隣の席のチャンピオン 作:晴貴
梅雨も明け、連日の真夏日が体から水分と体力を奪い取る中、文化祭の準備もついに佳境へと入った……っていうか早いもので本番はもう明日だ。
予定よりも準備が少々押したとはいえ、なんとか大きなトラブルに見舞われることもなく文化祭実行委員としてやるべきことは終えた。あとは本番を迎えるばかりである。
なので未だに片が付いていないクラスの方の仕事を手伝おうかと思って覗いてみたところ、こっちももうすぐ終わるから大丈夫だと断られた。ただしその代わりに……と衣装担当の一人、大山に何やら紙袋を渡される。
「なにこれ?」
「宮永さんの衣装。出来上がるの遅れちゃって」
「これを届けろってことか」
時計を見れば午後七時少し前。もう部活は終わって家に帰っている時間だろう。
「ごめんなさい。本当はもっと早く仕上げたかったんだけど……」
「いやまあしょうがないっしょ。その分気合い入れてクオリティ上がってるらしいじゃん」
俺達三年生にとっては高校生活最後の文化祭だ。思い残すことがないようにできることは全て注ぎ込みたいって気持ちはよく分かる。後悔はしたくないよな。実行委員の準備が押したのも半分くらいはそれが原因だし。
そのおかげで明日は全力で楽しめそうだしな。
それは大山達も同じだろう。趣味のコスプレで衣装を手作りしてるような奴らだし、凝り性をいかんなく発揮したメイド服の出来栄えは可愛くて上品さがあると女子達からの評判は上々だった。
「うん。宮永さんはうちのクラスの目玉だから特に気合を入れたよ。ふふふふ……」
大山が怪しく笑う。同じく衣装班の他二人も似たような笑顔だった。不気味である。
「あの宮永さんに私達の手作りメイド服を着てもらえるなんて光栄の極みだよねぇ」
「絶対写真に撮らなきゃ……あ、もしサイズが合わなかったら徹夜して直すよ。だからすぐに連絡して!」
「頼もしいなお前ら。そこでそんな情熱溢れる君達に差し入れだ!」
抱えていた段ボール箱を開いていた机の上に置く。中身は近くのスーパーで買い漁ってきた大量のおにぎりとお茶やジュースだ。おにぎりも飲み物も値引き商品とはいえそれなりの数だから多少の値は張ったけど、まあ景気づけってことで。
お金の使い所ってのはこういう時だしな。パーッと行こうぜ!的な。
「太陽、愛してる!」
「その愛は残りの作業にぶつけろや」
なんて
それから少しだけクラスに残っておにぎり片手に一緒にわいのわいのやって巡回中の鹿島先生に「うるさい」と俺だけが叱られたあと、任された任務をこなすべく宮永の住むマンションに向かった。テスト勉強の期間で通い慣れた道だし、インターホンを鳴らすことにもためらいはない。
ボタンを押すと、扉の向こうでピンポーンという音が聞こえた。それから少しの間を空けて扉が開いた。ここのマンションはインターホンカメラが標準装備なので警戒されることもない。
「見汐君、どうしたの?」
「宮永にお届け物だ」
その言葉に宮永は首を傾げる。それから俺が手に下げている紙袋を見た。
「上がって」
「いいのか?邪魔になんない?」
「大丈夫。今は私しかいないから」
ならいいか。そう考えて宮永に促されるままリビングに足を運ぶ。
宮永が言った通り、母親のアイさんの姿はなかった。テーブルの上にはティーカップが置いてあるだけで、たぶん食後のティータイムとかだったんだろう。
「それでお届け物って?」
「明日の衣装だよ。着てみてサイズの確認してほしいってさ」
「メイド服?」
「おお」
「……分かった」
宮永が紙袋を受け取って席を立つ。部屋で着てみるんだろう。そう思っていたが、その足が止まってこっちを振り返った。
「見汐君、夕飯は?」
「ん?まだだけど」
さっきおにぎり一個食べただけだからまだまだ空腹だ。むしろちょっとだけ食べたせいで空腹感が増してる気がしないでもない。
「良かったら食べていく?」
「ありがたいけど、アイさんの分は?」
「平気。明日見汐君の家に持っていく予定だったのがあるから」
「いつもすまないねぇ」
畏まった礼を言うと宮永が嫌がるからネタっぽく返してるけど、最近宮永からの食糧供給率が半端ない。学校がある日のお昼はもうほとんど宮永の弁当だし、こうして家で作った料理のおすそわけの頻度も上がってる。
かといってもらってばっかだと宮永家のエンゲル係数が大変なことになるので俺の家から材料や料理のおすそ分け(配達人は俺)が行われるようになり、配達ついでにそのまま夕飯に招待されたりと宮永の手料理を食べる機会がものすごく多い。
アイさんがいた場合は確実に引き留められるしな。
しかしアイさん不在の今日も今日とて、俺は宮永宅でご相伴にあずかることになった。
宮永が夕飯を取り分けてくれている間に、とりあえず母親の携帯に電話を入れておく。スリーコールで繋がった。
『もしもし。どうしたの?』
「悪いけど今日夕飯食べて帰る」
『はいはい、また照ちゃんにごちそうになるのね』
「まあそういうことで」
