お狐様とモブ子さん   作:カレータルト

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驚愕の二話目

■ 夢の郷

 

 

私の名前には意味がないと、小さい時からなんとなく感じていた。

 

別に深い意味があるわけではない、呪いが込められているだとか、名前が無いだとか、そんな大層な理由ではない。

そんな物語の中で出てくる主人公のような大層な設定なんて期待する方がバカげている。

せめても特別な力だとか、秘められた出生だとか、そんな大層な設定を持つ主人公気質の者ならばともかく。

 

どこにでも居るような両親から、何の諍いもなく生まれ。

ごく普通の家庭で育ち、頭も体も過不足なく成長し、それなりに病気も怪我もして。

それなりに安定した将来を見据えて、誰もが通るような進路を辿っていく中途に居て。

 

人並みの秘密を持ち、人並みの友達が居て、人並みの過程を経る。

その結果として私は中の上と言われる容姿となり、適度な成績を得て、そこそこの高校に入ることができた。

何をしても人並みで、トップにもならないし平均にもなれなかった。

 

 

ある時に気が付いた。

 

私は人の記憶に残りにくいのだと。

 

 

人というのは、誰かと誰かを区別したり記憶したりするときに、まずはその突出した特徴と関連付けを行いやすい。

例えば鼻が高いとか、声がハスキーだとか、美醜優劣関係なく強い印象さえあれば覚えられる可能性はぐんと上昇する。

 

それ故に、あまりにも平凡であり、どこかしらが他人と似通っていて、特徴のない私は他の誰かの印象に上書きされてしまう。

私と誰かを見間違えられたことは数知れず、それなりの期間を共に過ごした友人ですらも人ごみの中にいる私を見つけるのは至難の業だと溢す。

先生ですらも私を認識することができず、授業中に指名されるとしたら出席番号から選び出される程度だった。

 

最も私が覚えられ辛かったのは、名前だ。

 

平凡な私は、その名前すらも記憶に残り辛いらしい。

考えてみれば不思議な事ではない、私の顔を”私である”と認識できる者が皆無なのだから、名前はより一層覚え辛いのだろう。

これが馬酔木(あしび)やら石動(いするぎ)(いちじく)やら潤賀(うるが)なんて特徴的なものだったらすぐに覚えてもらえたのだろうが、幸か不幸か私は苗字も名前も平凡極まりない。

百人居たらもう一人か二人ぐらいは同じ名前があるのではないか、それぐらいにありふれたものだった。

 

 

だから、私は今まで名前を呼ばれた経験がない。

 

 

会話の中で「おい」だの「あの」だの「ちょっと」だの、そんな声を掛けられたのだとしたら、それは大抵私を指している。

話している相手が「ええっと」だの「その」だと考え込んだのだとしたら、それは大抵私の名前を思い出そうとしている最中だ。

最終的に、「あなた」だとか「キミ」だとかで呼ばれるのだから、きっと私の名前は思い出せなかったのだろう。

 

誰一人として私の名前を呼ばない、親ですらも私の名前を忘れてしまうことがある。

酷い話ではあるけれど納得のいくことでもある。我が偉大なる兄と姉は、私と違ってとてつもなく印象に残るからだ。

おまけに二人とも名前も気合を入れすぎたらしく、反省した両親は三人目の子供である私には何の変哲もない名前を付けたのだという。

 

 

 

「まさか、こんな普通の子供に育つなんてなぁ」

「もうちょっと印象に残る名前、付けてあげればよかったわね」

 

 

 

少しばかり申し訳なさげな顔をする両親を見て、私は思ったのだ。

 

 

 

『私の名前には、果たして意味があるのだろうか?』

 

 

 

答えは簡単だ、『意味はない』。

呼ばれぬ名前なんて何一つも役割を果たしていない。

ファイナルアンサー、Q.E.D.

 

だとしたならば私にできることはただ一つ、諦めて現実を受け入れるしかない。

 

元より私は目立つことに対して微塵も興味を抱いてはいなかった、印象のある誰かを羨ましいと思ったこともなかった。

私がいつでも背中を見ていた兄と姉がそれなりの有名人だからかもしれない、少なくともあれを超えることができるとは思わないぐらい。

そして、有名だからといって、人気があるからといって、それに付随するオプションを考えても面倒の方が多そうだと感じたからかもしれない。

 

だから、これでいい。

波風を立てず、起伏もない人生、それをつまらないと取るか安定していると取るかは本人次第だ。

私はそれを受け入れた、誰かと同じような人生でいいと思った。

 

モブ山モブ美なんて名前も悪くはない、面倒ごとに巻き込まれるのは御免被る。

痛いのも嫌だし傷つくのも嫌だ、多少は大丈夫だけどそればかりの人生なんて何が楽しいのだろう?

