New Styles ~桜井夏穂と聖森学園の物語~   作:Samical

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ちょっと遅くなりました。
今回は少し長めです!


49 Not Alone

「聖森学園高校、選手の交代をお知らせします。先ほど代走いたしました村井さんに代わりまして白石君が入りピッチャー。2番、ピッチャー、白石君。背番号11」

グランド整備を終え、6回表を迎えた夏の甲子園決勝。マウンドには前の回に百合亜に代走を出した関係で白石がリリーフした。

『さあ同点に追い付き、この回はゼロで行きたい聖森学園! マウンドにはこちらも2年生、MAX150キロの豪腕の白石! さァ、どんな投球を見せてくれるのでしょーか!?』

 

打席には5番の十三村。気合い十分で打席に入った。

「(流れがこっちへと来つつある…、ここを凌いで一気に勝ち越す流れを呼び込みたい!)」

白石もまた表情には出さないが静かに闘志を燃やしていた。そして投球モーションに入り、初球を投じた…!

 

 

「ボール! フォア!」

「くっ…!?」

結論から言えば、白石の十三村に対する結果はストレートのフォアボールだった。初球のストレートは148キロを計測しながらも大きく外れ、次も外に外れる。そして今度はホームベースに叩きつけ、最後も外に僅かに外れた。

「(白石のやつ、明らかに力んでる!)」

続く打者は澄原に代わって途中出場の下山。かつては十三村と同じく混黒高校に在籍していた万能の外野手だ。

松浪は力みを取るためにフォークを要求した。

「(パスボールとワイルドピッチにだけはぜってーしねー! 思いっきり来い!)」

白石はそのサインに頷き、フォークを投じた。しかし余計な力が抜けきらず、ボールはまたもホームベース付近で叩きつけられた。

「くそっ! 逸らすかよ!」

難しいボールだったが松浪は体で止めてランナーの進塁は許さない。だが肝心の白石の状態は改善されず、次のストレートも外に外れた。

「(これが継投の怖いところ。調子がみんな良いとはかぎらねぇ。…こうなりゃ物は試しだ)

主審、タイムを」

松浪は一旦タイムを取りマウンドへ向かう。

「白石、力みすぎ。全然腕しなってないし、体カチカチじゃねーの」

「それは…」

「ストレートがダメ、フォークもダメ。…でも、あともうひとつ、試してみる価値はあると思わねーか?」

「! ですけど、あれは…」

「なーに、大丈夫だ。`ちょっと指ずらして真ん中めがけて腕振れば`な。少なくともこの1球は絶対に打てない」

「真ん中に…」

「ああ、絶対に大丈夫だ。俺を…、`知将`を信じてみろよ」

 

 

松浪がポジションへ戻り試合再開。下山は松浪の方をチラリと見た後にマウンドへ向き直る。

「(僕は人の3倍練習してきた。十三村…、彼に追い付くため! だから君達が何を企もうと…、打ち砕いて見せる!)」

白石がセットポジションからボールを投じた。ボールは真ん中へとやって来る。

「(彼はストレートかフォークの二択! フォークは決まらない以上、ストレート一本待ち…!)」

下山は打ちに行ったがボールは僅かにスライドした。

「(カ、カットボール!?)」

決して鋭い変化では無かった。ナチュラルのスライダー程度の代物だったが、下山は芯をずらされる。

しかし打球は弱く三遊間に転がり、満が捌いてバッターランナーはアウトにした。1アウト2塁、一打出れば再び勝ち越しを許すピンチとなった。

そして…、ここで再び榊原監督が動いた。それに気付いた松浪もマウンドへと向かう。

「白石、ここまでだ。…交代だ」

「…こんな調子なんです。仕方ありません…」

リリーフを告げられた杉浦がマウンドにやってくる。白石はボールを託してベンチへと戻ろうとした。

「白石」

「…はい」

「…忘れるなよ。今日…、いや、この甲子園で感じたこと。短いイニングだったかもしれないけど、抑えられた喜びも、勝つための使命感も、納得できなかった悔しさも。お前はここで終わるんじゃないからな、俺たちと違って」

「!…はい!」

白石は駆け足でベンチへと引き下がる。

「さて、ここからは俺達3年の仕事だな」

「苦しい所だけど行けるか?」

「ダメなら負ける、抑えれば勝つチャンスはある。分かりやすくて結構だぜ」

「おし、じゃあ頼むぜ」

 

