New Styles ~桜井夏穂と聖森学園の物語~ 作:Samical
――「Y中学から来ました! 十三村です! ポジションはピッチャーです!」
「同じくY中学から来た雨崎です。ポジションはキャッチャーです」
「Y中学のシニアって去年準優勝したところか?」
「おいおい、大物が来やがったのか!」
「俺、ポジション被ってんだよなあ~」
強豪校である混黒高校の新入部員挨拶。昨夏に準優勝に輝いたチームのメンバーであり、幼馴染の十三村、雨崎、餅田は期待の新戦力だった。
1年生ながら140キロオーバーのストレートとキレのあるカーブを投げる十三村、強打のキャッチャーの雨崎、高い完成度を誇る技巧派投手の餅田。初日から実力を見せつけ早くも夏からベンチ入りどころかスタメン候補とまで言われるようになった。
あの事件が起きるまでは――
ククッ! バシッ!
「ストライクッ! バッターアウト!」
笠根に逆転ツーランを浴びた十三村だが後続の打者は打ち取ってスリーアウト。ナックルカーブを効果的に使い、笠根以外にはまだまともに打たれていない。
「悪い。単調過ぎた」
「詰井はまだキャッチャー経験が少ないからこれくらい仕方ないさ。それよりここからは1点も許されないし、逆転し返さなきゃいけない。気を引き締めていこう」
「よしっ! 広畑! 一発かましてこいよ!」
「言われなくても!」
気合いを入れ打席に入った広畑。一見、お調子者のような広畑だがそのセンスは開拓のメンバー随一だ。やや自信過剰なところもあるが。
「(こいつの武器は高速シュート! そしてこいつは球数も増えてきてるし、早めにケリを付けたいはずだ!)」
広畑は初球インコースにヤマを張った。そして、
「オラァ!」
「(来た! インコースのシュート!)」
自分の完璧な読みを自分で誉めながらフルスイングでボールを捉えた。快音を残した打球はレフト後方へ。
「よっしゃあ! …あれ?」
走り出した広畑だったが打球はみるみる失速し、少しバックしたレフトのグラブに収まった。
「へっ。そこは打ってもお前程度じゃあそこが限界だぜ」
この笠根の投球の真髄はインコースの出し入れである。球威のあるストレートと高速シュートをボール1個分出し入れできるコントロールこそ笠根の最大の武器。荒っぽいイメージに反してその投球はクレバーそのものである。結局この回の開拓はランナーは出せずに終わってしまう。一方の十三村も上位打線をきっちり3人で抑え、試合は7回へと突入した。
「(球数も多い。あのヤローが無駄に投げたせいだな…)」
「か、笠根!」
「あん?」
マウンドに向かう準備をしていた笠根を呼び止めたのはキャプテンを任されている土中だった。
「お前が疲れても後ろにはオレも、青木もいる! だから思いきって…」
「お前らなんかに俺の代わりが務まるって? ふざけるんじゃねえ!」
笠根は土中に詰め寄るとその胸ぐらを掴んだ。ベンチの奥の方のため外からは見えないが、見つかれば一大事だ。
「お前、俺が記憶を無くしたのをいいことに、随分と、調子乗ってたみてーじゃねーか?」
「そ、それは…」
「記憶を無くした後の俺の性格、見たろ? いいか。あれがきっと俺の'本来の'性格なんだよ。お前らが嫌ってた俺の性格はな、お前らみたいなやつの下らない嫉妬なんかで歪んだんだ。なのに記憶を無くした俺には粋がって強く当たりやがって…」
土中を突き放すと笠根は周りに言い放った。
「お前らが俺に嫉妬する暇があったら、練習してりゃ良かったんだよ! そうすれば俺の性格が歪むことも…」
「…笠根。お前の言いたいことはよく分かった」
荒れる笠根に近づいてきたのは萬だった。
「なんだよ萬」
「俺も中学の頃、記憶を無くしたことがある。お前は知ってるだろ?」
「そういやそんな話してたな。記憶を無くした俺に」
「正直お前とは関わりたくなかった。記憶を無くして手探りを続けるお前が、昔の俺と重なってな」
