フェンリル極東支部の支部長室で、優はシックザール支部長の面接を受けていた。自ら望んでここに来ようとしていたにも拘らず、支部長の方からこちらへ来てほしいと言ってきたのだ。
「改めて、君の意志を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
「君には従来の神機とは違って、新しく開発された新型の神機を持って貰うことになった。これを持つ君が戦線に加わることで、戦況も大きく変化すると、私は睨んでいる。どうか・・・、期待に応えてくれたまえ」
「はい」
返事に満足したのか、面接は終わりと言わんばかりに立ち上がる支部長に、優も立ち上がる。
「それでは明後日、またこちらへ出頭するように。それからは、君も極東支部の一員だ。励みたまえ。以上だ」
「ありがとうございました。失礼します」
深く一礼してから、優はその場を後にした。
面接を終えてから、改めて資料に目を通しているところへ、開発局長ペイラー・榊博士が入ってくる。
「博士。ノックぐらいしたまえ」
「これは失礼。例の誘導装置の実験結果と、改善点を報告に来たんだがね」
「・・・まったく。報告してくれ」
少し苦い顔をしてから、榊博士は喋り始める。
「詳しくは資料にまとめて、後程転送するから、重要なことだけ話そう。まず装置自体の効果は得られたようだ。装置の発する電磁パルスに、荒神たちは引き寄せられていたようだ。ただ、多種にわたって集める割には、少し反応が悪いね。そこに到達するまでに、魅力のあるモノを見つければ、そちらに喰いついた。この実験の範囲内にいた、外で生きる人達にね」
「・・・・続けてくれ」
「今回の実験で、個々に反応が違うのも特徴的だ。シユウやサリエルなんかの飛行タイプは、酔った車の運転のようにフラフラしていたが、ヴァジュラやコンゴウ、1部の小型タイプは、逆に狂暴になったようだね。こちらも改善しないと、ゴッドイーターといえど危険かもしれない。そんなところだよ」
「そうか・・・ご苦労だったね」
支部長が退席するだろうと視線を外したが、榊博士はそこを動かない。それに気付きながらも、資料に目を通しながら支部長は話しかける。
「まだ、何かあるのかい?」
「ヨハン。今回の実験の犠牲者の数は知っているだろう?元々確認していた242名に加え、物資配給を買って出ていたカンパニーの者たち127名も巻き込まれた。そのたった一人の生き残りを、ゴッドイーターとして迎えるなんて・・・」
その言葉に笑って見せてから、支部長は手元の資料から顔を上げる。
「多くの犠牲の上に、今の私達がいる。今更人道的になっても、平和は勝ち取れないよ。ペイラー」
「君が実験を急がなければ、失わずに済んだ命もある。大を取って小を切り捨てるという言葉は、人の命のことじゃないと思っただけさ」
暫くの沈黙の後、榊博士は踵を返す。その背中に、支部長は再び資料を見ながら声を掛ける。
「私を失望させるのだけは、勘弁してくれよ。ペイラー」
「・・・それは、私のセリフだと思うんだがね。ヨハン」
榊博士が出て行った後も、支部長はお気に入りのおもちゃを見つけたように、資料を眺めていた。
フェンリル本部にある広報部。
そこでサツキは広報部長に食って掛かっていた。
「どうしてですか!?今回実験を行ったために、一般人に被害が出たんですよ!?今後のことも考えて、公表すべきじゃないんですか!?」
それをうるさいと思ってか、広報部長は耳を塞いでしかめっ面を浮かべる。
「君ね、よく考えてもみなさい。我々の上役は、そのフェンリルだよ?そんな都合の悪いことを公表すれば、私の首が飛ぶじゃないか。第一、どんな実験だったか裏は取れたの?」
「それは・・・、これから」
「駄目だよ!ただでさえ君は、飛んでもないことをサラリと口にするんだから。もうこの事は、忘れてしまわないか?」
その言葉に頭に血が上ったのか、サツキはデスクをバンッと叩いて、怒鳴り散らす。
「ふざけないで!!このよくわからない実験の為に、私の家族が死んだのよ!?」
「き、君ねぇ、一応僕は上司だよ?何があったか知らないけど、勝手なことばかり言ってるとクビにするよ」
「くっ!!」
