朝早くから移動を始めたおかげで、早々に次の拠点、ネモス・ディアナに到着したカンパニーは、荷をほどき、テントを張り始める。
そこへ1団を連れて、市長の葦原八雲がやってくる。それに気づいた者に呼ばれてか、益恵が杖を突きながら前へ出る。
「遠路はるばる、ご苦労様です。益恵さん」
「また世話になるのぅ、八雲ちゃんや」
「はは。わしはもうそんな年じゃないぜ」
笑いながら握手を交わしてから、八雲は若い者に目で合図し、物資担当の者へと話に行く。そこへ、一段落ついた優が顔を出す。それを確認してから、八雲は微笑み優の傍へと行く。
「お久しぶりです、八雲さん。またお世話になります」
「おぉおぉ、優ちゃんか?また大きくなったか?」
「いえ、それ程でも・・」
苦笑しながらがっちり握手されていると、優は遠くから走ってくる少女に気付き目を向ける。
「兄さーん!・・・」
「あらら。うちのじゃじゃ馬の到着のようじゃわい。爺は退散するかの」
軽く手を振ってから、八雲は益恵を連れて移動する。それを見送って目を戻した頃には、優の目の前に少女は飛び込んできていた。
「兄さん!おかえりなさい!」
「おっと・・。ただいま、ユノ」
突然の事でも難なく抱き止めて、優はユノと向き合う。
「サツキ姉さんは?」
「明日には戻ってくるって。ねぇ、兄さんたちはいつまで?」
「今回は1週間ぐらいの予定だよ。ここの後、1度中東に行く予定だから」
「そう。・・・・もっと一緒にいたいのに・・」
「それは、あたしもってことで良いんだよね?ユノ」
二人の後ろから声を掛けてきて、ミコがゆっくり歩いてくる。
「あ・・・、ミコ姉さん。あははー・・」
「何?違ったかな~」
「そ、そんなこと!?」
焦ったように手を前に振るユノを素早く捕まえてから、ミコは優に聞こえないように、小声で話す。
『ユノ・・・。抜け駆けはなしって言ったろう?順番的には、あたしからだからな!』
『わかってるってば!でも、アピールぐらい、良いでしょ?』
『そ、それは・・・、まぁ・・』
「ねぇ・・・、二人ともどうしたの?」
二人を気にしたのか、優が声を掛けてくると、二人は示し合わせたように、同じ言葉を返す。
「「何でもない!」」
若い衆が物資の値踏みをしているのを見守りながら、八雲と益恵はお茶を片手に近況を話し合ってた。
「そういえば、息子を見んが?」
「那智の野郎か。技術者に交じって、フェンリルに働きに行ってる。今回デカい話があるらしくての・・・。それが上手い事いきゃ、わしらネモス・ディアナが救われるとさ」
「そうかい。あの子も、ずいぶんと立派になってなぁ・・」
目を細めて昔を振り返る益恵の隣で、八雲は溜息を吐いて首を横に振る。
「立派なもんかよ。フェンリルの胡散臭い話に乗っかって・・・。まだ、ゴッドイーターになる方が良い。少なくとも、自分の家族は安全圏に持ち込める」
「言うてあげなさんな。あの子も、あんたと同じじゃよ。この街を、人を、守りたいだけじゃよ」
「だからいけねぇ。こっちは文句がつけれねぇからな」
「ふふふ・・・、そうさな」
顔をしかめる八雲に、益恵は笑みを浮かべる。それに伝染されてか、八雲もニッと口の端を浮かせる。
「大人には、なりたくないのぉ。益恵さん」
「全くじゃの。八雲ちゃん」
今更な皮肉を口にしてから、二人は手元の湯飲みを空にし、仮初めの平和な空を仰いだ。
ユノにせがまれた優は、マーケットの農業車を見に来ていた。輸送用の大型トレーラーの荷台の壁をアクリル板に改造して作られた畑には、野菜を主に作られている。米や麦なんかの穀物も案があったが、大量の水を維持できないということで断念された結果だ。
畑の角っこの方では南瓜が育ててあり、そこの管理を子供ながらもカケルが任されている。