バッターは7番の広畑。お調子者の広畑だが、杉浦の持ち球が2種類のカーブとツーシームということは頭に入れている。

「(こうもあっさり代えたのは驚いたが…、だが俺は打つだけだ! さぁ、来いよ!)」

杉浦は松浪のサインに頷き、初球を投じる。武器である大きく割れるカーブだ。広畑は一瞬体の方に来たボールに身を引きかけたがボールは真ん中低めへと決まる。これで1ストライク。さらに2球目も大きく割れるカーブ、しかしこれはワンバウンドしてボールになる。そして小さなカーブをアウトローに決めてカウントは1-2。

「(ここで来るか…? ストレート!)」

「(遊び球は無し! 杉浦、これで決めようぜ!)」

杉浦がサインに従って投げたのは低めへのカーブ…、`小さい`方だ。

「! クソがっ!」

読みが外れた広畑だが強引にバットを振っていった。ジャストミートとはいかないが打球は正面に弾き返す。

「っと!」

杉浦はとっさにグラブを出したが、運悪くグラブの先に当たってしまい打球の向きが変わる。打球は一二塁間の方へ。

「わわっ!?」

打球に反応し、杉浦の後ろに走り込んできた姫華は逆を突かれ、竹原が慌ててフォローに走る。杉浦もそれを見や否やファーストベースカバーに走った。

「うおおお!!!」

広畑も必死の全力疾走。竹原が杉浦へとボールを送るが判定は僅かに広畑が早かった。

「セーフ!!」

「へっ、見たか! ちょっとカッコ悪かったが…」

「ふー、ついてねーなぁ…」

杉浦もこれには苦笑いするしかない。一瞬手を出さずに姫華に任せることも考えたが、万が一抜けたら点が入るという考え、そしてピッチャーの本能が手を出させてしまった。

1アウト1、3塁。バッターは沖田。松浪はやや考え込んだ後に前進守備を指示した。1点もやりたくない。中間守備でゲッツーを取りに行けるし、2点目以降を絶対に取られたくない、という考えもあったが…、

「(十三村から1点奪うのも大変だからな。ここは勝負かけるぜ…!)」

松浪は杉浦に低く来い、とジェスチャーで伝える。杉浦もセットポジションから投球モーションに入る。

初球は低めへのツーシーム、これは見逃してストライク。続いて外角にストレートが外れてボール、続いてインコースにツーシームを決め追い込んだ。

「うおらぁ!」

バッテリーが追い込んでから選択したのはアウトローへの大きいカーブ、しかし…

「(やべっ! 内に入った!)」

ここまで慎重に投げてきた杉浦のボールはやや真ん中へと寄ってしまった。

「うおおっ!」カキンッ!

ややタイミングを外された沖田だったがカーブを上手く掬い上げた。打球はレフトの定位置まで飛んだ。

「タッチアップ! 夏穂!」

「オッケー!」

しっかり助走をつけてから捕球し、カットの風太まで送球を繋いだ。しかし十三村も平均以上の足の速さがあった。定位置のフライならば余裕のホームインとなる。

『勝ち越しー! 開拓高校! ここで犠牲フライで貴重な1点をもぎ取ったァ! しかし、これでツーアウト! 聖森学園、ここを最小失点で凌げるかァ!』

杉浦としては後輩の作ったピンチをゼロで凌いでやりたかったのだが…、

「(過ぎたことは仕方がない、野球に減点はねーからな。とにかくこれ以上は打たせねぇ!)」

続く打者、杉田に対しても強気にインコースを攻め、最後は外角にカーブを落として空振りの三振を奪った。

 

6回の裏、一点を追いかける聖森学園の攻撃は6番の夏穂から。

「さて…、打つ方もやるらしいな! 全力で行くぜっ!」

「さあ…来いっ!」

十三村は大きく振りかぶり、ボールを投じる。

ズドッ!

