モブ子ちゃんとしては助かっているけれど、この話のテーマは「百合とガチレズ」である。
気づいたらお気に入り500人でした、百合の供給が不足していると確信する。
■ 召喚の種類
妖の数は多いものの、妖の召喚には二つの種類しかない。
自らの契約者として妖を召喚するのが一般的であるが、特殊な状況でのみ許可される召喚方法がある――即ち、召喚した妖を自らに取り込む『変則召喚』である。
契約者として形ある存在は居ないが、その代わりに自らの身体機能を劇的に高め、取り込んだ妖の能力も使用できるようになる。
この手段をとるには召喚を行う際にほんの少し、三工程程度挟めば良いのみ。
この召喚方法が確立された発端については諸説あるものの、召喚方法に詳しい妖から伝来したという説が有力である。
この召喚の利点は、妖憑きと妖の間で不仲が発生する可能性がなくなること、それ以上に通常召喚において最大の弱点である『妖憑きが狙われる』事態を潰せる事が大きい。
なにせ召喚者自身が妖なのだから、守るべき者に気を使うことなく万全の態勢で挑むことができるのだ。
しかしながら変則召喚は非推奨、それどころか學園によって禁止とする場合もある。
その理由としてはいくつかあるが、単純な理由として『妖を道具のように使ってはならない』との教育方針が大部分を占めている。
無論これは建前上のものではあるものの、決して間違った理由ではないだろう。
人間の勝手で妖の力を借用どころか奪い取っているに等しいのだ、これは倫理上、及びに他の妖にとっての印象も悪くなる――国はそれを恐れているのだろう。
しかしながら、その真意は少し離れたところにある。
変則召喚を行うと、召喚者の精神が不安定になる――そういった報告が挙げられているのだ。
妙な話ではない、変則召喚とはつまり自らの中に、自ら以外の他者を降ろすということなのだから。
事実として、その報告書では「変則召喚を行った者の内、八割は精神的に何らかの異常をきたす」とすら書かれている。
誇張表現であろうとも、事実として変則召喚が原因で何らかの支障をきたす者が居たのは間違いがないだろう。
それがどのようなものであったとしても、折角の人材を潰してしまうのは惜しいのである。
更に問題なのは変則召喚を行った場合、力の行使に対する歯止め役が居ないということだ。
妖が暴走した場合は人が、人が暴走をした場合は妖が止めることを期待して二人一組制が回っていると言っても過言ではない。
その枷を外すことはつまり、いつ力を振るおうとも止める者がいないということ、下手をすれば妖怪よりも面倒な敵を作るということに他ならない。
以上の理由からして、変則召喚というものは原則禁止されているのだ。
――――――権禰宜學園教本『召喚手順読本』 4頁
「いやはやお前が召喚を、しかも違法召喚したと聞いた時にはさすがの私も驚いた」
そんな言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声色を聞いていた。
姉の歩くコツコツとした音と、私の歩くトットッとした音、その後ろからはペチペチと素足の歩く音。
私の一歩と姉貴の一歩は大きく違うから、彼女の足取りは気持ち緩やかだった。
いつだってそうだった、私が気付かないところで姉貴は私のことを考えてくれている。
例え私が嫌な事であっても、彼女は先の先まで見て忠告をしてくれるし、結果的にみれば姉貴の言葉には一切の間違いがなかった。
私が頑なに「妖憑きにはなりたくない」と言っても反対してきた理由が、今ならばわかる。
普通の人間であればその選択肢で間違いはないのだろう、命の危険が伴う仕事なんて選ばれた人間がやればいい。
特に私なんて大した体力も持っていないし頭だって並みなのだから、不適切とは言わないまでも私より適性のある人間なら簡単に見つけ出せるだろう。
私が、普通の人間であればの話だけれど。
