隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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恐らく過去最長かもしれません。
淡の家庭や過去に捏造設定ありです。


21話 side大星淡

 

 

 珍しくもない話だけど、私の家には雀卓がある。学生時代に麻雀をやっていたお父さんの趣味が高じて、行きつけだった雀荘が閉店するときに譲り受けたって子どもの頃に何度も聞かされた。

 お母さんとの出会いも麻雀がきっかけだったから、昔からウチは家族で麻雀を打つことが多かった。休みの前になるとお父さんの麻雀友達がウチに来て、徹夜で打ち続けることもざらにあった。

 そんな環境で育った私が麻雀を打つようになったのは自然な流れだと思う。

 

 最初はこれっぽっちも勝てなかったらしいけど、初めて牌に触ったのが三歳とかそれくらいの時のことだから、私自身は覚えてない。

 記憶にあるのは小学生になってからのことだけで、その頃には普通に勝ったり負けたりしながら両親や両親の麻雀友達とよく打っていた。そして三年生になるともう周りの大人に負けることはほとんどなくなって、そうなればもちろん同世代なんかに負けるわけがない。

 

 私は強かった。中学では麻雀部に入ったけど、同級生はおろか上級生にも相手になるような人はいなくて、ここにいても強くなれないし何よりつまらなかったから半年も経たずに辞めた。麻雀のスクールでセミプロとかアマチュアの高段者と打つ方がよっぽど性に合ってたし。

 けどそれも長く続かなかった。たぶんまだ子どもで、なんの実績もない私に負けるのが面白くなかったんだと思うけど、まあそれはどうでもいいや。とにかくスクールでも疎まれ出して、そんな空気に嫌気がさしたから足が遠のいた。

 

 好きな麻雀が好きなように打てない。私が宮永照という存在を知ったのはそんな風に悩んでいた時期だった。

 一年にして全国王者。それも個人と団体の二冠。テレビ画面越しでも伝わって来た圧倒的な強さ。

 この人と打ってみたい、って思った。中三の夏、テルが連覇を達成するとその想いはもっと強くなった。そして今年、私はついに白糸台高校に入学した。

 

 これで宮永照と麻雀が打てる。それしか考えてなかった。どうせレギュラーになるくらいならわけないと高を括っていたし、高校生活なんて中学の焼き増しにしかならないって見限ってたから期待なんて全然してなかった。

 そして肝心のテルはといえば期待した通り……ううん、期待以上にすごかった。

 

 どんな風に打っても勝てない。感じた壁を乗り越えてもその奥にはもっと高い壁がそびえている。まるで底が見えない、初めて経験した勝てないと思わされる絶対的な強さ。

 本気で打っても受け止めてくれる、弾き返される。負けるのは悔しかったけど、それは私がずっと求めていた相手で、そんなテルに惚れ込むまで時間はいらなかった。部活中べったりなのはもちろんだし、休み時間まで三年生のテルの教室まで遊びに行くようになって――そこで太陽先輩に出会った。

 

 第一印象は“なんかチャラチャラしてて近付きづらい人”だった。髪は染めてるし、ピアスしてるし、制服の着こなし方とか、あとはテンションの高さも。

 イケイケな感じっていうか、中学にもいたけどクラスや学校の中心人物によくいるタイプに見えて、私が今までの人生で関わり合ったことのない人間。最初はそんな人が有名人でもあるテルにちょっかいをかけてるのかなって思った。

 だからテルを変な男から守らなきゃっていう使命感でテルと太陽先輩の間に割り込んだ。

 

「大丈夫テルー!?」

 

「……淡、どうしたの?」

 

「テルがヤンキーっぽい人に絡まれてるから助けに来たよ!」

 

 立ちはだかるように両手を広げて、とりあえず精一杯の威嚇を向けた。いきなり現れた私に先輩はちょっとだけきょとんとして、でもすぐにふっと笑いながらおもむろに立ち上がる。

 

「よくぞここまで辿り着いたな小娘。だがもう遅い」

 

