隣の席のチャンピオン   作:晴貴

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5話 side見汐太陽

 

 鹿島先生に進路指導を受けつつデータの打ち込みを行うという苦行をなんとか切り上げて監督室から脱する。必要以上のダメージを受けちまったぜ。

 

「あれ、なんで太陽先輩がここにいるの?」

 

 脱出した直後大星にエンカウントした。そういえばコイツ、一年だから俺がたまに麻雀部にくること知らねーのか。

 馴れ馴れしくし過ぎてそんな事実すっかり忘れてたわ。

 

「よう大星。とりあえずジュース買ってこいよ」

 

「嫌だよめんどくさいし」

 

 速攻で拒否られた。一年が三年の命令を断るとはいい度胸だ。

 しかしそんな態度を取っていいのかなぁ?

 

「そこまで嫌なら仕方がない。買ってきてくれたらいいものやろうと思ったのに」

 

「いいもの?」

 

 大星が食いついた。やだ、この子単純……!

 脳内で三文芝居を打ちながら制服の内ポケットからスマホを取り出す。スイスイと操作して一枚の画像を表示させ、それを大星に見せつけてやった。

 

「買ってきてくれたらこの画像あげたのにな~」

 

「ね、猫耳テルー!?」

 

 大星が驚きのあまりのけ反る。そうだろうそうだろう、この写真にはそれだけの価値があるのだ。大星はそれをよく分かっているな。

 スマホの画面に映し出されているのはブレザーの制服姿で頭に猫耳カチューシャを装備している宮永だ。二ヵ月ほど前、宮永の誕生日に撮影したものだ。

 

 事の経緯は今年の二月十八日、宮永の誕生日まで遡る。俺はその日に計画を実行した。

 と言っても大したことはしてないが。

 

 

 

 

 

 宮永の十七歳の誕生日当日。授業を終えた宮永が部活に向かう前に呼び止めて、俺はとあるプレゼントを贈った。

 別段手の込んだプレゼントでもない。宮永が好きそうな猫の写真集をあげただけだ。しかし宮永の反応は期待以上だった。

 中を見てみろと俺に促されて包装紙を丁寧に開き、それが猫の写真集であると分かった途端に宮永の目が輝く。

 

「見汐君、ありがとう」

 

「おー、どういたしまして」

 

「……読んでもいい?」

 

「もう宮永の物なんだから好きにすりゃいいさ」

 

 そう言うとシュリンクを剥がして猫達のキュートな姿に釘付けになる宮永。廊下で猫の写真集を立ち読みするチャンピオンというのも中々シュールな光景である。だが俺の真の目的はここからだった。

 写真集と一緒に買った猫耳カチューシャを手に宮永の背後に忍び寄る。狙われている本人は集中して気付く様子を見せない。チャンスだ。

 

 背後に立った俺は微風にさえ揺れる今にも崩れそうなほど不安定なジェンガからブロックを抜き取るような繊細さで、かつ全くためらうことのない大胆な手捌きで宮永の頭部に猫耳カチューシャを装着させることに成功する。思わずガッツポーズを決めたくなるほどの偉業を達成した瞬間だった。

 しかし歓喜に浸ってばかりもいられない。第三者から注意されて気付かれてしまう恐れがある。

 

「なあ宮永」

 

 ポンと肩を軽く叩いてこちらに振り向かせる。その一瞬のタイミングを狙って俺はスマホのシャッターを切った。

 ピピ、パシャ――というどこか気の抜けた撮影音。

 だが俺のスマホは猫耳宮永というレアな姿をしっかり収めていた。

 

「……どうして写真を撮ったの?」

 

「宮永の誕生日だからな。記念撮影だ」

 

「記念撮影……」

 

「いわゆる友達との青春の思い出、みたいな」

 

 我ながら寒々しい言葉が口をつく。嘘は言ってないがこのシチュエーションで吐くセリフじゃないよな。

 それでもここを切り抜けるためには必要なことなのだ。その猫耳似合ってるから許せ宮永。

 

「そう。でも今度からはちゃんと声をかけて撮って」

 

「あ、はい」

 

