ランキング入っていいのか、良いのか。
■ 妖憑きの階位
養成所を無事に卒業した学生は、国家にて正式な妖憑きとして認定される。
妖憑きは職務として認められ、国家公務員と同様にその給料は国庫より支払われることになる。
その絶対数の少なさ、及びに任務の危険性と重要性を考えれば、妖憑きの待遇の大よそが窺い知れることだろう
給金が下手な議員よりも高額であることは言うまでもないし、福利厚生も充実しているし、退職になることもない。
今となっては『死にさえしなければ我が国において最も安定した職務』とさえ言われるのはこういった所以がある。
当然ながらこれは馬鹿げた言い方であるし、それを真に受けている者も少なからず居るのには嘆かわしさすらも覚える。
妖憑きとは、我が国全土を一時も休むことなく飛び回り続けねばならぬほどの激務と、常に死と隣り合わせの戦場に身を置かねばならぬ環境に置かれている。
精神的にも肉体的にもタフなエリートを選定してはいるが、妖憑きとなった後で精神的な疲労から自殺してしまう者も居るほどだ。
従って、彼らには待遇を与えなければならぬ。
英雄に相応しい対価を、我々からも与えなければならぬ。
彼らには劣悪な環境ではなく、罵声でもなく。
職務に集中できる環境と、万雷の喝采こそを与えるべきなのだから。
しかしながら妖憑きの中にも実力差があり、彼らの中にも歴然とした待遇の差があるのは仕方がないことである。
強い者と弱い者、法とは両者の溝を無くすためにあるものだが、完全な平等はぬるま湯を生む。
そして妖憑きにとって実力とは、己の全てであり、誰からも否定されないただ一つの事実である。
おべっかの上手い者、口先八丁を使いこなす者、己を偽ることが上手い者、そんな回りくどい力は彼らの世界において全くの無力。
常に生き残れる者は、そしてその中でも高い実力を持つ者は、純然たる自らの”力”を有しているのだから。
例えて言うなれば彼の
彼女の姉である■■
二人とも並ぶとも劣らぬ英雄であり、未だに幼い彼らの妹にも協会は大きな注目を―――――
――――――誰かの手記 妖憑き協会理事の机に置き忘れられていたもの 52頁
「どうしたのかの、お主様?」
「うん、身内に有名人が居ると色々面倒だよねって」
有名人とは、世間一般で名前を言えば「ああ、あの人ね」と返ってくるのがそうだと思う。
特定のジャンルに精通している人にしかわからないのも居るけれど、残念なことに我が誇るべき兄貴と姉貴は我が国どころか世界でも名の通ってしまった有名人だった。
おかげで兄貴と同じ名前も、姉貴と同じ名前も同級生の中で見たことがある。
当然ながら私と同じ名前は見たことがなかった、ありがちな名前なので見掛けることもあるだろうが、それはきっと私の名前から拝借したわけではないのだろう。
残念な、というのはあくまで私視点の物言いなわけだけど。
多分、そんな存在が自分の身近に居たのだとしたら自慢したい気持ちの方が大きくなるだろうし、誇らしい気持ちでいっぱいだろうし。
私が彼らを誇りに思っていないわけではない、むしろ誰よりも兄貴と姉貴の凄さについて分かっているのだという自負すら持っている。
けれども、同時に私は。
彼らが有名であることの恩恵よりも、大きな対価を支払わざるを得なかったのだ。
『あっ、清玄さんの妹さん!?』
『あなたも妖憑きとして大成するんだろうなぁ、でも』
『なんだかその、普通?』
『本当にあなた、篤季さんの妹なの?』
『なんだか覇気がない……』
『普通というかなんというか。あ、でも顔は似てるかも!』
私は、彼らと比べたら何の特別さもなかった。
力も、頭も、雰囲気も、何もかもが似つかなくて。
けれどもただ、戸籍と顔だけが確かに私を彼らとの血縁があるのだと示していた。
勝手に私に期待をして、勝手に私を普通と思って、勝手に失望していく。