 そして特撮ヒーローの悪役みたいな演技がかった口調でそう言って、最後に私をズビシィ!って感じで指差しつつなんかよく分からないポーズを取った。

 

「宮永はすでに連続和了しかできない体に改造されたのだ!」

 

 今度は私が呆然とする番だった。え、これどういうノリ?なんて混乱することしかできなくて、ただ“連続和了しかできない体”というフレーズだけが意識の端に引っかかる。

 雀士の性がそれに釣られて、特に意識したわけでもなかったけど私の口から言葉がぽろっとこぼれた。

 

「なにそれ、超最高じゃん」

 

 これが私と太陽先輩が初めて出会った瞬間だった。

 それからというもの、先輩はいつもテルの隣の席にいるし、どうしてかたまに麻雀部にも来るからほとんど毎日顔を合わせるようになった。その中で太陽先輩のイメージは『怖い人』から『変だけど面白いテルの友達』にすぐ変わる。そしてさらにそれがテルの友達、じゃなくて自分の友達に変わるまでほとんど時間はかからなかった。

 

 だって太陽先輩って実は三人くらいいるんじゃないかって思うほど校内の至るところで会うんだもん。一年の廊下でちょくちょくすれ違っては声かけてくれるし(そもそもなんで一年の階にいるの?)、担任に呼び出されて職員室に行ったら外国人の先生相手に片言の英語とごり押しの日本語を駆使してなんか盛り上がってるし(しかも私まで巻き込まれた)、昼休みに学食で他の男子と早食い勝負とかして騒いでるし(学食のおばちゃんとも異様に仲が良い)、ふらっと部活に顔を出しては平気で部員に指示を出して普通に受け入れられてるし(自然すぎてしばらく太陽先輩をたまに来るマネージャーだと勘違いしてた)。

 極めつけは登校中に鉢合わせしたときだよ。あいさつした流れでそのまま並んで登校したんだけど、話に夢中になってた私は先輩が一年の教室まで一緒だったことに気付かなかった。

 けど太陽先輩は当たり前のように私の教室に入って、クラスの男子と同級生とするみたいに砕けた感じでしばらく雑談してたこともある。あれは入学してまだ一ヵ月も経ってない頃のことで、その光景を見てもしかして全校生徒が太陽先輩と知り合いなんじゃって思った。

 

 いやまあさすがにそんなわけないんだけど。知名度ならテルの方がずっと上だし。

 でもそれは一方的なもので、双方向の知り合いとか友達なら、たぶん太陽先輩がこの学校で一番多いのかも。私もそんな中の一人だし。

 その頃になると太陽先輩とは気安い関係になっていて、今思えば私はもうそのときには先輩に惹かれてたのかもしれない。そしてそれが決定的になったのはある日の放課後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 部活に向かう途中、忘れ物をしたことに気付いて、それを置きっぱなしにしてあるだろう教室にUターンした。そしてもうすぐ自分の教室に着くってところで見慣れた後姿を発見する。あの髪の色は見間違いようがない。

 

 なんで三年生の太陽先輩が一年生の教室がある三階にいるのかなんてことはもう疑問にすら思わず、驚かせようと身を隠しながら近付いていく。そしてあと少しってところで私の耳にこんな声が届いた。

 

「そういや先輩ってなんで大星と仲いいんすか?」

 

 自分の名前が聞こえて、思わず足が止まる。物陰に隠れながら確認すると太陽先輩と会話していたのは見覚えのある顔の男子。確か同じクラス……だったと思う。

 そんな二人は私の存在に気付くことなく会話を続けていた。

 

「なんでってどういう意味?」

 

「大星って自分勝手っていうか、正直付き合いづらくないですか?クラスでも敬遠されてますよ、アイツ」

 

 普段ならそんな陰口なんて気にしない。自分のことを悪く言われていようとその場に皮肉の一つでも放り込んで笑ってやるくらいわけないのに。

 けど、できなかった。太陽先輩が私のことをどう思ってるのか気になったから。その反面、もし先輩が私のことをクラスの男子と同じようにウザい奴だと思っていたらどうしようという恐怖もあった。結局その二つが混ざり合って足は地面に縫い付けられたように動かなかった。

