落ちてきた漂流者と滅びゆく魔女の国   作:悪事

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ポジティブ・ディフェンス

砦から立ち上る煙により、カサンドラ王国との戦いが始まることを察した豊久、ユウキは同行していたアイス、ノノエルを置いて勇み足でとんぼ返りと相成った。置いていかれたアイス、ノノエルはあの二人を追いかけるか、はたまた魔女の長であるハリガンの言いつけに従うか逡巡する。

 

 

「どうしよう、アイス?補給も大事だけどそれ以上にあの二人を放っておくのは……」

 

 

ノノエルの懸念も確かに、豊久はやる事なす事無茶苦茶の型破りで良くも悪くも彼のことは"目が離せない"のである。補給も重要だが……然りとて。

 

 

「…………補給を中断して二人を追いましょう。補給が出来ても砦が落とされたのでは何の意味もないわ。ノノエル、掴まって。全力でトばすから」

 

 

「うぇ!?……その、なるべくお手柔らかに」

 

 

 

アイスが豊久を追う道中にカサンドラ王国軍の兵の亡骸が多数、野に横たわっていた。どれも一撃で仕留められており、首、喉、眼球、水月、どれも急所に一撃入れて軍勢の中を直進した痕跡。魔女であるアイスからしても恐ろしいと思わせる技量、騒がれる前に迅速に巧みに終わらせる殺人手段。魔法を放ち人間を討つ魔女とは本質的に結果に差異が生まれている。

 

 

「急ぎましょう、何だか嫌な予感がする」

 

 

 

アイスの零した一言、それは背に乗ったノノエルに僅かな不安を抱かせた。これだけの数の敵を倒しながら魔女たちが守る砦へと豊久は向かったのだ。それもユウキと違い空ではなく地上を彼の足で。いくら、補給と帰還に逡巡したとはいえ、魔法を使い強脚となったアイスがまだ追いついていない。もしかしたら、豊久は敵を突破したものの、疲労困憊し敵兵に捕獲されたのではないか。いや、それより"もっと大変なこと"な事になっているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

アイス、ノノエルは顔を見合わせ砦へと急いだ。そして、煙を放っていた砦前に辿り着く。砦自体に火の手は回っていないが、物見台としていた望楼が燃え上がっている。ただ、着いたばかりのアイス、ノノエルは砦の損害にまで頭が回っていなかった。

 

 

そう、火矢が放たれている砦よりも何よりも、そこで一際、異彩を放つ光景があった。空中から風の魔法でカサンドラ王国軍へ攻撃をしているユウキはまだ見慣れているし魔女側としては理解出来る。問題はその真下、ユウキに攻撃されながら弓や剣、槍を持つ敵兵の中で豊久は大笑を浮かべて大暴れしていたのだ。

 

 

 

 

「何じゃ何じゃ、かさんどら共!!こん有様(ありさま)は腰でも抜けたか、そいとも腑抜けたか!一つ、命ば"捨てがまる"兵子はおらんがか!!」

 

 

砦から離れているアイスやノノエルたちにさえ聞こえてくるデカい声。その声はまるで水遊びをしている子供のように楽しげだ。それもユウキが敵目掛けて攻撃している敵兵のど真ん中でやっているのだから、見ているこちらとしては笑いようがない。

 

 

ユウキの風はある程度調整が効くが、あんな乱戦の中で上手く選別して攻撃など不可能。それに彼女の気質からして男性の豊久さんに気配りをしようとする子でもない。従って、ユウキは豊久さんを巻き込むつもりで魔法を使っている。しかし、対する豊久さんは勘か、経験か、はたまたユウキの攻撃を読んでいるのか、魔法を避けたり敵兵を盾に魔法を踏み越えて敵の只中で統率を瓦解させていた。

 

 

統率が一向に良くならない所を察するに、豊久さんは初めに敵兵の指揮官とそれに準ずる兵を倒して、敵兵の指揮系統を絶ったのだろう。砦を攻めるか、魔法を避けるか、豊久さんの剣から逃げるか、それとも二人をどうにかするか、すぐに逃げるか、カサンドラ兵は纏まりを完璧に失っていた。敵ながら見ていられないほどの混乱の坩堝(るつぼ)、ユウキに射ったはずの矢が味方に当たり、豊久さんの方へ味方を蹴り出し、逃げる者に打つかり(ころ)んだ者が後続に踏まれては息絶える。

 

 

「……アイスの嫌な予感、当たったね」

 

 

「……そう、ね。予感は当たっても今の現状(これ)は予想が付かなかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

この状況、驚くべきことにユウキと豊久の二人が協調して戦っているわけではない。ユウキの戦いに豊久が割って入り、豊久の戦いにユウキが割り込む。豊久がユウキに合わせているわけでもユウキが豊久に合わせているわけでもない。こんな無茶苦茶、戦法とすら呼ぶこと能わないだろう。しかし、この奇怪な状況に翻弄されカサンドラ王国兵動きに乱れが生じたのも、また事実。

