エロ狐は身長138ぐらいです
■ 七夕
「ねえ、お主様や? お主様は織姫と彦星ならどちらが良いかの?」
ベッドに仰向けになった私の上に飛び乗りながら、目を爛々と輝かせた彼女がそう言った。
私がどんなに重いと暗に伝えても、何を聞いているのかニコニコと笑うのみである。
彼女がどうやら私の話を聞いていないのだと、さっさと諦めてしまう程には慣れ切っていた。
如何に非日常でも何度か続けば慣れるもの、例え九尾の美少女に朝っぱらから馬乗りにされるなんてことでも慣れてしまう。
しかし、織姫と彦星とは。
どうやら七夕だと言うので喜々としてこんな話をしてきたらしいが、生憎私はそんなイベント頭の隅にも置いていなかった。
そもそも妖怪とそれに関連するゴチャゴチャによって旧文明があらかた忘れ去られてしまっているのだ、私だって彼女からちらと聞いた程度のことを覚えているわけもない。
それどころか世間一般でも七夕なんて知っている者は両手で数えられたら驚くぐらいだろう、旧文明でも大分影が薄くなっていたらしいし。
「確か、織姫と彦星がお互いの恋を燃え上がらせるために年に一度だけ会う日だってね」
「敢えて会わぬ愛というのもあるという話じゃな」
つまり七夕というのは織姫と彦星のプレイをおめでたいとして祝う行事らしい、考えれば考えるほど酷いものだと思う。
どうして二人の自己満足につき合わされねばならぬのだろうか、私には皆目見当もつかないが昔の人間はそこに意義を見出すことができたようだ。
だとしたら、織姫と彦星のどちらが良いと言われても、私はどちらもあまり良いとは言えないし。
けれども、そんな凡庸なる答えをこの
突拍子もない問いかけだが、彼女がそれを聞いたということは何かしらの意味があるということだ。
その意味合いすらもぶっ飛んでいる事が多々あるのが厄介なところだけれど、彼女の
私にはそれに何らかの、彼女が満足しうる答えを用意せねばならないということだった。
「織姫、かな」
私が女だから、なんて安直すぎる理由はおいておくとして。
彦星である自分まで想像が及ばない、なんて理由は隠しておくとして。
チラリと、考えている振りをしながら見た彼女は。
「ほう、織姫とな」
相変わらず、何がそんなに嬉しいのか分からない笑顔でこちらのことをじっと見つめてくる。
尻尾がゆらり、ゆらりと揺れて
彼女の瞳も、ユラユラと揺れる
思わず、見惚れる程綺麗で
「あやややや、お主様に見られておるよぅ!」
途端、頬を赤らめてくねくねとし始めたのを見て、後悔した。
これ以上ない程に恍惚とした表情でそんなことをされれば、まるで私の上で踊っているみたい。
揺れる、たゆんたゆんと揺れるのを見たくはない、私の中の自尊心が音を立てて軋むのを感じるから。
ぴしり、ぴしり
そうでなくとも、理性が常時オフモードというより欲望と本能以外が存在するかわからない彼女のことだから。
私が無意識にじっと見ていただけでも、その数十倍の感情を込めて此方を艶めかしく見つめてくる彼女のことだから。
ひょっとして、何かの間違いでもあれば、私の純潔があっけなく散らされてしまうということも最悪考えられるわけで。
割とゾクッとくる話
私が未だに穢れ無き身でであるのは、薄氷一枚隔てた上でタップダンスを踊るようなもの。
この薄皮、一枚下は欲望という名の底なし沼でございます。
例えそれが澄んだ水のようであっても、綺麗に見せておどろおどろしい。
見目麗しいものであればあるほどに、その内面は怪物じみていて。
美しい花に棘はなく、ただその香りは甘い猛毒。
搦めとられれば最早、逃れる術もなく。
「……ねえ、そろそろ重いんだけど」
「なんと、わっちとしたことが!」
その後に何を言いたかったのかは分からないけれど。
「お主様を尻に敷くとは」でも「お主様に不満を持たれてしまうとは」でも、多分同じこと。
私はいつだってキミの尻に敷かれてるし、割と不満はたくさん持っているんだよ、言わないだけで。
だって、それを言ったらもっと面倒くさいことになるって知っているんだもの。
ガン泣きするならまだ良い方で、こちらが恐縮しちゃうほど頭を下げて謝ったり、酷い時はボロボロ泣きながらその場で死のうとするし。
そんな事されたら私もその後色々とトラウマになりそうだし、私自身も九尾を殺したって思われちゃうよねきっと。
「お前が迂闊なことをするから、九尾という破格の存在を潰してしまった」とか言われちゃうのかな、お父さんとかお母さんに申し訳立たなくなるよ。
だから私は何も言わない
だから私はただ微笑む
「のぉお主様、わっちと添い寝してくりゃれ?」
私の上からどいた彼女が隣でくるんと丸まりながら、媚びるような目で見つめてきたとしても。
うん、何も感じない、私はノーマルだ。
でもしょうがないから、もうじき朝食をとらなきゃいけない時間だけど少しだけ隣で横になってあげるのだ。
彼女を無視して、後でむくれられても困るから。