言葉に詰まったサツキは、握った拳を宙に振ってから、その場を後にした。残された者たちは、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
ネモス・ディアナに、一機のヘリが降り立った。
フェンリルのマークに、集まった者たちは警戒していると、そこから降り立ったのは、矢田医師と看護師の渚。それと、
「優兄さん・・・」
朝凪優だった。
緊張が解けたのか走り寄ってくる人たちに、不器用に笑って見せる優。その表情に影を見てか、皆その儚さに黙ってしまう。
歩み寄ってくる優に、ユノとサツキが駈け寄る。
「兄さん・・・。無事で、良かった」
「本当に・・・。優・・」
「ユノ、サツキ姉さん。みんなも、久しぶり」
そう言ってくる優の目は、まだ悲しみを背負ったままだった。皆気遣って何も言えないでいると、優はその場の者たちに聞こえるように喋りだす。
「みんな・・・・、僕を受け入れようとしてくれてありがとう。でも僕は、ゴッドイーターになるよ」
その言葉にどれ程の重みを感じたか。皆驚きで洩れそうな声を抑え込むように口を手で覆ったり、固く歯を食いしばる。
そんな中、ユノだけは必死な顔で迫り、優の体をゆする。
「どうして!?せっかく生き残ったのに、どうして戦場なんかに!?」
「ユノ・・・」
目にいっぱいの涙を浮かべて叫ぶユノの後ろから、サツキも泣きながら叫ぶ。
「そうよ。あんたの・・・私達の家族を救えなかった奴らに、組することないじゃない!!ここで、平和に生きれば良いじゃない!?」
「姉さん・・・・・、それじゃ、駄目なんだよ」
「何でよ!?」
泣き叫ぶ二人に同調してか、黙っていた皆も、涙を流しながら「行くな」と叫びだす。その声の心地良さに、フッと心が軽くなったような気がした優。しかし、決意は変わらぬという目を見せると、一様に皆言葉を失ってしまう。
「みんな、ありがとう。でも僕は、ミコの残してくれた命を使って、今度はみんなを守る為に、戦いたいんだよ」
「・・・・なに、それ?」
「どういうことなの?」
ユノとサツキの言葉通り、疑問の目を向けられた優は、黙ってシャツの上から胸を優しく撫でて、口を開く。
「僕の心臓は・・・・、ミコの心臓なんだ」
皆顔を歪めて矢田の方を見る。注目を浴びせられる矢田と渚は、黙って目を閉じ、頷いた。
「そんな・・・・、そんなのって・・」
「本当だよ」
ユノの口から洩れた声に返事を返す優。その事実に耐えきれなくなったユノは、その場にペタンと座り込んでしまう。
沈黙という名の重い空気の中、矢田が時計を見てから、優に「時間だ」と促す。それに頷いてから、優は一度礼してから口を開く。
「暫く、顔を出せなくなるから、今日はみんなに感謝を言いに来たんだ。・・・ずっと良くしてくれて、ありがとう」
そう言ってから、ヘリに戻っていく優に手を伸ばし、声を掛けようとしたユノの代わりに、
「待ってくれ、優ちゃん!」
部屋に籠っていた八雲が、息を切らして駆けてくる。
「八雲さん・・」
ようやくユノの前まで来た八雲は、息を整えてから、優へと呼びかける。
「優ちゃん、行かんでくれ!お前さんを行かせたら、わしは益恵さんに顔向けできん!何より、わしらみんなが、お前さんにここにいて欲しいんじゃ!」
「・・・・」
「行かんでおくれ!わしの孫をもらって、わしの家族になって、ここにいておくれ!」
涙で顔をくしゃくしゃにしてから、八雲は必死に懇願する。そんな言葉が嬉しくて、優は1度目を閉じてから、ヘリにエンジンの始動を頼む。一人乗らずに立っている優に、残ってくれると手を伸ばすが、八雲に向かって優は、ゆっくりと首を横に振る。
「八雲さん。僕はもう戻れない道の上にいます。そして、僕は命ある限り戦うと決めたんだ。いくらあなたの頼みでも、聞けないよ」
「優ちゃん・・・」
そう言って背中を見せてから、優は飛び出したヘリに飛び乗り、別れの言葉を言う。
「『朝凪優』は、ここに置いていきます。今日から僕は、『神薙ユウ』。神を・・薙倒す者だ」
ヘリは上空へと浮上し、ネモス・ディアナを飛び去って行った。
ユウが去って行った後には、皆心に穴が開いたような消失感にかられ、涙を流し続ける。