どれほど拒否しようとも、私の家は世間の注目を浴びざるを得ない立場にあった。
無双を誇る優秀な兄貴と、見目麗しく強い姉貴、きっと彼らの妹も同じように育つのだろうと世間一般では思われていたのだ。
その結果が、
私はそれでもよかった、別に世間でどんなことを言われようとも関係はないし、どうやって努力しようとも生まれ持った才はどうにもならないのだから。
けれども姉貴はそれを否と言った、お前は妖憑きになれるよう努力をするべきだと。
きっと姉貴も知っていたのだろう、私に妖憑きとしての適性がないこと、そして成れないならばならない方が良いことを。
けれどもその理論は私に限ってダメだった、それ以外の道を辿ればどこを通ろうとも私は後ろ指を指されてしまうだろうから。
「優秀な血筋でありながら、怖いからと使命から逃げた軟弱者」
知らぬ者は知ろうともしない、どんなに簡単で明確な理由であろうとも自らの目を覆い隠して、身勝手に糾弾する。
それが姉には許せなかったのだろう、自分の妹が自分のせいでそんな人生を送らなければならないことが耐えられなかったのだろう。
だからこそ、私がどんな手段を使ってだろうとこうして並び立っているのが嬉しいのだろう。
横目で見る彼女の表情は、私が見たどれよりも穏やかで、晴れ晴れとしていた。
「違法じゃないよ」
「あっはっは、分かっているさ……コハクと言ったか」
「うむ、わっちはコハクと申す。篤季殿は
「好きにすると良い、妙な名前で呼ばれるのは慣れた」
勝手に、半ば押し切る様にして公認を取りにいくコハクの積極的さはある意味感心すらしてしまう。
けれどもそれ以上に、姉貴の疲れた顔が面白くて、思わずくすりと笑ってしまった。
「大層な二つ名、いっぱいつけられてるじゃない。鬼教官ならまだ良い方」
「あいつらが軟弱なだけだ。普通のクラスならまだしも壱組だぞ、日本の代表としてそれなりの覚悟をもって授業に当たってほしいものだな」
気だるげな声色で肩を落とす姉貴は、傍から見ればただのしがない女教員にしか見えないだろう。
その前に”美人の”という言葉が追加はされるけれど、少なくとも特別な何かを持っているようには見れない。
細くて若いし顔は良い、スタイルだって抜群だ、そんな女性が街中に居るのだから不届きな輩が声を掛けてくることもあるらしい。
人妻なのに、三十路越えてるのに
「一言多い!」
「ひゃんっ!?」
パシィンっと、良い音を立てて叩き付けられる生徒名簿。
何も言っていないのに叩かれた、言ってはいないのに。
どうして私の考えが分かったのか、なんて言ったらきっと彼女は”姉貴だからだ”としか言わないだろう。
でも、そんな言い訳じみた言葉で納得してしまう自分も居て――ああ、姉妹なんだなぁと思うのだ。
ともかくとして、街ではナンパされること数知れず、強引に連れ込まれそうになったことも数知れず。
そりゃ細くて若そうなら脅しの言葉を一つや二つ掛ければ自分たちの思うがままと思ってしまうのも仕方ないことで、だからこそ愚かしいのだけれど。
なぜならば、姉貴はこう見えて――物凄く、肉体的な意味で強いのだから。
100m走を9秒台で走り抜き
砲丸投げは23mを叩き出し
腹筋は30秒で余裕の40回
ベンチプレスは100㎏までなら大丈夫
武術は一通り嗜み、馬術や弓術もなんのその、反射神経は下手な妖獣の妖より高い
……ちなみに姉貴は変則召喚者ではない、素の実力がこれなのだ、隠しようもないチートだと思う。
そんなゴリラ(ちなみにこれを姉貴に言うと地面に頭から植えられる、文字通り)に勝てる男が居るわけがない。
寄ってきた虫を叩き潰しているうちに警察から感謝状貰っちゃったよと言う姉貴の表情は微妙だった。
『こんな馬の骨よりウチの旦那に惚れられたいからな』
とか惚気話を聞かされるので、余計なことを話さない方がいいのだが。