「カケル」
「あっ、先生。それと、ユノお姉ちゃん」
「久しぶり、カケル君。どう?調子は?」
「うん。見て」
ちょうどカケルが収穫したのか、人の頭ぐらいに育った、立派な南瓜が目にできる。
「ちょうど収穫できたから、これ。ユノお姉ちゃんに、あげる」
「本当に?ありがとう」
手に抱えていたそれを、カケルはユノへと渡す。二人が笑い合っていると、その畑の端の方から、ナズナが顔を出して叫ぶ。
「ちょっとー!カケル、これ全然じゃん!」
「え、えーっ!?そんなこと言われても・・」
「南瓜と同じとか何とか言って・・・。あ、ユノお姉ちゃん、こんちは!」
「うん。こんにちは。ナズナちゃん」
文句を垂れながらも、ユノにきちんと挨拶をするナズナに、優はくすっと微笑む。当のナズナは、再びカケルを睨みつけ、小言を並べだす。
「カケルって本当に、駄目だよね!せっかく私が希少なスイカの種を入手してあげたのに、全然大きくならないし」
「だって・・・・それは、ナズナちゃんが、勝手に植えて、ちゃんと管理しないから・・・」
「なに分かんないこと、ぶつぶつ言ってんの?育てるのは、あんたの役目でしょ」
「えぇーっ!?」
いつも通りの二人のやり取りに、優もユノも声殺して笑う。けして喧嘩でもイジメでもない、よくある日常に、優は子供のころの自分とミコを重ねる。
『優ーー!!勝負ーー!!』
振り返ってから、後悔する優。
昔のミコは暴れん坊で、何かにつけて勝負を吹っ掛けられた。その度に優が勝つのも、原因だろうが・・・。
「痛い!」
「ほらほら、その辺で・・」
「うーーー」
ふと我に返ってみると、またカケルがナズナに殴られ涙ぐんでいる。それを笑顔で間に立つユノ。軽く息を吐いてから、優は懐中時計を取り出してから確認し、3人の前へと歩み寄る。
「はい、そこまで。そろそろ戻って健康診断の時間だよ。今日は矢田先生が来てくれる日だから」
「ほーい」
「うぅ・・、はい」
二人の返事に笑顔で頷いてから、ユノと挟んで手を繋ぐ。仲直りの合図に、ナズナは渋々カケルの手を握る。
そのまま軽く手を振りながら、優達はその場を後にした。
「・・・うん。今日も良好だね。お大事に・・、次の方どうぞ!」
ネモス・ディアナの居住区。その中の空き家を利用して、フェンリルから派遣されている矢田医師は、カンパニーの人達を丁寧に診断している。
『世界の救済』を謳ってる、対荒神殲滅組織『フェンリル』。
彼等の活動は多岐に渡り、このように生存者への医療提供なども行っている。・・表向きでは、あるが。
そんな中でも、矢田は例外で、真に人の命を救おうと考えてる、組織の中ではまれに見るお人好しだ。その誠意あってこそ、ここネモス・ディアナに受け入れられている。その時知り合った益恵に頼まれ、今はカンパニーの健康管理もしている。
一通り片付いたところで、次に部屋に入ってきた優を目にして、矢田は笑顔を見せる。
「やぁ、優君。調子はどうかな?」
「はい、少しだけ胸が痛むかなって・・。あ、お願いします」
挨拶の遅れたことに焦る優を片手で制してから、矢田は神妙な顔で優の脈をとる。
「ここ最近では、いつ頃痛んだ?」
「3日前です。その前は、1週間くらい前だったかと・・」
「そう。シャツを上げてくれるかい?」
「あ、はい」
シャツの前をまくった優の胸周りを、矢田は聴診器を当てながら、黙って心音を確かめる。何ヶ所か当ててから聴診器を取り、矢田は隣に立っていた看護師の春咲渚へ顔を向け、指示を出す。
「渚君。エコーの準備してもらえる?」
「はい、先生。こちらを・・」
「ありがとう」