そんなものに賭さなくても、私の人生はへまさえしなければ順風だ。

これ以上何を望めるのだろうか、これ以上を臨んだら罰でも食らってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

うん、そうだ

これは、夢だ

 

ただの現実逃避に過ぎないし、私には逃げられない現実が待っている。

それがどれだけ美しくても、私はいつか覚醒しなければいけない。

 

知っている

知っているよ

 

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

さあ、目を開けようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱっちりと目を開けると、薄手のカーテンから注ぎ込む日光が部屋をぼんやりと明るくしていた。

 

季節もあって大分蒸しているが、適度な空調の利いた部屋の中で息を吸い込めば新鮮な空気が脳に酸素を送り込み始める。

 

 

 

「ふぁ……ぁ、はぁ…っ」

 

 

 

まだ明瞭ではない意識が、本能が、更なる酸素を要求してくる。

生理的欲求に身を任せて大欠伸する姿なんて家族にすら見せられないとは思う、これでも年頃の少女なものだから羞恥心というのは人並みにあるのだ。

流石に大口の中まで見てくる酔狂な輩は居ないと思うけれど、人目に憚る行為というのは一人でいたとしても憚るものなのである。

 

ごそごそと、誰かに撫でられているような重さを感じる。

掻き分け、梳き、撫で上げる、不思議と眠たくなる手つきで。

 

けれども徐々に明晰となってくる視界が部屋の隅から隅までとらえれば、それはいつもと変わらない。

クローゼットに書棚の中身はきっちりと収納されているだろうし、薄桃色の壁紙も、朱色のマットレスだって昨日のままだった。

時計を見ればまだ起きるには大分早いらしい、適当に目算してもまだ1時間半はゆっくり寝ていられる。

 

夏場はありがたいことに時計を使わずとも太陽が起こしてくれる。

これだけ早く目が覚めれば、ベッドから起き上がって体操なりなんなりと健康的なことができるだろう。

けれども私にそれほどの輝かしい自己鍛錬意識があるわけがない、寝られるときに寝ておきたい性分なのだ。

 

 

 

「おや、お主様。起きるにはまだ早すぎる時間ぞ」

 

 

 

頭の上で、艶めかしさすらも漂う甘い声が聞こえれば

優しく、まるで親が子にするような撫で方で、梳くように撫で上げられれば。

途端に覚醒したと思っていた意識が混濁し、不明瞭になってくる。

 

とても、とても眠い

 

段々と瞼が重くなって、視界が暗闇に舞い戻り始める

 

今しがた浮かんできた意識が、再び沈み込まされるかのようで

 

体が重い

 

ずっしりと、服が水を存分に吸っているみたい

 

 

 

「……ねむ、ぃ」

「ふ、くく。可愛い顔をするのぉ」

 

 

 

コロコロと笑う声が聞こえても、今は何も言いたくない。

ただ眠たくて、意識が蕩けていって

より一層柔らかく撫でられると、体が白にズブズブと沈んでいく

 

ぼふっと、体が沈み込む

ふかふかだった

 

ふかふかのもっふもふだった

 

まるで厚手の毛布みたいで、ここまでふかふかだと蒸し暑いはずなのに。

どうしてだろうか、不思議と涼しさすらも感じる。

さらさらとした草むらのような、埋もれていると太陽の匂いがする、安心するふかふかで。

 

 

 

 

「ひ、ぅんっ……まったく、眠い時は正直だというのに」

「もふもふ、ふかふか、ねむ、い」

「存分に眠ると良い、時間が来ればわっちがしっかりと起こしてくれようぞ」

 

 

 

 

優しい声でそんなことを言われると、ついつい甘えたくなってしまう。

それにこんなに心地が良いのに起きてしまうのはもったいない気がして、手繰り寄せたさらさらはまるで上質な絹糸みたいで。

掻くように梳いているうちに、微睡む意識は半分どこかに持っていかれてしまった。

 

 

 

薄目を開ければ、そこは銀色の大地

 

まるで冬のような白銀が、風に揺られて靡いている

 

目を閉じても、冴えるような白の残影が焼き付いているみたいで

 

 

 

「うん、おやすみ」

 

 

 

紡いだ言葉が、果たしてきちんと伝わったかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 幕間

 

 

雨が降っていた

 

しとしとと、五月雨が降っていた

 

音を飲み込んで、色を洗い流して

 

 

 

雨が降っていた

 

それを知っているのは、私と彼女だけである気がして

 

この世界には、私達だけである気がして

 

 

 

怖くなる

 

 

 

そんな時に

 

彼女は、私を抱きしめてくれる

 

彼女は、私を慰めてくれる

 

 

大人びた声で、どこか枯れた野原のような荒涼とした空気を漂わせて

 

彼女は、私に寄り添う

 

 

 

「起きなさい」

 

 

 

私は、もうちょっとこうして居たいのに

 

彼女は私を揺さぶって、覚醒を促す

 

 

 

「また、会えるから」

 

 

 

それなら、良い気がした

 

また会おうねって手を繋ぐと、ひんやりと冷たい感触がして

 

 

 

無表情だった彼女が、笑った気がする

 

 

 

「おやすみなさい、■■■■」

 

 

 

うん、おやすみ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、お主様や」

 

 

 

目を開くと、爛々と宝石のように光る瞳がこちらを覘いていた時の驚きと来たら。

 