「それがどうした」
「だがお前はその手探りのままでバラバラだったウチの野球部を立て直した。ひたむきに練習してたお前を見たから、俺はそのお前に手を貸したんだ」
「…」
「それにお前。記憶が戻ってから、俺のプレーにケチ付けてきたな。…だけど前のお前なら俺のことを罵るだけだったはずだ。でもお前はこう言った。『前よりマシだった』ってな。これはお前なりの褒め方だろ?」
「違う! それはお前のプレーが遅すぎたから…」
「…分からないならはっきり言ってやる。お前の記憶が戻ったかどうかなんて正直どうでもいい。お前の本当の人格はどっちなのかもどうでもいい! ただ俺たちは、記憶のどうこうに関わらず、'笠根'と野球部全員でテッペン目指したいんだよ! 」
「っ!」
「それが記憶を無くし、それでも前だけ向いて戦ってきた、そんなお前に冷たく当たって、誰よりも過去を引きずり続けていた俺たちにできる唯一の贖罪だ」
「…」
笠根は拳を強く握りしめたが、やがて目を閉じて考え込んだ。
――「おい、お前」
「どうしたんだい? 最強になるためそのままでいるんじゃなかったのかい?」
「性格が歪んじまったオレと記憶を失ってまっすぐなお前。どっちが本当の'笠根宗介'なんだろうな?」
「そんなの分からない。けど…」
「けど?」
「今ここにいる'笠根宗介'という人間は、オレと、お前。その両方がいてこそ、ここに立ってる」
「そうかよ。…分かった。お前に、俺を託す」
「!」
「だが完全に入れ替わるんじゃねえ。俺とお前。2人で1人。'最強'になるんだよ…!」
「…そう、か。ならこの試合、なおさら負けられない。そして決勝も勝って優勝するんだ!」――
再び笠根が目を開いたとき、笠根は再び別人となった。
「すまない、みんな」
「結局お前はどっちなんだよ」
「そうですよ。記憶が戻ったり戻らなかったりで性格まで変わってちゃリードするのも大変ですよ」
「お、怒ってないのか…?」
恐る恐る尋ねた土中に笠根は再び語気を強めた。
「怒ってるに決まってるだろ!」
「ひぃ!?」
「…なんてね。でも勝手にオレの限界を決めないでくれよ。オレはまだまだ元気さ! とにかく、まだまだ試合はここからだ! みんな、行くぞ!」
「「「おおおっ!!」」」
7回表、開拓の攻撃は8番の杉田から。あくまでベンチからの感覚なので分からないが詰井は明らかに雰囲気が変わったのを感じた。
「(なんだか揉めてるように見えたけど、今はそう険悪には見えない。むしろより1つになった)」
ズバーン!
「ストライーク!」
「(笠根の雰囲気も元に戻ったみたいだ。けどボールは記憶を無くしたらしい状態のまま…)」
笠根とパワフル第二のメンバーにどのようなやり取りがあったのかは分からない。だが試合で決着をつける以上は言葉ではなく野球で語るしかない。
「よく分からんが、もっと手強そうになったぞ」
「詰井も分かるかい? あの笠根はきっと厄介だ。1人で戦うことを止めたワンマンプレイヤーほど怖いものは無い…!」
カキン!
ストレートを捉えた杉田の打球は三遊間を破るかと思われた。しかし、
「っ! うおお!」
ショートの萬が飛び付き、すぐさま立ち上がって1塁へ送球しアウトにして見せる。
「ナイス萬!」
「ふん。これくらい当然だ」
小太りの体からは想像のつかないキレの動きのプレーに杉田は舌を巻いた。続く下山はヒットを放ち、軽井は送りバント。しかし、
「あっ!」
処理に走ってきたサードの長島がエラー。オールセーフとなった。
「悪い、笠根…」
「気にするなよ。次からミスしなきゃ大丈夫だ。それより次もビビらず来いよ!」
「! お、おう! 任せろ!」
仲間のミスにも逆に鼓舞してみせる笠根。仲間と戦うことを知った天才は、さらに体に力が漲るように感じた。ここからは宇佐美、沖田と好打者が並ぶ。だが笠根には負ける気は起こらなかった。
「っ!」ズバッ!
