New Styles ~桜井夏穂と聖森学園の物語~   作:Samical

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急ごうとしていたら年越ししてしまいました。明けましておめでとうございます。
鳴響後半戦です。


42 精神的支柱

甲子園に鳴り響く'鳴響のキズナ'。この曲が流れ始めると鳴響の面々はスタンドの方を見た。そこにいるのは過酷なスケジュールの合間を塗って応援に駆けつけた吹奏楽部、その誰もが野球部の勝利を信じている。

そして宇多はメンバーに呼び掛けた。

「まだスタンドのみんなは諦めていない。その思いを乗せて応援してくれている。…俺たちが諦めていいなんてこと、ある訳無いよな?」

「そうです! 日頃の恩はプレーで返しましょう!」

「あんな綺麗な色の応援をしてくれるんだ。僕らも色鮮やかに返してあげないと」

「うむ! ワシらの力を、見せてやろう!」

「「「おおおっ!」」」

 

 

7回の表、守備についた聖森のメンバーだが明らかに相手の雰囲気が違うことに気付いた。

「(さっきまでとは目の色が違うな。応援も一層熱を帯びてきてるし、この回は気を引き締めていかねーと!)」

バシバシとミットを叩き、自分を鼓舞する松浪。

この回の先頭は宇多。塁に出すと非常に厄介だ。その初球…、

サッ!

「!? セーフティー!」

初球の高速スライダーを一塁側に転がしてきた。線際の打球にチャージをかけた竹原のすぐ横を宇多は駆け抜けていく。竹原はボールを拾い上げすぐさま一塁へ送球した。

「うおおお!!」

「わわっ!」

「む…、すまん!」

宇多は頭から滑り込む。そしてカバーに入った姫華だったが竹原の送球がやや高く浮いてしまった。結果はセーフで記録は内野安打。立ち上がった宇多はベンチに向かって拳を突き出した。さらに続く大越の打球はピッチャー返し。

「! しまった!」

「ちょ、おいっ…!?」

打球を追ってセカンドベース付近に来た風太の思惑とは裏腹に、ピッチャー返しに反応した夏穂がボールをグラブで弾いてしまった。打球は転々とショートの定位置付近へと転がる。タイミング良くスタートを切っていた宇多は一気に三塁を陥れた。

「おおっーと、聖森学園! 不運な当たりも重なり、ノーアウトランナー1、3塁の大ピンチ! 点差は1点! 鳴響高校、ここで追い付くか!」

演奏される'鳴響のキズナ'、そしてそれに応えるようにチャンスを掴んだ宇多と大越。今まで数多くの逆転劇を生んだ'魔曲'は球場をも呑み込んだ。響き渡るメロディーに合わせるように手拍子が始まるスタンド。もはや聖森学園側のアルプス以外全てが鳴響のドラマチックな逆転劇を期待している。

「ま、ますます応援が大きく…っ!?」

「チクショー、球場全体が敵みてーだ!」

「ま、まるで地鳴りしてるみたいだ…」

それぞれ応援に圧倒される姫華、風太、満。

「(くそっ、こっちの集中が乱されてやがる!)」

毒づく松浪だが、強いメンタルを持つ松浪でさえもやや気圧されるこの雰囲気に耐えられるほど聖森メンバーのメンタルは強くはない。ここまで来たメンバーとはいえ、一介の高校生に過ぎないのだ。

「くっ!」

夏穂が左打席に入った箱崎に投じたストレートはやや甘く入ってしまう。

「オラア!!」

甘く入ったとはいえ、手元でグッとノビる夏穂のストレートに差し込まれた箱崎。しかし夏穂のストレートには球質が軽いという弱点がある。芯で捉えられれば差し込んでも危険だった。

キイイイン!