『ちゃんとお礼言っておきなさいよ?あと照ちゃんによろしく伝えておいてね。この前の筑前煮美味しかったって』
「りょーかい」
通話終了。もはや家族の間でも俺が夕飯要らないと言えば宮永の家で食べる、という等式が出来上がってる。まあこんだけ頻繁にごちそうになってりゃ当然だが。
なんかもう餌付けされてるんじゃないかと錯覚しそうになるな。そんなことを考えていると、お盆に料理を乗せた宮永がキッチンから出てきた。
「どうぞ」
目の前に置かれたのは白菜の入った肉豆腐とパリパリに焼かれた塩サバ、茄子とこんにゃくの煮浸しと、きのこ類のたっぷり入った味噌汁という、これぞ和食と言いたくなるようなメニューだった。
洋食にも挑戦しているが、基本的には和食や中華の方が得意らしい。まあ何食ってもおいしいけどな、宮永の料理。
「おお、うまそ~」
「ご飯のおかわりもあるから」
「サンキュ」
至れり尽くせりだよな。
そして俺が料理に舌鼓を打っている間、宮永の姿が消えた。今の内に今度こそ部屋で試着してるんだろう。万が一サイズが合わなきゃこれから手直しである。そうなった場合、大山達は明日の文化祭に参加する気力と体力はあるのか心配になるな。
まあ執念で宮永の晴れ姿だけは見届けそうではあるけど。仮にも全国レベルの有名人に自分の作った衣装を着てもらえるのは、アイツらからすると名誉なことみたいだし。
まあ今は料理を食べることに集中しよう。熱々の肉豆腐がやたらうまい。
結局十分足らずで平らげてしまった。これを宮永に見られるともっと噛んで食べないと健康に良くない、とか注意される。言ってることは分かるけど、うまいもんはついかっ込んでしまうのが男の性なんだよ。
しかし戻ってこないな宮永。着脱に苦戦してんのか?メイド服とかどんな構造してんのかよく分かんねぇしな。
まあいいや。今の内に使った食器でも洗っておくか。
そう思い立ってキッチンに立つ。そしていざ洗おうか、というところで後ろから声がかかった。
「洗い物は私がやる」
「いいってこれくらい。それよりもサイズはどう……」
だった、という言葉は出てこなかった。なぜなら、振り返った先にいた宮永がメイド服のままだったからだ。
黒を基調とした膝にかかる程度の長さのスカートに、レースのついた純白のエプロンドレス。頭にはこれまたレース生地のヘッドドレス。足元はリボンがあしらわれたハイソックス。露出の少ない清楚な、それでいて充分魅力的なメイド姿である。
てっきり部屋で着て確かめたら脱いでくるもんだと思ってたせいで、突然降臨したメイドに固まってしまった。
「サイズは問題ない……似合う?」
「ああ、可愛いと思う」
ほとんど反射的に思ってたことが口に出る。それに対する宮永の反応は「そう」というそっけないものだったが、ちょっとだけ視線が逸れたところを見るとあれは照れてるな。
照れる照ってか。……落ち着け俺。
「代わる」
ちょっとばかり惚けているうちに流しのポジションを取って代わられた。っていうか。
「メイド服のままやるのかよ」
「一応どの程度動けるか確かめる」
ああ、そういう意味合いも兼ねてるのか。単にメイド服姿を披露したかったわけじゃないらしい。
居場所を奪われた俺はダイニングテーブルに座ってメイド姿のまま洗い物を片付ける宮永を何の気なしに眺める。手慣れた手つきと格好のせいでまるで本職の人っぽい。
「……どうかした?」
俺の視線が気になったのか、洗い物を終えた宮永がそう尋ねてきた。
「いや、なんか本物のメイドみたいだと思ってさ」
「そうかな?」
「おう、これなら明日も大丈夫そうだな」
妹が襲来するけど。どんな反応をするか楽しみである。
「だといいけど……」
「不安なのか?」
「少し。接客はあまり得意じゃないから」
「じゃあ慣れるためにメイドっぽいことしてみたらどうだ?」
特に何も考えず、適当なことをのたまってみる。
なので宮永に切り替えされて返答に困った。
「メイドっぽいことって?」
「あー……掃除とか」
「今から?」
「だよなぁ」
こんな時間から掃除とかないわな。
そもそもメイドって家事以外に何するんだ?紅茶を淹れるとかか?
メイドに関する知識なんぞないから分かんねーわ。
「見汐君」
「なんだ?」
「ソファーに座って」
「んん?」
宮永がふと何かを思いついたらしく、よく分からないリクエストをされる。とりあえず言われるがままダイニングテーブルからソファーに移動した。
すると何か持ってきた宮永は俺の隣にややスペースを開けて座る。そして自分の太ももの辺りをポンポンと軽く叩いた。
「何してんだ?」
「……膝枕」
絶句した俺を誰が責められよう。
「メイドらしいこと、するから」
「……メイドらしいのか?膝枕って」
それでもなんとか言葉をしぼり出した。
そんな俺に対して、宮永は手に持っていた何かを見せつける。
「耳掃除」
耳かきを手にした宮永の表情はいつものポーカーフェイスだったが、その頬にはしっかりと赤みがさしていた。