どれほど私の頭をひねっても一言で言い表せはしないのだし、上手い例えも考えつかないのだ。

ただし、私が咄嗟に飛び起きて彼女から遠ざかったという行動をもってすれば、その一端はわかるだろう。

 

一瞬、ほんの一瞬見られただけ。

 

けれども、それだけで飛び退いた私の心臓はバクバクとし続けているし、呼吸も大分乱れている。

意識は完全に覚醒したが、今の一瞬で寿命が3日は縮んだ気分だった。

 

確かに彼女の瞳は綺麗だ。

けれどもその美しい金色の奥にある黒色の眼光は鋭く、まるでこちらの深淵まで見通しているようで。

それに見つめられる私は、まるで心臓が鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えるのだった。

心を見透かすようなその目は、私が彼女のことを苦手としてしまう原因の一端である。

 

けれども、私がどれほど慌てようとも彼女はその余裕を崩すことはない。

袖を口元に寄せてくすくすと笑うその仕草は本当に面白いようで、腹立たしさを超えて呆れてしまうほど。

 

時計を見れば1時間半丁度、確かに彼女は役割を全うしてくれたらしいけれど。

起こし方というものがあるのじゃないかなと、未だ跳ねる心臓を押えてため息をついた。

 

落ち着かないと、深呼吸しないと。

 

 

 

「その様子、しっかりと目が覚めたようで何より」

「目は覚めたけど、もうちょっと優しい起こし方はないのかなって」

「これ以上優しい? ふむ、となると、やはり耳元で『起きてくれないと、食べてしまうぞ♥』と囁くのはどうじゃろう」

「あ、は、あはは。それは、えっと……冗談だよね、あくまで」

 

 

 

それは冗談なのだろうか、そもそも彼女が冗談を言ったところを見たことがない私は苦笑いで茶を濁すしかなかった。

けれどもキョトンとした表情をしていた彼女の口が、ニマリと弧を描くように広がって。

 

 

 

「はて、どうだと思うかの?」

 

 

 

口元を隠す仕草は貴族を思わせるほど優美で、思わず見とれてしまいそうだけど。

流し目でこちらを見つめてくるその瞳は、一片たりとも笑っていないものだから。

思わず喉から「ひゅっ」と妙な空気が漏れた私を、誰も責めないでほしい。

 

 

ああ、彼女は一切冗談を言っていない

 

そんなことを頼んだら最後、彼女はやる、絶対にやる

 

どんな意味にせよ、私は食べられてしまう

 

 

どのような言葉を掛ければよいのか、頭の中がぐるぐると回って。

だからこそ、彼女の接近を容易に許してしまったのだ。

 

気が付いた時には、既に膝上に陣取って私の胸元まで飛び込んできた彼女はぴとりと私の胸に手をついて。

 

 

 

「のぉ、お主様よぅ……」

 

 

 

そのまま体重を預けるように体を寄せて、潤んだ瞳で見上げてくれば。

 

ふにゅりと、当たっていた。

ゴクリと、息を呑んだ。

 

柔らかな双丘が、私の標準以下サイズを圧迫しているのがありありと分かる。

悔しさと、こんなことで彼女が人外の存在であることを認識する情けなさで泣きそうになった。

 

けれども、そんなことは気にもかけないように。彼女は私に掛ける力を強めてくる。

か弱い乙女のように見える彼女が此方を抑える力はとんでもなく強い。

私が相当力を込めても動ける気配がない程に強いのだ。

 

 

 

 

「……わっちが、嫌いになってしまったの?」

 

 

 

 

けれども、その潤んだ眼差しで問う言葉は

揺れて、掠れさえする声で訴える言葉は。

 

 

 

「なぜ、斯様(かよう)な目でわっちを見るの?」

 

 

 

さっきと同様に冗談であることを微塵も想わせないけれど、その印象が大きく違う。

 

私が恐ろしいと思っていたあの無機質な瞳は、なぜか潤んでいるせいで恐ろしく思えない。

本当に理解できないが赤らむ頬は、黙っていれば人形のような彼女に生気を吹き込んでいて。

 

 

 

ギリギリと、いつの間にか掴まれた私の腕がじんわりと万力のように締め付けられていて。

 

 

 

「嫌い、じゃ、ないよ」

 

 

 

苦悶の表情を隠すので手いっぱいだけど、どうにか答えれば。

途端に彼女はパッと、花の綻ぶような笑みを浮かべた。

 

 

 

「本当?」

「本当だよ、ただ寝惚けていただけだから」

 

 

 

だから、その手を離してくれないかなって。

力は掛かっていないものの、しっかりと手を繋いでくる彼女にそんなことを言ってしまったら逆効果になりそうだから、私はただ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに、私が寝ている間中は何をしていたの?」

「お主様の可愛い寝顔を見つめておったよ」

「……ずっと? 私が起きるまで?」

「うん、うん! お主様が起きるまでずっと!」

 

 

ゾワリと、背筋が逆立つのを感じた。




溢れろリビドー!
震えろパトス!

何が書きたいか私にもわからない!
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