 抗議の声に身構えていると、まさかの撮影許可が下りた。やけにあっさり引き下がられて思わず敬語になってしまう。

 でもまあ考えてみれば宮永は取材やらなんやらで写真撮影には慣れてるっぽいからな。おまけに有名人にカテゴリーされてるからいきなり写メられたくらいじゃ動じないのかもしれん。

 

「じゃあ私は部活に行く」

 

「おう、頑張れよ」

 

 宮永は踵を返すと写真集を小脇に抱えて堂々と歩みを進めていく。見送る背中はまさに王者の風格。

 すれ違った生徒が皆振り返るほどの存在感を放っていた。

 ……主に頭頂部から。

 

 そして翌日。

 朝教室に入った瞬間、俺は無言の宮永に脇腹をつねられるという目に遭った。何も言わないしいつも通りのポーカーフェイスではあったが、怒りか羞恥か、宮永の顔にはわずかに赤みが差していた。

 

「いててて!止めてくれ宮永!ほんとに痛い!痛いです宮永さん!」

 

「……」

 

「あ、ちょっと!?強くなってる強くなってるってぇ!いってぇマジで!」

 

「……」

 

「無言は怖いからなんとか言ってくれー!」

 

 快挙を引き換えにして、二年A組には俺の苦悶の声が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

「こうして艱難辛苦を乗り越えて俺はこの奇跡の一枚を手に入れたのだ」

 

「カンナンシンク?」

 

 おい、コイツ本当に入試合格したのか?絶対艱難辛苦の意味知らねーだろ。

 ああでも麻雀強いらしいし特待なのかもな。

 

「お前麻雀があってよかったな」

 

「うん?そんなことよりそのテルーの写真ちょうだい!」

 

「断る」

 

「なんで!?」

 

「素直にジュース買ってきてりゃやったのに」

 

「行くよ!今すぐ行くよ!」

 

 ダッシュしだしそうなポーズを見せる大星。

 クラウチングではなく非常口の看板みたいなポーズを取るあたり、そこはかとなく運動音痴を匂わせる。

 

「もう時間切れでーす。おーい渋谷」

 

「お久しぶりです見汐先輩。どうかしましたか?」

 

「今手空いてる?お茶飲みたいんだけど」

 

「いいですよ。銘柄はどうしますか?」

 

「分かんないから渋谷のおすすめで」

 

「むー!無視するなー!」

 

 大星が俺の周りをグルグル回ってピョンピョン跳ねる。ウゼェ。

 跳ねる度に揺れるおもちはしっかり観察させてもらうけども。これでまだ十五歳とは将来性あるな。元気出せ宮永。

 

「落ち着けよ。お前ら仲良いんだから直接撮らせてもらえばいいだろ」

 

「えー、でもテルーは写真撮られるの好きじゃないからなー」

 

「それって雑誌とかの取材でってことだろ?」

 

「違うよ、撮られること自体が苦手って言ってた。だからそれちょうだーい!」

 

「うわ!背中に乗ろうとするな!」

 

「……何をしているんだお前達。特に見汐」

 

 大星とじゃれてたらこめかみをヒクつかせた弘世が現れた。

 

「え?俺?」

 

「そうだ。レギュラー二人を侍らせるとはいい身分じゃないか」

 

「別に侍らせては……ってレギュラー二人?」

 

 大星は確定としてあとは……

 

「見汐先輩、お茶が入りましたよ。淡ちゃんと菫先輩もいかがですか?」

 

 おっとりした声。温和で落ち着いた性格。実は巨乳のメガネっ子。

 それらを兼ね備えた麻雀部きっての癒し系・渋谷尭深(しぶやたかみ)

 

「……マジで?」

 

「ああ、マジだ」

 

 困惑気味に弘世へと送った視線。弘世はそれを力強く叩き返してきた。

 

「……渋谷、お茶ありがとな。そしてごめん」

 

「?えっと、どうして謝られたのか分からないんですけど……」

 

「気にするな。そういう気分だったんだ」

 

 いやマジですまん。お前のことずっとお茶くみ係だと思ってたわ。

 これからは自分でお茶を淹れることにしよう。

 

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