「くっ…!」
宇佐美のインコースを強気に攻める。しかし宇佐美も巧みなバットコントロールで各球種を捌いていく。
「(スラ、SFF、シュート。一通りカットされたか…!)」
カウントは2-2。しかし緩急をつけたり、空振りを取りやすい大きな変化球が無いためここまでアジャストされると投げる球が無くなってしまう。
――「シュートはもっと思い切り腕を振り抜くんだよ!」
「えっ?」
「コントロールしようとして腕の振りが鈍くなってんだよ。もっと思い切り振り抜け! ぶつけるつもりぐらいでな!」
「ぶつけるって…」
「バカ野郎! そう意識して投げろってことだ! それに腕を振れば必然的にボールは全てキレが増す。力むんじゃねえ、動きを鋭くするんだよ! それと…」
「…それは難しいかもだけど、分かった。やってみよう!」――
「(もしも俺たちが2つの人格に分かれてしまったなら、今は再び1つになるとき!)」
ボールを握る手に力を込める。
「(俺のSFF、アイツの高速シュート。この2つの魂を、1つに…!)」
一人の体に秘められた二人分の夢と闘志。それが1つになった時、気持ちの強さで負けるわけにはいかない。
「うおおおっっ!!」
チームみんなで、自分個人でも'最強'になるために。
「! なんだこのボールは!?」
「この軌道は、まさか!」
軌道は途中までSFFのそれだったが、ただ落ちるのではなく鋭くシュートした。それはかつての笠根の高速シュートのごとき鋭さだった。
宇佐美は果敢にバットを出したが空を切った。そして諏訪野は全力で体で止めた。
「ストライクッ! バッターアウト!」
宇佐美を三振に打ち取ると、諏訪野はサイン確認のために一人マウンドに向かった。
「ナイスボールです! けど投げるなら予め言っておいて欲しいですね!」
「ごめんよ、聖人くん」
「ところで、今のはなんというボールですか?」
「名前か…。無我夢中でSFFの握りのまま、高速シュートの投げ方で投げたからな…。よし決めた! 今の俺と、記憶を失う前のの俺、二人の力の結晶…、'デュアリズム'、かな?」
「まあ、少し変わった名前だけど、いいでしょう。サインはこれで。張り切っていきましょう!」
「ああ!」
続く沖田にもスライダーとシュートで揺さぶりをかけ、
「ぐっ!?」ズバン!
「ストライク! バッターアウト!」
追い込んだところで新たな決め球、デュアリズムが決まり2者連続三振となりスリーアウト。傾きかけた流れは再び引き戻された。
しかし十三村も譲らない。
「これ以上点をやる訳にはいかない!」
7回裏、萬、諏訪野を打ち取ると、ここで笠根を打席に迎える。
「ここで試合を決めてやる…!」
「させる訳無いだろ? それに…」
振りかぶった十三村は豪快に腕を振るう。キレのあるストレートがコーナーに決まる。
「あんなボールを見せられて、こっちも黙っちゃいられないな!」
十三村はさらに力を込めたストレートを投じる。
「(くっ…、流石に速い!)」
中学で4強だったチームのエースの内、松浪のいた夢尾井シニアの多和は軟投派だったが残りの3人、Y中シニアの十三村、阿左美が丘シニアの東出、そして蓬莱シニアの笠根。この3人はビッグ3と呼ばれていた。この中で最も球速に優れていたのは東出、ナンバーワンと言われたのは笠根だった。だが十三村も規格外の存在であることには変わりはない。球速では笠根を上回っていたし、変化球のキレで言えば東出を凌ぐ。
「これで、決める!」
「っ!」
そして最も厄介なのがこのボールだった。ナックルカーブ、分かっていても捉えられなかった。結局この回も三者凡退。あのホームラン以降は点が入る気配がない。
8回の開拓の攻撃。御影はデュアリズムを捉えられずファーストゴロに倒れ、広畑もデュアリズムに手も足も出ず三振。ここで6番の詰井を迎える。
「(このままじゃまずいな。あのデュアリズムとやらをどうにかしないと…)」
笠根は初球からデュアリズムを投じる。詰井は空振り。見たこともない軌道に加えてかなりキレがある。だがこれを何とかしない限り勝ち目は無い。
「(…これを打つのは難しいな。それでも何とか…!)」
ストレートが1球外れた後、投じられたのはスライダー。外から入ってくるそれを詰井は迎え撃つがジャストミート出来ずファール。しかし、これに詰井は違和感を覚えた。
「(? 思ったより曲がらなかったか?)」
次もストレートが外れ、これでカウントは2-2。そして笠根が決めに来た。
「! デュアリズムか!」
スライダーとは比べ物にならないキレで襲い来るボールに詰井は食らいつきファールにする。
「当たった…!」
「(こいつ、もう対応し始めてる…!)」
プレーが再開した後、諏訪野のサインに頷き、笠根はデュアリズムを投じた。しかしこれもファールにされる。
「(一度目線を変えさせましょう。アウトコースから低めにスライダー。ボールで、なんならワンバンオッケーです)」
「(よしっ…!)」
額の汗を拭い、投球フォームに入り、ボールを投じる。左打者の詰井からすれば鋭く外に逃げながら落ちていくデュアリズムを見た後に外から入ってくるスライダーがくれば対応は難しいはずだ。ところが笠根が投じたスライダーは要求よりも真ん中へと来てしまった。しかし高さは要求通り、ここから曲がれば上手くいけば振ってくれるかもしれない。
しかしそんな諏訪野の甘い考えは打ち砕かれた。
カキーーーン!!!