そんなとき私が思っていたことは、怒りでも悲しみでも、ましてや自分が力を持たぬ情けなさでも、やるせなさでもない。
面倒くさい
ただ、面倒くさかった。
私はただ普通の子供で、それに疑問を持ったことがなくて、けれども周りの人間はそんな私が気に食わないみたいで。
勝手に私の空間に入っては唾を吐いてくる、何がしたいのか分からない、分かりたくもない。
私が普通だなんて一目見ればわかることだろうに、どうしてまじまじと見て判別しようとしてくるのだろうか。
どうして、それでも私を普通じゃないのだと、今後開花する種だと言えるのだろうか。
私のことを何も知らないのに、期待だけされて失望されていく面倒くささを欠片でも知っているのだろうか。
「ごめんなぁ、兄ちゃんのせいで面倒くさいのが来ちゃってさ」
「いーよ、兄ちゃんのせいじゃないから」
「俺のせいでもある、それに――俺がこの道から外れることはできないから、これからも迷惑をかける。ごめんな」
申し訳なさげに頭を掻いても、自分を間違ってると言わない兄貴は最高に格好良かった。
私がもし妹じゃなかったら惚れてもおかしくはないと思うけれど、髭は剃った方がいいかなとも思っていたのはナイショだ。
事実兄貴はそれぐらいのことをしているし、これでお嫁さんがまだ見つかっていないのはたぶん出会いがないからだと思う。
「清玄、そう言ってやるな――こいつはまだ目覚めていないだけなんだ」
「待てよ姉貴、もういいじゃねえか!」
「お前は我慢して見ていられるのか!? この子が他人に失望されて生きていかねばならないという現実から目を逸らせと言うのか!?」
けれども、そんな大人の兄貴に反発するのも居た。
姉貴――今日の食卓には居なかった篤季は、いつだって兄貴とは別の意味で私の味方だった。
彼女は私にも何か隠された力があるんだって疑ってなかった、まだそれが覚醒できてないからだって言っていた。
「良いよ、お姉ちゃん……私は、普通で」
「お前……私は、信じているからな」
私の力を信じ続けること、確かにそれは普通ならば心強いんだろう。
けれども、心の底から普通であって、普通でありたいと思っている私にとって彼女の信頼は少しばかり、ほんのちょっとだけど面倒くさくて。
それが、私の今後、私の生涯を思ってのことだって知っていたから、申し訳なさも生まれてしまっていて。
だけど、確かに姉貴の言う通り。世の中には学ばない奴がごまんといる、私に期待して失望して、それに対してはもうどうにも思ってないけど面倒くさくて。
だから彼女は私に力をつけて欲しいんだって、他の誰かみたいに私を戦力として見てるんじゃなくて、私が姉貴や兄貴の功績に縛られない生き方をして欲しいんだって。
それが分かってたから、嬉しかった。
「お姉ちゃん、そんなこと言うよりもトマト食べなよ」
「……ト、トマトぐらい食べられなくても死にはしない」
「おいおい姉貴、こいつに負けてるぞ?」
「重要なのは勝つことではない、勝つべき勝負に勝つことだ」
私より二回りは上の年齢なのに、まだ野菜が苦手なそれも子供っぽくて。
兄貴と一緒によくからかっては怒られたのを覚えている。
あれから随分と経った気がする。
大人にとってはあっという間の十年弱だけど、私にとってはいろいろなことがありすぎた。
「ここかの、これよりわれらが在籍する学び舎は」
「そうだぞコハクちゃん、俺もここで色々と思い出が……ないな」
「兄貴は在籍時から日本中飛び回ってたからね」
「ああ、だから普通のクラスのことは何一つわからんが道は分かるんだ、次からは一人で来れるな?」
「一人ではないぞ! このわっちが居るならば主様に迷子の心配はないと断言しても良い!」
「大丈夫だよ兄貴、コハクもこう言っているし」
「あはは、コハクちゃんが居るなら安心だな。でもこいつの後ろに隠れているようじゃ駄目だぞ?」