「ちょっとだけだよ? もうじき下に行かないとお母さんが起こしに来るから」
「知っておるよぅ、このようにだらしのないわっちは見せられないからの」
擦り寄ってくるので、ちょっとだけ抱き寄せた。
その瞬間もふわっとした尻尾が手を包み込んでくる、絡みついてくるせいで動かせない。
うねうね
うねうねと
私の手をもみくちゃにして、探る様に指の間がまさぐられて。
くすぐったいけれど、気持ちがよくて。
「お主様の親指、これが人差し指、小指、中指――そしてぇ」
絡みつく、特に締め付けられるのは、私の左手。
左手の、右から二本目。
「うふっ、くすりゆび……これが、お主様の薬指じゃな」
じぃっと、見据えられる。
不気味で
妖しくて
艶めかしい瞳
尻尾だけで私の手の形状を確かめながら、決して離してくれない。
絡みついているのは手首から先なのに、私は全身が捉えられているみたいで。
「くふ、く、くふふふっ」
おかしくて、おかしくて仕方ないといった笑い声を漏らしながら。
何度も、何度も何度も確かめられる。
同じ指の、第二関節付近を特に。
それにどんな意味があるのかは、まだ理解できないけれど。
その意味を聞いてはいけない気がして。
「そういえば織姫か彦星で良いかって、どういうこと?」
話を逸らせば、ぴくっと震える彼女の耳。
ぴょこん
ひょこひょこっ
途端にその目をパッと見開いて、身を寄せれば感じる柔らかさ。
紅顔は庇護欲を存分に掻きたてる可愛らしさで、私とは大違い。
服の上からでもこれなんだから、脱いだら凄いんだろうなぁとか考えてしまうのはきっと現実逃避なんだろう。
そりゃ平凡を求めてやまないし、綺麗すぎるの面倒くさいという事は姉貴を見てよく学んでいるつもりだけど。
実際にこんな美少女を見てしまえば、少しばかりの嫉妬をしてしまうぐらいには凡庸で。
どこにでもいるような私と、どこにもいないような彼女。
対比すれば、潤んだ目で見つめられている私の瞳は死んでいた。
「うむ、うむ。お主様が織姫を望むなら、わっちは彦星にならんといかんと思っての!」
「……彦星って男じゃなかったっけ?」
どう見ても、というよりも彼女がもしも男だとしたら、色々とまずいけれど。
何がまずいって、そうなると『女同士だから駄目』との否定が通用しなくなるからだけど。
間違いなく彼女は女性のだ、賭けてもいいけれど男性ではない。
なぜって
私は、彼女の裸を見せられたことがあるから
誤解をしないでほしい、決して見たくて見たわけではない。
見せられたことがある、というのは決して誤字でも比喩でも過ちでも誤りでもなく、事実だ。
まじまじと、これ以上ない程にしっかりと見せられた彼女の肢体は今でも脳裏に焼き付いてしまっている。
当時の詳細については伏せるが、結果として私がこっそりと書きしたためた
『寝るときには、彼女が求めてくる来ないにかかわらず一緒の布団で眠らなければならない』
ともかく、彼女は女である。
しかし彦星は男だ。
「お主様が織姫ならわっちは彦星、お主様が彦星ならわっちは織姫じゃ!」
満面の笑みを浮かべ、耳も尻尾もひょこひょこと動かす彼女ときたら。
「この問いに対しての答えなんてそうに決まっている」そう言わんばかりの態度だった。
「安心せい、どれほど天の河が荒れ狂う濁流であろうとも、わっちは必ずお主様を愛しに行くからの!」
助ける、でも
会いに来る、でもない
わざわざ愛する、たる言葉を使った意味も聞かない方が良いのだろう。
「愛しに行くからのぅ!」
二度言った意味も、聞かない方が良いに決まっている。
どうせ私の考えていることは十中八九当たってるから、答え合わせをして藪蛇を突きたくはない。
「いや、わっちが彦星になったからには一年に一度ではない……一カ月、一週間? 否、否そんなもので我慢できよう筈がない」
「あのさ、もう時間だからさ。ちょっと手を引き抜きたいかなって」
「うふ、うふふ。わっちの愛は一年待たねば燃え上がらぬ、そんなつまらぬものではなかろうよ」
例え此方が突きたくなくとも。
この蛇は、私の方に向かって飛びついてくるのだから。
私の手を捕らえたまま、いつの間にか首元に巻き付いた腕が力強く私を引き寄せる。
金色を揺らめかせながら、こちらにふにゅりと身が寄せられれば。
熱を宿した瞳が此方を覘く、見ているだけで浮かされてしまいそうなほど。
熱い
暑くて
くらくらとする
見つめてくる瞳が、うっとりと歪んで。
頬に掛かる吐息が、汗が滲むほどに暑くて。
「わっちの、織姫様よぅ」
その声が、あまりにも喜悦を滲ませているものだから。
(織姫と彦星って、すでに私達が
自分の世界に没頭しているこのお狐様には。
苦笑いも、多分聞こえなかったのだろう。
「ちょっと待って、そこに手を差し込むのは待って!」
「ふ、ふふ、織姫様ぁ……❤」
「やだ、ちょっとお母さん、おかーさーんっ!」
話を進める余地はあるけれどこいつら自分の部屋から出てこない