 

 

奇跡的で絶妙と言うべきバランスの上で成り立つ魔女と武者の乱舞、始めは豊久を巻き込むつもりで魔法を放っていたユウキも、豊久の暴走気味な戦闘に引っ張られるような形になり始める。豊久が弓兵に斬りかかり、ユウキが豊久を囲もうと自分に対し無防備になった兵士たちへ疾風の刃が舞い踊る。

 

 

結果として互いが互いを狙う敵を殺し、支援し合う戦闘に移行していく。

 

 

だが見ている方はいつ、豊久がユウキの魔法を喰らうか、カサンドラ王国兵に斬られるかと肝が冷えてしょうがない。アイス、ノノエルは互いに自分のすべきを理解した面持ちで行動を起こす。アイスは近くの石を拾い、持ち前の剛力によって投石を行う。アイスの使う身体強化の魔法、その効果は絶大であった。それに加えてアイスという人物は非常に頭の回転の早い女性である。それが彼女を唯の猪武者ではなく、状況判断に優れた魔女と成し得たのだ。

 

 

 

さらに此処にはもう一人、魔女がいた。三人目の魔女、ノノエルは腰に吊るしていた水筒の中身を空中に飛び散らせる。その水は地面に落ちるどころか、空中に浮かびノノエルの呪文に合わせて形状を鋭利に尖らして担い手の号令を待っている。

 

 

「水を遣り水の槍にて敵を殺る。刺し、貫け。……水、擲!!」

 

 

ノノエルの号令に呼応して水で形成された槍がカサンドラ王国兵に殺到する。

 

 

ノノエルの水の槍、投石により援護するアイス、未だに敵の真上で魔法を打ち続けるユウキ、敵群のど真ん中で暴れまわる豊久、カサンドラ王国兵はもはや烏合の集と成り掛けていた。先遣隊という性質上、寡兵であることには違いないけれど、たった四人で数十に近い兵たちを潰走にまで追い込むなど悪夢に等しい。地上の鬼のごとき男だけでも手一杯なカサンドラ王国兵にとって空中から飛んでくる不可視の刃、遠くから飛んでくる石や水で出来た槍、圧倒的な劣勢にもはやどちらが攻めにきたのか判別が付かない様である。

 

 

 

もはや、カサンドラ王国兵に継戦の意思は無かった。全ての兵が逃げに徹し始める、それを見て三人の魔女は魔法の手を止めてるが、豊久は止まる気など毛頭ないようで。

 

 

「あぁあ!?おい、どこへ行く気じゃ!巫山戯るなよ、てめぇら!こんだけやられて一矢報いてやろうば、思わんがかぁぁ!!待ちやがれ、逃げるなよ。逃げるくらいなら此処(戦場)(おい)の手柄になれ。首、首じゃ、首置いてけぇぇ、かさんどらぁぁぁぁ!!!」

 

 

豊久の逆ギレとさえ言えるような激怒の遠吠えに、カサンドラ王国の兵たちは失禁や粗相をして泣きながら、それこそ死に物狂いの一目散に逃走していく。そのあんまりな姿に魔女たちは、『この(豊久)が敵じゃなくて本当に良かったけど、味方にして良かったのか?』と思わず考えてしまうほどに薩州生まれの戦餓鬼は相変わらずであった。

 

 

 

 

 

 

 

カサンドラ王国側の偵察兵たちが潰走した後、豊久と三人の魔女は砦へ帰ってきた。

 

 

「おいっす、お帰り〜。見りゃわかるが無事なようで何よりだったなぁ。しっかし、派手にやらかすもんだネ。キミ」

 

 

「んじゃ、せっかく敵ば追い散らしてやろうたもんを。何ぞ文句でもあんのか」

 

 

「お帰りな、さい。アイスユウキノ、ノエル。あと、豊、久さん」

 

 

豊久たち四人の帰還に安堵しながら労を労う砦の魔女たち。彼女たちとて、何も砦の中でじっとしていたわけではなく先ほどまで豊久たちが帰ってきた側とは反対の斜面側でカサンドラ王国兵を食い止めていたのだ。アイスは胸に飛び込んできた背丈やら何やらが小さめな魔女を抱きとめ再会の喜びを分かち合っていた。

 

 

「おい、信長公。おんしゃ、まさか砦を守ってるだけで精一杯だったとかじゃなかろうな」

 

 

「ハッ、うつけめが。この俺様こと第六天魔王様がそんな無様晒すわきゃねーだろ。ただ、いかんせん兵の数が足らんわ。だいたい何?女、子供しかいねぇ手勢で正規兵どもを倒すとか?」

 

 

「?……なんば言うがか。おんしの手にかかればどうとでもなんだろうて。桶狭間でとった杵柄じゃろうに。一つ、寡兵の動かし方を見せてみろや」

 

