隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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20話 side大星淡

 

 

「おーい、大星」

 

「なにー?」

 

 文化祭で使う予定の看板に色を塗っていると、太陽先輩が私の方にやって来た。顔についてたペンキは跡形もない。きれいに落ちてよかったね。

 

「もう部活に行く時間だぞ」

 

「え、うそ」

 

 慌てて体育館の時計を見れば三時五分前。

 気付かない内にずいぶん時間経っちゃったなー。

 

「てなわけでさっさと行くか」

 

「太陽先輩も?なんで?」

 

「ちょっと鹿島先生に用があるんだよ」

 

「ふーん」

 

 そういえば先輩、麻雀部のマネージャーみたいなことやってるけど正式な部員じゃないんだよね。聞いたことないけどなんでそんなことやってるんだろ?

 麻雀は超弱いけど、先輩が部員じゃないってことに違和感があるくらいには部に馴染んでるし。

 

「見汐先輩、淡ちゃん連れてっちゃうんですか?」

 

「俺じゃなくて麻雀部が呼んでんの。コイツはこれでも麻雀部の大将だからな」

 

「これでもってどういうこと?」

 

 ちょっとカチンってきたから太陽先輩を睨む。先輩はそれでもヘラヘラしてるけど。

 こういうのなんて言うんだっけ……暖簾(のれん)に釘?

 

「あ、そっか。淡ちゃん団体戦の大将なんだっけ」

 

「まだ一年生なのにすごいよね」

 

「ふふん、まーね!」

 

「期末で赤点取ったけどな」

 

「むー!それは関係ないでしょ!」

 

「おっと」

 

 余計なことを言う口を閉じさせようとお腹にめがけた突進を、あっけなくヒョイとかわされる。太陽先輩はそのまま体育館の出口に向かって逃げていった。

 

「待てー!」

 

 それを追いかける私の背中に他の委員の笑い声や、菜緒と優子の「いってらっしゃーい」って声が届く。私はそれに後押しされて駆けた。

 なんか不思議な気分。今までこんな風に周りの人から応援されたことなんてなかったし、あんまり仲のいい友達っていなかったのに。

 それが白糸台に来てどんどん変わっちゃった。そのきっかけになったのは、たぶんテルや菫先輩、そして太陽先輩と知り合ったからだと思う。そんなことをぼんやり考えていたら、急に追いかけていた背中が近くなって急停止した。

 

「あぶなっ!どうしたの?」

 

「この廊下を走る方が危ねぇよ」

 

 見れば文化祭で使う看板とか小道具、なにより人がたくさんいた。確かにこれで走ってたらぶつかっちゃうかも。

 そもそも太陽先輩が私をからかうから追いかけてただけで、そんなに急ぐ必要ないし。そのまま先輩の一歩後ろについて歩く。

 こうしてよくよく見てみれば、前を歩く先輩は色んな人に声をかけられてる。文化祭の実行委員だからっていうのもあると思うけど、それで言ったら私だってそうだし、きっと太陽先輩だからこそな気がする。

 太陽先輩は通り過ぎ様にちょっとだけ言葉を交わす。先輩は笑顔。声をかけた人も、かけられた人も笑ってる。こういうところは少し尊敬したりする。私には絶対無理だもん。

 なんていうか、先輩は人と関わるのが好きなんだと思う。だから人にちょっかいかけるし、私の勉強を見てくれたりしたんじゃないのかな。

 

「あ、そうだ。なあ大星」

 

「ん?」

 

 人通りが少なくなったところで、太陽先輩が振り返りながら話し始めた。

 

「お前文化祭当日はどうすんの?自由時間」

 

「あんまり考えてないかも。でもテルのクラスは喫茶店やるって言ってたからそこは行くよ」

 

「おー、来い来い。宮永も喜ぶぞ。大星の自由時間って午前?午後?」

 

「覚えてなーい。なんで?」

 

「大星が来る時に合わせて特別サービスしてやる」

 

「ほんと!?」

 

 やった!サービスってなんだろ?喫茶店だし、やっぱりケーキとかお菓子かな?

 あ、でも太陽先輩のことだしなー。なんか悪だくみしてそうかも。

 

「なんだ、そのいかにも“怪しんでます”って感じの目は」

 

「……別にー?それとさ、先輩」

 

「あん?」

 

「どうして私やテルのこと名字で呼ぶの?普通名前で呼ばない?」

 

「どうしてって言われてもな。特に理由はねぇよ」

 

「ふーん」

 

 変なの。仲が良い相手なら名前で呼べばいいのに。

 特にテルにはそうした方が良いと思うんだけどなー。だって太陽先輩にとって一番特別な人はきっとテルなんだろうし。

 私や菫先輩だってそこそこ親しいと思うけど、太陽先輩が撫でたりつついたり、体に触れるのはテルだけだ。私だとせいぜいハンカチを押し当てられたり背中に氷を入れられるくらいだもん。

 そしてたぶん、テルにとっても太陽先輩は特別なんだと思う。かなり無口なテルが口を開く時は、だいたい麻雀の話か太陽先輩の話。

 

 ……でも、あり得ないだろうけど、もしかして。太陽先輩にとってまだテルがそこまで特別な存在じゃないって可能性もあるのかな?そうだとしたら、誰が先輩にとっての特別になれるんだろう。

 

 ねえ太陽先輩、私知ってるよ。私にばれないように、陰から助けてくれてること。(かなえ)にお願いして、私が委員会で孤立しないようにしてくれたこと。

 そんなこと教えたら、先輩は驚くかな?困った顔して、その後に訳の分からない言い訳するだけかもね。

 先輩が嫌がるだろうからお礼は言ってないし素直に言えもしないけど、本当は感謝してるんだ。きっかけは太陽先輩がお願いしたからだったとしても、叶も、菜緒も、優子も友達になれたから。大会が終わったら一緒に遊びに行く約束だってしたし。

 それだけじゃない。私の悪口を真っ向から否定してくれた時も、私は近くにいたんだよ?ま、気付いてないだろうけど。

 そこまでしてくれるのは、太陽先輩にとって私が少しは特別だったりするから?それとも、単なる友達や後輩だからってだけでそこまでできるの?さっぱり分かんない。

 

 もしも、だけど。

 私の名前を呼んでほしいってお願いしたら、先輩はなんて言うかな。

 いきなり腕に抱きついたりしたら、どんな反応をするのかな。

 私がそんなことを考えてるって知ったら、この気持ちに応えてくれたりするのかな。

 

 ――なーんて、ね。

 大丈夫だよ、テルー。太陽先輩のこと、横取りしたりしないから。てか、できそうにないもん。どう考えたってテルが先輩にとって一番特別な存在だよ。

 心の中でテルを励ましながら、この鈍感を振り向かせるのは大変だろうなぁ、なんて考えて、私は誰にも見られないように目を擦る。ちょっとだけ濡れた袖口は、すぐに乾いた。

 

 

 




かなり短いけど、今回と次回は淡視点のお話。
1話投稿時から『大星淡』のタグがあったのはここのお話が書きたかったからです。

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