「打ったー! 詰井が捉えた打球は弾丸ライナーでライトスタンドへと飛び込んだー!! 女房役がエースの好投に答える同点アーチだァ!!」
結論から言えば、スライダーは曲がらなかった。完全な失投。コースは真ん中、高さは悪くなかったが曲がり損ねのスライダーほどの絶好球は無い。そして詰井はそれを逃さなかった。チームの中でも長い経験を積んできた選手である詰井の集中力がこの結果を導いたのだ。
「くそっ…。…いや、まだだ。まだ同点じゃないか…!」
ホームランを打たれしばらくうちひしがれていた笠根だがすぐさま気を取り直した。
「こんなところで、ここまで来て終われるかよっ!!」
ズバッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
続く十三村は三振に打ち取った。しかし同点にすることに成功した開拓は俄然盛り上がっていた。それに呼応するように十三村は下位打線を迎える8回裏も三者凡退に切って取る。150キロに達しようかというストレートをインコースにバシバシと決められていては並の打者には打てない。
そして試合は9回裏に突入した。だが笠根も、十三村も、譲る気配は無い。
「うおらぁ!」ズバーン!!
疲れの色が見え始めた笠根だったが開拓の下位打線の杉田、下山をデュアリズムで簡単に打ち取ると続く軽井も簡単に追い込んだ。
「! しまった、ストレート!?」
そして軽井にはデュアリズムを意識させた上で外角にストレートを決めて見逃しの三振に打ち取った。
一方の十三村。こちらも疲労があるのは間違いないはずだがそれでもボールのキレに衰えは見えない。
多目口をストレートで三振に打ち取ると矢部中にはスライダーを引っかけさせてサードゴロに打ち取る。
「そりゃ!」カキーーン!
「っ!」
しかし3番の長島にスライダーを捉えられツーベースとされた。ツーアウトとは言え迎えたサヨナラのチャンスに勢い付くパワフル第二のスタンド。しかしこの状況でもマウンドに立つ男、十三村は楽しそうに笑った。
「(やっぱり、野球は楽しいなあ。こんな状況で言うことしゃないかもしれないけど)」
ここで迎えるのは4番の萬。ベンチの村田監督からは好きにやれ、といえジェスチャーが飛ぶ。おそらく敬遠して塁を埋めるか否かの判断の事だろう。
「(そんなの決まってる。答えは…)」
セットポジションから豪快に腕を振り、詰井の構えるミットにストレートを投げ込んだ。
「(勝負一択だ!)」
この判断は一見、十三村が勝負を優先したように見えるだろう。だがこの判断に至った根拠にも裏付けがある。マネージャーである木村のデータだ。萬は長打力に優れ、打率も悪くない。だが続く諏訪野はかなりの打率を誇る。そして塁上の長島はそれなりに足が速い。外野を越されようと越されまいと、肩が弱いわけではないが特別強くも無い開拓の外野手を踏まえれば萬勝負のほうが合理的だと判断したのだ。
ストレート、スライダー、フォーク。持ち球とカウントを惜しみ無く使い、カウント2-2で追い込んだ。
「(来るか…、ナックルカーブ!)」
萬は元よりそれほど熱い性格ではないが曲がりなりにも四番打者。この状況で燃えない方がおかしいだろう。
「うおおおっ!!」
そして十三村が投じたのは、渾身のストレートだった。
「くっ!」ズバーン!!