そんな中、サツキは立ち上がり、決意の眼差しでユノへと喋りかける。
「ユノ・・・。私・・・フェンリルを辞めるわ」
「・・サツキ?」
「今回のことで、気付かされたわ。フェンリルは腐りきってる!あそこに身を置いたところで、何も変わらない!だから・・・・私は、私の道を行く!優が、お婆ちゃんに貰った、大切なものを置いていく程の覚悟を見せたなら、私もそれ程の覚悟を持って戦う!世界と!!」
ただ悲しくて泣いていたユノも、サツキの強い言葉に引っ張られてか、ゆっくりと立ち上がる。
「私も・・・・、戦うわ。サツキ」
「ゴッドイーターの戦いだけじゃ駄目よ。私達の敵は、荒神だけじゃない」
二人の決意が固まった頃には、ユウの乗ったヘリは、遠くの空に見えなくなっていた。
「兄さん?寝ちゃった?」
「ん?いや、起きてるよ」
少し昔の夢を見ていたユウは、寝ていたことを誤魔化してから、見られないように目をこする。
いつの間にか日は傾いて、世界を夜へと導き始めていた。
「もう夜になるね。そろそろ帰るよ」
「あら、泊まってかないの?」
「休暇は今日だけだから。八雲さんに手を合わせたし、もうお暇するよ」
「むーっ!」
ユノが膨れて見せたのが可愛くて、ユウは優しく頭を撫でる。そこへ、
『荒神だーーー!!』
装甲壁の上の見張り台から、声が響く。
聞いた瞬間にユノの前からバギーへと移動したユウは、後部座席のケースを開けてから神機を握り、装甲壁を内側から走って登り、見張り台の人へと話しかける。
「ん?ふぇ!?ええぇぇっ!?」
「荒神はどこです?」
「あ、そこに・・」
「片付けます。閉門を!」
「あ、はい!」
そう言って飛び降りたユウを必死に目で追う見張り人を、後ろから叩いてからサツキは怒鳴る。
「何やってんの!早く閉めに行きなさい!」
「は、はい!!」
慌てて降りる彼と入れ替わりに、ユノも見張り台に上がってくる。
「もう、サツキ置いてかないでよ!」
「ごめんごめん。でも間に合ったわ。私も生で見るの初めてだけど、凄いのが見れるわよ」
「凄いのって。あれ・・・、兄さん?」
驚くユノに、我が事のように胸を張ってから、サツキはカメラを構える。
「あれが新型最強のゴッドイーター、神薙ユウよ」
その動きは、まさに閃光。走るユウの神機は、瞬く間に荒神を駆逐していく。その無双ぶりに、荒神の方が後ずさりをする側だった。
「じゃあ、また来るね」
十数匹をあっという間に狩りつくしたユウは、何事もなかったようにバギーに乗り込み、帰ろうとしている。
それを見た人達は、荒神が攻めてきたことの方が、夢だったんではないかと思うほどに。
「ユウ」
車を出そうとしていたユウに、サツキが後ろからあるモノを投げる。それを前を向いたまま、ユウは片手で受け取り確認する。
「・・・記録ディスク?これ何?姉さん」
「帰りにでも聴いて。暇つぶしになるわよ」
「聴くって・・・、音楽?」
ユウが首をかしげていると、ユノは察したのか、顔を赤くして怒り出す。
「サツキ!暇つぶしにって・・酷い!」
「あぁ、はいはい。ごめんごめん」
そんなユノの反応に、思い当たることがあったのか、ユウは優しく微笑んで手を上げる。
「大事に聴くよ、ユノ」
「う、うん。・・・・あのね、ミコ姉さんの曲も出来たの。兄さんは読まずに私に郵送してきたけど、姉さんの言葉聞いてあげて」
「そっか・・・・。わかった」
そう言って車を発進させるユウを、二人は見えなくなるまで手を振っていた。
暫く走ってから、ユウは車のオーディオ機器にディスクを差し込み、読み込まれた曲を再生する。
スピーカーから流れるユノの声に乗せて、ユウはミコの言葉に耳を傾けた。
いつか未来の果てで また巡り合えたら 強く抱きしめたい
冷たく霞む この世界の中で 強く生きるのなら
どんな風の中 歩いて行く
未来の果てで あの空の向こうまで
極東に戻ったユウは、エントランスでアーカイブを見ているソーマに、軽く手を上げて見せる。
そんなユウに、ソーマはフッと笑ってから、アーカイブを閉じて歩み寄る。
「休暇は満喫したのか?」
「まぁね。後ソーマにお土産があるんだけど」
「いらねぇよ」
「まぁまぁ、きっと気に入るから!」
そうして二人は、エレベーターへと足を運んだ。