 そして太陽先輩が口を開く。

 

「付き合いづらいって、どこが?」

 

 あっけらかんと、なんでもないようにそう言った。

 あまりにも呆気なく否定されて、私はすぐに太陽先輩の言葉の意味を理解できなかった。その間にも先輩は言葉を重ねていく。

 

「まあ確かにお前が言った通り身勝手っていうか生意気な部分もあるけどさ、俺は大星がそうしたくてしてるわけじゃないと思うぞ」

 

「どういうことですか?」

 

「これは俺の憶測だけど、アイツは人との関わり方が分かんねぇだけだと思うんだよ。理解したり尊重したりするような友達とかがいなかったから自分だけを大事にしてればよかった。だから自分が上に立たないで人と接する手段がない」

 

 太陽先輩の言葉が胸に刺さる。それは少し痛かったけど、そんなことどうでもいいくらいに温かかった。

 だって誰にも打ち明けたことなんてないし、そうするような友達すらいなかった私の、自業自得と言ってしまえばそれまでの苦悩を、先輩は理解してくれていたから。その上で私に手を差し伸べてくれていたことを理解できたから。

 本人は憶測だなんて言ってるけど、大正解だった。白糸台の麻雀部に入るまで私にははっきりと友達って呼べる人がいなかった。必要ないんだって思ってた……思い込もうとしてた。その方が楽だから、自分こそが正しくて、それを認めてくれない周りの人間なんてどうでもいいやって切り捨ててた。

 そんな私が唯一他人を意識するのが麻雀で、だからそれを介さないのに私を分かってくれる太陽先輩に驚いたし、嬉しかった。

 

「そりゃどっちが悪いかって言ったら大星なんだろうけど、それを指摘してやるのもかわいそうな気がしてなぁ」

 

「俺のイメージだとそんなこと言われても気にしなさそうですけどね」

 

「なら教室で俺と一緒にいる時の大星を思い出してみろ」

 

「……なんか犬っぽいかも」

 

 え、太陽先輩と話してるときの私ってそんな風に見られてるの!?

 いや確かに最近、テルとおんなじくらい太陽先輩にもべったりしてる気もするけど。

 

「だろ?俺なんかたまに大星に犬の耳と尻尾を幻視することがあるぞ」

 

 何それ、ハズいんだけど!

 っていうかテルにもネコミミ付けてたりしたし、もしかして先輩ってそういう趣味があるの?

 コスプレかー。先輩が好きならちょっとくらいやってもいいけど、あんまり過激なのはやだなぁ。あ、でもテルと一緒にやるなら楽しいかも。

 

「でもそれって先輩には懐いてるからですよ」

 

「そりゃそうだろ、懐かれるくらいの関係を築いたんだから。でも初対面の時なんて開口一番ヤンキー呼ばわりだったぜ?」

 

「え、先輩ってヤンキーじゃないんですか?」

 

「制裁が必要みたいだな」

 

「すいません冗談です!てか凄まれるとマジでヤンキーっぽくて怖いですって!」

 

 しばらくそんなじゃれ合いが続く。

 それが一段落したところで太陽先輩が本題に戻した。

 

「ったく……で、大星だけどな。気難しい奴に見えるかもしれないけど、アイツはただ単に子どもなだけだ。言うことは本音ばっかりだし行動に裏表もない。素直すぎる言動を面倒だと思って遠ざけたりせずにしっかり受け止めてやれば大星だって心を開くんだよ」

 

 なんて太陽先輩は言い切る。でも人付き合いが苦手な私だって分かるよ。それが難しいんだってことくらい。

 自分勝手で生意気で偉そうで他人を下に見てる奴なんて、私は友達になれないし自分から歩み寄ることなんて絶対にありえない。でも先輩は当然のようにそれができる人なんだ。ありえないくらい、優しいんだ。

