隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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3話 side見汐太陽

 

 それは帰りのSHR(ショートホームルーム)も佳境に入った時だった。担任が「そうそう」と前置きを挟んでからこう切り出した。

 

「先週配った進路希望調査票をまだ出してない人は今日中に私のところまで持ってくるように」

 

 ……ああ。

 確かにそんなものをもらったが、その日の内に存在を忘却していたことを今さらながら思い出す。時すでに遅しだが。

 調査票の行方さえ定かじゃない。

 

「失くした人はここに予備があるから自分で取ってください。締め切りは今日の五時だから遅れないように。はい、じゃあ日直帰りのあいさつ」

 

 日直の「さようなら」を唱和してSHRが終了した。自由の身となったクラスの皆は続々と教室から出ていく。例外は俺を含めた提出忘れ組だ。

 まあ俺の場合は進学ってことでいいからすぐに書き終わる。

 

 教壇に置かれていった調査票を引っ掴んで机に戻ると『都内の大学(理系)』『同上(文系)』『就職』という思考時間ゼロの希望進路を記入していく。記入欄さえ埋まっていれば文句ないだろう。

 むしろ気になるのは俺の隣で調査票とにらめっこしてる宮永だ。コイツ何してんの?

 

「宮永は何をそんなに悩んでんだ?お前はプロになるんじゃないのか?」

 

「……まだそうとは決めてない」

 

「マジで?」

 

 てっきりプロになって賞金ガッポガポのうっはうはコースだと思っていたが。

 高校チャンピオンとはいえプロになるのは相当の覚悟がいるということかもしれないな。宮永さえためらうとかプロの麻雀界ってどんだけ魔境なの?

 

「私には妹がいる」

 

 俺が恐ろしい世界を想像しているといきなり話題が飛んだ。

 まあ慣れたことなので突っ込むこともなく話を進める。

 

「離れて暮らしてんだっけ?」

 

「うん。長野」

 

 確か宮永も元は長野で、数年前に東京へ越してきたとかだったな。

 家庭の事情っぽいし宮永も聞いてほしくなさそうだったから踏み込んだことないけど。

 

「妹は麻雀が強い」

 

「どれくらい?」

 

「……今は私より強くなっているかも」

 

「それはやべぇな」

 

 一年の時からインハイ連覇してる高校生最強の宮永より強いかもしれないとか大星でも裸足で逃げ出すレベルなんじゃないの?

 たぶん高校三百年生くらいの実力があるな。牌を打った衝撃波で相手死にそう。

 

「でも妹は麻雀で本気を出さない。勝ち負けを競うのが得意じゃないから」

 

「負けず嫌いの宮永とは対称的なんだな」

 

「……そうかもしれない。だからこそ私は本気の妹――咲と戦いたい。真剣勝負をして勝ちたい。プロになるのはそれから」

 

 区切りをつけるってやつか。別に宮永にプロで戦う覚悟がないわけじゃなかったらしい。

 

「妹はいくつなんだ?」

 

「今年高校生になった」

 

「ってことは今年がラストチャンスか。インハイで戦えるといいな」

 

「うん……!」

 

 宮永にしては珍しく饒舌で意気込んだ返事だった。体から気炎が立ち昇っている……ような気がする。まあそれだけの想いがこもってるってことだ。

 

 しかしそうなると夏まで宮永は進路希望を明確にできないわけで、だからといって調査票を未記入のまま出させるわけにもいかない。

 よし、そうと決まれば調査票には宮永に合いそうな職業を書かせよう。どうせ希望は予定、予定は未定なんだから適当でもいい。高校生の内は現実見るより夢見る方が大事なんだよ。

 

「じゃあとりあえず空白だけは埋めちまおうぜ」

 

 宮永がコクリと頷く。素直なのはいいことだ。

 第一希望には『プロ雀士(妹次第)』と書かせた。問題は次だ。

 

「お前麻雀以外にやってみたい仕事ってあるか?」

 

 その質問に宮永は黙りこくる。そんなに答えがポンポン出てくる質問じゃないしそれもしかたないことだ。

 たっぷり三十秒は熟考してからようやく口を開いた。

 

「猫の世話」

 

 ピンポイントすぎねぇ?っていうか仕事なのかそれは。

 まあいいけどさ。

 さすがに限定となると難しいが、猫と触れ合う機会が多いのはやっぱりペットショップか?獣医や保健所だと猫好きの宮永にはつらい場面も多いだろうし。

 あ、最近なら猫カフェという手もあるな。

 

「宮永は猫カフェに行ったことはあるか?」

 

「ない。でも行ってみたい」

 

「そういうところで働けば一日中猫と戯れられるぞ。ただし猫カフェの店員はメイド服の着用が義務付けられているらしい」

 

 もちろん嘘だ。

 どうせそのうちバレるが今この瞬間さえ騙せればそれでいい。

 

「……そうなの?」

 

「俺も詳しくは知らないけどニュースで見た記憶がある。人前でそういう恰好ができない人間には難しい仕事かもな」

 

 というか宮永が接客・サービス業ってどうなんだ?

 メディアに対してなら作り笑いは見せるけど、基本的には無口無表情だからサービス業には向いていない気がする。それに知名度が高くてファンが多いのも無用な混乱を招く原因になりかねない。

 もし猫カフェに入って無表情の宮永に出迎えられたら俺絶対爆笑するし。

 

「……それくらいできる」

 

 葛藤も垣間見えたが宮永にとっては 猫への愛>メイド服の羞恥心 ということらしい。正直凛とした印象の強い宮永ならフリフリのメイド服よりもスーツの方が似合いそうだけど。女教師スタイルってやつだ。

 だがその覚悟に免じて二つ目の欄には『猫カフェ経営(メイド長)』と書かせた。なんで言われたままに書くんだろうコイツは。

 

「さあ最後だ。他にやってみたい仕事はなんだ?」

 

「お菓子を食べる」

 

「せめて作ろうぜそこは」

 

 唐突にボケをかます宮永に突っ込みつつ、結局最後の空欄は『シュークリーム職人の弟子(永世)』で落ち着いた。出世欲ひっく。

 

 この進路希望調査票を提出した宮永は後日、担任から呼び出しを受けた。ついでに俺も一緒にな。

 どうやら担任はあの意味不明さ加減から俺の仕業だと見抜いたらしい。それはいいけど小声で「宮永はこんな男のどこがいいのかねぇ……」と呟いたのはいただけなかった。宮永には聞こえなかったからよかったものの、もし聞かれていればコークスクリューの餌食になっていただろう。

 誰が?俺がだよ。

 




ここの照は「私に妹はいない」なんて言いません。

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