pm.16:30
激戦から1週間たった病棟の一室で、アリサはベッドの上のレンカの前で頭を垂れていた。
『正直に言おう。・・・レンカ君が完全に荒神化するのも、時間の問題だよ』
手術後の榊博士に言われた言葉を、何度も頭の中で反射を繰り返す。その言葉が鼓膜を通過する度に聴かされるようで、キャップの淵を握りしめ、深く顔まで埋める。
「レンカ・・・・。私は、どうすれば・・・」
アリサの呟きが室内に小さく木霊したその時、レンカの指がピクリと動く。
それを合図に、全ての歯車が動き出すのだった。
am.8:30
シャワー室から出てきたサクヤは、簡単に髪を乾かした後、冷蔵庫の中のスポーツドリンクを持ってベッドへと腰かける。
「ふぅ」と吐いた息を眺めるように天井を見つめてから、窓際に飾られているサボテンへと視線を落ち着ける。
(リンドウ・・・・、私達を、・・・・・見守っててね)
微笑んでもらえたような、そんな錯覚にフッと笑みを浮かべてから、缶のプルタブを開け、中身をぐいっと喉に流す。そこへ、
コンコンッ
「入るぞ」
「・・どうぞ」
ぶっきらぼうに一言断ってから、ソーマが部屋へと入ってくる。
「どうしたの?あなたが訪ねてくるなんて、珍しいじゃない」
「ふん・・・。今日あたり、最後のテストをするつもりだ」
その言葉に少し息を飲んでから、真剣な顔へと表情を変える。
「そう。・・・明日には、使えるかしら?」
「結果次第だ。成功したとしても、最終的には空木自身の気持ち一つだ」
「それなら大丈夫よ。レンカなら必ず応えてくれるわ!」
サクヤの力ある返事に、ソーマは少しだけ口の端を浮かせてから、踵を返す。
「とりあえずこっちは俺と榊のおっさんに任せろ。お前はお前の仕事をするんだな。リーダー」
「えぇ。ありがとう」
お礼の言葉に片手を上げてから、ソーマは部屋を出ていく。その背中に微笑んでから、手の中の空き缶をゴミ箱に投げ入れてから、サクヤも立ち上がり部屋を後にする。
am.10:15
「・・・・・あいつか。・・カレル」
「あぁ・・・・。こちらカレルだ。目標を補足、このまま偵察を続ける」
『了解しました。こちらでも確認しましたので、応援を向かわせます』
無線を切ってから、カレルも標的へと目を戻す。
前に陣取っているタツミが神機を握り直す中、後衛で構えているシュンが苛立ちを口にする。
「なぁなぁ!応援なんか呼ばねぇでさぁ、俺たちで殺っちまおうぜ?」
その言葉に溜息を吐くと、タツミが前を向いたまま返す。
「シユウが三体。お前がユウかソーマ並に強いなら、考えてやるけど?」
「んだよ!いけるってんだよ!なぁ、カレル!」
声をかけられてから、カレルは1度横目でシュンを見てから口を開く。
「お前一人死ぬなら、勝手にしろよ。金と命なら、俺は命を取る。お前は神薙でもソーマでもないからな」
「てめぇ、そりゃどういう意味だよ!」
「そのまんまだよ。ヤバい状況に、お前と突っ込む気はないんだよ」
「この!!・・・」
背中越しにいつもの喧嘩が始まった事にげんなりし、タツミは振り返る。
「お前らなぁ!今俺たちは偵察班だぞ!!静かにしろよ!」
静かに怒鳴って交互に目を向けると、二人とも目を反らす。ここで悪くても謝らないのが、カレルとシュンである。
上った血を下ろすため、タツミは呼吸を整えるよう大きく息を吐く。それから改めて標的に目を向けていると、
「・・・・・あれ、なんだ?」
カレルの言葉に、黙って周囲へと目を流す。
シユウの群れが集まる壁の上あたりに黒い影が降ってきたかと思うと、
グゥシャッ!!