痛烈な当たりがサードの満を襲う。

「あっ…!」

体で止めにいった満だったが打球はグラブの縁に当たってしまい大きく後ろへ跳ねた。

「オーマイガッ! サードの桜井満、ここで痛恨のエラー! 強襲ヒットとも取れる当たりだったが、記録はエラーです! これで鳴響高校、同点です! そして尚もノーアウトランナー1、2塁!」

風太の素早いカバーで進塁こそ免れたがピンチは続く。

 

「鳴響! 鳴響!」

見えてきた逆転劇にさらに沸くスタンド。聖森の応援団も声を出しているが、4万人の観衆のほとんどが鳴響を応援する中ではその声はかき消されてしまう。

6番の星野はきっきりとバントを決めて1アウト2、3塁。ここで7番の伊能。今日はノーヒットだが甲子園での打率は4割を越えている。この状況では非常に厄介なアベレージヒッターだ。

松浪はタイムを取ってマウンドに向かう。内野手も集まった。榊原監督は動かない。今のところはブルペンで白石が準備をしているが…、

「(ここで白石を送り込んでも相手に『エースを引きずり下ろした』と勢いを与えるだけの可能性もある。ここの流れ、雰囲気さえ振り払うのがエースの役目。…そしてあいつなら、あいつたちならやってのけるはずだ)」

榊原はそう考えながらマウンドに集まる選手たちを見守った。

 

「ここはバッテリーに任せる…って言ってたよ」

「そうか。サンキュー、村井」

村井は普段はおどおどしていることは多いが逆に周りが慌てるような状況では意外と冷静である。それを買われてピンチの時の伝令を任されている。

「伊能も好打者だ。歩かせて満塁策を取るか、バッター勝負か。…初回みたいにスクイズもあり得る。4番にさせてくるほどだしな」

「しっかしよぉ…、魔曲っつーのはマジみてーだな。一発で流れが変わったみてーだ」

「…風太。あまり言うものでは無いと思うぞ。…将知、歩かせて満塁にすればさらに相手が勢い付くかも知れん」

「それは否めねー。監督からの指示は俺たちの意思次第ってことだからな…」

「勝負」

「ん? なんだ? 夏穂」

「勝負しよう。逃げずに、バッター勝負!」

夏穂は明確に自分の意思を述べた。

「満塁策は逃げじゃないことは分かってる。でも相手もそうしてくると考えてるはず。だったら、相手の予想しない状況、ここで勝負して、切り抜ける!」

「…自信は?」

「ある!」

「…エースがそこまで言うなら、俺たちも覚悟決めるしかないな」

「そうだねっ! 夏穂、信じてるよっ!」

「抜かれそうになっても死ぬ気で、死んでも止めてやらぁ!」

「姉ちゃん、俺も今度は捕るから!」

「よっしゃ、分かった。勝負だ。0に抑えるぞ!!」

「「「おおおっ!!!」」」

 

内野陣はそれぞれの位置に戻ってプレー再開。

夏穂は球場に響き渡る応援を余所に集中し直す。

「(今の私に必要なことは)」

自分の手に握られたボールと、サインを出し終えバシバシとミットを叩く松浪。そしてその前に立つバッターの伊能。それらを見つめてから、セットポジションに入る。

「(周りがどんな状況であっても、ピッチャーの私が出来ることはただ1つ)」

足を上げ、踏み出し、溜めた力全てをボールに伝える。

「(キャッチャーの構えるミットに、最高の球を、投げるだけだっ!!)」

ズバッッ!!!

「「!!」」

「ストライクッ!」

松浪の構えたアウトローに渾身のストレートが投げ込まれた。

「(球速、ノビ、コントロール。どれをとっても最高のストレート…!)」

松浪はこの状況でさらに輝きを増すエースに思わず笑みが溢れる。

続く2球目、鳴響側が仕掛けた。

「スクイズッ!」

「今度はさせねー!」

三塁ランナーがスタートし、伊能もバントの構え。それを見や否や大と満は猛チャージを仕掛ける。

「たぁっ!」

「うっ…!?」

しかし夏穂は怯まない。渾身のストレートは伊能のインハイを襲う。転がそうと試みる伊能だったがボールはバットを掠め、後方に飛んでファール。

「(想像以上にノビてきたね…)」

奇襲に失敗した伊能は苦笑する。追い込んだ夏穂が投じたのは決め球のフルブルームではなく、ストレート。今度はインローに決められたストレートに伊能は反応できず見逃しの三振。続く平井にもストレートを続けて投じ、追い込んだタイミングでブレーキの効いたチェンジアップ。平井は手も足も出ず空振りの三振に倒れた。

「連続三振ッー!! エース桜井! 追い付かれはしましたがその後は鳴響に傾きかけた流れを断ち切りましたッ!!」

カキーン!

流れを自ら呼び戻したエースはその打棒でもチームを鼓舞した。夏穂は伊能のスローカーブに上手く反応し、右中間へと弾き返しツーベースとすると続く百合亜もライト前ヒットで1、3塁とする。ここで榊原が動き、百合亜の代走に矢部川を送った。そして打席には初芝を迎える。

「(桜井が引き寄せた流れ! 掴むにはここしかない!)」カキン!