「わお!」

 初球からインコースに151キロのストレートが決まる。

「やっぱり速い・・・、けど負けない!」

 2球目の外角へ逃げるスライダーは見逃してボールに、3球目のインコースへのストレートは打っていったが後ろに飛んでファール。続く外角へのストレートにも食らいついてファールにする

「思ったより、粘るな…! だがこれで終わりだ!」

「!!」

 豪快な腕の振りから投じられたのはナックルカーブ、腕の振りの速さと相まってバッターからすれば強烈なブレーキがかかるように見えるボールだ。夏穂は当てに行かずフルスイングで応じたが当たることは叶わず三振に倒れた。

続いて打席に立つのは弟の満。ここも十三村はインコースを攻めた。初球はインコースへのフォーク、満はストレートを狙って振って行ったが空振り、2球目に続けられたフォークは見逃した。さらにインハイにストレートも外れてカウント2-1。しかしこの内角攻めにも満は怯まなかった。この後のアウトローの149キロの真っ直ぐに逆らわず合わせてレフト前へと運んだ。

「いいぞー、満ー!」

「続けよ初芝!」

ここで先ほど反撃の狼煙となるヒットを放った初芝。しかしその積極性を逆手に取られ、ボールゾーンに逃げるフォークとスライダーを振らされる。決して選球眼は悪い訳では無いが、そのミート力が故に多少のボールでも前の打席のようにヒットにすることもある一方でボールに逃げる変化球の空振りが多いのも初芝の特徴だった。そして追い込まれてからインコースに150キロのストレートを決められ見逃しの三振、これでツーアウトとなった。

「9番、セカンド、椿さん」

ツーアウトである以上、送りバントは出来ない。なんとしても後続へ繋ぐことが必要となる。

「(とはいえ…、私が十三村からまともにヒットを打つのは至難の技…)」

150キロ超のストレートにキレのある多彩な変化球。攻略法も限られてくる。

「(となると私にできるのはっ…!)」

初球のインコースへのストレートにフルスイングで応じた。振り遅れてはいたが十三村は「ほう?」と驚く。

「(全体的に長打の少ない聖森の中でも1番小柄で長打が少ない。それでもフルスイングしてきたとは…)」

詰井のサインに頷き、十三村は2球目を投じる。アウトローへのボール球、そのときの姫華の反応で十三村は確信した。

「(一瞬バットを持つ左手が離れた。セーフティの構えをしようとして止めたな)」

初球にフルスイングを見せてからセーフティバントを仕掛けるのは基本の作戦。詰井は十三村のサインに応じて内野に指示を出す。

「(サードが前に来たっ…! セーフティ警戒ってところかな?)」

姫華は守備位置を確認した上で次の一手を考える。そしてそれを行動に移した。

『おっとここで打席の椿、ツーアウトですが始めからバントの構えッ! 一体何を仕掛けてくるのかァ!?』

「(バスター打法か? スイングまでの動きが最小限になるから不振の打者がたまにやると聞くけど…)」

詰井はその動きに色々と考えを巡らせた後にサインを出し、十三村もそれに従いボールを投じる。

ボールはインハイへのストレート。バントするにしても打つにしても難しいコース、姫華はバットを引いて見送った。カウント1-2、これで追い込んだ形になる。

十三村が決め球に選んだのは膝元へのストレート。右投手の十三村から左打者の姫華へクロスファイヤーとなるコース。サイン通りに投じられたボールに姫華はなんとかバットを当ててファールに。構えはバントの構えからではなく、普段通りの重心の低い独特の打撃フォームに戻しており、咄嗟の反応でファールにした。続いて投じられたボールゾーンへ落ちるフォークは見逃し、外角へのストレートも姫華はカットした。そして外のボールゾーンから曲げるスライダーは僅かに外れてフルカウントとなった。

十三村はそこからストレートを内外に1球ずつ投じたがどちらも辛くもカットされる。

「(こいつ…、しぶといぞ…!)」

さらにナックルカーブも体勢を崩しながらもカットされた。

「ボール! フォア!」

「くっそ…!」

力を入れて投じたストレートは外に外れてフォアボール。姫華の粘り勝ちだった。元々フォアボールが少なくない投手である十三村だがここまで粘られた末のフォアボールは少なからずダメージはあった。

「だが、そう簡単に、崩れてたまるかよ!」

しかし十三村も甲子園決勝まで勝ち上がってきた投手。打順が先頭に戻り、回ってきた巧打者の風太に対し、ストレート勝負に出る。細かいコースを狙うより自慢の力勝負。そしてカウント2-2、ストレートを4球続けた後にフォークを落として三振を奪いピンチを切り抜けた。