「ストライク! バッターアウト!!」
マウンドで十三村が吼える。そして悔しげにベンチへと戻る萬。
「みんな、すまん」
「萬、気にするなよ。それより、どうやら俺たちが相手にしてるのは想像以上に化け物みたいだな」
笠根が見ていたのは、電光掲示板に表示された数字、'151キロ'という、9回にしてマークされた十三村の球速だった。
ついに試合は延長戦にもつれ込んだ。笠根は先頭の宇佐美をショートゴロに打ち取り、続く沖田を迎える。しかし、ここで笠根のボールに異変が生じた。
「ボール!」
「くそっ!」
簡単に追い込んだ後にストレートが外れ、デュアリズムも叩きつけてしまった。そしてさらに、
「うわっ!」
「わ、悪い!」
今度は抜け球が沖田を襲いデッドボールに。
「ふっ!」カッキーン!
「しまった!」
続く御影にはスライダーが甘く入り、1アウトランナー1、2塁のピンチを迎える。
「うおらっ!」
だがこんなところで折れるわけにはいかない。笠根は広畑に対して低めに集めるのを止めて、力の限り威力のあるボールを投じた。球威の増したストレートに押された広畑だったがきっちりと1塁側へ転がし進塁打になった。ここで迎えるのは先ほどホームランの詰井。
「おっと、ここで諏訪野が立ち上がって、詰井を歩かせます。バッテリー、満塁策を選びましたァ!」
2アウトながら満塁。ここで迎えるのはここまでノーヒットの十三村。今日2打点の詰井よりこちらの方がリスクは少ないと踏んだのだ。
笠根は力を振り絞って十三村との勝負に挑んだ。その初球に選んだのはデュアリズムだった。
開拓の注目度が甲子園に来るまで低かったこともあり、開拓のデータは少ない。だが実はこんなデータがある。
開拓高校の予選1回戦、先行高校戦で2点ビハインドの8回に満塁から逆転ホームランを放ち、続く高校キングとの1戦でも満塁から走者一掃の一打を放った。
そこから県内では、'恐怖の満塁男'と言われた打者が、十三村であるということを、この試合を見る者の多くが知らなかったのだ。
カッキーーン!!!
「なっ…!」
決してデュアリズムが曲がらなかったわけでもない。キレも悪くなかった。高さも間違えなかった。それでも十三村の集中力がそれを上回ったのだった。
「入った、入っちゃいました! ホーーームラーーーーン!!!! 延長戦に突入したこの試合の、流れを変える豪快なアーチ!! 私も、胸が熱くなって参りましたァ!!!」
興奮冷めやらぬ球場。笠根はただただ味方にもみくちゃにされる十三村を眺めていた。
――なあ。俺たちはひょっとしたらああいうのに…――
「それは…、言わない約束だ。ここまで来れたのも、パワフル第二のみんなのお陰なんだ。それにまだ諦める訳にはいかないんだ…!」
監督が投手の交代を告げる。それに関しては文句は言えない。エースの責任を果たせなかったのは自分だ。
「…笠根、ナイスピッチングだった」
「土中、後は頼むよ。…すまない」
「! 笠根…、ああ。任せろ。1人ぐらい一瞬で終わらせてやる!」
土中がレフトの野村に代わって入り、リリーフすることになった。打撃の良い笠根はレフトに入る。
土中は自慢の変化球、ラッカセイバーと名付けたナックルで杉田から三振を奪いスリーアウト。
しかし、衰えを見せない豪腕から4点を奪う余力はパワフル第二に残されてはいなかった。
「ストライク! バッターアウト、ゲームセット!」
諏訪野から三振、笠根はヒットを放ったが後続を三振に切って取り、開拓高校が勝利をもぎ取った。だが笠根の顔はどこか清々しかった。確かに敗れた。だがここまで来れたことは、このチームが本当はどれだけ良いチームだったかの証明となった。
「(周りに迷惑を掛けてばかりだった。そんな俺に、俺たちにできる罪滅ぼしは、誰かに希望を与え続けることだ、きっと…)」
こうして、パワフル第二高校と、そこで数奇な高校生活を送った男の戦いは、終わった。
* * * * *
「エースの劇的満塁弾! 笠根は力投も力尽く」
そんな見出しのネットニュースを見て夏穂はスマホのニュースアプリを閉じた。
「すごい試合だったね」
「うん~、まさにエース同士の戦い~、って、感じ~」
「最後の十三村のホームランも凄かったねっ! でも、こっちのエースも負けてないでしょっ!」
「うんうん~、夏穂と私たちならどんな相手でも負けないよ~」
恵と姫華はそれぞれ試合の感想を言い合っていたがしばらくして時計を見て気づいた。