「ッ!」

アウトコースへと逃げるサークルチェンジを捉え、ライト線を破るタイムリーを放つ。

「矢部川くん! 行けるよ!」

「任せるでやんす!」

その間に矢部川は一気にホームを狙った。

「志藤さん!」

「はいっ! まだ諦める訳には、いきません!」

クッションボールを処理した志藤はカットに入った宇多へ素早く繋ぐ。

「間に合えっ!」

無駄の無い中継プレーで矢部川の生還の阻止を試みた。

「うおお、でやんす!」

「帰させねぇ!」

浜崎のタッチと矢部川の決死のヘッドスライディングが交錯する。主審の判断はセーフだった。

「セーフ! セーフです! 聖森学園! 貴重な2点を追加、勝ち越しだァ!」

さらにその後、姫華の送りバントと風太の内野ゴロの間に初芝が生還しさらに1点が追加された。

 

そして鳴響の前には夏穂が最後まで立ち塞がった。8回も浜崎の代打の安室、矢部岡を三振に打ち取る。志藤にはチェンジアップを上手く合わされヒットを許すが、宇多はストレートで圧倒し、最後はフルブルームを振らせて三振に打ち取る。

8回裏の攻撃は無得点に終わったが、9回表には先頭の大越、続く箱崎からもさらに質の上がったストレートとフルブルームのコンビネーションで三振を奪い、星野もストレートの釣り球を振らせて三振。最終回にも三者連続三振を奪う圧巻のピッチングで捩じ伏せた。

「試合、終了ですッ! 先制した聖森学園に鳴響も粘り強く戦いましたが、最後は桜井がエースの貫禄を見せたましたァ!」

 

「ナイスゲーム。本当に強かったよ」

「そっちこそ。最後まで誰も諦めずにいて、気が抜けなかったぜ。7回は冷や冷やしたし」

「あそこで取りきれなかったのがこっちの敗因さ。…そっちのエースにやられたよ」

「でも一歩間違えていたら負けてたのはこっちだったよ」

「まあ、負けは負けさ。あと1試合、俺たちの分も勝ってテッペン取ってくれよ」

「ああ、当然だぜ!」

 

「あの桜井さん!」

「? 志藤さん、だよね?」

「はい! 同じ女子選手として、最後の試合で対戦できて良かったです! 是非とも決勝戦も頑張ってください!」

「うん! …ん? 最後?」

「はい、私も3年生で引退なので」

「え、じゃあ宇多くんに敬語なのは…」

「母が厳しいので、私は基本的には敬語で話すことが多いんです。先生にも堅苦しいから敬語じゃなくて良い、って言われたんですけど…」

「先生?」

「宇多さんのことです! 先生は私がスランプのときに…」

「志藤さん! 話すとややこしいからその辺で! じゃ、聖森のみんな。頑張ってくれ!」

「ちょっ、先生! 引っ張らないでくだ…」

そういって鳴響の面々は引き上げていった。

「あはは…、面白い人たちだね」

「ああ。そしてあいつらの分も負けられないな」

「遂にあと1つ! みんな、頑張ろう!」

「「「おおおおっ!!」」」

「って、おいそれ俺のセリフだぞ!」

 

全国高校野球選手権大会 準決勝

鳴  響 200000100 3

聖森学園 20100030x 6

 

* * * * *

 

「ふむ…。素晴らしい試合だった」

スタンドにて真夏であるにも関わらず真っ黒な服と帽子をかぶっていたのはスカウトの影山だ。彼がマークしていたのは県大会からずっと目をつけていた松浪だった。

「やあ影山さん。よくそんな格好でいれますねえ。首尾はどうです?」

「千家くんか。松浪くんはやはり頭1つ抜けているな。まさに攻守の要だ。宇多くんも下位指名かもしれないが十分にプロレベルだったな。そして桜井夏穂くん。いやはや驚いたよ。まさか18奪三振完投とは…」