血しぶきを上げて転がったシユウの上に、漆黒の生物が肩を揺らし顔を上げる。
「あれは・・・・、ハンニバル・・なの、か?」
「はぁ?あいつが?」
その荒神に見覚えがあるタツミの口から言葉が漏れ、シュンとカレルはその光景に目を見張る。
漆黒のハンニバルの力が圧倒的なのか、その爪で薙いだシユウはまた1匹、1匹と倒れていく。その状況に恐れを感じてか、さっきまで威勢の良かったシュンが、恐れを感じてか後ずさる。
「何だよ・・あれ・・。あんなのに、勝ったのかよ?」
その答えと言わんばかりに、タツミはゆっくりと首を横に振る。その頬に、一筋のいやな汗を流しながら。
喋ることができず、ただ動けずにいた三人に気付かなかったのか、漆黒のハンニバルはシユウの死体を踏み散らかしながら、颯爽と去っていった。
その姿が見えなくなってから、タツミは無線からヒバリがずっと声を掛けてきていたことに気が付いたのだった。
am.11:35
任務から戻ってきたユウは、一人神機保管庫に来ていた。
自分の中にある力、《感応現象》。
いくつかの自分の経験の中で、この能力の使い方というものに、不安以上の自信に近い感情を覚えていた。
そして、それを使えば、大切な二人を助けられるという確信がある。
(後は、・・・・・・・僕次第、かな・・)
その気持ちを確かめるように、拳を握りしめてから、ユウは1歩ずつ前に進む。
目的の場所が見えてくると、その前にレンが一人立っている。
「・・・やっぱり、来ましたね。ユウさん」
「うん・・。来たよ」
その答えに満足したのか、自分の後ろにあるリンドウの神機に、レンは振り向く。
「ユウさんは、僕のことに・・・気付いていますよね?」
「・・・おそらく・・・だけどね」
「その答えは?」
そう言って目だけを向けてくるレンに、ユウはゆっくりと口にする。
「君は・・・・、リンドウさんの・・・神機、だよね?」
「・・・・・・・・ふふ、正解です」
またも満足気に笑うレンを、ひたすら真剣な眼差しを向けるユウ。一度目を床へと落としてから、ユウは真っ直ぐ前へと進み、レンとすれ違いリンドウの神機の前へと立つ。
「・・行くんですね、リンドウのところへ」
「行くよ。・・・・僕にとって、兄のような人だったあの人を、助けるために」
「でも、あなたがここを離れると、レンカさんは助けれませんよ?サクヤさん達が色々やってるみたいですが、あなた抜きでは・・・。言ったでしょ?二人は無理だって」
伸ばしていた手を1度止めてから、ユウはフッと微笑む。そして、後ろに立つレンに強い気持ちをぶつける。
「大丈夫だよ。僕達は、全部手に入れて見せる」
「意固地ですね。根拠でもあるんですか?」
「無いよ。でも、僕達にはリンドウさんの大事な言葉がある!」
「・・リンドウの・・?」
背中越しにレンが振り返ったのを感じながら、宙に止めていた手を伸ばす。
「『この世界に、負けるな』!!」
そう言ってから、ユウは力強く神機に触れた。
pm.13:10
「そうか・・」
ユウの報告に、ツバキは神妙な顔で目を閉じる。
神機保管庫から戻ってきたユウは、感応現象によって得た情報と、これから自分がしようとしている事を伝え終わったところだった。
それを容認するかどうかを、ツバキは迷っていた。
しかし、改めてユウの目を見たとき、その強い意志に気をされてか、小さく息を吐き苦笑するしかなかった。
「本来なら・・・、止めるべきなのだがな」
「すいません、ツバキさん。・・・・・でもこれは、僕一人にやらせて下さい!」
「・・・・私も、甘いのかもな」
ツバキは一度上を仰ぎ、それからいつもの上司の顔を作り、ユウへと口を開く。
「ではこれを任務とし、貴様に与える!神薙ユウ!その力を使い、己の任務を全うせよ!そして、絶対に死ぬな!いいな?これは、命令だ!!」
「了解!!」
サッと敬礼をしたユウに表情を崩さず、ツバキは想いを伝える。
「・・・無理だと判断したのなら、迷わず・・・排除しろ。いいな?」
「・・・はい」
返事をしてから、ユウは再び神機保管庫へと駆け出す。
その後ろ姿に、ツバキは届かぬ声を漏らすのだった。
「リンドウを・・・・頼む」
pm.16:32
静かな研究室の中で、榊博士とソーマは、それぞれ顕微鏡をのぞき込んでいる。
ソーマの方から大きく息を吐いたのをきっかけに、二人は顔を上げてからお互いに顔を合わせる。
「こっちは、上手く落ち着いた」
「私の方もだ。・・何とか、成功だろうね」
言葉とは裏腹に、榊博士はいつもの余裕の笑みは浮かべない。それだけ切迫しているのだろう。
「まだ可能性の域を出ない。それでも・・、試すんだね?」
こちらを伺ってくる榊博士に、ソーマは「ふん」と鼻を鳴らす。
「おっさんが一番わかってんだろ?空木がギリギリなことを。後がねぇなら、もう四の五の言ってらんねぇよ。そうだろ?」
「そうだね。後は君たちに任せるしかないね」
辛くもやっと笑んだ榊博士は、一度大きく伸びてから、作業台を片付け始める。
「それじゃあソーマ君。後は私が急いで形にするから、君は1度休んでくれたまえ。上手くいけばすぐに・・・」
ズゥゥウンッ!!!