「そろそろミーティングだね~。ミーティング部屋に行かないと~」
「そうだね、行こっ! 」
「あ、うん!」
「以上が決勝の相手、開拓高校の簡単なデータだ。では松浪、雪瀬。説明を」
「はい。今日、パワフル第二を下して決勝進出を決めた開拓高校は悪く言えばワンマンチームだ。エースの十三村の出来が勝敗に関わってくる、と言っても良いくらいに十三村が柱となっている」
「…ですが、それを開拓高校のメンバーも理解して各選手が動いています。打線の方はまず軽井さん、宇佐美さん、沖田さんの出塁率の高さは要注意ですね」
「そんでもって、御影と広畑には長打力がある。下位打線も杉田はそこまでだけど下山は優れたオールラウンダー。そして最も警戒すべきは十三村と詰井だな。十三村はチャンスに強いし、詰井は打つと決めたらボール球でも躊躇わず打ってくるから気を付けねーと」
「そして投手陣ですが…、まず十三村さんは最速150キロを越えるストレートに高い完成度のスライダー、フォーク、そして決め球のナックルカーブ、そして延長戦も投げ抜くスタミナ。おそらくこれまでの対戦相手の投手の中でも最高クラスの投手でしょう。控え投手には豪速球とフォークが武器の澄原さん、SFFが武器の鈴木さんがいますが…」
「す、澄原ってあの…!?」
「え、ええ?」
「氷花たちは知らねーわな。その通り。俺たちが1年の時にやり合った海底分校の澄原だ。どういう訳かはわかんねーが、開拓の2番手投手を務めてる」
「と、とにかく。選手の特徴はこんな感じです」
「さて、細かいデータだけど…」
ミーティングも終わり、各々はそれぞれの形で明日を迎える準備をした。
ブンッ! ブンッ!
「おお、大! こんなところにいたのか!」
「風太か。それにトモも」
「部屋にいねーからどうせバットでも振ってるんだろ、って思ってな」
「…覚えているか、トモ。ここに来ると決めた日を」
「ああ。二人とも、俺のワガママに着いてきてくれたんだ。それはずっと感謝してる」
「なーに言ってんだよ! ここでの経験があるから今の俺たちがいる。それに最後に決断したのは自分自身だぜ? 俺たちの勝手で付いてきたんだよ」
「ああ。それに明日でここに来た意味、その答えを出せる。…だか、俺はもう答えは決まっている」
「俺もだぜ?」
「「ここに来て、正解だった」」
「お前ら…、へへっ。ともかく、明日で泣いても笑っても終わりだ。ガキの頃からずっと一緒にやってきた集大成…、見せてやろうぜ!」
「おう!」
「ああ…!」
「あ~、綾ちゃん。こんなところにいたんだ~」
「? 恵ちゃん、どうしたの? こんな時間に…」
恵が訪ねたのはミーティング後にも部屋に残って投手の映像をチェックしていた村井の元だった。
「まだ映像見返してたの~?」
「おや、そこにいるのは恵ちゃんでやんすか?」
「あ~、矢部川くんもいたんだ~。何してるの~?」
「オイラも映像のチェックでやんす!」
「私たちはきっと明日もベンチスタートだと思うし…、出るとすれば終盤の代走の時だと思うの…」
「オイラたちには失敗は許されないでやんす! たった1度、あるかないかの出番のためでも、投手のクセ、守備の動き、外野の肩…、代走出された塁からホームに帰るのに必要な情報は何でも見つけるでやんす!」
「…うん。私も。こういうことぐらいしか、貢献出来ないだろうから…。出来る準備はやっておこうと思って…」
「矢部川くん、綾ちゃん…」
「もちろん、スタメンで出るに越したことは無いでやんす。でもみんながみんながヒーローにはなれないでやんす。だからスタメンで出るメンバーを少しでもアシストして上げるのがオイラたちベンチの仕事でやんす」
「私たちがまだ下級生ならこんなことを考えてちゃいけないんだろうけど、もう次が最後だもん…」
「オイラたちだけじゃないでやんす。元木くんだって、『あったら困るけど、松浪と氷花ちゃんが怪我したら誰がマスク被るんだよ!』って、毎日キャッチャーについての本を読んだり、あっちこっちのポジションのノック受けてるでやんすし、田中くんも考えうるポジションは全部練習してるでやんす。田村くんもずっとバットを振り込んでるでやんす」
「そっか~、…」
恵は本当は村井に用があってきたのだ。だがベンチを暖める試合が続く彼ら、彼女らはみんな、それぞれの役割を自覚して、それを全うするための努力を積んでいる。恵が持ってきた用はその覚悟を聞いた後では打ち明けにくかった。