渚から受け取った太めのカメラの先に医療用ローションを塗り、優の胸周りへと巡らせる。そのまま暫く行った後、矢田は「ふぅ」と息を吐いてから、軽く微笑んで見せる。
「少し検査に時間をもらうね。外で待っててもらえるかな?」
「え?あ・・・、はい」
少し腑に落ちない表情をしてから、優は体に着いた液体を拭き取り、外へと出ていく。
そのほんの数分後に、益恵が杖を突きながら入ってくる。ノートPCに取り込んだ映像を目に頭をかいてから、矢田は改めて益恵に向き合った。
「お久しぶりです。代表・・」
「・・・・聞かせてくれるかい?」
「はい・・・」
俯いたままノートPCを益恵に向け、ゆっくり息を吸ってから、矢田は話し始める。
「優君の・・・・、心臓は、もう1年も持ちません」
覚悟を決めていたとはいえ、益恵はしわだらけの顔に手を当て、目をぎゅっと強く閉じた。
一頻り検査の結果を聞き終えてから、益恵は張り詰めた空気を切るように、短く息を吐く。
「ありがとうよ、先生。正直に、話してくれて・・・」
「いえ。・・・・・・お力になれず、すいません」
腰かけた椅子から落ちるかもと言わんばかりに、矢田は深く頭を下げる。そんな彼の肩を叩いて起こし、益恵は首を横に振る。
「ええんじゃよ。先生は十分、良うしてくれとりますわ。あの子だけ特別っちゃあ言えん」
「ですが・・・。医者としては不謹慎ですが、こんな世の中でなければ、彼に合った心臓を・・・、見つけれると思うんですが」
「・・・・。わしのしぼんだモンじゃあ、あの子に上げても、なんも役にたたんじゃろうしな」
「・・・・・すいません」
肩を落として悔しがる矢田に、益恵は首を横に振る。
「いいんよ。・・・・じゃが、この婆の願いに、もうちっと付き合っておくれ」
「もちろんです!私は諦めるつもりは、ありません!」
その思いだけでも満足と笑って見せて、益恵はゆっくりと立ち上がり、出入り口へと歩き出す。
「あ、代表!まだ、あなたを診てませんが?」
「わしはええ。もうすぐ優が戻ってくるじゃろう。わしの分も、あの子を・・」
そう言ってから、出ていく益恵と入れ替わりに、優が入ってくる。
そのまま席に着いてから、優は矢田へと顔を向ける。
「今お婆さんの診察、終わったんですか?」
「あぁ。それじゃ、結果を報告しようか」
夜も更けてきた頃、優はテントを抜け出して、一人月を眺めていた。
開けた空き地に止めてあるトレーラーの荷台に上り、優しく自分の胸を撫でながら、矢田に言われた言葉を思い出す。
『言いにくいんだが・・・、優君に残された時間は、1年だよ』
自分が生まれつき心臓に疼くものを感じるのを、優は知っていた。矢田に初めて診断を受けた時に、朝が来ないかもと眠れなかったのを思いだす。
いつかはこうなることを、彼はわかっていたのだ。
平和な時代であっても、重い病気。
本来なら、然るべき医療機関に入って療養をするべきだが、荒神が世界を喰い漁ってからは、全ての医療はフェンリルが牛耳っている。組織の恩恵を受けない限り、それらの機関に入ることはできない。
だから余計にも、優の命は秒読み段階だった。
「・・・・・くそ・・」
珍しく口汚い声を洩らし、優は右手を握りしめ、それを抱く。
「よっ。一人で月見かい?」
「あ・・・、ミコ」
優の返事にニッと笑顔を作ってから、ミコは隣へと腰かける。
「どうしたの?」
「それは、こっちのセリフ。どうしたの?夜中に出歩いちゃって。婆様がいないと、眠れない?」
「そ、そんなこと・・・」
「ふふふっ」
優の慌てように、ミコは静かに笑う。今日は大事な話があると、益恵と他大人連中は、集まって会議をしている。
「もう。そんな歳じゃないよ」
「うん。わかってる。・・・元気出た?」
「え・・・・・?」
不意に返された言葉に、優は言おうとしていた言葉を見失う。