榊博士が話し終わるより先に、大きな地響きが鳴る。そして、
ビーッビーッ!!
警報が響き渡る。
「これは・・・。ヒバリ君!いったいどうしたんだい?」
榊博士が無線を繋ぐと、ヒバリが焦りを声に乗せて叫ぶ。
『榊博士!空木さんが!!医療棟が!!』
その言葉に反応したソーマが、白衣を脱ぎ捨て走り出す。
「ソーマ君!」
「おっさんはソイツを完成させろ!俺は空木のところへ行く!」
そう言ったソーマは、研究室の窓を開けてから、外へと飛び降りた。それを見届けてから、榊博士は自分のパソコンから全連絡回線へと繋いだ。
「極東の全ゴッドイーターに告げる!直ちに医療棟近辺を固め第1戦闘配備!!」
pm.16:35
瓦礫の中、ゆっくりと目を開けたアリサは、何が起こったのかをゆっくりと頭を巡らせる。
「・・うっ!」
考えるためにゆっくり立ち上がろうとした時になって初めて、アリサは瓦礫に足を挟まれてるのに気付く。
「く・・・このっ!」
ガッ!!
身体的にも強化されているゴッドイーターの力で、もう片方の足で瓦礫を蹴り飛ばす。しかし回復にはもう少し時間がかかりそうだ。
「う・・・、あっ・・レンカは?」
記憶がはっきりしてくると、何が起こったのかが理解できてくる。そこへ、
『極東の全ゴッドイーターに告げる!直ちに医療棟近辺を固め第1戦闘配備!!』
榊博士の緊急放送に耳を向け、他のゴッドイーター達がここへ向かわされたことがわかる。
その答えは、最悪なものだと、目の前の光景に納得する。
「レ、レンカ・・・。そんな!」
部屋出会った場所から少し離れたところで声を荒げる者は、虚空を見つめ、そして叫んだ。
グウゥォォオオッ!!
pm.16:38
神機保管庫に雪崩れ込んできたゴッドイーター達。その中にコウタもいた。
「くっそぅ。やっぱりダメなのかよ、レンカ!」
認証を済ませた神機を手にして走り出したところで、
「コウタ君、ストップ!!」
「っ!!」
突然呼び止められてから振り返ると、リッカがあるものを投げてくる。
「っと。リッカさん、これは?」
「アリサちゃんに届けてあげて!サクヤさんもソーマ君も速くって!」
苦笑するリッカから受け取ったのは、ケースに収められたアリサの神機だったのだ。それを理解すると、握った取っ手に力を籠め、リッカへと腕を上げる。
「ちゃんと届けます!行ってきます!!」
「うん!がんばって!!」
先に向かったであろうサクヤとソーマを追って、コウタもまた力強く走り出した。
pm.16:38
暗い一本道を真っ直ぐ進むと、大きく開けた場所へと出る。
数か月前に起こった事件のせいで、天井が吹き飛んだその場所は、かつてある人類救済の計画が行われていた場所。
『エイジス』
そこへゆっくりと足を進めてきたユウは、中心部分で歩みを止める。
(…情報通り・・・、いる)
失われた天井から見える空は、見渡す限りの星空。その向こうに見えるもう1つの青い星。そこへ思いを寄せていると、待ちかねた相手の気配に目を向ける。
「・・・・・」
ググルルゥ!
その目の向こうに大切な人を見たユウは、神機を上段へと上げ、勢いよく振り下ろす。
「・・・お久しぶりです、リンドウさん」
ググッガガアァ!!
自分に答えてくれているのか、今はまだ分からない。
ただ、戦わなければならない現実からは、逃げられない。
「リンドウさん・・・、いきます!!」
気合の一言と共に、ユウは前へと飛び出す。それに合わせるかのように、漆黒のハンニバルは右拳を振り上げ、前へ放つ。
たった1度のチャンス。若者たちの、長くも短時間な戦いが始まる。
また1ヶ月かかってしまった!!
もう少し、ペースを・・・あげたい!