 

「もう一度言ってやらぁ。このうつけめ、人の若い頃の無茶をほじくり返すんじゃねぇよ。いいか、策で兵との差を埋めるなんざ、ホイホイできるこっちゃねーの。其れこそ人並外れた能力を持つ将とそれに追随する兵がある程度いてどうにかなんだって」

 

 

魔女たちは再会を喜ぶが、きちんと豊久と信長の話を聞き逃そうとはしていなかった。

 

 

「なんじゃ、簡単な話ではなかか。兵がおらずとも人並外れたってとこなら、こん娘御たちが山とおろうに。ほら、早よう向かいの様子ば教えい。こん程度の戦働きじゃ、手柄にならんからのぉ」

 

 

豊久の言葉に驚く魔女たち。正直、あんだけ大暴れしたのにまだ突っ込む気力があるのかというモノと、やはり当然のように魔女と共に戦おうとする姿勢であり続けること。滅多に表情を変えないレラは、豊久の発言を聞いて緩みそうになる口元に力を入れ、平静を保とうとする。付き合いの長い魔女たちには、少し嬉しそうというのがバレバレだったが戦餓鬼と魔王様は戦闘にしか目が向いていないため気づかれずに済んだらしい。

 

 

 

「豊久さんアイスた、ちに現状の説明をさせて頂きます。一刻ほど前に敵が攻めに来て斜面側で防衛戦を開始、信長さん指揮の元に敵兵を倒していましたが、火矢により望楼が焼け、落ちました。敵兵は防衛の薄い森側の散開していて手が回らなかったから助か、った」

 

 

「良かったわ、絶好の機に帰ってこられたのね」

 

 

アイスは安心からか、胸に手を当て息を吐く。……それだけのことでアイスの胸元が大きく揺れたことに幾人かの魔女が不服そうに目配せするが時と場合を弁えたのか意識を切り替える。

 

 

「それ、で信長さん。今から砦をどう守るんです、か?」

 

 

「あんなぁお嬢ちゃん。籠城なんてこんな野戦砦でしちゃいけないの。籠城するにしても食料やら水、他諸々が足りてない。それにハリガンの奴がここにいねぇ以上、こないだの飛び槍の戦法が使えねぇし。魔女の村からハリガンが着くのと砦にしがみついて死に絶えるの、どっちが早えか試すまでもないだろ」

 

 

「ちょっ!?いきなり何情けないこと言ってんのよ!私たちはハリ姉にこの砦を守るように言われたのよ、それを捨てて逃げろ?馬鹿言わないでよ!」

 

 

「だ〜か〜ら〜、ここで死んで馬鹿を見るのと、逃げて生き延びて馬鹿を見るのどっちがマシか、わからねぇのかよ。ハァ〜、ダメだこりゃ。殺すだなんだと守り方をわかっちゃいねぇ。おい、豊久!お前なら、どうすんよ?」

 

 

「あっ?なんばして(おい)に聞く?戦の策、講じるのは貴様(きさん)の仕事ではないか」

 

 

 

「そう、です。なんで豊久さん、なんですか?正直、全員揃って敵に突進なん、て案が出そうですが」

 

「そうです、豊久さんは戦うのは得意でも難しい事は苦手なんですから、無茶を言わないであげてください。策ならここにいる全員で考えましょう?」

 

 

レラ、アイスは善意で言ってるのだろうが、どう好意的に解釈しても遠回しに馬鹿にしているようにしか聞こえないあたりどうとも言えない。

 

 

「人を馬鹿にしやがって。……まぁ、よか。んな事言ってる暇もなかろうし、手柄を上げるためじゃ。奴ら、蹴散らして大将首まで掻っ切ってやる」

 

 

若干、怒り気味な豊久だったが、散々やり込められて馬鹿にされて戦場との印象が違い過ぎ、魔女たちは愉快そうに笑い出す。それは豊久への恐怖が薄れたか、よくわからないがとにかく今はカサンドラ王国兵に対しどう動くかが問題だ。

 

 

「で、どうすんよ、島津武者。せっかくだ、島津(そっち)の軍法見せてくれや」

 

 

 

信長の試すような口ぶりに豊久は彼流の答えを出した。

 

 

敵兵(やつばら)めを、皆砦に入れる」

 

 

 

 




ーーー島津の勘ーーー

アイス「豊久さんが戦う時、大将を的確に狙いますが。何故に分かるんですか?」

豊久「勘じゃ、足軽ば越えて大将首挙げねば手柄になか。将の首級が分からねば巧名を挙げられん」

レラ「えっと、敵の指揮系統の、混乱とか戦略的な、事は?」

豊久「んにゃ、別段考えとらん。敵の指揮なんざいつも間にか崩れるもんぞ」

レラ「豊久さんの突、撃を受ければそりゃ自然と指揮、が崩れます、ね」

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