 

「太陽先輩、大星に肩入れしすぎじゃないです?」

 

「まあな。アホっぽいし生意気だけど、俺にとっては可愛い後輩なんだよ。そりゃ見る目も多少は甘くなるさ」

 

「……もしかして先輩がよく一年の方に来るのって、実は大星のためだったり……」

 

「察するなよ。言わぬが花ってやつだ」

 

 そう言って、先輩は困ったように笑う。

 もう限界だった。これ以上太陽先輩の言葉を聞いていたら私は泣いちゃうかもしれない。忘れ物を取りに来たことなんてすっかり忘れて、私はただ先輩から逃げるように走ってその場を去った。どこをどう通ったのかは覚えてない。ふと見えた無人の空き教室に駆け込んで扉を勢いよく締め切った。

 そしてその扉を背にして、私はずるずるとへたり込む。

 

 息が苦しい。心臓が痛い。でも、その原因はここまで走って来たからじゃない。

 さっきの太陽先輩の言葉や笑顔がずっと頭の中に残っていて、それを思い出すだけで胸が苦しくなる。顔だって間違いなく赤い。ここまで条件が揃っているなら、もう考える必要もなかった。

 

 

 ――ああ、私は、太陽先輩のことが好きなんだ。

 

 

 さしたる抵抗もなくそう納得できた。

 いつも楽しそうに笑ってて、相手をからかうのが好きで、掴みどころがない人。けど飄々としてるように見えて、その胸の内に秘めている優しさに私は触れてしまった。名前の通り、太陽(おひさま)みたいな、温かい優しさに。

 

 こんなこと隠してたなんてずるいよ。もし今日みたいな偶然がなかったら、私は一生太陽先輩の本当の優しさを知ることができなかった。

 ずるいよ。こんなぬくもりを知っちゃったら、好きになっちゃうに決まってんじゃん。

 

 ……なのに。

 

「好きだって気付いた瞬間に失恋とか。ほんと笑える……」

 

 初恋は叶わないってよく言うけど、こんな即失恋とかさすがにひどい。

 でも太陽先輩にはテルがいる。あの二人はお互いに自覚がないだけで、絶対に両想いだ。私にとっては一番って言えるくらい好きな二人が、傍から見ても分かるくらいお互いを想い合ってる。

 そんな間に割り込もうなんて思えるわけないし。

 万が一私が太陽先輩の彼女になれたとしても、そのせいでテルが傷付くなんていやだ。

 

 だから私はあきらめなきゃいけない。私の友達になってくれて、私に大切な気持ちを教えてくれた太陽先輩とテルを幸せにするために。

 ううん、あきらめるだけじゃだめ。この恋心だけは悟られちゃいけない。優しさの化身みたいな二人が私の気持ちを知ったらきっと邪魔になるもん。なら一生隠し通してやる。

 それが太陽先輩とテルへの、私なりの恩返し。

 

 そう、だからこの言葉を口にするのはこれが最初で最後。私しかいないこの場所で、誰にも届かないように、たった一度だけ告白するのを許してね、テル。

 

「好きだよ、先輩。私、太陽先輩のことが、好き……」

 

 

 

 

 

 

 

 はっと意識が覚める。キョロキョロと周りを見渡してみれば学校の昇降口だった。

 寝ちゃってた……わけじゃないや。ただあの日のことを思い出してボーっとしていただけみたい。うーん、やっぱりまだあきらめきれてないのかなー?

 まあだからって太陽先輩に告るつもりはないけど。

 

「こんなところにいたか、淡。探したぞ」

 

 ふと背後からそんな声が聞こえた。

 

「あれ、なんか用?菫先輩」

 

「いや、用というかだな……」

 

 菫先輩の歯切れが悪い。らしくないけど、どうしたのかな?