「…恵ちゃん、らしくないよ。そんな迷ったような顔…。何か、用事があってきたんでしょ?」
「えっ、えっと~」
村井はいつもオドオドしている。しかし、人の目を伺うクセがあるが故に、人の感情の機微にもすぐ気づく。
「あはは~、敵わないな~」
「…いつもまっすぐ突き進む恵ちゃんでいてほしいから、遠慮しないでなんでも聞いてよ」
「うん。実は、お願いがあってね~、…」
「…ねーちゃん、やっぱりここにいたか」
「あれ? 満?」
満は宿舎の近くのベンチで夜空を眺める夏穂を見つけた。
「昔から夜空見るの好きだよな。別に星が見えるわけでも無いのに」
「うーん。星が見えるに越したことはないけど…、ちらほら見えるのも嫌いじゃないかな」
「ふーん、どうして?」
「なんとなくだよ」
「そっか…。聞いた? 父さんと母さん、それに小春も来るってさ」
「おお、そりゃ頑張らないとね…!」
「そうだよな!」
「次も抑えて、みんなでテッペン取るよ!」
「…」
満は何か言いたそうにしたが、口にしなかった。それには夏穂も気づかなかった。
「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るよ。体冷やさないようにな」
「心配してくれるの? 優しいな~!」
「うっせ」
満はその場を後にした。それを見届けた夏穂は1つ大きなため息をつく。
「(明日で、泣いても笑っても最後になる)」
正直なところ、夏穂は怖かった。いつもは明るい夏穂が他人に、家族にもあまり見せない、弱気な夏穂がそこにいた。
「(相手はきっと強い。でも、私が抑えれば、みんなが点を取ってくれる…! 今日みたいに…!)」
今日の自分、特に7回のピンチを切り抜けた投球。夏穂もスポーツ科学や心理学に無知なわけではないし、そうでなくても知っている。おそらくあれは…、
「(超集中状態…、いわゆる'ゾーン'ってものだよね…)」
ゾーン、とは『リラックスしながらも凄まじい集中がができている』、『全てが自分の思う通りにいく』、といった、心と体の一致した無我の境地とも言える状態であり、その競技に本気で没頭できなければ至れない境地である。鳴響戦での夏穂は'魔曲'さえも振り払える境地に達していた。
「(とはいえ、狙って入れるようなものじゃないのは分かってる。それでも私はベストを尽くさなきゃ…!)」
それは、エースナンバーを与えられた者の覚悟。投手のみの代表ではなく、チームを代表する者として、それに相応しいパフォーマンスをしなくてはいけない。
「(みんなと野球が出来るのも明日が最後! 絶対に負けられない!)」
夏穂の元を去った後の満もまた、ため息をついていた。
「(ねーちゃん。俺は誤魔化せねーぞ。きっと何言ってもはぐらかすんだろーけど、あれは相当力入ってる)」
もちろん気合いを入れるのは良いことだ。だが…、
「(ねーちゃん、あんまり1人で背負い込むなよ…!)」
「彩ちゃん、ストレッチ付き合ってくれてありがとっ!」
「いいよ、いいよ。これが仕事だもん」
ミーティング後、姫華は彩香の部屋を訪ねてストレッチを手伝ってもらっていた。
「いやー、試合が続くと疲れが取れにくくなってさっ! 最後の試合、全力でグランドを駆け抜けるためにも万全の準備しないとねっ!」
朗らかに笑う姫華を見て、彩香は意を決して尋ねた。
「姫華ちゃん」
「ん? どしたの?」
「それで…、'そんな足'で本当にグランドを駆け回れるの?」
彩香は別に責めるつもりで聞いたわけでは無い。ただ姫華が仲間である自分達に遠慮してることが、納得行かなかっただけであった。
「ど、どうして?」
「1つは前の試合。送りバント、したでしょ? あの時、一塁ベースをちゃんと踏んでた? ビデオを見返してて初めて気づいたけど…。そしてもう1つ、さっきの屈伸運動、明らかに左足に力が入ってなかったの」
「…。流石、トレーナー見習い、だね…」
彩香の指摘の通りだった。鳴響戦での最終打席の送りバント。自分も生きようとセーフティー気味に一塁側に転がし、投内連携が乱れるのを狙って一塁を全力で駆け抜けた。しかし、カバーに入った伊能とぶつかりそうになったため咄嗟に走るコースを変えた。その結果、ベースを踏み損ね、姫華の足には違和感が残った。試合中はなんともなかったが徐々に悪化、疲れがある、といって彩香にストレッチを依頼していたのだ。