「僕・・・、元気、なかった?」
「自分で気づけないうちも、重症。これ、矢田先生が言ってたよ」
「そっか・・・。ごめん」
「いいよ」
そう言ってから、ミコは優の肩へと頭を預ける。どうせ気付かないとわかっていても・・・。
特別に八雲に部屋を貸してもらっている益恵たちは、着いているテーブルの真ん中に置いてある、小さなケースを見つめながら、深刻な顔をする。
誰もが言葉に困ってる中、益恵がゆっくり目を開けてから、口火を切る。
「・・・矢田先生から言われてのぉ。これが、フェンリルの答えじゃよ」
「くそっ!人のこと舐め腐りやがって!」
一番に恨み言を口にした正嗣は、テーブルに上げていた右手を、グッと握りしめる。
「優だけでも、ちゃんとした施設に入れてやってほしいって願いも、まともに聞いてくれねぇなんて!」
「およし、正嗣。もう夜じゃよ」
「しかし、代表!」
「そうですよ!とっつあんの言う通りですよ!」
「優は、もう後がねぇってのに・・」
1度誰かが言ってしまえば、思いを共にする皆の声は止まらない。しかし、それでは先に進まぬと、益恵が大きくパンッと手を鳴らす。
「静まりな!ここは、借りた場所!みっともなく騒ぐでないよ!」
「あ・・・、いや・・」
「あんたの声が、一番うるさいよ。益恵さん」
その剣幕に皆たじろいだところへ、家主の八雲がコーヒーを入れてくる。一人一人に手渡したところで、「ふぅ」と溜息をしてから、話題の中心に目を向ける。
「パッチテスト・・・・、ゴッドイーターの、か」
「そうさね・・。これが、フェンリルがよこした答えさね」
怒りが納まらぬ益恵の隣に、八雲は椅子を持ってきて座る。それからもう1度溜息を吐き、静かに話し出す。
「これを誰が通ったところで、優ちゃんはフェンリルには入れんよ」
「なっ!八雲さん、どうして!?」
思わぬ言葉に、驚きを口にした者への返答として、皆に伝えるよう続ける。
「血の繋がりが、ないからじゃよ。フェンリルが受け入れるのは、パッチテストに通った人間の家族・・・特に、血縁をじゃ」
「そ、そんな・・・」
「優ちゃんには、益恵さんしかおらん。これで益恵さんや、優ちゃん本人が通っても、足手まといを『あの』フェンリルが受け入れると思うかい?」
フェンリルをよく知る人間なら、誰しも知っている。
それが人であろうとも、役に立つかどうか、天秤にかけると・・・。
「くそ・・・」
「じゃあ・・・、何のためにこんなもの、先生に・・!」
正嗣が答えを求め、益恵と八雲に目を向ける。それに合わせて集まった視線に、どちらからともなく、口を開く。
「・・・・建前という名の」
「宝探しさ・・」
あるいはと予想していても、二人の言葉に、皆は一気に落胆という空気に襲われる。
暫くの沈黙を破るように、益恵は神妙な顔のまま喋りだす。
「・・・そろそろ、潮時と、考えるべきかねぇ」
「・・・・え?」
それの意味を確かめるように、皆伏せていた視線を、益恵へと集める。
「優のことがきっかけじゃったけんども、そろそろ・・・わしらも選ばにゃならん」
「代表・・・、それって・・」
正嗣に頷き返してから、益恵は一人一人の顔を確かめながら、話を続ける。
「最近、更に荒神の数が増えよる。それは皆、その目で確認しておるじゃろう?フェンリルも、日々増え続ける荒神に対して、戦士の数が足らんのじゃ。こんな1団に、こんなものを持ってくるぐらいじゃからな」
《・・・・・・・》
次に何を言われるか、そしてそれが、これからの自分たちの未来の為の選択だと・・。
「どうせ過酷な世の中じゃ。せめて家族に、安らかな眠りを与えるチャンスを、持とうじゃないかえ」
誰もそれに反論できずに、その議題は承認となった。