「くっ…、あのストレート見せられて、ナックルカーブ警戒の中でフォーク…! やられたぜ」

いいようにやられた風太は悔しさを滲ませる。

 

いよいよ試合は終盤の7回表、開拓高校は1番の軽井から始まる好打順。対する杉浦はこの回も強気の投球を続けた。

大きなカーブ2球で追い込むと小さなカーブも低めに集めてファールを打たせる。途中まで似た軌道の2つのカーブは続けることでも威力を発揮するのだ。ワンバウンドするような大きなカーブを投じた後にインコースへツーシーム。これで軽井を詰まらせてサードゴロに打ち取る。2番の宇佐美にはレフト前ヒットを浴びたが、3番の御影には低めのツーシームを打たせてセカンドゴロゲッツー、実質3人で攻撃を終了させた。

「ナイスピー杉浦!」

「ツーシーム、いい感じに決まってるね! レフト前が来たときは怖かったけど!」

「おう、そのあとは狙い通りだぜ」

1点ビハインドだが決してムードは悪くない。そんな中…、

カキンッ!!

『ヒットー! 2番に入っているリリーフの杉浦! 甘く入ったスライダーを逃さずライト前に弾き返したーッ!』

杉浦がヒットを放ち、ノーアウトのランナーが出る。松浪が打席に向かう中、榊原監督は再び決断する。

「主審、代走で1塁ランナーに矢部川です」

 

「聖森学園、選手の交代をお知らせします。ファーストランナー、杉浦くんに代わりまして矢部川くん。背番号17」

聖森の代走の切り札、矢部川が告げられた。これは2つのことを示していた。

 

「まず聖森はここで絶対に同点にするつもりだね、なんなら逆転狙いだ」

「そうですね、それにもうひとつ…」

「もうひとつ…? なんだそりゃ?」

スタンドで観戦していた緩井たち一芸大附属のメンバー、緩井と白色はこの采配に意図に気付いた。

「代走を出されたのは杉浦、既に聖森の投手登録されてる投手は久米、白石、杉浦が引っ込んだことになる」

「そうか…、ってことは…!」

「そう。隠し球がいるなら別だけど、残った投手は桜井ただ一人…!」

 

「さあ、何としても生還してやるでやんすよ!」

再び好投してきた投手への代走、本当に勝負の一手を取った聖森学園としてはここで逆転、最低でも同点にしておきたい。

「ここを抑えれば確実に勝ちに近づく! だが…」

1塁には聖森が誇る走塁のスペシャリスト矢部川、打席には聖森の最強打者松浪。ノーアウトなのも辛い。

「(走られると一打同点、しかもチャンスに強い松浪! ここは走らせないぜ!)」

サインはウエスト、十三村も執拗に牽制を挟む。そしてボールを投じた。

 

だが矢部川のスタートは完璧だった。

「おいおい、マジかよ!」

ウエストを捕球して2塁へ送球しかし、タイミングは明らかにセーフ。コースは悪くなかったし、十三村もクイックは速かった。だがそれでも矢部川の執念が勝った。

「(牽制のクセ、回数、クイックの時間、全部ビデオを穴が開くほど見てきたでやんす! 全ては、この1回のスチールのためでやんす!)」

詰井はしばし考え、立ち上がった。

『おーっと? ここで敬遠、歩かせましたァ!これでノーアウトランナー1、2塁! 打席には4番の竹原!』

 

「……」

打席に入る竹原。この状況が示す意味は…。

「(俺の方が打ち取りやすい、か。まあそう思われても仕方はない)」

ここまでの成績でいえば松浪の方が遥かに好成績だ。だが自分も4番としてここに立つ意地がある。

「必ず…打つ」

「へへっ、いいねえ、の本気の目。やっぱり勝負ってのは…」

十三村はセットポジションからボールを投じる。より一層、ギアを上げて。

「そうでなくっちゃなぁ!!」

凄まじいボールがミットに突き刺さる。だが同時に竹原も気迫を込めたスイングで応え、スタンドがどよめく。電光掲示板には152キロと表示されていた。

「(ここに来てギアを上げたか、流石だ)」

「(タイミングは合わせてきやがった、ボールがもう一個か二個下だったら行かれてたな!)」

外へとスライダーを外し、再びインコースのストレートで勝負を挑む十三村、これを竹原はファールにしカウントは1-2。

十三村が選択したのはナックルカーブ、これがアウトローいっぱいに決まる…、そう思われたが、

「このぉ!!!」

踏み込んだ竹原はバットをフルスイング、強引に引っ張り打球はサードの広畑が飛び付くも届かず、レフトへと抜けた。

「抜けた!!」

「回れ矢部川! 行けるぞ!」

「フルスロットルで行くでやんす!」

躊躇わずに矢部川は三塁を回る、レフト下山は素早いチャージをかけ、ホームへと返球する。

そのボールはノーバウンドで詰井が構えるミットに吸い込まれた。

「!!」

ズザザッッ!!!!