「球速はMAX140キロほどですけど、それを補えるだけのノビ、コントロール、変化球がありますからね。同じ女子選手で言えば鳴響の志藤もなかなかだったと思います」

「ふむ。良い目の付け所じゃないか。2年生では久米くん、箱崎くんも楽しみな素材だったな」

「次も注目選手のいるカードでしょう? 影山さんが中学時代から追ってるふたりが来ますよ」

「そうだな。シニアでベスト4の十三村(とみむら)くんと、シニアで優勝した'中学最強右腕'と呼ばれた笠根(かさね)くん…。しかし二人とも中学時代とは別人だな」

「別人?」

「二人とも色々あったのさ。…そろそろ始まるぞ」

「そうみたいですね。ご一緒させて頂いても?」

「構わんよ」

「そりゃどうも」

 

* * * * *

 

「さあ、間もなく準決勝第2試合! 分校から今年の春に高校として復活した開拓高校! 元々属していた混黒高校を破り甲子園出場、破竹の勢いで鉄砂高校、あかつき大附属といった常連校を破り準決勝までやって参りましたァ! さあ、一方の対戦相手はパワフル第二高校! こちらは久しぶりの甲子園出場、そして同じように覇堂高校や湯けむり高校などを破り勢いに乗って準決勝へとコマを進めて来ました! さあ、先ほど勝利した聖森学園の待つ決勝戦に勝ち進むのはどちらのチームなのか!」

「はいっ! 熱盛さん、長文お疲れさまでした!」

「響乃ちゃん…、ちょっと一回落ち着くから場を繋いどいてちょうだい!」

「は、はいっ! では両チームの注目選手を解説の元・西強大学監督の八木さんにお聞きしたいと思います!」

「どうも。両チームともにエースが柱となってきたチームじゃな。先発である十三村と笠根がこの試合の行方を左右するじゃろう。じゃがどちらもワンマンチームでもない。良い試合になると期待しておるよ。」

 

* * * * *

 

「よう、笠根。久々だな。中学の時は挑むことすら叶わなかったけど、今日は勝つのは俺たちだ!」

「…えっと、確か…十三村だったっけ。今日はよろしく。…それじゃ」

意気込む十三村に対して笠根はどこか落ち着かない様子で足早にベンチへと戻っていく。

「…? 笠根ってあんなに腰が低かったか? もっと高圧的な奴だったと思うけど」

「ちょっとキャプテン。はやくみんなを集めてちょうだい。因縁がある相手なのは分かるけど…」

「ああ、すぐ行くよ」

十三村はベンチ前に全員を集めてミーティングを行う。

「よし、みんな。準決勝まで来たけどやることは変わらない。目の前の相手に全力でぶつかるのみだ。俺たちに負けたやつらの分まで、戦い抜こう!」

「「「おおっ!」」」

 

「…中学、か。やっぱり'前のオレ'はすごかったんだな」

「そりゃあそうですよ。先輩がいれば甲子園出場どころか優勝も…、あっ。すみません…」

「いやそう言われても仕方ないさ」

「でも'今の先輩'でなければ他の皆さんは付いてこなかったも思います」

「聖人くんはどっちの方が良かった?」

「それは分からないです。けどここまで来れたのは間違いなく今の先輩のお陰ですよ」

「じゃあ、この試合も勝って決勝に行こうか!」

「はいっ!」

 

先攻 開拓高校

1番 センター 軽井

2番 セカンド 宇佐美

3番 ライト 沖田

4番 ファースト 御影

5番 サード 広畑

6番 キャッチャー 詰井

7番 ピッチャー 十三村

8番 ショート 杉田

9番 レフト 下山

 

後攻 パワフル第二高校

1番 ライト 多目口

2番 センター 矢部中

3番 サード 長島

4番 ショート 萬

5番 キャッチャー 諏訪野

6番 ピッチャー 笠根

7番 ファースト 石原

8番 レフト 野村

9番 セカンド 関根

 

決勝をかけた、もうひとつの戦いが始まろうとしていた…!

 

 




無事に決勝に進んだ聖森学園。次回はその対戦相手となるもうひとつのカードの勝者を決める戦いです。
開拓、混黒が出てきましたが一応このお話ではパワポケに出てくるような超能力や裏の世界は無い世界線なので安心(?)してください。
今回の選手紹介はありませんが、希望などがあれば次回以降にねじ込んででも紹介しようと思います。
次回もよろしくお願いします!

この作品の中で好きな登場人物は?(パワプロキャラでもオッケー)

  • 桜井夏穂
  • 松浪将知
  • 空川恵
  • 久米百合亜
  • ここに上がってる以外!(コメントでもオッケー)
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