 不思議に思いながら見つめていると、菫先輩は意を決したように尋ねてきた。

 

「淡、お前何か悩んでいるのか?」

 

 ドキッとした。

 でもそれを顔に出さないようにしてなんとかやりすごそうとする。

 

「別にそんなことないよ?どうしてそんなこと聞くの?」

 

「いやな、部活の前に見汐からお前の様子がおかしかったから気を配っておいた方が良いと言われてな」

 

 太陽先輩の名前が出て、今度こそ私の表情が崩れた。マズい、と思っても手遅れ。

 それを見逃すほど菫先輩の観察力は甘くない。

 

「やっぱり何かあるんだな」

 

 疑問じゃなく、確信を持って菫先輩が断言した。

 否定しなきゃいけないのに、今の私はそれどころじゃなかった。どうしてバレたの?今日も今まで通り普通だったのに。変わったことなんて何も――

 

(あ……)

 

 一つだけ、あった。前を歩く太陽先輩の背中を見て、ちょっとだけ。時間にすれば十秒もないくらい。

 でも確かにあのときの私は先輩へと気持ちが向いていた。

 

 それだけ?たったそれだけで太陽先輩は私が何か隠し事をしてるって気付いたの?

 信じらんない。どれだけ私のことしっかり見てんの?それとも太陽先輩の人を見る目って、まさか異能なんじゃ……。

 

 そんなことを考えてるうちに菫先輩の視線がどんどん心配そうなものに変わっていく。落ち着かなきゃだめだ。

 たぶん太陽先輩は私が変だってことには気付いたけど、それが何かまでは分かってないはず。でなきゃあの人が菫先輩任せにするわけない。何か適当なウソで誤魔化せば……。

 そう思っていたのに。ふいに菫先輩の手が私の頭を撫でた。

 

「言いにくいことなら無理に話せとは言わない。だが話すことで少しは楽になるなら私に言うといい。どんなことでも全て私の胸の奥にしまっておいてやるさ」

 

 泣きそうになったけど、泣いてなんかやるもんかって、意地を張って涙をこぼすことだけは堪えた。

 でもそっちに意識を割きすぎて、菫先輩の優しさに耐えられなくなった心が、私の意思とは裏腹に言葉を吐き出してしまう。

 

「菫先輩。私ね……太陽先輩が好きなんだ」

 

 ついに口にしてしまう。絶対秘密にしようって思ったのに、二ヵ月くらいしかもたなかった。いくらなんでも自分が情けない。

 思いがけない告白に、菫先輩がなんとも言えない顔で固まっちゃった。さすがに予想外だったかな?

 でも普通そうだよ。だってうまく隠し通せてるって自信あったもん。それをあっさり見抜く太陽先輩がおかしいんだ。

 

 思えばテルも麻雀では人の本質を見抜くのが得意だし、そういう意味でもやっぱりお似合いだよね。

 そんな場違いなことを考えて、なんとか暗くならないように、笑顔を浮かべて言った。

 

「それでね、テルのこともおんなじくらい好き。だから私は二人を応援するよ」

 

 きっとそれが、私を含めて全員が幸せになれる選択だと思うから。大好きな二人の未来を壊しちゃったら、私は一生後悔する。

 それだけは間違いない。

 私がこうやって自分以外の誰かを想うことができるようになったのも太陽先輩とテルのおかげなんだから。この気持ちは二人のために使いたい。

 

「……そうか」

 

 菫先輩は私の選んだ道を肯定も否定もしなかった。その代わりにギュッと抱きしめられる。

 あったかいなぁ。

 

「私はお前を尊敬するよ」

 

「ありがと」

 

「今の大星なら大丈夫だ。きっとお前にもいい人が現れるさ」

 

「う~ん、それは難しい気がするけど」

 

「そんなことは――「だって」

 

 菫先輩の言葉を遮って、私は嘘も偽りもない素直な感情をさらけ出した。

 絶対、秘密にしてね?

 

「太陽先輩とおなじくらい優しくて、楽しくて……こんなに好きになれる人なんて、そうそういるわけないもん」

 

 昇降口の外から射しこむ西日に照らされた私の頬には、きっと一筋の涙が伝っていた。

 

 

 


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