「でもっ、それでも私は! 夏穂たちピッチャーの後ろを、全力で守ってあげたい! 例え、明日の試合でこの足が動かなくなっても! それでもっ…!」
「バカなこと言わないで!」
「っ!」
彩香が珍しく語気を荒げ、涙を流しながら覚悟を語った姫華は戸惑った。
「動かなくなっても? そんなこと軽々しく言わないで! 姫華ちゃん、木寄さんが練習後に送球練習してる人たちを見て、どんな顔してたか、知ってるの?」
「そ、それは…」
彩香は忘れもしない。大怪我の後、練習に復帰したものの以前のように送球は満足に出来ず打撃に集中した木寄が、チームメイトの送球練習を見て、顔に悔しさを滲ませていたのを…。
「怪我したら、一生後悔するんだよ…!」
「それは…、分かってる。…でもっ、明日の試合に出れなかったら同じくらい後悔する! ずっと夢見てたんだ…、一緒に戦ってきた仲間と、甲子園で、優勝を喜ぶんだって…!」
姫華の悲痛な覚悟を聞いた彩香は考え込み、そして救急箱からあるものを取り出した。
「彩香ちゃん、それ…」
「本当は、オススメしないんだけど…。姫華ちゃんの気持ちもよく分かった。これなら明日一日くらいならどうにかなる…、はず」
「い、いいの?」
「その代わり、無理だと感じたら、すぐ言って。こっちからそれが分かるようであれば、監督とコーチに伝えて下がってもらう」
「…元々、無茶言ってるのは分かってる。だからそれでいい。お願いするねっ!」
「うん。私も、みんなが喜ぶ姿、楽しみにしてるから…!」
姫華と彩香は明日の対策を準備し始めていた。その会話をドア越しに聞いていた人物がいた。
「(…まったく、しょうがない娘たち…。でもまあ、仕方ないか。指導者としては失格だろうけど)」
話を聞いていた人物…、花崎コーチは監督の番号の表示されたスマホの画面を切り、その場を後にした。
各々がそれぞれ覚悟を決め、決意を新たにし、そして出来るだけの準備をして、いよいよ当日を迎えた。
甲子園球場は12:00からのプレーボールにも関わらず、朝早くから多くの人が詰めかけ、すぐさま満員御礼となった。
逆境から這い上がったかつての天才と、新時代を切り開かんとするニューヒーローの戦い。話題性は十分であり、高校野球ファン以外からの注目度も高い。
そして、いよいよ、全国4000を越える高校の頂点を決める戦いが、最後の2校によって行われる…。
キリが悪くなり長くなってしまいました。長かった聖森メンバーの戦いも次の試合がラストとなります。
開拓のストーリーはパワポケで一番好きなのでラスボスとして、主人公には本作屈指の強キャラとした立ちはだかってもらいます。
今回のおまけはパワフル第二の笠根です。
○笠根宗介(かさねそうすけ)(3年) 右/右
パワフル第二のエース。中学時代は最強投手と呼ばれていた。あることがきっかけで記憶を失い、それまでの行動も災いして野球部での居場所を失いかけたが、本来の性格であるひたむきな性格による努力が実を結び、エースに返り咲いた。打球を受けたことがきっかけでかつての記憶も戻ってきたが、互いに理解しあうことで1つの人格となった。
選手としてはコントロールを武器にスライダー、シュートで左右の揺さぶりをかけ、SFFベースのオリジナル変化球、'デュアリズム'で打ち取る投球スタイル。
球速 スタ コン
146km/h B A
➡️ スライダー 2
⬅️ シュート 3
⬇️ デュアリズム 5
弾 ミ パ 走 肩 守 捕 守備位置
3 E B C C D D 投D 外F
リリース○ 内角○ キレ○ パワーヒッター プルヒッター 強振多用 変化球中心
次回もよろしくお願いします!
この作品の中で好きな登場人物は?(パワプロキャラでもオッケー)
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桜井夏穂
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松浪将知
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空川恵
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久米百合亜
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ここに上がってる以外!(コメントでもオッケー)