そんな姉貴だから戦場でも武勇を振るい、姉貴にとっては最後の戦場となった10年前の戦争では物凄い戦いぶりだったらしい。
妖と共に戦場を一直線に駆け抜け、あっという間に周囲の妖怪を殲滅して雄たけびを上げるその姿はまさしくゴリ―――否、英雄だったとか。
その場にあった長大な鉄パイプをぶんぶん振り回すだけで周囲に何もなくなったとか、先行部隊の1㎞先から単騎で突入して、部隊が到着した時には終了していたとか。
戦争の後でまことしやかに囁かれるようになった冗談のような伝説だって、姉貴ならやりかねないと思っているぐらい信頼している。
「姉貴が、今日一日私を担当してくれるの?」
思わず、期待を込めて聞いてしまった。
なにせ姉貴は私が小さいころにはもう結婚して、家を出ていたのだから。
時折帰っては来るけれど、それほど一緒には居られない存在――それが私にとっての姉貴だった。
けれども、遠い存在だと思ったことはない。
彼女の噂はいつだって聞こえてきたし、戦場を引いて教員になったと聞いたときは少しだけ、ほんのちょっとだけ自分が妖憑きでないのが恨めしかった。
姉貴の授業を受けてみたかったし、もう少しだけ私の姉という存在について知りたかった。
何の皮肉かそれが叶って――まあ、姉貴は高等部二年の担当で、私は中等二年だから関わり合いは薄いけれど。
それでも、今日一日だけでも姉貴と一緒に居られるのかな、なんて思ってしまったのだ。
けれども姉貴は、渋い――まるでニガウリを生で丸かじりしたような表情をして、肩を落としてしまった。
「すまないな、私がお前にできることは出迎えだけだったんだ――最近は色々と忙しくてな、これでも無理を言って組み込んでもらったぐらいでな、すまん」
「……そう、なんだ」
本当に申し訳なさそうにしょぼくれる姉貴は、私より二回り年上とは思えなくて。
なんだか、笑みがこぼれてきてしまった。
「ふ、ふふっ……もう、気にしないでよ。姉貴がそこまで無理を言って私と会ってくれたのが凄く嬉しいし」
「そ、そうか? それなら良いんだが。お前のことで色々と根回ししてな……それが原因で忙しくなったのもあるのだが」
「……ごめん」
「気にするな、ただ私が会えなくともお前のことを考えているとは言いたかったんだ」
そこまで忙しいのに、私に会おうとしてくれたこと。
ひょっとしたら姉貴にも会えないかもな、なんて思っていたのにちゃんと会えて、話せて、良かったなぁと思った。
会えなくても私のことを考えているなんて、言わなくてもいいのに。
やっぱり姉貴は凄いと思うし、格好いいと思う――姉貴の旦那が羨ましい、どうやってこのゴリラを射止めたんだろう。
「だから一言多い! ふむ、詳しく言えば私が任されたのはお前ではなくだな……そこの、お狐様なんだ」
「……ほえ、わっち?」
指さされた先に居たコハク――ちなみに私の尻を触ることはやめてくれた、正直妙な感触が続いていたせいで声を抑えるのに必死だったからありがたい。
ぽかんとした表情で自分のことを指さしつつも、ぴょっこんぴょっこんと耳を揺らしていた彼女だけど、合点がいったのか「ふむ」と言う。
「要するに、わっちから当時の状況を詳しく聞きたいということじゃな?」
「話が早くて助かります、彼女からは一通り聞いたのですが上層部の判断としては妖側からも聞いておきたいということで――もしよろしければ、であって強制では断じてないのですが」
あくまでも任意、けれどもなるべく断ってほしくない姿勢を崩さずに。
わざわざコハクの背に合わせようと膝を折る姉貴の態度に「ふぅむ」と唸れば、きっとそれは可愛らしい仕草とは裏腹に、脳内で物凄い計算をしている仕草なのだ。
理解しているのだろう、あの時の状況において私が例え嘘をついていたとしても、コハクが私と同じことを説明すれば裏が取れると。
