錯覚に陥る。

 この奇妙な感覚を楽しんでみたいところだが、そんなことしてる時間もないのでさっさと用事を済ませてしまおう。

 事前にプリントアウトしておいた地図を広げて俺はふらふらと歩き出す。

 

 容赦のない真夏日の陽射しを全身で浴びながら、あっちかなー?と地図とにらめっこすることしばらく。その間地元の人に道を聞いたり雑談に花を咲かせたりお茶やお菓子や特産品を頂いたりして、ついに目指していた場所に到着する。

 

「ここが清澄高校、ね」

 

 門柱に長野県立清澄高等学校と書いてあるので間違いあるまい。見た感じ、校舎に年季は入っているが普通の公立校っぽい。グラウンドではサッカー部や野球部が声を張り上げているし、校舎の方からは吹奏楽の演奏らしきものも風に乗って聞こえてくる。

 部活の時間で色んな格好の生徒が入り乱れてるならそこまで目立つまいと考えてそのまま敷地内に侵入。

 

「ねえそこのあなた、ちょっといいかしら?」

 

 しかし速攻で呼び止められた。まあ制服違うからな。

 ここで逃走しても無意味どころか騒ぎを大きくするだけなので足を止め、声がした方へと振り向く。

 そこにいたのは女子高生らしからぬロングスカートをはいた女子生徒。教師じゃなくてよかった。

 

「なんですか?」

 

「見たところ違う学校の生徒のようだけど」

 

「ええまあ。ちょっと友達に逢いに来て」

 

 もちろん嘘だが。この高校には知り合いすら一人もいない。

 

「そう。それにしてはずいぶんと遠くから来たようね」

 

「その心は?」

 

「なぞかけをする気はないわよ。ただこの辺りの学校の制服じゃないみたいだから」

 

「まあ当たってるよ。東京から来たし」

 

「東京!?」

 

「んで、君ここの生徒だろ?案内してくれない?」

 

「図太いのね、あなた……」

 

 女子生徒が大きなため息を吐く。まあ自分でも無理を言ってるのは分かるが、職員室まで出向いて用件を説明して許可を得るのもめんどくさい。

 ここの生徒なら麻雀部の部室の場所くらいは知ってるだろ。

 

「まあいいわ。部外者にうろつかれるくらいなら案内してあげた方が問題は起きないだろうし」

 

「感謝する。俺は見汐太陽だ」

 

「私は竹井久。清澄高校の学生議会長よ」

 

「学生議会長?」

 

「生徒会長のことよ。清澄ではそう呼ぶの」

 

「へー。つまり竹井は清澄の支配者なんだな」

 

「あなた、生徒会長にどんなイメージ持ってるの……?」

 

 なんだろ、弘世とかそれっぽいイメージあるな。まあアイツは生徒会長じゃないけど。

 

「って、話が逸れたけど見汐君の友達の名前は?どこにいるか当てはあるの?」

 

「ああ、名前は宮永咲。今ならたぶん麻雀部にいるはず」

 

「宮永さんの友達?」

 

 竹井の視線がより一層訝しげなものに変わった。この反応から察するに竹井も宮永の妹と面識あるみたいだな。もしかして竹井も麻雀部だったりするんだろうか。

 だとしたら都合がいい。ナイス俺の引き。

 

「なんかおかしいか?」

 

「まあそうね。宮永さんが見汐君みたいな、言葉は悪いけどチャラチャラしてる人と友達とは思えなくて」

 

「……やっぱ俺、そんな風に見える?後輩にもヤンキーみたいって言われたことあんだけど」

 

 そりゃまあ真面目な優等生って外見じゃないけどさ。

 でもそれくらい別に普通だろ?俺をヤンキー呼ばわりした大星だって金髪だしよ。

 

「髪を染めてるのはまあいいとして、髪型とかピアスのせいじゃないかしら」

 

「そういう竹井も見た目は一昔前のスケバンみたいだけどな」

 

「それ、スカートだけ見て言ってるでしょ?」

 

「あ、ちょっとこのヨーヨー持ってポーズ取ってみ」

 

「嫌よ!というかなんでヨーヨーを持ってるの!?」

 

「竹刀の方が良かったか?」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

 竹井がぎゃーすかと騒ぐもんだから周囲からの視線が痛い。

 それを指摘してやると竹井は悪目立ちしていることに気付いて顔を赤くする。そして俺を怪しむ感情よりも羞恥心が勝ったのか、「行くわよ!」と半ば怒りつつすごい勢いでその場から遠ざかる。

 そう、校舎から遠ざかっていく。その足は小高い山の方へ向かっていた。

 なにこれ、このまま山に埋められる感じ?なんてことを考えていると、木々の合間から校舎よりもさらに古めかしい、木造の洋館らしきものが顔を覗かせた。

 

「なあ竹井、あの建物はなんだ?」

 

「清澄高校の旧校舎よ。あそこの最上階に麻雀部の部室があるの」

 

「ほほう。とりあえず見晴らしはよさそうだな」

 

「テラスはあるけど、広がってるのは山や田んぼくらいよ?」

 

「東京の都心じゃまず見れない風景だぜ、それ」

 

 コンクリートジャングルで生まれ育った俺の目にはそんなありふれた田舎の景色も新鮮に映るもんだ。すでに空の広さと澄んだ空気には感動済みである。町中を流れる小川の清流もきれいだし、清澄という名に恥じない自然豊かな町だ。

 そんな所感を述べると、今度は竹井が目を丸くしていた。そして苦笑を浮かべる。

 

「人は見かけによらないのね」

 

「そのネタまだ引っ張る?」

 

「……そうね、その話はこの辺で手打ちにしましょう」

 

 さっきからかわれたのが効いているのか、竹井はそう言って話を終わらせた。

 そのまま石段を登って旧校舎の中へ入る。外靴のままで構わないらしい。ローファーでギシギシと踏み鳴らしながら階段を昇っていく。

 窓にはめ込まれたステンドグラスや屋内のランプ灯といった内装からはやはり一般的な学び舎という印象を受けない。どちらかというと教会のような雰囲気がある。

 そして階段を昇り切った先。脇の壁に『麻雀部』と書かれた看板が張り付けてある扉が現れた。

 それを両手で押し開くと、部屋の中からキラキラとした夏の陽射しが飛び出してくる。竹井は俺の方に振り返り、その光を背中に浴びながら、いたずらな笑みを浮かべて言った。

 

「ようこそ、清澄高校麻雀部へ!」

 

 

 




太陽、清澄へ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。