「うむ、次からはわっちが主様を先導してくれようぞ!」
私と同伴して道を教えてくれた兄貴は笑っていたけれど、多分気づいていないんだろう。
さっきから私の後ろに隠れながらもちらりと姿を見せるコハクが、私としっかり指まで搦めて手を繋いでいることに。
恋人繋ぎは此方から手を離そうとしても決して逃れられず、その癖コハクは無邪気な声色で子供を演じるのだ。
まるで、首輪をつけられている気分だった。
その様子を想像すれば、ヒクリと私の狐耳が動いて。
コハクに握られる手が、より締め付けを増した気がした。
溜息の代わりに振り返れば、そこには森に囲まれた大きな門があって。
その奥には立派だけど、生徒の数を鑑みればこれほど大きくなくていいんじゃないかと思えるほど大きいくて無駄に立派な建屋。
まあ、人口自体が少ないから土地は無駄に余っていたのだろう、それに資料によれば国の施設も兼任していたはずだ。
初夏は蝉がうるさい、校舎を囲む森からはミィン、ミィンと絶え間なく高い声が発せられている。
……この耳になってから集音率がいいのか、やたらとうるさくなった気がする。
「お主様、そういった時はこうするとよいぞ」
「兄貴、行っちゃったのかな」
「うむ、お主様はしっかりと
コハクが
ふと視線を下げると、ぺたりと耳をへにょらせている彼女が此方をキラキラした目で見上げていた。
いつも思うけれど、彼女が私を見る目には邪心が一切感じられない、独占欲だとか身勝手さだとかを一切含んでいない純粋なまなざしで、私はそれが不思議で仕方なかった。
うるさいのは確かなので、教わった通りに耳をペタンと伏せれば大分楽になった気がする。
どうやるのか、なんて説明がし辛いけれど。
人間が手を握るときに意識はしないだろう、それと同じで私もこの耳になってから動かすことができるのだと知った。
狐耳が周辺機器で、取り付けると勝手にデバイスと本能という名のコンピュータにインストールしてくるのだと言えばわかりやすいだろうか。
ある程度は自分の意志で動かせるけれど、感情の発露を隠すのはまだ難しい。
コハクはわざと制御していなかったり、かと思えばしっかりと制御していたりするのだろう、この
「お主様も、着実に狐の知恵を身につけておるようで何よりじゃの!」
「コハクが教えてるんでしょ?」
「うむ、わっちの
そう言った何気ない言葉で、背筋が逆立つのだ。
どうやら彼女は私を娶るだけでは飽き足らず、狐にしようとしているらしい。
流石にそこまでは我慢できないけれど言ったら言ったで恐ろしいことになりそうだから、心の中で抵抗させてもらうとしよう。
「そしてお主様、学び舎に行かなくてもよいのかの?」
「あ、うん。そろそろ行こうかなって思っててさ、なんだか緊張しちゃって」
「初めての環境ならば致し方なし、しかしながらお主様の不甲斐ないところを他にそうそう見せる訳にもいかぬ――ふむ」
私のことを不甲斐ないだとか、ほかに見せる訳にはいかないとか、酷いことを言われた気がしたけれどこの程度はスルーできるようになった。
いちいち目くじらを立てていたら参ってしまう、こんなことは社会人になってから学ぶものだと思っていたけれど私の精神年齢は恐ろしい速度で進んでいるらしい。
いつか早死にするんじゃないかと思う、それはそれで困った。
なんとなく、コハクの手を握った。
なんとなく、伸ばされたコハクの手を握った。
私はそれに、手を繋いでから気が付いた。
「あっ」
唐突に、そんな声を出してしまったのは。
私が反射的にも無意識に、彼女と手を繋ぐことを拒否できなかったということで。
「ふふっ、さあ参ろうか。わっちがおる、なにも恐れることはないであろう?」
ただ恋人繋ぎでないこと。
それが私にとって唯一の救いだった。
ちなみに兄貴はもうじき30歳、姉貴は35歳越えで結婚済みです(余計な情報)
帰ってきたら修正するかも