回り込むことなく、まっすぐ最速でホームに突っ込んだ。判定は…、

 

「アウトーー!!!」

 

『オーマイガッ!! アウト、アウトです! 矢部川、快足を飛ばしてホームを狙いましたが、ここはレフト下山の好返球に阻まれ、痛恨の走塁死!』

矢部川のスタートは広畑がライナーで直接捕るのではという迷いで1歩だけ遅れた。そしてその遅れが命取りとなった。

「も、申し訳ないでやんす…」

「あれをアウトにされたなら仕方ねーぜ」

「…相手の送球、良いのは知ってたけどあそこまで正確だったとはね…」

送球の間に松浪と竹原は進塁し、1アウト2、3塁の形を作った。そして打席には恵を迎えた。

初球のナックルカーブを空振りし、迎えた2球面だった。

「! ランナー走った! スクイズだ!」

広畑が叫ぶ。松浪と竹原がスタートを切り、恵は高めのストレートにバントで合わせた。

「返させねー!!」

ピッチャーとサード間に転がった打球を十三村は素手で掴み、倒れこみながらも詰井へとボールを送った。またも際どい判定になったが主審の腕は、再び上がった。

「アウトー!!!」

歓声と悲鳴に包まれる甲子園球場。恵の決死のスクイズも失敗に終わった。

「(うう~、ボールの勢い、殺しきれてなかったよ~!)」

咄嗟に十三村が投げた高めのストレート、その勢いを完全には殺しきれなかった結果、十三村が捕れる範囲に転がしてしまった。これでツーアウト1、3塁、打席には6番の夏穂を迎えた。

「(あと一個アウト取れば、相手の反撃のムードを吹っ飛ばせる! 今の二つがアウトになったのはデカい!)」

あとはこのバッターボックスを打ち取ってスリーアウトにすればいい。十三村は詰井のサインに頷き、ストレートを投じた。

「ふっ!」

カッキーーン!

「な…!?」

十三村も詰井もプロの野球選手ではない。何度も修羅場は潜ってきたがまだ高校生、心のどこかに油断があった。竹原のヒット、恵のスクイズがホームでアウトになったツーアウトになったとき、`この回はこれで凌げた、ゼロで行ける`と。詰井は安易にアウトローへのストレートを要求し、十三村は球威を出そうと力を入れ、ボールは少し浮いた。

そして夏穂は逆らわずに流し打ったのだ。

『打球はライト前で弾んでヒットだーーー!!! 桜井夏穂! ここで起死回生の同点タイムリー!! この回、よく凌いできた開拓でしたがここで追い付かれたーー!!』

「やったー! 同点!」

夏穂はベンチに向けてガッツポーズ、ベンチもスタンドもエースの一打に俄然盛り上がった。

「(やっちまった…! ツーアウトになって、安心しちまったのか…!)」

十三村は自分達の安直な配球を悔やむがもう遅かった。夏穂が積極的に打ってくるバッターなのはデータでも分かっていたのに、だ。

「(いやまだだ。ここで切る! まだ同点、負けたわけじゃ無い!)」

先ほどヒットを放った満にはナックルカーブを続け、ストレートで空振りの三振を奪いスリーアウト。

しかしこの回、大きな1点が入った。そして…、

 

「聖森学園、選手の交代をお知らせします。先ほど代走いたしました矢部川君がそのまま入りレフト。レフトの桜井さんがピッチャー。2番、レフト、矢部川君。6番、ピッチャー、桜井さん」