同時にこの要望を跳ね除けることがあれば、それは何か後ろめたいことがあるということで、未だ『違法召喚』の疑惑から逃れきってない私にとってそれは不利極まりないことなのだと。
つまりこれは要望ではなく、半分私を人質にとった脅しなのだ――正直に言ってこれを交渉してきたのが姉貴でよかった。
多分、私にとって、そしてコハクにとっても大恩のある姉貴の頼みでなければ、コハクはキレていた。私を人質に取っている事なんて、彼女の頭なら容易に理解できてしまうだろうから。
今だって私からは分かるのだ、彼女が眉を僅かに潜めるのは隠しきれない『不快』の位の現れなのだと。
普段は表情を完璧に制御できる彼女が、それでも抑えきれない不満の意――正直、私は平静を装うのがやっとだった。
私の狐耳は、まるで何かに怯えたようにペタンと寝てしまっているけれど。
大丈夫、大丈夫――怖くないから、いい加減私もこの耳の扱いを制御したいんだけど。
「主様が同伴してくれるのであれば、そうしよう」
ほら、言うと思った。
いつも通りの展開だけど、私としては丁度よかったと思う。
コハクがメインとはいえもう少し姉貴と話したい気持ちはあったし、私も色々と整理したいことはあったから。
だから私もそれに同意しようと口を開いて。
「いえ、それはなりません。コハク殿一人でお話し頂きたいのです」
「……そうかの」
「申し訳ない、ありえないとは思いますが口裏を合わせる等の行動がなかったと証明する為、即ちコハク殿と彼女両方の為なのです。あなたの契約者にはこれから學園の案内をする者も手配しているので――ご容赦を」
どうして私がしたいときに限って、そうなるのだろうか。
ちょっと悲しそうな顔をした私を見て悲壮感漂う表情になった姉貴であるが、コハクに向きなおる姿勢は凛々しく、あくまで今は公私混同せず教師として、そして妖憑きとしての自分を優先する気らしい。
正直ここであっさり折れたら、私の中で構築された格好いい姉貴像がガラガラと音を立てて崩れそうな気がしたから良かったと言えば良かったんだけど。
コハクとしても承知済みの回答だったのか、ますます不満と言った表情は隠さなくなったけれど理解はしているらしい。
けれども、本命はその次の言葉だったらしい。
「……案内人?」
「優秀な学生なので、きっと彼女が學園に馴染めるようにしてくれるでしょう――来なさい」
「はい、教官」
姉貴に呼ばれて出てきたのは、美少女だった。
ありきたりで陳腐な表現だけど、それは決して私の語彙と書かれた辞書が旅行パンフレット程度の薄さしかないわけではなく。
その腰まで流れるような、キラキラと艶やかな光を反射する黒髪や。
すっきりと無駄を削ぎ落とした顔の輪郭と見事にマッチしているシャープな目鼻立ちや。
静かな、まるで湖畔のような落ち着きとその奥にある知性を感じさせる柔らかな瞳や。
恐らく高等部の学生らしい160センチ程度の身長と、すらりとした長い手足と、抜群のスタイルや。
まるで深窓の令嬢を思わせる、華やかさではない幽雅さを感じさせるその雰囲気を。
総称して『物凄い美少女』と表現する以外にはどう言ったらいいか、それが分からなかっただけなのだ。
「私がこの學園を案内するよ、よろしくね?」
そんな、ありきたりな社交辞令と微笑み、それだけで大抵の男は落せてしまうだろう。
私だってその次元が違う存在にクラッと来たぐらいだ――と言うとコハクが脅しに掛かるけれど、今の彼女は姉貴の前で迂闊なことが言えないのだった。
「よろしくお願いします、先輩。えっと……」
「
ゾクッとするほどの殺意を感じた気がしたけれど、きっと気のせいだ。
表情が見えないから、コハクがどんな表情をしていたかわからない、分からない筈なのに。
私は今夜、部屋で覚悟をしておいた方がいいような気がした。
彼女の登場で嫌な予感しかしなかった人は良い直感をしていますし。
彼女の登場で喜悦を浮かべた人は良い趣味をしていると思います。