マウンドには一度は3回途中で降板した夏穂が立つ。投球練習を受けた限り、調子は降板前より良くなってると松浪は感じた。サイン確認を兼ねてマウンドに向かう。

「調子良くなってるな、打ってご機嫌になったか?」

「ふふっ、それもあるけどさ…。大事なこと思い出したんだ」

「なんだ?」

「この試合が、みんなでやれる最後の試合…、こんな情けない形で終わらせられない。それに」

夏穂は一度ベンチ、スタンドを見て、再び松浪に向き直る。

「楽しまなきゃ。それを思い出したんだ。野球って楽しいものでしょ?」

「…そうだよな。よし、ここから思いっきり楽しませてもらおうぜ! 」

「うん!」

松浪は持ち場へと戻ろうとしたが、振り替えって一言だけ残していった。

「やっぱりお前は笑ってる方がいいぜ。`試合終了まで勝利の女神でいてくれよ。笑顔でさ`」

「…、トモ。しょうもないことばっかり覚えてんだね」

あれは入部してすぐの紅白戦、打ち込まれて落ち込んでいたとき、

――「そーだよ。ピッチャーはポーカーフェイスな奴と感情を出してく奴がいる。俺はどっちもそれぞれ良さがある。お前は後者・・・、特に打ち取った時に見せた笑顔みりゃ、味方は盛り上がると思う。」

 

「でも、そういうやつが落ち込んだらチームにその負の感情が伝わっちまう。そいつはよくないことだ。」

 

「だから、試合が終わるまで勝利の女神でいてくれよ。笑顔でさ」――

 

夏穂は笑って、振り返って守備の方を見て叫んだ。

「みんな、楽しんでいこう!!!」

野手陣は突然の掛け声に驚いたが、またそっちも笑って応えた。

「姉ちゃん、ガンガン打たせてきていいぜ!」

「俺のとこにも打たしてこい!」

「絶対に後ろには行かせないからっ!」

「…俺もしっかり捕ってやる!」

 

夏穂はその声を聞いて、バッターに向き直る。打席には詰井。夏穂から2安打を放っている。

「(さあ来い夏穂、さっきのお前とは違うことを見せてやろうぜ!)」

夏穂は頷き、振りかぶる。

「(今日の試合、自分が絶対に抑える。そう思っていた)」

満が心配していた通り、夏穂は一人で背負い込もうとしていた。エースとして…、チームを勝たせないといけないと。その思いはいつもの夏穂の野球を、マウンドを楽しむ気持ちを押し潰した。

何度も繰り返してきた投球フォームから、リリースの瞬間、全てを込める。

「行っけーー!!!」

ただ真っ直ぐに、美しい軌道のストレートが松浪の構えたミットに突き刺さる。

「ストライークッ!!」

「(これは…! さっきとは別人!)」

文句のつけようの無い、完璧なストレートが決まる。

「ナイスボール!!」

松浪の返球を受け取り、次のボールを投じる。今度は詰井も打ちに行くが、同じアウトローのストレートにバットは空を切った。

簡単に追い込み3球目、

「(私一人なら負けていた。でも、みんながここまで繋いでくれた!)」

マウンドに立つのはピッチャー一人だ、だが、

「(私は、ピッチャーは、孤独じゃない! みんなで勝つんだ!)」

投じたのはインハイへのストレート、詰井は果敢に打ちに行ったが、ここもバットは空を切った。

『三振ーー!!! ここまで好調の詰井から、ストレート3つで三振を奪いました、これこそ聖森学園のエース、桜井夏穂だーーッ!!』

 

「十三村、序盤のアイツの印象は忘れた方がいい。…いや、これが`本当の桜井夏穂`だな」

「へへっ、上等だ。これでこそ、最高の舞台の試合ってもんだぜ!」

 

にらみ合う両校のエース、球場のボルテージも取って取られての接戦に高まりつつあった。

「さてと、さっきのタイムリーの借り、ここで返させてもらおうか!」

「その借り、借りたままでいいよ! 何ならここで打ち取られるオマケもつけてあげる!」

 

全国高校野球選手権大会 決勝戦

 

開  拓 022 001 0 |5

 

聖森学園 010 120 1 |5

 

(8回表途中)

 

 




ようやく主人公が主人公してきました。
いよいよ決勝戦も終盤、終わりが見えてきました。あともう少し、お付き合いください…!

この作品の中で好きな登場人物は?(パワプロキャラでもオッケー)

  • 桜井夏穂
  • 松浪将知
  • 空川恵
  • 久米百合亜
  • ここに上がってる以外!(コメントでもオッケー)
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